05 1日目 公爵家サイド ギルドマスター視点 依頼
ギルドマスターを辞めようか、どうしようか。
そんな事を考えながら、今朝も、いつもの職場にやって来た。
朝一番で書類に目を通そうとして、”至急案件!”と注意書きが有る、その依頼書を見た。
『オークキングを討伐し、その死体を持ち帰る。オークキングは一番大きい奴を。期日は9日後。』
それは、変な依頼だった。
”オークキングを討伐”は、”オークの集落の殲滅”を意味し、そちらの方の表現が使われる。
”オークキングは一番大きい奴を”
…オークキングの大きさを指定するなんてコトは、今まで聞いた事が無い。
オークキングの大小など、”オークの集落の殲滅”に比べれば、極めて小さい事だからだ。
この依頼は、”一番大きなオークキングが居る集落を探し出して”、”それを殲滅して”、”オークキングの死体を持ち帰る”という事を、”たったの9日間で”やれと言うのだ。
『この依頼を出した奴は、頭がおかしい。』と思った。
この依頼を出した奴は、グラスプ公爵だった。
依頼内容を、もう一度見る。
もう一度見ても、依頼内容はおかしいままだ。
グラスプ公爵って、耄碌する様な歳では、なかったはずだが…。
”依頼内容”か”グラスプ公爵”の、どちらかがおかしいのだろうか?
この依頼を出した公爵家の執事から詳しい話を聞こうと思い、使いの者を出す様に職員に指示した。
そうしたら、「別室でお待ちなので、お連れしてきます。」と言って、その職員は執務室を出て行った。
すぐに執事がやって来た。
執事にソファーを勧め、依頼内容を確認する。
依頼内容に間違いは無いそうだ。
そして、グラスプ公爵が耄碌している訳でもない事も、婉曲的表現で確認した。
俺は頭を抱える。
依頼内容を達成するには、日数が足りない。
「転移魔法を使える者でも居ないと困難な依頼内容だ。そのアテは?」
首を振られた。アテは無いらしい。
そもそも、転移魔法を使える者なんて、俺でも会ったことが無いしな。
この国には居ないだろう。
いや、そんな者の噂が、最近有ったな。
「王宮に転移魔法を使えるかもしれない者が滞在しているという噂が有るが…。」
「その者は、競っている相手側だ。」
誰かと競っていたのか。
その為に、”一番大きい奴”という変わった指定がされていたのか。
疑問が一つ解消した。
依頼内容が極めて困難だという事には、変わりはないが。
そして、その勝負に勝てる見込みが薄い事も察した。
グラスプ公爵家の馬鹿息子の噂は聞いている。
今の時期にグラスプ公爵家が競っている相手となれば、それは王女様たちなのだろう。
と、なれば、王様も王妃様も相手側。
さらに、向こうには転移魔法を使えるかもしれない者が居る。と。
馬鹿な勝負をしたものだ。
”競っている”と言う事は、何かを賭けているのだろう。
『グラスプ公爵家が形振り構わず、何かをしでかすかもしれない。』
ふと、その可能性に気が付いた。
…これは、かなりマズイ状況なのではないだろうか?
「ギルドマスターにも依頼を受けてもらいたい。前金で金貨3百枚出そう。」
びっくりした。
俺に『前金で報酬を出す。』と言った事に驚いた。
この執事は、俺が引退を考えている事を知っているのだ。
そして、この依頼の成功確率を上げる為に、ギルドマスターである俺を引き込む事が必要だと考えている。
先ほど思った、『グラスプ公爵家が形振り構わず、何かをしでかすかもしれない。』ということ。
それが、”俺に向く”ということだ。
マズイと思った。
依頼を受けずに済む方法を、必死に考えた。
だが、依頼を受けずに済む方法を思い付けなかった。
俺は、依頼を受けるしかなかった。
俺は、すぐに行動を開始した。
先ず、公爵家の執事と報酬の交渉をした。
【転移】や【フライ】を使える者への報酬だ。
これらの者の重要性を理解してくれたので、すぐに合意出来た。
次に、斥候を放った。
”オークの集落の殲滅”を理由に使えるので、ギルドお抱えの優秀な斥候を使う事が出来た。
”オークの集落の位置”と”オークキングの大きさ”の情報は、何としても手に入れなければならない。
絶対に必要な、極めて重要な情報だ。
次は、冒険者たちの確保だ。
ギルドの職員を走らせて、A級パーティーを二組確保できた。
出払っている者が意外と多かったのが誤算だったが、A級パーティーが居るのと居ないのとでは、モチベーションが違う。
確保できただけでも良しとしよう。
一組は、ベテランのパーティーだが、人望がソコソコな者たち。
もう一組は、最近昇格したばかりの若手のパーティーだ。
ベテランの方には、依頼を受けてくれる者を集めてもらうことにした。
オークの集落を殲滅するのだ。人数が少なくては話にならない。
必死に人を集めてくれるだろう。
若手のパーティーの方には、隣の街に行ってもらう。
魔術師の確保の為だ。
彼らに持たせる手紙を急いで書き上げた。
領主と冒険者ギルドへ宛てた手紙には、公爵家の依頼で動いている事を強調して協力をお願いした。
A級パーティーを使者として使うのだ。重要性を理解してくれるだろう。
若手のパーティーは、すぐに隣の街に向かった。
若手のパーティーを送り出た後、人集めの状況を訊いてみる。
「人集めは苦労しそうだ。」とのことだった。
理由を訊くと、怪我をしている者が多いからだそうだ。
さらに、魔術師が抜けた事による戦力低下を理由に、参加を見送るパーティーも多かった。
魔術師が抜けた事の影響が予想以上に出ていた事を痛感した。
出来る事を考えた。
ポーションで怪我をしている者を治す事しか、出来る事が無さそうだった。
価格が上がっているポーションを買い占める様な事をすれば、下落傾向にある冒険者の評判をさらに下げてしまう。
ギルドマスターの俺がしていい事ではなかった。
グラスプ公爵家に支援をお願いした。
貴族たちから、所有しているポーションを集めてもらえる事になった。
また、高価なハイポーションを購入する為の資金を出してくれた。
高価なハイポーションならば、買い占めても冒険者の評判をそれほど下げる事は無いだろう。
また、冒険者たちを集める為にも有効だ。
怪我で碌に働けない者たちに、ハイポーションを与えるのだ。
高価なハイポーションの分は働いてくれると期待してもいいだろう。
かなりの苦労を強いられているが、ハイポーションのお陰で、状況の好転が見込めそうだ。
しかし、やはり魔術師が少ない。
魔術師がリーダーかサブリーダーだったパーティーにしか、魔術師が残っていなかった様だ。
魔術師が激減した今では、残った魔術師たちが威張り散らしている。
魔術師が抜けた事で困っているパーティーが多いからな。
一方で、魔術師のことを未だに下に見る者も多く、魔術師をリーダー格にしているパーティー自体を下に見る者も多い。
隣の街から魔術師が来ても、即席のパーティーなんて不可能だろう。
難しい舵取りが求められる事になりそうだ。
実際に魔術師が加わったら、どんな事になるんだろうな。
するであろう苦労を考えた。
『何で、俺がこんな苦労をしなければならないんだ!』と思った。
俺は、考えるのを放棄した。
2020.01.30 ↓追加
(設定)
(お金について)
銅貨:百円くらいの価値。
銀貨:千円くらいの価値。銅貨10枚で銀貨1枚。
金貨:十万円くらいの価値。銀貨100枚で金貨1枚。
ギルドマスターへの前払いの報酬の金貨3百枚は、3000万円くらい。
『ギルドマスターが引退を考えているフシがある。』と副ギルドマスターから聞かされたので、確実に依頼を受けてくれる様に、退職金になりそうな金額を執事さんは提示しました。
当のギルドマスターは金額以外の理由で依頼を受ける事に決めましたが。