23 勝負10 頭を抱える魔術師ギルドのギルドマスター04end それと他の幹部たちも
<『人事』視点>
ギルドマスターが王都に向かった翌朝。
名簿を見て、俺は頭を抱えた。
【鑑定】を使える者を名簿で調べたら、思っていたよりも人数が少なかったからだ。
しかも、何故か、王都に支部を作る際に異動して行った者たちの中に【鑑定】を使える者が多く含まれていた。
”前の『人事』”がした事だと察した。
「おいおい。勘弁してくれよ…。」
思わず、そう呟いた。
だが、頭を抱えていても仕方が無い。
少ない人数だが、【鑑定】を使える者が居ることには居るのだ。
そいつらで何とかしよう。
魔道具やハイポーションを作っている部署に居た、【鑑定】を使える者たちを呼び出し、事情を話して協力を頼んだ。
だが、彼らは何故か難色を示した。
そんな彼らに訊く。
「何か問題が有るのか?」
「”物”を鑑定するのと”人”を鑑定するのとでは消費する魔力量が違いますので…。『ギルドに居る者たち全員を調べる。』とかそんな話になってしまうと、短期間では無理です。」
「では、魔道具は? 門で身分証を持たない者を調べるのに使っている魔道具が有るだろう。あれはないか?」
「あれは、受注生産ですので在庫は無いと思います。それに、既に行き渡っていたのかギルドで作った事も無いと思います。」
「あれを作れるか?」
「さぁ? 私には何とも…。」
うーむ。どうしよう。作らせるか?
でも、あの”研究バカ”どもだしな。今までに無かったおかしな機能とかを大喜びで付け加えたりしそうだな。
どんな物が出来上がって来るのか分からんし、出来上がったら出来上がったで動作を確認する作業が必要になるのだ。
それを確認する為には鑑定しなければならないだろうし、魔道具を作る時間だって掛かるのだ。
それならば、普通に鑑定させた方が早いだろう。
よし。
魔道具は諦めて、彼らに鑑定してもらうことにしよう。
取り急ぎ鑑定しなければならないのは、オークの集落の殲滅へ参加させる者たちなのだしな。
オークの集落の殲滅へ参加を志願する者たちを集め、事情を話して鑑定する事を告げた。
そうしたら、部屋を飛び出して行く者が何人も居た。
飛び出して行った者たちは『魔術師でない者』たちだったのだろう。
魔術師たちに混ざってオークの集落の殲滅に参加して、その報酬を受け取ろうと思ってここに来たんだろう。
『魔術師でない者』たちをこの場から排除できたのは良かったのだが、ここに残った者は20人も居なかった。
ぜんぜん足りねぇじゃねぇかよ…。
「おいおい。勘弁してくれよ…。」
思わず、そう呟いた。
志願していない者たちの中からも、オークの集落の殲滅へ参加させる者を掻き集めなければならないことになった。
俺だけでは無理だ。他の幹部たちにも協力してもらわないとな。
取り敢えず、ここに居る者たちだけでも、【鑑定】を使える者たちに鑑定してもらう。
だが、12人鑑定したところで魔力切れになった。
おいおい。マジかよ。40人鑑定しないといけないんだぞ。
先は長いな…。
「はぁ。」
溜息が出た。
他の幹部たちにも協力してもらい、あちらこちらの部署から参加させる者を出させた。
だが、あと一人足りなかった。
すると、次回もリーダー役を務めるザイルが「一人心当たりが有る。」と言う。
ザイルに訊くと、「留置場から出させよう。」とか言うではないか。
「おいおい。留置場に入れられている奴を連れて行く気か?」
「大丈夫だ。ただ全裸で街を走っていただけだからな。」
「いやいや、それは大丈夫なのか? 色んな意味で。」
「ギルド内の何処かの部署から引き抜くよりは確実だ。断られないだろうしな。」
「それはそうだろうが…。」
うーむ。仕方が無いか。
無理矢理ギルド内から出させたことで仕事が滞ってしまっても困るのだしな。
そいつでいいか…。
俺は留置場から出させる様に依頼する手紙を書いてザイルに渡し、送り出した。
これで一応、人数は揃いそうだな。
送り出すまでに全員を鑑定することは出来なさそうだが、まぁ仕方が無い。
人数を揃えられたことを喜ぼう。
< ギルドマスター視点 >
王都の支部へやって来た。
『中心部から離れている』とは聞いていたが、確かにそうだな。
少し離れたところに見える王宮を眺めながら、『いつかはこの王都の中心部に。』という気持ちが湧き上がってくるが、今はそれどころではなかったな。
私は気持ちを入れ直し、支部長を捕らえる為に連れて来た者たちと一緒に建物の中に入った。
職員にギルマスターであることを告げ、支部長の執務室へ案内してもらう。
室内に入り、前の『人事』、今の王都の支部長と久し振りの対面を果たす。
ソファーに向かい合って座り、近況を訊く。
「報告書は読んでいるが、この支部の状況はどうだ?」
「仕事はほとんど有りません。報告書に書いた通り、王都に支部を作ったのは失敗だったと思います。」
「立地の問題では?」
「ポーションを求める者は来ていますので。『無い。』とはいつも言っているのですが…。ですので、立地の問題では無いでしょう。」
そうか…。王都に支部を作ったのは失敗だったか…。
次に支部を作る時は、慎重に検討しなければならないな。
次にグラストリィ公爵について訊く。
「グラストリィ公爵の件はどうなっている? 勲章は渡せたのか?」
私がそう訊くと、支部長は震え出した。
そして、ガクガク震えながら、一言言う。
「…追い返されている。」(ガクブルガクブル)
「………………。」
どうしたのだ?
何故、震える?
ガクガク震える支部長の様子に、私は戸惑う。
まさか、我々が彼を捕えに来た事がバレたのか?
そうかもしれん。
私は、すぐに予め決めておいた合図を出した。
すると、連れて来た護衛たちが、支部長を取り押さえた。
素早く猿ぐつわを噛ませ、ロープでキッチリと支部長を縛り上げる。
ふぅ。
計画通りに支部長を捕えることが出来た。
思いの外、簡単に取り押さえられたが、支部長はこうなる事を予想していなかったのだろうか?
まぁ、詳しい事情を訊くのはグラアソに送ってからでいいだろう。
支部長の身柄を裏口から運び出し、グラアソに送り出した。
私は、ここの職員たちを集めて、簡単な事情を説明した。
そして、この支部を臨時休業にして、全員グラアソに行く様に指示を出した。
次に私は、支部長の執務室に戻り、グラストリィ公爵に贈る予定だった勲章を回収した。
よし。
次は王宮だ。
私は、後のことをここの職員たちに任せ、馬車に乗って王宮へ向かった。
王宮に来た。
門の前で馬車が停まり、用件を訊きに来た門番に私は言う。
「魔術師ギルドのギルドマスターだ。グラストリィ公爵に面会する。取次ぎを頼む。」
「グラストリィ公爵はご不在です。いつお帰りになるかは聞かされておりません。」
ぬう。不在か…。
しかし、いつ帰って来るか分からないのは困るな。
どうしたものか。
門番に訊く。
「何処に行かれているのだ?」
「ダンジョンに行かれていると聞いています。」
「なに! ダンジョン?!」
「はい。」
何故、ダンジョンになど行っているのだっ。グラストリィ公爵は王女様の夫であろう。
国王が止めそうなものなのに、何故、ダンジョンなんかに行っているんだ?!
しかも、こんな時に!
我々に協力させない為か?!
くそう!
これは予想外だった。
私は馬車の中で頭を抱えた。
一度王宮から離れて、馬車の中で考える。
困った。どうしたものか。
このまま王都に留まり、グラストリィ公爵の帰りを待つか?
グラストリィ公爵は転移魔法が使えるのだから、勝負の期日当日の昼までに帰って来てくれればオークキングを狩れるだろう。
そうだな、王都に留まって帰って来るのを待とう。
そう思い、私は王都で宿を取った。
部屋の中で休憩してから、これからのことを考える。
王都に留まってグラストリィ公爵の帰りを待ち、帰って来たらオークキングを狩ってくれる様に頼もう。
勝負の期日当日の昼までに帰って来てくれれば、まだ間に合うのだからな。
そう思うと、気分が落ち着いた。
そして、ふと考える。
そう言えば、何故、支部長は彼に勲章を渡せなかったのだろう?
『追い返されている。』とか言っていたが、何故追い返されるのだ?
魔術師ギルドは、魔術師たちを代表している組織なのだぞ?
それなのにどうして追い返される?
しまったな。支部長に詳しく聞いておくんだった。
ふと、縛り上げられ床に転がされた支部長の姿が脳裏に浮かんだ。
…まぁいい。
私は魔術師ギルドのギルドマスターなのだ。確実に会えるだろう。
そうとも。
会えない理由など無いのだ。
会えるとも。
うむ。
そして、私は彼に会った後の事を想像する。
勲章を授与して、名誉顧問として彼を魔術師ギルドに迎えるのだ。
そして、私は公爵の後ろ盾を得る。
そうすれば、私の地位は間違い無く安泰だろう。
うむうむ。
しかし、グラストリィ公爵がダンジョンに行っているなんて思ってもみなかったな。
とんだ予想外だった。
すぐに帰って来てくれればいいのだが。
今のギルドは、とんでもない危機にある。私は明日にでもグラアソに戻りたいのだ。
どうして、こんな時にダンジョンなんかに行っているのか…。
「はぁ。」
私は、そう溜息を一つ吐くと…。
私の体に、昨日からの疲れが一気に圧し掛かってくるのだった。
<『人事』視点>
緊急の幹部会を開くとのことで会議室に呼ばれた。
『製造』が、領主のところから戻って来たのだろう。
こちらも忙しいが、あちらも大事なことだからな。
俺は、疲れた体を引きずって会議室に向かった。
王都に行っているギルドマスターを除いた幹部全員で、『製造』から話を聞く。
聞かされた内容に、皆が激怒した。
疲れていた俺はその流れに乗り遅れた。
だが、そのお陰で少し冷静になれた。
合意した内容は仕方が無いだろう。我々の不手際がデカ過ぎたのだ。
それに、次のオークの集落の殲滅に我々の参加が拒絶されて、冒険者たちだけで行く可能性だって有ったのだ。
そんな事になってしまえば、汚名を雪ぐ機会自体が無くなっていたんだからな。
金を払う事で、汚名を雪ぐ機会が得られるんだ。
『ハッタリだ!』と言う幹部も居るが、今の我々は信用を失っているのだ。この内容での合意も仕方が無いだろう。
俺はそう思うのだが…。
財務も担当している『内務』が激怒していて、今にも『製造』に殴り掛かりそうだ。
それを他の幹部たちが必死に抑えている。
そんなに怒っても、今更どうにもならないだろうに…。
「はぁ。」
俺は、そう溜息を一つ吐いて…。
彼らの様子をイスに座ったまま眺めるのだった。
一方、その頃。
魔術師ギルドが派遣する者たちのリーダー役を再び務めることになっているザイルは、留置場を訪れていた。
ここに入れられている男の身柄を引き受ける為だ。
その男は、ザイルと同じ火属性魔法の使い手だ。
ザイルも認める才能を持った男だ。
日頃の行いには、些か問題が有ったが。
待合室で待つザイルの元に、その男は留置場の職員に連れられて現れた。
「よう。久しぶりだなナンパ野郎。女遊びはほどほどにしとけよ。」
「…ああ。」
「釈放だ。二度と全裸で街を走り回ったりするなよ。」
「お…、おう。」
言われたくない事を言われて、少し変な返事をしてしまう男。
だが、『釈放だ。』と言われて、少しだけ元気が出た様にも見えた。
そんな男を連れて、ザイルは待合室を出た。
男を連れて留置場を出たザイルは、街を歩きながら男に説明する。
「領主からの依頼でオークキングを狩ることになった。その為にオークの集落を殲滅しなければならない。人手が足りないから手を貸してくれ。」
「…ああ。分かった。」
男にはそう答えるしかない。
『その為に留置場から出された』ことは、誰にでも分かることなのだから。
引き続きザイルは、出発が明日だということや、魔術師の杖を始め、持ち物はすべてギルドで用意するなんてことを男に説明した。
そして最後にお金を渡して、彼に言う。
「たらふく美味いもんを食っとけ。女遊びに使うんじゃないぞ。ははは。」
そう言ってザイルは、明日の準備の為にギルドに向かった。
ザイルを見送った男は、言われた通りに、美味いものを食べに向かったのだった。
留置場から出されたこの男の名はジール。
元魔術師である。
彼が魔法を使えなくなっている事を、ザイルは知らなかった。
そして、ジール自身も未だに自分が魔法を使えなくなっている事に気付いていなかった。
その事で、後に大変な事が起こってしまうのだが…。
そんな未来を知る者など、何処にも居るわけがないのであった。