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姫様を助けたのは失敗だったが、割と好き勝手に生きています。  作者: 井田六
第十三章 異世界生活編08 魔術師の街の騒動 前編 <異変>
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< 04 元魔術師 バロル 03 >


研究職への異動を断られた。

それどころか、俺が魔法を使えなくなってしまっている事に気付かれた可能性すら有る。

その事がショックで、また二日ほど呆然と過ごした。


『俺は魔術師ではない』


その絶望的な言葉が頭から離れない。

だが俺は、魔術師であり続けなければならない。

そうとも。

俺は、至高の存在であり続けなければならないのだ。

これまでの様に。



ひらめいた。


魔術局に戻ればいい。

そうだ。

魔術局に戻ればいい。


一度は魔術局を離れた身だが、この街に居る魔術師の多くがそうなのだ。

たいした問題にはならないだろう。

それに今は、魔術局から魔術師ギルドに大勢おおぜいの魔術師が移籍してしまって、困っているはずだ。

今、俺が魔術局に戻れば、歓迎されるだろう。

そうとも。

きっとそうだ。

何故なぜ、もっと早く気付かなかったんだ。

さっさと、そうしておけばよかった。


俺は早速さっそく、魔術局に向かった。

魔術局に行き、「魔術師ギルドを辞めて魔術局に復職したい。」と言った。

応対してくれた職員は、俺を歓迎してくれた。

職員のその歓迎ぶりに、心が満たされる感じがした。

久しぶりに感じる感情だ。

忘れていた感情だ。

心が満たされる。

この喜びは至高の存在たる俺に相応ふさわしいものだ!

そう感じた。


応接室に通された。

待遇面などの話し合いがされるのだろう。

至高の存在たる俺に相応ふさわしい待遇を期待しよう。

戻って来てやったのだから、以前よりも好待遇なのは当然だな。

うむうむ。

ここに一月ひとつきも居れば、またつえを買える様になるだろう。

うむうむ。

今夜は祝杯だな。

ふふふふ。


職員らしき男が二人やって来た。

俺の向かいに座って、一人が言う。

「魔術局に戻って来たあなたを歓迎します。」

「………。」

『歓迎します。』と言う割には、それほど歓迎している様には見えなかった。

そんな職員の様子に、俺は少し戸惑とまどう。

もう一人の男が、両手で持っていた魔道具らしき物をテーブルの上に置いて、俺に言う。

「待遇面のお話をする前に、魔力量を調べさせてください。」

ドキリとした。

言葉が出ない。

二人は俺をジッと見ている。無言で。

魔力量を調べさせる訳にはいかない。

そんな事をされたら、俺が魔法を使えない事がバレてしまう。

「…お、俺は、以前ここでポーション作りをしていた。その実績で十分だろう。それに魔術局に入る時にも魔力量について調べられた事なんて無かったぞ。」

「最近導入されました。ここに手を乗せてください。」

「い、以前、ここでポーション作りをしていたっ。その実績で十分だろう!」

「この検査は全員を対象にしています。」

「俺には必要無い!」

「この検査は全員を対象にしています。」

「これまでの俺の実績と魔術局への貢献こうけんを、無かった事にするつもりかっ!」

「この検査を拒否するのであれば、あなたを迎え入れる事は出来ません。」

職員の態度にムカついた。

俺は、至高の存在たる魔術師さまなのだぞ!

職員ごときが無礼であろうが!

「必要無いと言っている! 俺には実績が十分に有るんだ! 俺の事を知っている奴を呼んで来い! 証言してくれるはずだ! 俺の実績を!」

「最近、多くの魔術師でない者が、魔術師をかたって職を求めにやって来ています。必要な検査です。」

「必要無い! 俺には実績が十分に有るんだ! 俺の事を知っている奴を呼んで来い!」

「では、お帰りください。」

「………………。」

くそう。

くそう。くそう。くそう。

何故なぜ、俺がこんな目にわなければならないんだ。

くそう。

俺は、至高の存在たる魔術師さまなのに。

そのはずだったのに。

俺は、至高の存在たる魔術師さまとして、おろものどもを導いてやらねばならないのに。

どうしてこうなったんだ。

どうしてこうなったんだ。

どうしてこうなったんだ。


俺は席を立った。

そして、ドアに向かう。

涙が出そうだったから。

「一つ仕事をお願いしたい。」

そう言われて、ドアに向かう足が止まる。

「魔術師ギルドから魔術師を勧誘してもらいたい。」

職員のその言葉を頭の中で反芻はんすうする。

「10人でいい。ちゃんと検査を受けてくれる、ちゃんと魔力量が十分に有る魔術師を10人だ。そうすれば、あなたも魔術局に受け入れよう。」

俺はその提案に、ただうなずいてこたえた。

そして、そのまま魔術局を出て、ふらつきながら家に帰った。



< 残された職員たちの会話 >


「やはり、あの男も魔術師ではなかった様ですね。」

そう言う同僚の声をぼんやりと聞いた。

今日は、あの男で3人目だ。

最近、魔術師でない者が、魔術師をかたって職を求めにやって来る事が多くなってきた。

以前、魔術師への優遇措置が発表された直後に、そういうやから大勢おおぜいやって来たという話は聞いていた。

だが、ここしばらくは、そんなやからが姿を見せる事は無くなっていた。

それなのに、この半月はんつきほどは、毎日の様にそんなやからがここにやって来る。

一体いったい、何が起きているのだろう?


だが、さっきのあの男はおかしい。

あの男が以前、この魔術局でポーションを作っていた事を私は知っている。

あの男が魔術師なのは間違いない。

なのに何故なぜ、魔力量を調べられる事をこばんだのだろう?

以前の魔術師ならば喜んで検査に応じて、魔力量を大声で言いふらしながら『これが至高の存在たる者のあかしだ!』とかうそぶいていたことだろう。

それなのに…。


おかしい。

絶対に、おかしい。

一体いったい、何が起きているのだろう?


「でも、いいんですか? あんな簡単な条件で。」

同僚に言われた。

「大丈夫だ。『受け入れる。』としか言っていないからな。」

「…ああ。そうですね。」

「既にここに居ない者だ。実績を十分に上げられなければ解雇してしまえばいい。」

そう。

既に魔術局ここに居ない者だ。

役に立たなければ解雇してしまえばいい。

解雇したって誰も困らない。

そう。

あの男は魔術局にとって、どうでもいい存在なのだ。



< バロル視点 >


家に帰って来て、ソファーに腰掛けた。

ただ、呆然と。


しばらく呆然としてから考える。

これから先の事を。

魔術局に戻る事は出来なかった。

最初の職員の反応が良かったから、そのぶんショックが大きかった。

思い出して、グッタリとする。

魔術師ギルドにも俺の居場所は無い。

「………………。」

溜息ためいきすら出ない。

俺は、どうすればいいんだ?


魔術局で最後に言われた事をぼんやりと思い出した。

『魔術師ギルドから魔術師を勧誘してもらいたい。』

そう言われた。

そうすれば『魔術局に戻れる』とも。

『ちゃんと検査を受けてくれる者』という条件も有ったか。

『魔術師でない者が魔術師をかたって職を求めにやって来ている。』とも言っていたな。

俺の様な者が、他にも居たのだろう。


勧誘する方法を考える。

勧誘なんて、至高の存在たる俺には相応ふさわしくない仕事だ。

無駄な事をせずに、サッと終わらせたい。

魔術師であることが確実な者に声を掛けないといけないな。

どうすれば、それが分かるだろう?

しばらく考えて、『ポーションを作製している現場で声を掛ければいい』と気が付いた。

魔法が使える事を確認できるし、交代制で利用する共用スペースだから、誰でも容易に近付ける。

それに俺は、魔術師ギルドを辞めた訳でも、解雇された訳でもないからな。

あの人事担当の幹部が何かしていれば解雇されているかもしれないが、これまでのところ何の通知も届いていない。

まだ解雇されていないということなのだろう。

うむ。

魔術局に行く前に、魔術師ギルドを辞めなくてよかったな。

あわてて魔術局に行ってよかった。

最悪の事態にならなかった事に、ホッとした。


俺は早速さっそく、魔術師ギルドに向かった。

誰にもとがめられること無く、ポーションを作製している共用スペースまで来れた。

やはり俺は解雇されてはいない様だ。

ポーションを作っている者に、作業の合間あいまに声を掛ける。

「魔術局が魔術師を欲しがっている。一緒に移籍しないか? きっと給料が上がるぞ。」

そんな事を言って勧誘した。

だが、反応はいまいちだった。

「こちらの方が圧倒的に組織が大きい。」、「魔術局はもうお終いだろう。」

そんな事を言われた。

あまり目立つのはマズいと思い、3人に声を掛けただけで、この日はめた。


そんな事を何日かしたが、成果は無かった。



今日は給料日だ。

仕事はしていないが、解雇もされていない。

多分たぶん、給料は出るだろう。

どのくらいもらえるのかは見当も付かないがな。


給料を受け取った。

もらえた事を喜ぶ。

だが、もらえた金額は少なかった。

これでは次の給料日までたない。

何とか、10人勧誘をしないといけないな。



その後も魔術師ギルドへ行って勧誘を続けた。

毎日行かなかった事が良かったのか、まだ追い出されたりはしていない。

しかし、俺の事を『ハエ』と呼ぶ陰口かげぐちを聞く様になった。

だが、俺はその陰口かげぐちに耐えながら勧誘を続けた。

俺には、魔術局へ復職する事しか希望が無かったから。

俺には、”至高の存在たる魔術師”としての自分しか考えられなかったから。

魔術師以外の生き方など考えられない。

そう。

魔術師以外の生き方など考えられない。

そうとも。

俺は、至高の存在たる魔術師さまなのだ。


たとえ、『ハエ』と陰口かげぐちを言われようともな。


(設定)

<『魔術師ギルド』の構造 >

ギルドとは名乗っているが、この組織の構造は普通の会社とほぼ同じである。

魔術師を雇用して給料を払い、ポーションや魔道具などを作って販売して収入を得ている。

窓口で、魔物の討伐や薬草の採取などの斡旋を行っていたり、素材の買い取りをしたりしているが、ギルドっぽいのはそれくらい。

ギルドと名乗っているのは、一般市民の受けが良さそうだから。

また、将来『冒険者ギルド』みたいになる事を夢見ている。

組織が大きくなったら、魔術師を雇用していけなくなると思われる。

大きくなるにつれて、徐々に冒険者ギルドの形態に近付いていくはず。存続できれば。

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