36 勝負13 『魔術師の街』サイド 再戦02 オークと戦う アンナ視点
グラアソを発って三日後の朝食後。
出発の準備が整うまで、少し休憩です。
今日の昼過ぎにはオークの集落に着くそうで、緊張感が漂っている様に感じます。
少し離れた場所で、早朝に会った”槍の人”が練習をしているのが見えます。
今は一人ではなく、若い冒険者たちに槍を教えている様です。
その若い冒険者たちの中に見覚えの有る者が居ましたが、まぁどうでもいいですね。
別の場所では、あのナンパ野郎が体と声が大きな男性たちと何か話しています。
ナンパ野郎が青い顔をして「帰らせてくれ。」とか言っているのが聞こえました。
ここまで来て何を言っているんですかね? あのナンパ野郎は。
他にも、「まさか、そんな事が…。」とか「そんなバカな…。」とか言って青い顔をしている人も居ますね。
そんな彼らを、体と声が大きな男性が宥めている様です。
体の大きな男性は小さな声で話しているのか、言っている内容は断片的にしか聞こえてきません。
「杖が有るから…。」とか「大丈夫…。」とか「帰ったら…。」とか「鑑定を…。」とか聞こえてきます。
あの体の大きな男性って、小さな声でも喋れたんですね。
いつも声が大きいので、ちょっと意外に思いました。
私は、緊張しているクララと雑談しながら、出発の号令を待ちました。
森の中をかなり歩きました。
指揮官のケインさんの指示で休憩を取ります。
今日二度目の休憩です。
疲労の色が見えてきたクララを座らせて、ブーツを脱がせて足に【ヒール】を掛けました。
指揮官のケインさんが、二人の若い冒険者たちと何やら話しています。
しばらく話した後、若い冒険者たちは森の奥に向かって行きました。
きっと、偵察に向かわせたのでしょう。前の休憩の時にも、別の若い冒険者たちに行かせていましたしね。
ケインさんは慎重なタイプなのでしょうね。
昼過ぎ。
オークの集落の近くまで来た様です。
ここで小休止をしつつ最終確認をするとのことです。
オークの集落の位置が、ここから北東の方角だと聞かされて少し戸惑います。
グラアソから北西の方角に向かって森の中を進んで来ましたので。
きっと、地形的な問題で真っ直ぐに行けなかったのでしょう。
ここで部隊を二つに分けて、オークの集落に向かう様です。
部隊は、陽動部隊とオークキングを狩る本隊の二つです。
指揮官のケインさんは本隊の少し後ろで指揮するとのことで、クララも、彼と彼の護衛たちと一緒にそこに居るそうです。
私は、オークキングを狩る本隊に加わります。
怪我をした人をすぐに治して戦列に復帰させるのが私の仕事です。
本隊の人たちの一部が、私が治療要員である事に驚いています。
道中では、専ら怪我人を作る側の人間でしたからねー。(苦笑)
クララに言い寄って来たところを私にぶちのめされた人が本隊にも何人か居る様で、その人たちが何とも言えない目で私を見ています。
ですが、私は治療要員です。
ホントダヨ?
あまり失礼な目で見ていると、森の養分にしますよ?(ジロリン)
ケインさんの号令で、オークの集落を目指して出発しました。
出発して間も無く。
前の方から男の人が走って来るのが見えました。
そして、こちらに向かって大声で言います。
「オークが来る!」
偵察に行って、オークに気付かれてしまったのでしょうか?
私の後ろから、ケインさんの怒鳴り声が飛びます。
「誰が偵察に行けと言った!! クソが!!」
ケインさんは凄く怒っている様です。
オークがやって来るのが遠くに見えました。
私たちは、どう対応するのでしょうか?
今のこの隊列はマズい気がします。
二つの部隊が前後に並んでいて、冒険者と魔術師が交互に並んでしまっていますので。
そんな事を考えていたら、後ろからケインさんの指示が飛びます。
「ここで迎え撃つ! 冒険者は前に!」
その指示を受けて、前の方で人が動いている気配が伝わってきます。
ですが、こちらに下がって来る魔術師が一人もいませんね。
どうなっているのでしょうか?
「我々魔術師の本当の力を見せ付けてくれる!」
「我々がオークどもを蹴散らすのを見ているがいい!」
前の方から、そんな声が聞こえて来ました。
「「「【ファイヤージャベリン】!」」」
「「「【ストーンボール】!」」」
「「【風刃】!」」
さらに、そんな掛け声も聞こえました。
前に居る魔術師たちが、まだ遠い位置に居るオークに向かって魔法を放ったのでしょう。
グバッ!
そんな音がして、先頭に居たオークの上半身が吹き飛んだのがチラリと見えました。
オーバーキルっぽいですね…。
いきなり、なんていう魔力の無駄使いを…。
私はそう思ったのですが、魔法を放った人たちはそう思ってはいない様です。
「見たか!」
「どうだ!」
「これが我々の真の実力だ!」
そんな声が、前の方から聞こえて来ます。
えーっと…。
前回、オークに蹴散らされて帰って来たらしいので、鬱憤が溜まっていたのかもしれませんね。
うん。
でも、魔力を無駄使いするのはどうなんでしょう?
オークの集落を殲滅しないといけないんですよ? オークキングを狩る為には。
その辺のこと、ちゃんと分かってます?
「無駄撃ちするな!! 目的はオークキングだ!!」
私のすぐ後ろから大きな声が飛びました。
ちゃんと分かっている人も居たみたいですね。
でも、私のすぐ後ろで大声で怒鳴るのは止めてくれませんかね。ビックリします。
「我々は後方から支援だ!! 下がれ!!」
だから、声がデカいんだよ!(怒)
振り返ってブン殴りたい衝動に駆られましたが、頑張って堪えます。
体と声が大きなこの男性が、魔術師たちのリーダーっぽいので。
まだ前の方で魔法を放っている人も居るようですが、徐々に後ろに下がって来る魔術師たち増えてきたので、私は前の方へ移動します。
『冒険者たちの後ろ、魔術師たちの前』が、私が配置される位置ですので。
隊列がようやく整い始めた頃、オークの姿が多くなってきました。
ですが、相変わらず飛んで行く魔法が多いので、冒険者たちのところまでやって来るオークはまだ居ません。
私は、ちょっと暇しながら全体の様子を窺います。
オークたちに向かって飛んで行く魔法の数の多さと、後ろから上がる歓声と怒号に少し不安になります。(苦笑)
こんなペースで魔法を撃ちまくってしまって、オークキングと戦う時まで魔力が保つのでしょうか?
そんな事を考えていたら、飛んで行く魔法の数が少なくなってきました。
やっと”魔力の無駄使い”だと気が付いたのでしょうか?
飛んで行く魔法の数が少なくなった為、冒険者のところまでやって来るオークが出てきました。
ですが、そのオークたちは既にダメージを負っていた様で、あっさりと倒されています。
その為、相変わらず私は暇です。
楽なお仕事ですね。(笑顔)
少しずつ、冒険者のところまでやって来るオークが増えてきました。
ですが、冒険者たちは余裕を持って対処できています。
そこへ魔術師たちが魔法を放ちます。
「「「「「【ファイヤーアロー】!」」」」」
「「「「「【ストーンバレット】!」」」」」
「「「「「【風刃】!」」」」」
威力の小さな魔法が多くなってきたので、彼らは冒険者たちの支援に切り替えたみたいですね。
「【風刃】!」
クララの声も聞こえます。
彼女も頑張っている様です。(笑顔)
ここまでは優勢に進められていますね。
大きな怪我をした人も居ませんし。
それどころか、オークの集落へ向かって隊列をどんどん前進させています。
予定外の場所で戦闘が始まってしまいましたが、オークとの戦闘は優勢に進められています。
このままオークを殲滅できればいいですね。
「ん?」
そんな事を考えていたら、魔法に混じって長い棒の様な物がオークに向かって飛んで行くのが見えました。
あれは何でしょう?
まぁいいか。
私はそう思ったのですが…。
何故か、冒険者たちの多くが後ろを振り返りました。
そして、後ろから「逃げるな!」と言う声が聞こえた気がしました。
何だか、周り人たちの様子が急におかしくなりました。
冒険者たちも、魔術師たちも。
そして、冒険者たちの中から声が上がりました。
「魔術師が逃げたぞ!」
え?!
この状況で?
何で?
思わず振り返ります。
ですが、魔術師たちはそこに居ます。動揺している様には見えますが。
「逃げたのは一人だけだ!」
ケインさんの声がしました。
その声がした方を見ると、クララの姿も見えます。
クララが魔法を放っている姿を見て、私は安心しました。
ですが…。
どうして、周りの人たちはこんなに動揺しているんでしょうか?
私は前を向きます。
オークたちと戦っている最中ですからね。
余所見はいけません。ええ。
また、棒の様な物がオークに向かって飛んで行くのが見えました。
そして、また冒険者たちの多くが後ろを振り返りました。
それを見て、私も思わず振り返ってしまいます。
私の視線の先には、クララに近付いて行く魔術師の後ろ姿が見えます。
「一緒に逃げよう。」
その魔術師は、クララにキザったらしく手を差し出して、そう言いました。
クララの驚いている表情が見えます。
私も驚きます。
クララにキザったらしく手を差し出しているあの男には見覚えがあります。
『【ファイヤーアロー】。』とか言ってぶっ倒れた、あのナンパ野郎です。
しかし、あのナンパ野郎は何を考えているんですかね? こんな時に。
正気を疑います。
「何を言っている! 隊列に戻れ!」
ケインさんが、そう怒鳴りつけます。
「ジール!! 戻れ!!」
体と声が大きなあの男性も怒鳴ります。
クララにまったく相手にされなかったナンパ野郎は、それらの声を無視して走り去って行きました。
あのナンパ野郎には本当に呆れますね。
呆れながら前に向き直ると、冒険者たちがさらに動揺していました。
「また魔術師が逃げ出したぞ!」、「ふざけるな!」、「魔術師どもが!」、「クソッ!」
そんな事を言って、何人もの冒険者たちが隊列を離れて逃げて行きました。
「逃げるな!」
後ろからケインさんが怒鳴ります。
ですが…。
さらに冒険者たちが隊列を離れて逃げて行きました。
「逃げるな!!」
再び、ケインさんがそう怒鳴ります。
ですが、どんどん冒険者たちが隊列を離れて逃げて行きます。
「マズイ!」、「クソッ!」、「あいつらは何をしている!」、「何処に行くんだよ?!」、「おい、逃げるなよ!」、「ヤバいぞ!」
私の後ろの魔術師たちからも、そんな声が上がりました。
マズイ。
そう思った時には、私は既にクララの元に向かって走り出していました。
そして、彼女の手を掴んで走ります。
全力で。
クララは、「え?」、「え?」と戸惑った声を上げながらも、私に手を引かれるまま付いて来ます。
クララの手を引いて走る私の後ろからは…。
大勢の足音と、ケインさんの怒鳴り声が聞こえてきたのでした。




