41 王宮での出来事02 王宮サイド、動く
クララ・クラソーに死なれてほしくない。
それは、大臣と王妃様の共通した思いである。
大臣は、ダーラム家を再興させる為にダーラムの子孫を探させていた。
それが見付かったという報告を受けて、喜んだ。
ダーラムの子孫の内の一人が魔術師で、領主の一人娘だったことは、さらに大臣を喜ばせた。
再興させたダーラム家を、領地持ちの貴族にできる可能性があるのだから。
考え得る最高の状況だった。
クララ・クラソーが、オークキングの討伐に参加していなければ。
彼女は、今、オークキングの討伐に参加している。
母親が仕掛けられた”勝負”に勝つ為に。
王宮は、オークキングの討伐に向かうクラソー侯爵の部隊に監視を付けていた。
”勝負”に勝たせない為に。
監視をさせている者たちには妨害を指示している。
だから、もしクララ・クラソーが命の危機に陥ったとしても放置するだろう。
監視している者たちに指示を届けることが出来ればよかったのだが、それは不可能だ。
逆方向ならば鳩を使って連絡がつくのだが、こちらからの指示を届けることが出来ないのだ。
その事が、彼らをよりもどかしい気持ちにさせていたのだった。
< 大臣視点 >
グラストリィ公爵が居れば…。
私は、そう思わずにはいられませんでした。
その思いは、今、私の目の前で天を仰いでいらっしゃる王妃様も同じなのでしょう。
彼は今、ダンジョンに行っています。
我々がお願いして行ってもらっているのです。
ダーラム殿に、霊薬をいただいたお礼の手紙を届けてもらう為に。
部下から受けた報せは最高だったのに、状況は最悪でした。
どうにももどかしい気持ちのまま立ち尽くします。
メイド長と作戦部長がここに来るのを待っているこの時間を、私はとても長いものに感じていました。
メイド長と作戦部長が王妃様の執務室にやって来ました。
王妃様は、二人に簡単に事情を説明をした後に一言、「クララ・クラソーは?」と訊きました。
その質問に作戦部長が答えます。
「クララ・クラソーはオークキングの討伐に同行しています。そろそろオークの集落に着いている頃だと思います。」
…それでは、今から人を派遣しても間に合わないでしょう。
残念な気持ちになります。
「オークキングを…。」
そこまで言って、王妃様は黙ってしまわれました。
オークキングの討伐を、彼らが成し遂げる可能性は無いのです。
妨害する部隊を派遣しているのですから。我々自身が。
状況は最悪でした。
クララ・クラソーの生存は絶望的です。
「救出に部隊を派遣します。それと、オークキングを狩る部隊も。」
作戦部長がそう言います。
状況は最悪ですが、我々に出来る事をやるのでしょう。
オークキングを狩る部隊も派遣するのは、クラソー侯爵の陣営を勝負に勝たせる為ですね。
クラソー侯爵がこの勝負に勝てば、バディカーナ伯爵領とシタハノ伯爵領を手に入れることになります。
いずれかの領地をクララ・クラソーに継がせたい。
仮にクララ・クラソーが命を落としてしまったとしても、まだ他にもダーラム殿の子孫は居るのです。
再興させたダーラム家にいずれかの領地を与えられる様に、我々の手でクラソー侯爵を勝負に勝たせておくのは悪い考えではありません。
王妃様が気怠げに「ええ。」と返事をすると、メイド長と作戦部長は一礼して下がって行きました。
私も一礼して王妃様の前を辞して、執務室に戻ります。
『どうして、こんな事に…。』と思いながら。
< 作戦部長視点 >
一礼して王妃様の執務室を辞した私は、廊下を駆け出した。
廊下を駆けながら、『大事になってしまったな。』と思う。
ナナシ様が王宮に居らっしゃればそれで済んだ話だったのだ。
そして、その原因はメイドたちの行動にあった。
この件が終わったら、お叱りがあるだろう。
その様子を想像して…。
『本当に大事になってしまったな。』と思った。
作戦部に戻り、馬車や鳩の手配を手早く指示してから、待機番の者たちが居る詰所に向かう。
人を遣るより、自分で走って行った方が早いからな。
決して、廊下を全力疾走するのが楽しかった訳ではない。
詰所に飛び込み、言う。
「仕事だ!」
ビシッと立ち、これから私が言うことを聞き逃さない様に集中している彼女たちに言う。
「最重要任務、2件。1班と2班はオークキングを狩りに行け。」
「はっ!」
そう返事をすると、すぐに詰所を出て行った。
この可能性を考えて、前から準備をさせていたのだから当然だ。
次の指示を出す。
こちらはイレギュラーだ。
「3班、護衛任務だ。護衛対象はクララ・クラソー。クラソー侯爵の娘だ。」
それを聞いた3班の隊員たちに緊張が走った。
彼女の名前から事情を察したのだろう。
「彼女は、例のオークキングの討伐に参加している。所在も生死も不明だ。急いでグラアソに向かい、情報を受け取り次第森に入れ。オークキングの討伐に向かっている者たちには監視を付けているから、彼女たちにも協力してもらいクララ・クラソーをグラアソまで連れ帰れ。」
「はっ!」
「最後に!」
今にも動きだしそうな彼女たちを制して、続ける。
「ナナシ様が居らっしゃればそれで済んだ話だ。ナナシ様が王宮に居らっしゃらない理由は知っての通りだ。」
そう言うと、何人かの表情が固まった。
廊下でやらかしていた者たちだ。
「馬車は用意させている。準備が出来次第、出発しろ。」
「はっ!」
指示を出し終えた私は、詰所を後にする。
久しぶりに全力疾走して疲れた。
でも、廊下を全力で走るのはちょっと楽しかったな。
私がそんな事を考えている事はメイド長には内緒だ。
メイド長の目の前で駆け出してしまったので、既にお小言をいただく事は確定なのに、『楽しかった。』なんて考えている事まで知られたら、お小言がさらに長くなってしまうからな。
『うっかりして。』という感じを出しつつ、お小言を聞き流そう。
うん。
廊下を駆けて行った作戦部長とは対照的に、メイド長は廊下をいつもの様に歩いていた。
だが、その行先は、自身の執務室ではなくナナシの部屋だった。
ナナシの部屋に着くと、ナナシ付きのメイドであるケイティに指示を出す。
「ナナシ様が帰って来られたら、すぐに王妃様のところと私のところへ連絡を。最優先です。」
「かしこまりました。(キリッ)」
その指示だけを出して、メイド長は執務室に帰って行った。
一方、メイド長を見送ったケイティは、ドアを見ながら首を傾げていた。
『どうしてメイド長は、隣の部屋にまで聞こえそうな大きな声で言ったのでしょう?』 と。
2020.07.18 修正
大臣の口調を全面的に見直しました。
この章の『大臣、勝負のルール案を考える』での口調に統一しようと思います。
ご迷惑かけて申し訳ありません。
お話の内容は変わっていませんので、改めて読み直す必要はありません。
(設定)
(メイド長の他に作戦部長も呼び出された理由)
勝負のルールの『国の重要な地位に居る者は勝負に参加できない』の箇所にメイド長が該当する恐れがあった為、作戦部長も呼ばれました。
本来は『該当しない』と考えるのが当然なのですが、メイドさんたちがこの国の最強戦力なので、メイド長がそれに該当する恐れがあったのです。
作戦部は、諜報活動をはじめとした”普通でない仕事”を統括している部署です。
作戦部は実在しないことになっているので、勝負のルールには抵触しないのです。(←それはそれで別の問題があるのでは?)
ちなみに、作戦部長はメイド長に次ぐ地位で、この地位に就いている者が次のメイド長であると認識されています。




