<03 元魔術師 バロル 02 >
二日ほど、呆然と過ごした。
『俺は魔術師ではない』
そんな事は認められない。
当たり前だ。
そんな事は認められない。
だが、そんな事とは関係無く、腹は減るのだ。
認めた訳ではないのだが、これから先の事を考え始めた。
魔術師でなくなった事を知られる訳にはいかない。
この街は、魔術師に対して優遇措置が採られていて、家賃が安く抑えられているからな。
今、この街の優遇措置を受けられなくなるのはマズイ。
先日、奮発して杖を新調したばかりで金が無いからな。
しかも、その杖も行方不明だ。
しまったな。
落とし物の届け出さえ出していなかった。
戻って来る可能性は低いが、届け出くらいは、一応、出しておこう。
もっとも、あの杖の価値が分かる者はこの街には多いから、絶望的な気もするがな。
いや、それよりも職の事だ。
今の職に就いているかぎり、生活は何とかなる。
そうとも。
今の職を失うのはマズイ。
絶対にバレてはいけない。
俺が魔法を使えなくなった事を。
しかし、マズイな。
今、俺は、魔術局に居た時と同様にポーション作りをしている。
しかも、以前よりもノルマが厳しいからサボり続ける事は出来ない。
何でも、領主が税金を引き上げたかららしい。
まぁ、魔術師を魔術局から大勢引き抜いたのだからな。
頭にきて、税を引き上げるのも当然だろう。
むしろ、その程度で済んでいる事の方が不思議だ。
俺だったら、街から追放していただろう。
まぁ、副領主はヤリ手らしいから、何か考えが有っての事なのだろう。
俺には理解できないがな。
…そんな事はどうでもいいな。
ポーション作りから逃れる方法を考えよう。
研究職はどうだろう?
それも、ポーションの製造に関する研究なら、『研究させてみよう』という気になるかもしれない。
そうだ。
それならポーション作りから逃れられるだろう。
研究はすぐに結果を求められる様なものではないから、それなりの期間、何の成果が無くても許されるだろう。
『研究したが上手くいかなかった』という事も有り得るのだしな。
上手く立ち回れば、何の成果も無しに組織に居続ける事も不可能ではない。
よし。
それで行こう。
そう決めて、俺は綿密な計画を練り始めた。
数日掛けて計画を練り上げた。
研究のテーマは『魔力の効率的な利用方法』だ。
最初に考えていたポーションの製造に関する研究は止めた。
ポーション作りに力を入れ始めた組織が早く成果を欲しがる事が、目に見えているのだからな。
俺の目的の、『上手く立ち回って、何の成果も無しに組織に居続ける』こととは、相容れないテーマだったのだ。
早速、研究職への異動を要求しよう。
魔術師ギルドへ行き、担当者を探す。
…誰に話をすればいいのか分からず、少しだけ苦労した。
少し時間が掛かってしまったが、なんとか人事を統括している幹部と会う事が出来た。
そして、研究職への異動を求め、やりたい研究テーマについてたっぷりと話した。
幹部は、長い時間、静かに俺の話を聞いてくれた。
手応えを感じた。
俺の説明を最後まで聞いてくれた幹部が、長く考えてから口を開いた。
「異動は認められない。」
予想外の言葉だった。
納得できない俺は、研究テーマの有用性や意義などを改めて説明した。
その説明も、最後まで静かに聞いてくれたのだが、幹部の返答は変わらなかった。
「君の話は大変興味深い物だった。」
「でしたら何故、認めてもらえないのですか?」
「希望者が多過ぎるのだ。」
ん? 希望者が多過ぎる?
「この十日ほどの間に、多くの者が研究職への異動を求めて来た。」
そう言われて、街の外で目覚めた時の事を思い出した。
俺の他にも、何人もの下着姿の男たちが居た。
あいつらも俺と同様に魔法が使えなくなったのか?!
「心当たりが有りそうだね?」
マズイ!
俺が魔法を使えなくなった事は、知られてはならないのだ!
「ポーションの生産にも支障が出ている様だ。」
ドキリとする。
ポーション作りから逃れる為に思い付いたのが、研究職への異動なのだ。
「まだ、ちゃんとした数字が出て来てないので、何とも言えないのだがね。」
ホッ。
少し安心した。
…いや、違う。
これは揺さぶりを掛けられているのだ。
感情を顔に出してはいけない。
どうする?
どうする?
どうする?
「ポーションを、倍作ってくれないか?」
そんな提案をされた。
「なに、『ずっと』という訳ではない。ポーションの生産量が低下している間だけだ。」
「その成果によっては異動を認めようではないか。」
くそう。
その条件は飲めない。
今の俺にポーションは作れないのだから。
別の条件を考える。
何か有るはずだ。
考えろ。
考えろ。
焦る。
額に汗が浮かぶ。
だが、考え続ける。
良い考えは思い付かなかったが、思い付いたまま次々と言ってみた。
必死に。
だが、すべて断られた。
ポーション作り以外を認める気は、まったく無い様だった。
俺は諦めて帰ることにした。
これ以上粘っても無駄だと思ったから。
帰り際に言われた。
「君の話は、大変興味深い物だった。」
!!
ドキリとした。
まるで、『すべてを知っているぞ。』とでも言われた様な気分だった。
恐怖で体が固まる。
振り返る事なんか出来ない。
それどころか、呼吸すら上手く出来ない。
俺は、何とか足を動かして、部屋を出た。
そのままギルドを出て、俺は家に向かった。
ただ、前だけを見て。
< ある者たちの会話 >
『『身ぐるみ剥いで街の外にポイッ』が流行し過ぎている件。www』
『自業自得。』
『想像以上に嫌われてるよね。この街の魔術師たちは。』
『これまでの行いが悪かったんだろうね。』
『身勝手な言動をする者が多過ぎるよね。』
『あの言動の割には、街の住人たちが優し過ぎなんぢゃね?』
『組織的な報復を恐れて、一線を越えない様に抑えているのかな?』
『あの言動だと、弁明の機会を与える気になんてなれないよね。』
『そんな気なんて無いくせに。』
『組織にしがみついて離れようとしない寄生虫みたいな奴らが居る件。』
『放置でいいでしょ。寄生虫が多くなったら組織ごと逝くでしょ。』




