10 王妃様、メイドたちに悩まされる
「医務室のベッドが足りません。」
そう、相談を受けました。
メイド長から。
本来であれば、私のところに来る様な相談事ではありません。
また、メイド長が動く様な事でもありません。
と、なれば、『メイドたちがお馬鹿な貴族たちを医務室送りにし過ぎて、医務室のベッドが足りなくなった。』という意味なのでしょうね。
メイドたちに言いたい事は有りますが、それで済むのであれば、そもそもメイド長がここに来る様な事態にまでならなかったでしょう。
「…はぁ。」
私は、溜息を一つ吐いてから、対策を考える事にしました。
この様な事態になった原因の一つは、ナナシさんが作ってくれた『異空間トレー』です。
あれは素晴らしい魔道具です。
トレーの上に異空間を作り、そこに物を置くと、いくら揺らしても、逆さにしたってカップから紅茶が零れない。それはそれは素晴らしい魔道具です。
メイドたちが大喜びしたのも当然です。
しかし、その素晴らしい魔道具をメイドたちがすぐに悪用し始めました。
不埒な行いをしてくる貴族のボンボンたちを、そのトレーでブン殴る様になったのです。
トレーに紅茶でも乗せておけば、それでブン殴っても紅茶が零れるどころか波打ちもしない為、『私は何もしていませんよー。』って言い逃れが出来ますからね。
ブン殴り放題です。
その所為で、メイドたちの行動がすっかり過激になってしまいましたし、『意味も無く紅茶を乗せたトレーを持って廊下を歩くメイドの姿がよく見らる様になった。』なんて報告も聞いています。
その様な使い方をさせる為に、ナナシさんがあの素晴らしい魔道具作ってくれた訳ではないでしょうに…。
もう一つの原因は、ナナシさんへの面会を求める貴族たちが王宮に押し寄せて来ている事です。
彼らの目的は、ナナシさんの協力を取り付ける事です。
間も無く始まる”勝負”への協力です。
前回の勝負では、ナナシさんが一人で圧勝しました。
彼の協力を取り付ける事が出来れば、勝負に勝ったも同然です。
むしろ、『彼の協力を取り付けられた方が勝負に勝つ。』と断言してしまってもよいでしょう。
勝負に関わっている貴族たちが必死になるのも当然ですね。
対策を考えますが…。
どちらの原因に対しての対策を考えましょうか?
やはり、あのトレーを使用禁止にするのがいいでしょうね。
そうすれば、過激傾向にひた走っているメイドたちの行動を抑えられますし。
「あのトレーを使用禁止に。」
メイド長にそう言ったのですが、反論されました。
「あなたがそれを言いますか。」
”あなた”呼ばわりをされました。
メイド長に、”メイドの後輩扱い”される時は、この様な呼ばれ方をされます。
メイド時代に色々とやらかしているので、何を言われるのか分からなくて困ります。
さて。
メイド長は、どの件を引き合い出してくるのでしょうか?
「王子様のを蹴り上げたあなたがそれを言いますか。」
その件ですか…。
その件を持ち出してくるということは、アレでしょうか?
「また、”あの噂”が流れるという事ですか?」
メイド長は答えてくれませんでしたが、薄く笑うのが見えました。
くっ。
あの噂。
それは、夫が私にプロポーズした後に、この王宮に流れた噂です。
夫が、まだ王子だった頃。
彼の所為ですっごくイラついた私は、思わず彼の○○を蹴り上げてしまいました。
その様な事件があったのに、その数年後、彼は私にプロポーズしたのです。
変な噂が流れても、おかしくはありませんよね。
その変な噂は、いつの間にか消えて無くなっていたのですが…。
今また、あの噂が王宮に流れるのはよくありません。
今の王宮には、年頃になった私の娘が居るのですから。
変な噂が流れて夫がハゲるのは、まぁいいでしょう。
元から覚悟していた事です。義父がアレでしたので。
ですが、娘が心に傷を負う様な事態は看過できません。
たとえ、夫がどれだけハゲようとも。
メイド長が本気であの噂を流しそうなのが、本気で困ります。
ちくせう。
仕方が有りませんね。
メイドたちに大人気のあのトレーを使用禁止にするのは諦めましょう。
別の対策を考えることにします。
それ以外に出来そうな対策ですと…。
貴族たちがナナシさんへの面会が出来なくなる様に、王宮への立ち入りの制限は…、良くないですね。
処罰の一つとして存在していますからね。
強い反発が出てしまうでしょうし、その反発を押し退けてまで実行することなんて、そもそも出来ませんね。
「ナナシ様にダンジョンに行ってもらうのが良いと思います。」
対策に悩んでいたら、メイド長にそう言われました。
意外な提案です。
意外な提案ですが…。
『なるほど。』とも思います。
原因の一つは、ナナシさんへの面会を求めて貴族たちが押し寄せて来ている事ですからね。
それを片っ端からぶちのめしているメイドたちの行動も、どうかとは思いますが。
そう言えば、私も昔は…、げほんげほん。その話は今は置いておきます。
ナナシさんがダンジョンに行っているとなれば、いつ帰って来るのか分かりませんし、連れ戻すどころか、連絡を取る事すら困難です。
貴族たちも諦めざるを得ませんよね。
それに、ナナシさんに協力を要請する為に、冒険者を雇ってダンジョンに向かわせるような事をすれば、彼らが勝負に使う戦力を減らす事になってしまうのです。
何処に居るのか分からない者に協力を要請する為に、貴重な戦力を割く事なんてする訳がありません。
勝負に勝つ為には、オークキングの居るオークの集落を殲滅しないといけないのですからね。
諦めるしかありませんよね。
なるほど。
悪くない考えですね。
しかし、ナナシさんにダンジョンに行ってもらう様にお願いするとして、一体、どの様な名目が…。
と、思ったのですが、そう言えば、ダンジョンマスターへの霊薬のお礼がまだでしたね。
ナナシさんにダンジョンに行ってもらう名目は有りましたね。
名目も有りますし、『ナナシさんにダンジョンに行ってもらう』という案は、なかなか良い案の様に思います。
ですが…。
ですが、今、娘とナナシさんの関係は、過去最高に良好なのです。
それなのに、ナナシさんにダンジョンに行ってもらう?
そんな事を娘に頼めますかね?
頼めませんよね。
そんな事を娘に頼んで、娘から嫌われたくなどありません。
「シルフィの説得は、あなたが?」
メイド長に訊きます。
「変な噂が…。」
くっ!
夫の頭髪の事などどうでもいいのですが、可愛い一人娘が心に傷を負う事も、私が娘から嫌われる事も看過できない!
くそう。
本当にやりやがりそうですからね、このメイド長は!
この王宮のメイドたちは、変に思い切りのいい者が多いのです。今も昔も。
ちくせう!
仕方がありません。
夫と大臣を巻き込んで娘を説得してもらいましょう。
そうすれば、私が娘から嫌われる事にはなりませんし、娘もコトの重要性を理解してくれて、『うん。』と言ってくれるかもしれませんからね。
そもそも、夫が私にプロポーズした事が原因なのですから、夫にやらせましょう。
ええ。そうしましょう。
夫と大臣を巻き込んで、夫に娘を説得してもらいました。
渋々でしたが、娘も同意してくれました。
夫が娘に睨まれていますが、夫の変な噂が流れて娘が心に傷を負ってしまうのを防ぐ為には必要な犠牲です。
仕方が無い事なのです。
それに、元々夫の所為なのですから、受け入れてもらいましょう。
娘を説得した私たちは、ナナシさんにダンジョンに行ってもらうようにお願いする為に、ナナシさんの部屋に向かいます。
(設定)
(王妃様ェ…。)
『そもそも、夫が私にプロポーズした事が原因なのです』、『元々夫の所為なのですから』
自分の事を棚に上げてそんな事を言っている王妃様ですが、元々は、王妃様が王様の○○を蹴り上げた事が原因です。
それに、王様がプロポーズしなければ、シルフィも生まれていなかった訳なのですが…。
大切な娘の事を想うと、少しポンコツになってしまう。それと、(心の中の)言葉遣いが昔に戻ってしまう、そんな王妃様でした。




