08 外伝 トバされた男 ウォルト
”勝負”とやらに、魔術師ギルドは参加することにした様だ。
だが、勝負に派遣するのは希望する者だけとのことだったので、俺がオークの討伐に駆り出される様な事にはならなかった。
その事には安堵したのだが、魔術師の杖に魔法を込める仕事をさせられる事になった。
杖から作らされる訳ではないとはいえ、いささか杖の数が多い。
自分の魔力量を考えると、一日では終わりそうにない杖の数だ。
これらの杖のすべてに魔法を込めないといけないなんて、うんざりするな。
こんなつまらない作業をする時間が有れば、その時間を使って新たな魔道具の構想を練ったりしたいのだがな。
「はぁ。」
作業台の上に山になっている杖を見ながら、俺は溜息を吐いた。
「手伝ってあげましょうか?」
後ろから、そう声を掛けられた。
振り返ると、20代後半くらいの、ここでは見掛けない男が居た。
「ここに居る人たちにとっては、そんな単純作業なんて退屈でしょう。私が代わってあげますよ。」
どうやら声を掛けてきたこの男は、他の部署の者みたいだ。
「ここの人たちにそんな単純作業をさせるなんてもったいない事です。私たちに任せてください。その代わり、報酬の8割をいただきたいんですが…。」
ふむ。
その申し出は有り難い。
だが、報酬は8割でいいのか?
何もしない俺が残りの2割も貰ってしまっていいのだろうか?
うーーむ。
しかし、答えなんて決まっているな。
こんなつまらない作業なんてやりたくないし、新たな魔道具の構想を練ることの方が世の中の役に立つのだからな。
「それじゃあ頼む。あと、報酬は全部渡そう。何もしないのに2割も貰えない。」
「いいのですか? こちらは有り難いですけど…。」
「ああ。何もしないのに報酬を貰えない。報酬は全部やるよ。」
「そう言うのでしたら有り難くいただく事にします。杖は明日持って来ます。報酬はその時でいいです。」
そう言って、男は作業台の上の杖を抱えて部屋を出て行った。
男を見送った俺は、この空いた時間を使って新たな魔道具の構想を練るのだった。
翌日。
昨日の男から杖を受け取った。
込められた魔法のリストも一緒に受け取ったので、そのリストに目を通す。
ほうほう。
さすがは魔術師ギルド。
ここには優秀な魔術師が大勢揃っている様だ。
「すごいな。ありがとう、助かった。」
男に礼を言って、ギルドから渡されていた報酬を袋ごとすべて渡した。
笑顔の男を見送り、受け取った杖とリストを作業台の上に置いて、俺は昨日に引き続き新たな魔道具の構想を練る。
俺が一番楽しいと感じる時間だ。
杖を回収しに来た男に、来客を告げられた。
「来客…。」
俺は、応接室に向かいながら考える。
俺に会いに来る者など限られている。
問題は、『何をしに来たのか』だ。
命令されているポーションに関する調査があまり進んでいないからな。
トバされて調査を命令されているのに、その調査があまり進んでいないのだ。
叱られたりするのならまだしも、まさか、『罰として勝負に参加しろ。』なんて言われたりしないよな?
有り得そうで、会うのが怖いんだが…。
イヤな事態を想像して、胃がキリキリと痛くなった。
ビクビクしながら応接室に入る。
そこには、以前の職場の同僚だったオリヴィアが居た。
彼女は、手に杖を持っていた。
予め決められていた”撤収”の合図だ。
その事に安堵した。勝負に参加させられる可能性が無くなったのだからな。
胃の痛みも、スッと無くなった。
ホッとしながら彼女の向かいに座る。
そして、軽く挨拶し、彼女と一緒に演技を始めた。
「師匠が亡くなった。工房を継ぐ為に戻って来てほしい。」
「そうか。師匠が亡くなったのは残念だ。それなら仕方が無いな。」
そんな、単純で簡単な演技だ。
しかし、オリヴィアよ。
その、涙を堪えているのか笑いを堪えているのかよく分からない演技は、一体何なのだ?
真面目にやれ。
まったく。
応接室を出て、上司のところへ行く。
上司に”嘘の事情”を話して、魔術師ギルドを辞める事を伝えた。
残念がられたが了承してくれて、「今後の君の活躍を祈っている。」と言ってもらえた。
借りていた社宅に戻って荷物を【マジックバッグ】に詰め込み、鍵を返した。
待っていてくれていたオリヴィアと共に馬車に乗り、王都に向かう。
ガラガラという音を聞きながら、王都に帰れる事を嬉しく思う。
命令されていた調査については何の成果も上げられなかったが、このタイミングで迎えに来てくれたのだ。
俺はまだまだ必要とされているのだろう。
そう思うと、満足した気分にもなろうというものだ。
魔術師ギルドで魔道具を作るのも楽しかったしな。
…命令されていた調査については何の成果も上げられなかったが。
「お前は、魔道具作りだけをしていればいい。」
馬車の中で、オリヴィアにそんな事を言われた。笑いながら。
あと、「腹筋が死ぬかと思った。」なんて事も言われた。
ポーションが品薄になっている原因の調査が上手くいかなかっただけだろうが…。
俺の胃が痛くなるのなら分かるが、どうしてそれでお前の腹筋が死ぬんだよ。
おかしな事を言う奴だな。
「お腹が痛い。」とか言いながら笑っているおかしな同僚を無視して、俺はガラガラという音を聞きながら、ただ馬車に揺られたのだった。
ウォルトがオリヴィアと共に『魔術師の街』を離れた、この日。
彼の他にも『魔術師の街』を離れた者たちが居た。
街道を東に向かって歩くその者たちの内の一人が、昨日の出来事を思い出してニヤニヤしている。
『何もしないのに報酬を貰えない。』か…。
くくく。
何とも、ご立派なことだ。
「あはは。」
思い出し笑いをしたその男は、街道を歩きながらさらに呟く。
「紙に魔法を適当に書いただけで、他に何もしなかったのに報酬を貰った俺たちは、一体何なのかねぇ。あははははははっ。」
ご機嫌なその男の呟きと笑い声を咎める者など、男たちの中には一人も居ない。
それどころか…。
「ただの正当な退職金だな。」
「そうそう。」
「この程度の退職金しか受け取らなかった俺たちって、実は善人なんじゃね?」
「ははははっ。」
そんな事を言って下卑た笑いを浮かべる、かつて魔術師だった者たち。
彼らのした事は最低であったが、魔術師として生きていく事を諦め魔術師ギルドから抜けるのには、最高のタイミングだったのかもしれない。
彼らがした事が判明し、何人もの元魔術師たちが『俺もそうすればよかった!』と思うのは、もう少し後のことだった。




