02 冒険者ギルドの者たち
< 王都の冒険者ギルドのギルドマスター視点 >
昨夜、王宮で行われた勝負は、クラソー侯爵が勝利した様だ。
クソッ。
貴族たちが行う”勝負”に冒険者ギルドが影響力を行使して、勝負の結果に干渉できるはずだった。
バディカーナ伯爵が勝負に勝つ様に優秀な冒険者たちを派遣して勝負に勝たせ、『魔術師の街』を謳う隣街が引き起こしている問題を国が解決するのを後押しするつもりだった。
だが、バディカーナ伯爵側に派遣した優秀な冒険者たちは、オークキングを持ち帰る事が出来なかった。
クラソー侯爵側に派遣した冒険者たちも、魔術師たちが逃げ出したのを見て逃げ出したとのことで、オークキングを持ち帰れなかった。
そちらは望んでいた通りの結果だ。内容は予想していた通りではなかったが。
だが、クラソー侯爵はどこからかオークキングを手に入れた様で、それで勝負に勝ってしまった。
何が悪かったのだろうか?
バディカーナ伯爵側に派遣した冒険者たちが殲滅したオークの集落には、何故かオークキングだけが居ない様に感じたそうだ。
斥候が何かおかしなヘマを仕出かしたのだろうか?
優秀な斥候が前回の勝負の所為で居なくなっていたそうだし、きっとそうなのだろう。
それならば、優秀な斥候を育てさえすれば、次は上手くいくのだろうか?
次は失敗する訳にはいかない。
確実な成果を手にして、俺は本部に返り咲くんだ。
勝負について前から情報を集めさせていた別のギルド職員から、気になる話を聞かされた。
昨夜の勝負の場のクラソー侯爵側の席に、王妃様が居たのだそうだ。
それはおかしい。王妃様は勝負に関われなかったはずだ。
先日、王宮で大臣と会った時の事を思い出しながら、ギルド職員にその事を指摘する。
「俺が大臣から見せられた勝負のルールでは、『王族とそれに連なる者』は勝負に参加できなかったはずだぞ。」
俺がそう言うと、そのギルド職員は意外そうな表情をして言った。
「でも、グラストリィ公爵に面会を希望する貴族が何人も王宮を訪れていましたよ? 彼らはグラストリィ公爵を味方に引き込みたかったのではないのですか? 面会すら出来なかった貴族たちが声を荒げているのを何人も見ました。」
「………。」
そう言えば、俺が大臣から見せられたのは『ルール”案”』だったな。
きっと、あの後にグラストリィ公爵が関われる様にルールが修正されたのだろう。『グラストリィ公爵を味方に引き込めば勝てる。』と考えた者たちによって。
その様に修正された結果、王妃様も勝負に関われる様になったのかもしれないな。
しかし、グラストリィ公爵が転移魔法が使えるという噂は本当なのだろうか?
『転移魔法を駆使して前回の勝負では勝利を収めた。』なんていう話があるのだが、転移魔法が使える者なんてクライス王国にだって居やしない。
『王女様の夫であるグラストリィ公爵に”泊”を付ける為に言っているだけ。むしろ、その可能性の方が高い。』と、そう思っていたのだが…。
だが、もし本当に転移魔法が使えるのなら、彼の存在は邪魔だな。
我々冒険者ギルドが勝負の結果に影響力を行使する為には、彼への対策も考えておかなければならないな。
…そうだ。
グラストリィ公爵を冒険者ギルドに所属させてしまえばいい。
と、言うか、どうして今まで、そうしていなかったんだ?
『魔術師が少なくなってしまって困っている。』なんて話を、副ギルドマスターがしていたではないか。
俺は、副ギルドマスターを呼んで訊いてみた。
副ギルドマスターが言うには、王都の冒険者とグラストリィ公爵との間でトラブルがあったとのことだった。
詳しく聞くと、彼は以前、冒険者たちにこのギルドの模擬訓練場に連れ込まれて、一対一で丸腰のまま剣で斬り掛かられたのだそうだ。冒険者ギルドに所属していない”ただの一般人”だったにもかかわらず。
しかも、その場に居合わせたギルド職員が、彼が一般人だという事に気付かずに応援までしたらしい。
幸い、彼に怪我は無かったそうなのだが、改めて訪ねて来た彼に多額の謝罪金を支払うことになったのだそうだ。
「彼…、いえ、今は王女様の夫であるグラストリィ公爵様ですね。グラストリィ公爵様は、とてもご立腹のご様子でした。冒険者たちに強引に連れ込まれて剣で斬り掛かられたのですから当然です。その様な大事件が有ったのですから、グラストリィ公爵様が冒険者ギルドに所属してくれる可能性は無いでしょう。下手に勧誘をして、さらに関係が悪化するなんて事態は絶対に避けなければなりません。今の彼は王女様の夫でもある公爵様なのですから。」
むう…。
副ギルドマスターが言う通りだ。下手な事をして関係を悪化させる様な事態は避けないといけないな。
もし、そんな事になれば、俺が本部に返り咲く可能性も無くなってしまう。
彼を冒険者ギルドに所属させるのは諦めよう。
くそう。
しかし、よりによって彼と問題を起こしてくれるとはなっ。
まったく、ここの冒険者どもは!
「そいつらは?」
苛立ちを隠さずに、その冒険者たちについて訊く。
「既に除名に。」
まぁ、そうか。
当然だな。
副ギルドマスターを下がらせて、一息つく。
そして、改めて考える。
本部に返り咲く、その良い方法を。
だが、『冒険者ギルドが勝負の結果に影響力を行使できる事を示し、貴族たちが冒険者ギルドのやる事に口を出させない様にする。』ということ以上に良い方法なんて思い浮かばない。
やはり、勝負で、冒険者ギルドが味方した側を確実に勝たせる方法を編み出すのが最善だろう。
だが、その為には転移魔法が使えるらしいグラストリィ公爵への対策が必要だ。
グラストリィ公爵に勝負に関わられると、彼が味方した側が勝ってしまいそうだからな。
しかし、かなりの難問だ。
一体、どうしたら良いのだろうか…。
…いや。
クライス王国には転移魔法が使える者なんて居ないのだ。
だから、グラム王国で上手くいかなくとも、成果が見込めると思われさえすれば、クライス王国で評価を得る事は可能だろう。
うむ。そうだな。
ならば、勝負に確実に勝たせられる様に人材の育成をし、しっかりと成果を出せる様になれば、それを手土産に本部に返り咲けるだろう。
よし!
先ずは、斥候だな。斥候のエキスパートを育成しよう。
ここの金などいくら使っても構うものか。しっかりと育成してやろう。
俺は、早速、斥候のエキスパートを育成する為の計画を立て始めたのだった。
< 副ギルドマスター視点 >
ああ言っておけば、ギルドマスターは”彼”を勧誘するのを諦めるだろう。
あの問題は、俺にとっては幸いだった。
今、彼が冒険者ギルドに所属する可能性はほとんど無いのだからな。
俺がギルドマスターになる頃には、彼の怒りも収まっているだろう。
彼には、かなりの額の謝罪金を支払ったのだしな。
まぁ、俺の金では無いのだが。
彼は、俺がギルドマスターになってからギルドに招き入れる。俺の功績にする為に。
そうすれば、俺の地位は安泰だ。永くギルドマスターの地位に居続けられるだろう。
それどころか、”さらに上”だって目指せるかもしれないな。
”あの男”でさえも、まったく手が届かなったあの場所に!
この俺が!
フッフッフッ。
その為には、今は何も問題を起こさないことが大事だな。
無難に勤め上げて、俺は上を目指すのだ。
今のギルドマスターは余所者だ。
彼には俺の手助けが絶対に必要なのだ。
大きな問題さえ起こさなければ、きっと大目に見てもらえるだろう。
無難に勤め上げさえすれば、俺はギルドマスターになれる。
そして、ギルドマスターになった俺が、彼をギルドに招き入れるのだ。
フッフッフッ。
俺は、自分の未来がとても明るいことに、とても大きな喜びを感じたのだった。
< グラアソの冒険者ギルドのギルドマスター視点 >
今回の”勝負”で『魔術師の街』が負けるように仕向けるのは、この国のギルドマスター全員の総意だった。
冒険者ギルドの行動によって貴族たちが行う”勝負”の結果に影響力を行使できる事を確認する為に。
それは、我々冒険者ギルドにとって、とても重要な仕事だったのだ。
領主からの依頼で、オークの集落を殲滅してオークキングを討伐する為に向かった冒険者たち。
二度目となる今回も、オークキングの討伐に失敗する様に、私は仕向けていた。
死んでも困らない、大して役にも立たない素行の悪い冒険者たちを派遣したり、前回と同様に斥候に特別な任務を与えたりして。
目論見通りに、オークの集落の殲滅は失敗した。
だが、私が思っていたよりも、大した怪我もせずに生還した者が多かった。
せっかく、死んでも困らない素行の悪い冒険者たちを派遣したのにな。
帰って来た者たちから話を聞くと、戦闘中に魔術師が逃げ出して、それを見て冒険者たちも逃げ出したのだそうだ。
逃げ出した冒険者たちに文句を言いたくもなるが、オークキングの討伐の失敗は目論見通りなのだから、文句を言う訳にはいかないな。
何もかも上手く事なんて、そうそう無いのだしな。
その文句は、魔術師ギルドの方に言ってやることにしよう。
奴らが派遣した魔術師たちは、前回も逃げ出して依頼を失敗させたのだ。
いくら文句を言っても、言い過ぎになどなりはしないだろう。
冒険者たちのリーダー役として今回派遣したダリーが、私の元にやって来た。
そして、ギルドマスターの執務机に腰を掛けて文句を言う。
『机に腰掛けるな!』と何度言っているのだがな。
「依頼の失敗は俺たちの所為じゃねぇ。偉そうな態度のくせにクズで腰抜けな魔術師どもの所為だ。クズどもの所為なのに依頼を失敗扱いにされるなんて冗談じゃねぇぜ。」
ダリーはそう言って、依頼が失敗扱いになっている事に不満を言う。
「魔術師たちがアテにならないことは事前に言っていただろう。それに対応できなかったお前たちにも非が有る。評価を上げる事なんて出来る訳がないだろうが。」
「ふざけんな! それで誰が納得するって言うんだよ!」
「我々の重要な仕事の一つは、仕事をくれる依頼主の為に冒険者を適正に評価する事だ。依頼主は依頼の成功率を重視するし、それが操作されたものだと疑われでもしたら、彼らはギルドに仕事をくれなくなるだろう。冒険者ギルドは依頼の成否を正しく評価しなければならないのだ。」
尚も文句を言い続けるダリーにさらに言う。
「それに、今回の仕事は領主様からの依頼だ。領主様からの依頼に失敗したのに、まるで成功したかの様な評価を付けてみろ。領主様から何を言われるか分かったものではないぞ。最悪、このギルドが無くなるぞ。お前はこのギルドを無くしたいのか? ああ?」
「そこまでは言ってねぇだろ。」
「じゃあ、話は終わりだ。依頼に成功したかの様な評価を付ける事など出来ん。これで、この話はお終いだ。」
ダリーは、それでもブチブチと文句を言っていたが、結局、大人しく帰って行った。
私は、淹れ直してもらったお茶を飲みながら、改めて生還した者たちのリストを眺める。
死んでくれた方が有り難かった者ほど、多く生き残っているな…。
そういう者ほど、しぶといのだろうか?
上手くいかないものだな…。
ふと、領主の娘に接近していた若者たちのパーティーについて調べてみた。
あのパーティーの者たちは、一人しか生還していない様だ。
まぁ、初めてオークの集落の殲滅に参加したのだろうし、魔術師たちも冒険者たちも逃げ出したんだ。驚いて上手く対応できなくても仕方が無いな。
一人だけでも生き残れたのは運が良かったのだろう。
お茶を飲み終えた私は、今回の依頼についての報告書をまとめ、王都のギルドマスターに送った。
これで、一区切りがついたな。
その事にホッとする。
ホッとした私は…。
魔術師ギルドへの文句と、領主に対する言い訳を考え始めたのだった。
(人名のメモ)
ダリー
クラソー侯爵側の依頼でのオークの集落の殲滅に冒険者ギルドが二回目に派遣した際の、冒険者たちのリーダー。
ちなみに、一回目のリーダーはゴースで、彼は、もう一度オークの集落の殲滅に行かされるのを嫌がって商隊護衛の仕事を受け、グラアソを離れていました。




