70end 外伝 「どうして?」 クララ・クラソー
時間を遡って、クララが王妃様にお茶会に招待されてグラアソから王宮に来た辺りから勝負の翌日までの、クララ視点でのお話です。
< クララ視点 >
馬車に乗せられて、王宮まで連れて来られました。
王妃様にお茶会に招待されたからです。
私が。
………………。
どうして、私が王妃様にお茶会に招待されたのでしょうか?
訳が分かりません。
ええ。
本当に、訳が分かりません。
森で、私とアナを助け出してくれたケイト様たち。
彼女たちもこの王宮で働くメイドなのだそうで、ここまで護衛として付いて来てくれました。
王宮で働くメイドが、どうして森の中に居たのかサッパリ分かりませんが、もう色々と今更です。
彼女たちにお礼を言って、ここでお別れします。
本当にありがとうございました。
手慣れた感じで馬車を走らす彼女たちを、手を振って見送ります。
それにしても、ケイト様が”彼”でなかった事には本当に驚きましたね。
今朝、ケイト様にお会いして確認した時には驚きましたし、残念にも思いました。
素敵な殿方との運命の出会いに感激していましたのに…。
そう言えば、今朝、私がケイト様が女性だった事に驚いて固まってしまった時、アナが驚いていましたね。
『どうして、今まで気付かなかったの?!』って、言って。
そして、またアナに大笑いされてしまいました。
しかし、本当にアナは地面とか床とかが大好きですよねー。
床でのたうち回るアナの脇腹を私がツンツンした事は言うまでもありません。ええ。
ケイト様たち見送った私は、視線を正面に向けます。
目の前に聳え立つ立派なお城に圧倒されます。
王宮を訪れるのは、ほぼ初めてです。
幼い頃に連れて来られた事が有るらしいのですが、まったく憶えていませんので。
ですが、憶えていなくてよかったのかもしれません。
この光景を見たら、きっと泣きだしていたでしょうから。
メイドさんたちに案内されるまま、お城の中を歩きます。
外観も素晴らしかったのですが、中の雰囲気も素晴らしいです。
お城の中をこうして歩いているだけでも圧倒されます。
お城の雰囲気に圧倒されたまま部屋に通されました。
立派なお部屋です。
ここでも圧倒されます。
部屋の入り口で立ったままでいる訳にもいきませんので、取り敢えず、お高そうなソファーに恐る恐る腰を下ろします。
その素晴らしい座り心地に(以下略)
メイドさんに淹れてもらった、お高そうなお茶の香りに(以下略)
お部屋のお高そうな調度品の数々に(以下略)
………………。
ソファーに座ってお茶をいただいているだけですのに、どうしてこんなに疲れてしまうのでしょうか?(グッタリ)
チラリと屋敷から連れて来たメイドを見ます。
目の焦点が何処か遠い所へ行ってしまっていますね。
少し前までの私も、あんな目をしていたのでショウネー。
早く正気に戻って…、いえ、諦めてもらいたいデスネー。
今日はゆっくりしていていいらしいです。
このお部屋で。
………………。
そう言われましても、このお部屋でゆっくり出来る気なんてまるでしないのですが…。
今日は、朝から馬車で移動して王都まで来ましたので、すごく疲れているはずなのですケドネー。
私もゆっくりしたいと思っているのですが、このお部屋で私に出来る事なんて、微動だにせずにただ座っている事くらいしかない気がします。
しばらく置物の様にじっとしていました。
ふと、連れて来たメイドを見ます。
彼女も置物の様にじっとしていました。
目の焦点は相変わらず遠い所へ行ってしまったままです。
しかし、こんな状態の私たちのお世話をさせられるメイドさんも大変ですね。
メイドさんを不安にさせてしまっていたら、ごめんなさい。
笑いを堪えるのに必死だったりするのかもしれませんが。
まぁ、それならそれでも構いません。
そんな事を気にする余裕なんて、今の私たちには無いのですから。
さらにしばらく置物の様にじっとしていました。
ふと、王妃様にお茶会に招待されて王宮に来ていた事を思い出しました。
思い出しはしたものの、王妃様にお茶会に招待された理由がまったく分かりませんので、とても不安です。
ですが、考えたところで何も分からないのですから、考えるだけ無駄ですね。
その時が来るまで、置物の様に大人しくしていましょう。
ええ。
夕食を終えました。
王宮で食事をしていると思うと緊張しました。
でも、一人での食事だったので、その事には助かりました。
もし、誰かが一緒だったりしたらどうなってしまっていたのか、自分でも想像できません。
無事に食事を終えられてよかったです。
…そんな事で安心している私は、もうダメかもしれません。
お部屋に戻りました。
もう、寝ましょう。
限界ですので。色々と。
メイドに手伝ってもらいながら、服を脱ぎます。
ふと、ネックレスを着けていた事に気が付きました。
そうでした。
森の中でケイト様に着けていただいてから、ずっと着けたままでしたね。
色々な事が有り過ぎましたので、すっかり忘れていました。
今現在も、大概な状況ではありますが。
着替えを終えて一人になってから、改めてネックレスを手に取りペンダントトップをじっくりと見ました。
………ん?
ペンダントトップの赤い魔晶石らしき物に描かれている紋章が、グラム王家の紋章であるかの様に見えてしまうのは、何故なのでしょうか?
さらにじっくりと見ます。
やっぱり、これはグラム王家の紋章ですネー。(ビクビク)
これって、私が持っていていいお品なのでしょうか?
いけませんよね? いけませんよねっ!
動揺しながらも、ペンダントトップに描かれている紋章から目が離せません。
目を離せないままでいると、ペンダントトップの裏に文字らしきものが描かれているのが透けて見えました。
裏返して読みます。
そこに書かれていた一文は、このネックレスが姫様の大切なお持ち物である事を示していました。ハッキリと。
私は、気が遠くなりました。(クラッ)
気が付いたら朝でした。
爽やかな目覚めです。
よく眠れた様でした。
ええ。
よく眠れた様でした。
でも、自分でベッドに入った記憶が無い事が、少しだけ気になりました。
朝食を終えて部屋に戻り、お高そうなソファーに腰を下ろします。
昨日よりは大分落ち着いた気がします。
何も考えられなくなっただけかもしれませんが。
しばらく何も考えずにソファーに座っていたら、メイドさんが訪ねて来ました。
お茶会だそうです。
………………。
そう言えば、ソレがありましたね。
どうして、私はソレを忘れていたのでしょうか?
自分でも訳が分かりませんね。(虚ろな目)
お茶会に行きます。
王妃様から招待されたアレです。
もう、王妃様にお茶会に招待されたくらいでは驚きません。
そう言えれば良かったのですが、まだそこまでは吹っ切れてはいません。
吹っ切れていない事を喜ぶべきなのか悲しむべきなのかを考えている時点で、私はもうダメです。(死んだ魚の様な目)
部屋に迎えに来たくれたメイドさんに先導されて、王宮の中を歩きます。
隣にケイト様が居てくれるので、少しだけ安心です。
ケイト様が隣に居る事に安心していたら、あのネックレスのことを思い出しました。
どうしてよいか分からないまま首に掛け続けているネックレスをケイト様に見せながら訊きます。
「ケイト様、このネックレスなのですが、一体、私はどうしたら…。」
「まだ、そのまま着けててー。」
「………………。」
そう気楽に言われましても、このネックレスにはグラム王家の紋章が描かれているんですよ?
その様なお品を、私が身に着けていていいはずがないじゃないですかっ。いいはずがありませんよねっ? いいはずがありませんよねっ?!
ケイト様の腕を掴んで振って、そう態度で訴えます。
そんな私にケイト様は、もう一度「まだ、そのまま着けててねー。」と言いました。
…仕方がありません。
もう少しだけ身に着けていましょう。
その代わり、ケイト様の腕を掴んだままの私の腕もそのままです。
ケイト様の腕を両腕でシッカリと掴みながら歩きます。
そして考えます。
あの様なネックレスを私に渡したケイト様は、一体、何者なのでしょうか?
本当にメイドなんですか? 本当にメイドなんですかっ?!
確かに他のメイドさんたちと同じメイド服を着ていますし、そんなケイト様を見た他のメイドさんたちも特に気にした様子を見せたりはしていません。
ですが、王宮のメイドが森に現れたりする訳がありませんし、森に現れた理由もサッパリ分からないままです。
分からない事だらけで、まったく訳が分かりません!
先日から本当におかしな事ばかりですね。
現実離れしています。ありとあらゆる事が。
私が王妃様にお茶会に招待される訳がありませんし。
やっぱり、私はあの森で死んでいるのかもしれません。
今の私は、夢の様なものを見ている状態なのだと考えた方が、よっぽど現状にしっくりくる気がします。
ええ。
その方が、よっぽど現状にしっくりきます!
そんな事を考えながら、ケイト様の腕を両腕でシッカリと掴んだまま、先導するメイドさん後を歩きます。
先導してくれていたメイドさんが立ち止まりました。
そのメイドさんに促されて、テラスに通されます。
そこで立ち止まろうとするケイト様の腕を両腕でガッチリと掴んだまま引っ張り、一緒に付いて来てもらいます。不安で仕方がありませんので。
ええ。
絶対に放しません。
テラスに置かれているテーブルに着きます。
片腕はケイト様の腕を掴んだままです。
この場に、私をお招きになられた王妃様がいらっしゃるのかと思うと逃げ出したくなります。
ですが、ケイト様が横に居てくれれば安心です。
自分が死んでいる様な気がして。(錯乱中)
王妃様がいらっしゃられました。
気さくに「ようこそ。」と笑顔でおっしゃられ、サッとイスにお掛けになられました。
…立ち上がってお迎えすべきだった様な気がしましたが、すっかりその機会を失ってしまいましたネ。
それ以前に、そんな余裕なんてまったく有りませんでしたがっ。
王妃様のお姿を眺めている内に、もうお一方がイスにお掛けになられ、それを待ってから王妃様がおっしゃられます。
「よく来てくれました。ありがとう。」
「い、いえ、お招きいただきまして、あ、ありがとうございます。(ガチガチ)」
「こちらは娘のシルフィです。」
「初めまして、シルフィです。(ニッコリ)」
王妃様が姫様を紹介され、姫様に笑顔で挨拶をされました。
可愛らしいお方です。
「は、初めまして、姫様。(ガチガチ)」
姫様のお顔を見ながらご挨拶をしました。
そこで、あのネックレスのことを思い出しました。
あのネックレスは姫様のお持ち物のはずです。
どうして私の手元にやって来たのか、その理由がサッパリ分かりませんがっ。
『お返ししなければ!』と思い、ネックレスを首から外します。(ワタワタ)
外しはしたものの、姫様が座っていらっしゃるところまでは遠過ぎて手が届きません。
そんな私にケイト様が横から手を差し出してくださいましたので、ケイト様にお渡しします。
そもそも、ケイト様から渡されたものでしたので、ケイト様にお返ししてもらえばいいでしょう。
ケイト様の手から姫様の手にネックレスが渡されるのに合わせて、お礼を言います。
「ひ、姫様、あ、ありがとうございました。(ガチガチ)」
「ご無事で本当に良かったです。(ニッコリ)」
そう気さくにおっしゃっていただきました。
どうして私に渡されたのか分かりませんでしたが、どうやら姫様のご意思だった様ですね。
その理由が相変わらすサッパリ分かりませんがっ。
本当に訳が分からないことだらけですっ。
姫様は、首から掛けていらした色違いのネックレスを外されて着け替えられます。
そして、ペンダントトップを手に持って眺めてニヨニヨされていらっしゃいます。
裏に旦那様からの贈り物であることが書かれていますからね。
ニヨニヨされている姫様は、とても可愛らしいです。(ニコニコ)
姫様が外された色違いのネックレスは、メイドの手を介して王妃様に手渡されポケットに仕舞われました。
…王宮では自分のネックレスを誰かにお貸しするのが流行っているのでしょうか?
不思議に思いましたが、何だか素敵な事の様にも思いました。
お茶をいただきます。
美味しいです。
この場で飲むお茶の味が分かるあたり、少しは自分が落ち着いてきたのかとも思いましたが、ただ単に吹っ切れてしまっただけかもしれません。
それともやっぱり、死んだ自分が都合の良い夢を見ているだけなのでしょうか?
自分が死んでいる可能性が一番高い気がするのは、私の気の所為ではないでしょう。(まだ錯乱中)
勝負の話になりました。
王妃様がオークキングをご用意してくださったそうで、『勝負に勝たせてあげるから、何も心配はいりません。』とおっしゃっていただけました。
そう言えば、父様が『オークキングは何とかなりそうだ。』と言っていましたね。
アレはこの事を言っていたのですね。
勝負のルールについてよく知らないので、『ルール的にどうなのでしょう?』とチラリと考えましたが、きっと大丈夫なのでしょう。
王妃様に心からお礼を申し上げました。
このお礼をどうお返しすればよいのか分かりませんが、きっと母様が上手くやってくださいますでしょう。
私がアレコレ口を出すよりは、母様にお任せした方がいいでしょう。
その後、当たり障りのないお話をして、お茶会は終わりました。
ふぅ。
昼食です。
姫様とご一緒にです。
………………。
ど、どうして、私が姫様とご一緒に昼食を?!(ワタワタオロオロ)
動揺を抑え込みながら食事をします。
そんな私に、姫様がにこやかに話し掛けてくださいます。
それになんとか受け答えをしながら、食事を続けます。
…私の手は、ちゃんとマナー通りに動いてくれていますでしょうか?
頭と体が別々に動いている様な、そんなおかしな状態で食事を続けました。
人生で一番疲れるお食事でした。(グッタリ)
お部屋に戻ってソファーでグッタリしています。
どれくらい時間をそうして過ごしていたのでしょうか?
いつの間にか午後のお茶の時間になっていました。
テーブルの上に美味しそうなお菓子とお茶が置かれます。
それにノソノソと手を伸ばそうとしたら、テーブルの上にもう一人分のお菓子とお茶が置かれている事に気が付きました。それと、正面に誰かが座っている事にも。
視線を上げて、見ます。
そこには、姫様が座っていらっしゃいました。
………………。
あれ? いつの間においでに?
「王宮のお菓子はいつも美味しいですから、きっと気に入りますよ。(ニッコリ)」
姫様がそう笑顔で言って勧めてくださいます。
「はい…、あ、ありがとうございますぅ?」
状況に戸惑ってしまって少々おかしな返事をしてしまいましたが、姫様が勧めてくださったお菓子に手を伸ばし、口に運びます。
ふんわりとして甘いお菓子でした。
美味しいです。
甘味が体に沁み入る様です。
つい、夢中になって、一気に食べきってしまいました。
お茶を飲み、一息つきます。
はふぅー。
視線を正面に向けると、姫様が蕩ける様な笑顔でお菓子を食べていらっしゃいます。
可愛らしいお姿ですね。(ニコニコ)
ふと、姫様の胸元のネックレスに目が行きました。
そう言えば、あのネックレスはどうして私に渡されたのでしょうか?
ネックレスについて姫様にお訊きしました。
姫様がおっしゃるには、あのネックレスは【物理無効】や【魔法無効】などの効果が有る魔道具なのだそうで、姫様の旦那様が作って贈ってくださった物なのだそうです。
…【物理無効】に、【魔法無効】?
それって、とんでもない魔道具なんじゃないですか?
国宝級のお品なんじゃないですか?
その様な国宝級のお品を貸していただいていたのですか? この私が?!
しかも、姫様の旦那様が姫様の為にお作りになられて贈られたお品ですか?!
私は、意識が遠のきました。(クラッ)
姫様は旦那様の事を話されていらっしゃいます。
ノロケています。デレデレ、ニヨニヨされています。
私は、そんな姫様に相槌を打ちます。
意識が遠のいたまま。(クラクラッ)
姫様が部屋を出て行かれました。
私は、しばらくの間、ソファーでボーーっとしていました。
その後、着替えて寝ました。
ひどく疲れてしまいましたので。精神的に。(フラフラッ)
翌朝。
朝食を終えて部屋に戻り、お高そうなソファーに腰を下ろします。
少しだけ王宮での生活にも慣れてきた気がします。
十分に眠れているからでしょう。
少々寝過ぎな気もしますが、夢の中に居る方が心地良いのですから仕方がありません。
そう言えば、私が王妃様にお茶会に招かれた理由や、姫様のネックレスを貸していただいた理由が、相変わらず分からないままでしたね。
もう、考えるのも面倒になりましたネー。
死んでいる自分が自分に都合の良い夢を見ていると思った方がいい気がします。
その方が気が楽です。
ええ。
現実逃避をしながら王宮で過ごしました。
そうしていたら、いつの間にか勝負の当日になっていました。
王妃様からは、私に勝負の場に出る様に言われています。
何でも、母様は来られないのだそうで、私が母様の代わりに勝負の場に出るのだそうです。
しかし、勝負の場に母様が来ないだなんて事が有り得るのでしょうか?
母様にとっては爵位と領地が賭かった一大事のはずなのですが…。
まぁ、その時になれば分かりますね。
窓から見える南の空が大分暗くなりました。
そろそろ日没の時刻になりますでしょうか?
言われた通りにお部屋で待っていると、王妃様がいらっしゃられました。
「行くわよ。」
「はい。」
私は、王妃様の後に付いて、メイドさんたちに囲まれて王宮の中を歩きます。
ケイト様はここにはいらっしゃられない様です。
残念です。手が寂しくて。(ワキワキ)
建物の外に出て、別の建物に入りました。
通路を通り抜けると、観客席に囲まれた場所に出ました。
ここが勝負が行われる騎士団の訓練場なのでしょう。
王妃様の後をメイドさんたちに囲まれたまま歩きます。
王妃様がイスに腰掛けると、観客席からどよめきが起きました。
それに驚いてしまいましたが、王妃様に促されて王妃様の隣に腰掛けました。
緊張したままイスに座っています。
陛下と大臣がいらっしゃられました。
起立してお迎えします。
大臣が前に進み出られ、いよいよ始まる…。と、思ったら、陛下の元まで戻られ、こちらを見ながら何やらお話をされています。
一体、何のお話をされていらっしゃるのでしょうかっ?(ドキドキ)
大臣が再び前に進み出られました。
「ゴホン。日没となりました。これより勝負を始めます。」
大臣は、そうおっしゃられてから勝負の説明を始められました。
それを聞き流し、私は、私たちが通って来た通路に視線を向けます。
本当に母様はここに来られないのでしょうか?
それと、バディカーナ伯爵様たちもいらしていませんね。
この勝負の場には、未だに王妃様と私とメイドさんたちしか居ません。
一体、どうなっているのでしょうか?
勝負の説明が終わった様です。
続けて、大臣がおっしゃられます。
「クララ・クラソー殿、オークキングをお出しください。」
!
少し大きな声で大臣に名前を呼ばれて、私は驚きます。
い、一体、わ、私はどうすればっ?!(オロオロ)
オロオロしている私に、隣に座っていらっしゃる王妃様が「あそこまで歩けばいいのよ。」と、とても簡単なことであるかの様におっしゃってくださいます。
取り敢えず、立ち上がります。
立ち上がったら周囲の様子がよく見えました。
多くの視線を感じてしまい、立ち上がっただけで頭の中が真っ白になってしまいましたが、斜め後ろに居るメイドさんが「あちらまでお歩き下さい。」と言ってくれたので、その通りに歩きます。
とても緊張します。ただ歩いているだけですのにっ。(ギクシャク、ギクシャク)
「では、オークキングをお出ししますね。」
そう小さい声で言ってくれたメイドさんに、振り返って返事をします。
「お、お願いします。(ガチガチ)」
私の目の前に、【マジックバッグ】からオークキング取り出され、横たえられました。
「おおおおお。」
歓声が上がります。
私は、目の前に横たえられたオークキングの大きさに驚いて固まっています。
そう言えば、これを狩りに行く人たちに同行して森に入ったのでしたね。
森の中での出来事が頭の中に思い浮かびます。
それらの出来事は、もう随分と前の出来事であったかの様に感じました。
「バディカーナ伯爵側を代表する方は居られますか?」
大臣の声が聞こえました。
その声に場が静まり返ります。
ですが、返事をする方はいらっしゃいませんでした。
「それでは、この勝負はクラソー侯爵側の勝ちといたします。」
大臣のその声に安堵しました。
ホッ。
拍手と歓声が上がる中、傍に控えてくれていたメイドさんが「おめでとうございます。」と言ってくれました。
「あ、ありがとうございます。」
王妃様の元まで戻り、王妃様にもお礼を言います。
「王妃様のお陰で勝負に勝つことが出来ました。心からお礼申し上げます。」
「いいのよ。(ニッコリ)」
王妃様は笑顔でそう言ってくださいました。
お部屋に戻って来ました。
お高そうなソファーに腰を下ろし、一息つきます。
ふぅー。
勝負に勝つことが出来ました。
王妃様から譲っていただいたオークキングで。
王妃様には心から感謝しなければなりませんね。
私たちはオークキングを狩りに行って惨敗したのです。王妃様に譲っていただけなかったら勝負に負けていたかもしれないのです。
私に出来ることでしたら何だっていたしましょう。
ここでメイドとして働きましょうか?
ケイト様と一緒に働けるだなんて最高ですかっ!
ぜひ、そうしていただける様に王妃様にお願いしましょう!
そんな素敵な未来を思い描きながら、この日は寝ました。(ニマニマ)
翌日。
先日お茶会をしたテラスで王妃様とお会いしています。
私は、王妃様に改めてお礼を言います。
「王妃様のお陰で勝負に勝つことが出来ました。改めて心からお礼申し上げます。」
「いいのよ。(ニッコリ)」
「私に出来る事が有れば何でもいたします。ここでメイドとして働くなんてどうでしょうかっ。(ズイッ)」
『ぜひ、それでお願いします!』という感情を目に込めて、王妃様にそう言います。
そんな私に王妃様がおっしゃられます。
「あなたには領主になってもらうわ。(ニッコリ)」
「………………は?」
今、私は何と言われましたかね?
領主?
………………は?
いえいえ、私はメイドがいいんですよ?
ケイト様と一緒にキャッキャウフフがしたいんですよ?
「あなたには領主になってもらうわ。(ニッコリ)」
もう一度、王妃様に言われました。
聞き間違いではなかった様です。
王妃様は、本当に私に領主になってほしいみたいです。
えーーっと…。
どうして?
王妃様が私に説明してくださいます。
私を領主にするのと同時に『ダーラム家』という家を再興して、そのダーラム家の当主に私になってほしいのだそうです。
………………は?
なんでも、建国に多大な功績があったダーラムという方の子孫が、私なのだそうです。
父さまと二人の叔父さまたち、それと叔父さまたちの子供たちもダーラムという方の子孫なのだそうですが、その中で魔法を使えるのは私だけとのことで、その再興するダーラム家の当主には魔法が使える私になってほしいのだそうです。
えーーっと…。
どうして?
どうして、オークキングを譲っていただいたお礼が、『私が領主となること』になるのでしょうか?
まったく訳が分かりません。
そう言えば、勝負に勝ったので、バディカーナ伯爵領とシタハノ伯爵領を得ることになるのでしたね。母様が。
そのどちらかを、私が引き継ぐということなのでしょうか?
クラソー侯爵領を母様から継ぐのだそうです。私が。
………………は?
昨日の勝負に勝ったのは、母様ですよね?
勝負に勝った母様から、このタイミングで私がクラソー侯爵領を継いでしまうのはどうなんでしょうか?
何だか、私の頭では処理しきれません。
私は考えるのを諦め、このまま、ただ流れに身を任せることに…、いえいえ、『すべて王妃様の御心のままに。』ですね。
ええ。
私は御恩のある王妃様にお礼をしなければならない立場なのですから。
メイドとしてここで働くのは諦めなければいけませんね。
ケイト様と一緒にキャッキャウフフができないのは残念です。
混乱したままお部屋に戻って来ました。
ここでメイドして働き、ケイト様と一緒にキャッキャウフフができなくなってしまった事は本当に残念です。
そのケイト様が、私の目の前でお茶を淹れてくださいます。
その綺麗な所作は、確かに王宮のメイドの様に見える様な気がします。
片腕で動くぬいぐるみを抱えながら、片手だけを使ってお茶を淹れているのは、色々とおかしい気がしますが。
ケイト様に淹れていただいたお茶をいただきながら、笑顔のケイト様の腕の中でジタバタと動いているぬいぐるみみたいな物体についてお訊きします。
「ケイト様、それは何ですか?」
「これはねー、ペンギンという鳥を模して作られたゴーレムなんだよー。(ニコニコ)」
「鳥………。」
ぜんぜん飛べそうに見えないのですが、本当に鳥なんですか?
上に放り投げたら、そのまま落ちてきてしまいそうですよ?
丸々とした体がポムンと地面で跳ねる様子しか想像できないんですが…。
まぁ、その程度の事はどうでもいいですね。
よく分からない事が、最近、多過ぎますのでっ。
あの森でケイト様と出会ってから、色々とおかしい事ばかり起きています。
王妃様に王宮に招かれたり、森でケイト様に渡されたネックレスがとんでもないお品だったり、王妃様に領主になる様に言われたり、素敵なお部屋でケイト様に淹れていただいたお茶をいただいていたり…。
…改めて考えると、本当にとんでもない状況ですね。
そんな事を考えていたら、もう一度、あの疑問が私の頭の中に思い浮かびました。
私、本当に生きてますか?
ここで一区切りにして、勝負の後のお話は、次の章で書きます。
思いの外、この章が長くなってしまいましたのでっ。




