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姫様を助けたのは失敗だったが、割と好き勝手に生きています。  作者: 井田六
第十四章 異世界生活編09 魔術師の街の騒動 後編 <勝負>
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61 王都騒乱05 王都をさまようバディカーナ伯爵家の馬車03end

(人名)

フロト  バディカーナ伯爵家の御者ぎょしゃ

ジェイス バディカーナ伯爵家の執事しつじ

サミエル バディカーナ伯爵家の護衛のリーダー。


< 大臣視点 >


「胃が痛い…。」


廊下の窓から遠い空を見詰みつめつつ、思わず、そうつぶやきます。


煙が上がっているのが見えます。いくつも。

王都のあちらこちらから。


裏ギルドの連中が、王宮に向かうクラソー侯爵とバディカーナ伯爵の馬車を襲撃する為に、交差点で事故を起こしたり、馬車や積み荷に火をはなったりする事は予想していました。

ですが、王宮ここから見える煙は、予想していたよりも大分だいぶ多い様に見えます。


失敗しました。

まさか、これほどのことになってしまうとは…。


今回の勝負に関わる裏ギルドが、予想以上に多かったのでしょうか?

『協力者』のルールによって、勝負に関わる貴族が多くなり過ぎたのでしょうか?

協力の見返りを期待した貴族たちが、裏ギルドへの報酬をはずんだのでしょうか?

やはり、妨害を禁止する範囲に、王都も含めるべきだったのでしょうか?


勝負のルールを見直すべきでしょう。

ですが、そうすると、せっかくグラストリィ公爵が勝負に関われるルールになったのに、それも見直すように言う者が現れそうですね。

今回の勝負では、どちらの陣営も彼を味方に引き込むことが出来ませんでした。

勝負の”切り札”となりるグラストリィ公爵が自分の味方になってくれないのならば、彼が参加できるルールなんて脅威でしかありません。

グラストリィ公爵が参加できなくなる様にルールを改めるように言い出す者が、きっと出て来るでしょう。


そんな事態をまねくくらいなら、現状維持もむをないのでしょうか?

ですが、ルールを変えないと、またこうなってしまうでしょう。

うーむ。

いえ、今は、それよりも先に考えておかなければならない事が有りましたね。

混乱した王都の後始末が。

………………。

………………。


「胃が痛い…。」



廊下の窓から遠い空を見詰みつめていた私の元に、部下がやって来ました。

何か報告が有るのでしょう。

あまり聞きたくはないのですが、そうも言っていられません。

でも、やっぱり聞きたくないなぁ。

ちょっとだけ悩んでいたら、部下に腕をつかまれて執務室まで引っ張られてしまいました。


イスに座り、部下から報告を聞きます。

「騎士団が頑張り過ぎています。”足止め”が不十分になるかもしれません。」

彼の言う『頑張り過ぎ』とは、裏ギルドの連中を摘発する事のようですね。

貴族と繋がっている者たちにとって今回の勝負は、こちらの想像以上に大事おおごとだったみたいですね。

出来れば、街中まちなかであれ程の煙が上らないようにも頑張ってほしかったのですが…。

先ほど見た王都の光景を思い出し、思わず、そんな愚痴ぐちが口から出そうになります。

…今は、”足止め”の方が大事でしたね。

そちらには、まだ切れるカードが有ります。それを切りましょう。

「あの馬車を出す様に。責任はすべて私が持ちます。」

「はい。」


「それと、もう一つ報告を。バディカーナ伯爵が派遣した冒険者たちはオークキングを狩れなかったそうです。」

それは朗報ろうほうですね。

ですが、その報告は、何故なぜこれほど遅れたのでしょう?

そう疑問に思った私に部下が報告を続けます。

「街に戻った冒険者たちの多くが上機嫌だったので、オークキングを手に入れたものだと思ってしまったのだそうです。”ウラ”を取ってみたところ、オークの集落にオークキングが居なかったのだそうです。それで冒険者たちがギルドに『雇い主が提供した情報が間違っていた所為せいだ。』と文句を言って、ギルドとめていました。その交渉中、箝口令かんこうれいが出されていた様で”ウラ”を取るのが遅れてしまったのだそうです。」

それならば仕方が無いですね。

冒険者たちの多くが上機嫌だった理由は、今はどうでもいいでしょう。

その件で何か報告が必要になれば、後で報告が来るでしょうから。


報告を終えた部下が執務室を出た後。

今度はメイドさんがやって来ました。丸めた紙を持って。

それは何なのでしょうか?

「ナナシ様から大臣にこれを。地図だそうです。」

「地図?」

はて? どうして地図なんでしょうか?

よく分かりませんでしたが受け取って礼を言うと、メイドさんは帰って行きました。


机の上に、丸められたそれを広げます。

ほう。

見事な街の地図です。かなりこまかく描かれていることが分かります。

一枚ずつ広げて見てみると、すべての街と、国全体の地図でした。

街の地図は有りましたが、国全体の地図でここまでそれぞれの街の配置が分かる地図は、これまで有りませんでした。

素晴らしい地図です。後でお礼を言いに行かなければなりませんね。


もう一度王都の地図を眺めていたら、ふと、思い付きました。

勝負を王都で行わなければならない理由なんて、そもそも有りませんでしたね。

前回の勝負では陛下がご臨席りんせきされましたが、それは姫様のご結婚相手に関わる重要な勝負だったからです。

貴族同士の小競こぜいに、毎回、陛下がご臨席りんせきされる必要は無いでしょう。たとえ爵位や領地が賭かっていたとしても。

次に勝負が行われる時には、こんな大変な事は勝負を仕掛けた者の街に押し付けてしまいましょう。

誰かが勝負を仕掛けた所為せいで、私がこんなに苦労するなんておかしいのです。

勝負を仕掛けた者が苦労すべきです。

ええ。

そう考えて、早速さっそく、問題点が無いか考え始めます。


苦労や後始末を押し付けられるのはとても良いのですが、妨害工作を行うのに有利になり過ぎてしまいそうですね。

自分が統治している街なのです。やりたい放題になってしまいそうです。

そうなると、勝負を仕掛けた側が有利になり過ぎてしまいます。

元々、勝負を仕掛けた側が有利なのです。

それを、さらに有利にしてしまう訳にはいきませんね。

かと言って、勝負を仕掛けられた側に、さらに負担をいるのもおかしな話です。

うーむ。

…駄目ですね。

とても良いアイデアだと思ったのですが、公平性を考えると勝負を行うのは王都が最善の様に思います。


「はぁ。」

溜息ためいきを一ついて、イスに深く腰掛けます。

すると、先ほど廊下の窓から見た光景が脳裏に浮かびました。

王都のあちらこちらから煙が上がっている光景が。

………………。


あ…。

そう言えば、『不戦勝』について、ルールで明確にしておく必要も有ったのでしたね。

………………。

………………。


「胃が痛い…。」




< 王都のとある場所にて。ある騎士団員視点 > バディカーナ伯爵側


王都の南西部にて。


「馬車が来ます。」

同僚のその声を聞いて、周囲を警戒していた俺は正面に視線を向けた。

視線の先には、こちらに向かって来る馬車が一台。

それだけならば普通の光景だ。

だが、普通のとは違い、その馬車には護衛らしき者たちが並走していた。

「クラソー侯爵の馬車だ。ここを通すなよ。」

班長が俺たちにそう言った。


我々の任務は、この道を封鎖することだ。

ハッキリとは言われていないが、今日、王宮で行われる勝負でバディカーナ伯爵を勝たせる為に、クラソー侯爵の馬車を裏ギルドの連中が待ち構えている場所に誘導する為らしい。

騎士団の仕事とは思えないが、”上”の人たちには貴族とベッタリな人が少なくないみたいだから、こんな事が起こってしまうのも仕方がないのだろう。騎士団の仕事とは思えないがな。


貴族のゴタゴタなんかに巻き込まれたくはない。

だが、俺の様な何のうしだても無いしたは、上官の所属する派閥に組み込まれるしかないのだ。

たとえ、それが気に入らない上官であってもな。


こちらに向かって来る馬車を全員で眺める。

馬車が近付くと、班長があせったように大声を出した。

「馬車を通せ! 道を開けろ!」

「は?」

さっきと言ってることが違うじゃないか。

そう思っている俺たちに、班長が続ける。

「バディカーナ伯爵様の馬車だ! 通せ!」

は? 何でこんなところにバディカーナ伯爵の馬車が来るんだ?

王宮からはもちろん、屋敷の在る東の貴族街からも離れているぞ?

「早くしろ!」

疑問に思ったのだが、班長がうるさいので指示に従うことにする。

「ズラそう。ここを奥にズラすのはどうだ?」、「そうだな、そこをズラそう。」、「よし、ここを押してズラすぞ。」

同僚たちと短く相談しながら、道をふさいでいるバリケードの一部を皆でズラして、馬車が通れる隙間すきまを作った。

その隙間すきまを、馬車を囲んでいた護衛たちの半分が先に通り、次に馬車が慎重に通り、最後に残りの護衛たちが通った。

「ありがとう!」

御者ぎょしゃが大きな声で礼を言い、護衛たちが素早く馬車を取り囲むと、馬車はややゆっくりとした速さで走り去って行った。


馬車には、確かにバディカーナ伯爵家の紋章が有った。

だが、どうしてこんな場所に現れたのだろうか?

疑問に思ったが、そんな事はどうでもいいな。

俺は同僚たちと一緒に、ズラしたバリケードを元に戻す。

小さな声で班長に文句を言いながら。(ズレろー。ハゲろー。ズレろー。ハゲろー。)




< バディカーナ伯爵家の御者ぎょしゃフロト視点 >


クラソー侯爵邸の近くまで来て、改めて王宮に向けて馬車を走らせた。

こちら側にも騎士団が道をふさいでいる場所がいくつも有った。

その場所の情報が無かったので、その事に少し苦労したが、バディカーナ伯爵家の馬車だと分かってもらえると何カ所かは騎士団員に通してもらえた。

最初から、こちらから王宮に向かっていれば良かったな。

少し余裕が出た私は、そんな事を考えながら馬車を走らせた。


目の前の交差点でも道が封鎖されていた。

先行していた護衛の一人が、道を封鎖している若い騎士と話をしている。

さらに近付くと、若い騎士が護衛に返答しているのが聞こえてきた。

「ここの責任者はベラスさんです。」

その返答を聞いた護衛は、ホッとした声で「ベラスさんを呼んでくれ。」と言っている。

その男は、こちら側の者なのだろう。

ここも通してもらえそうだ。私もホッとする。

「ベラスさんは、今、居ません。」

だが、そのベラスという男はこの場には居ないようだった。

「そうか。この馬車はバディカーナ伯爵様の馬車だ。通せ。」

「ここは封鎖中です。他の道へ行ってください。」

「いいから通せ! こちらは急いでいるんだ!」

そう若い騎士に怒鳴り付けた。時間が無いから彼もあせっている様だ。

隣に座っていた護衛のリーダーのサミエルさんが馬車を降りて、若い騎士のところへ話をしに行った。

少しめていると、若い騎士と一緒にいた一般人らしき女性がサミエルさんたちを殴り倒した。

「え?!」

予想外のその出来事に驚いた。

「どうした?」

執事のジェイスさんが馬車の中から訊いてくる。

「サミエルさんが殴り倒されました。」

そう見えたので、つい、そう言ってしまった。

「早く出せ! 別の道を行くんだ!」

大きな声で伯爵様がそう指示する。

「はいっ。」

しまった。伯爵様に『襲撃された』と勘違いさせてしまった様だ。

仕方が無い。

このまま馬車をめている訳にもいかないのだ。別の道を行こう。

馬車の向きを変えて横の道に入る。

サミエルさんたちを置き去りにしてしまうが、仕方が無い。


その後、もう一度襲撃を受けたが、護衛たちがあっさりと蹴散けちらしてくれた。

ふぅ。


さらに馬車を走らせる。

王宮が近付いてきた。

だが、目の前に、道をふさぐ様につらなる馬車列が見えた。

またか…。

その馬車列にゆっくりと近付き、馬車にえがかれている紋章を確認する。

その紋章はグラストリィ公爵家のものだった。

また公爵家の馬車列か…。

どうする?

もう、王宮の近くまで来ているのだが、日没まであまり時間が残ってない。もう頭上の空まで暗くなってきているのだ。

執事のジェイスさんと相談しよう。

私は、馬車の中に居るジェイスさんに向かって言う。

「前にグラストリィ公爵家の馬車列があって進めません。それと、お時間もあまり…。どういたしましょう?」

「むう…。」

そう言ったまま、ジェイスさんは黙ってしまった。

馬車の中に意識を向けたままでいると、伯爵様がグラストリィ公爵をののしっている声が聞こえてきた。

『グラストリィ公爵家の御者ぎょしゃに聞かれはしないか?』と、ハラハラする。

「ここで降りる。」

ジェイスさんのその声に、急いで御者ぎょしゃ台から飛び降り、ドアを開ける為に走る。

ドアを開けて、伯爵様がお降りになるのに手をお貸しする。

申し訳ない気持ちで顔を上げられない。

執事のジェイスさんが「フロト、お前の所為せいではない。気にむな。」と言ってくれた。

だが、それでも申し訳ないという気持ちでいっぱいになる。

私の仕事は、伯爵様を確実に時間までに王宮へお連れすることだったのだから。

それなのに…。

伯爵様たちの足音が遠ざかって行くのを、私は頭を下げたまま聞いていた。



頭を上げ、御者ぎょしゃ台に戻る。

まだ私の仕事は終わりではない。

今度は、伯爵様を王宮からお屋敷までお送りしなければならないのだ。

その為には、王宮まで行かなければならない。

私は気持ちを切り替える。

まだ、時間は有るのだから。


馬車を出そうとした時、後ろから馬車が近付く音が聞こえた。

その馬車が通り過ぎるのを待つ。気持ちを落ち着けながら。


その馬車が近付いて来るが、目の前にグラストリィ公爵家の馬車列が居るのに速度を落とす様子が無かった。

私が疑問に思っていると、その馬車の御者ぎょしゃは、「邪魔だ! 退け!」なんて言いながら、グラストリィ公爵家の馬車列に突っ込んで行った。

その様子に驚く。

「バカな?! 何を考えている?!」

その暴走馬車は、グラストリィ公爵家の馬車列の隙間すきま無理矢理むりやり入り込むと、馬と馬車を退けて突破して行った。

そのあまりにも非常識な行動に、私は呆然とした。

そして、そのあまりにも非常識な行動をした御者ぎょしゃに腹を立てたのだった。


暴走馬車に退けられた馬車は、車輪が壊れたのかかたむいてしまっていた。

御者ぎょしゃたちが先ほどの暴走馬車を罵倒ばとうしている。

どうやらあの馬車はゲストロ男爵家の馬車だったようだ。

男爵家の馬車が、よく公爵家の馬車列に突っ込んでいったものだ。しかも『邪魔だ! 退け!』なんて言いながら。

貴族社会では有り得ない、そのあまりにも非常識な行動に私は本当に呆れた。


車輪が壊れてしまった馬車を路肩ろかたに寄せるのを、私も手伝った。

ふぅ。

その後、好意で馬車列の間を通してもらえて、そのおかげで、私はなんとか王宮まで辿たどくことが出来た。


王宮の停車場に馬車をめ、一息ひといきつく。

あたりは、すっかり暗くなっている。

伯爵様は間に合っただろうか?


不安な気持ちのまま、私は伯爵様のお帰りを待つのだった。


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