< 56 外伝 ハチミツ騒動03end メイド長、苦悩す >
”お世話係”の二人が帰って来ました。
ナナシ様に二人を連れ戻してもらう様にお願いしてから、まだそれほど時間は経っていません。
いくら転移魔法が使えると言っても、早過ぎますね。
オークの集落を探し出した時にも驚かされましたが、ナナシ様の捜索能力の異常さに改めて驚きます。
彼の捜索能力の活用方法を無意識の内に考えてしまうのは、職業病でしょうか?
二人を労い、マリアンヌが無傷である事と医務室で寝ている事を告げて、休暇を与えます。
過労で倒れる者がこれ以上出てしまうのは困りますからね。
二人が退室して行きました。
私の机の上に、ナナシ様から渡されたという【マジックバッグ】を置いて。
この【マジックバッグ】の中身は、ハチミツとのことでした。
机の上の【マジックバッグ】を眺めながら…。
私は、『これは困ったことになった。』と思いました。
ナナシ様が、二人に”コレ”を渡した理由は理解できます。
目を覚ましたマリアンヌが、再び飛び出して行くのを危惧されたのでしょう。
その配慮には心から感謝します。
ですが…。
”コレ”の所為で、マリアンヌに罰を与えるのが難しくなってしまいました。
私は、マリアンヌにどの様な罰を与えたらいいのか悩み始めました。
今回、マリアンヌは仕事中に身勝手過ぎる行動をし、彼女の捜索の為に人手を割かなければなりませんでした。
さらに、マリアンヌがナナシ様を攻撃したという事件。
マリアンヌを厳罰に処すのは当然です。
マリアンヌへの処罰は、懲罰房に入れる事になるでしょう。
マリアンヌを懲罰房に入れて、出てから”コレ”を使ったおやつを作れるならば、それで良いでしょう。
ですが、そういう訳にはいきません。
この部屋に居るメイドたちは、先ほどの二人の説明を耳にしています。
その為、”あのハチミツ”がここに在る事を知られてしまっているのです。
彼女たちは、とても期待した目で見ています。私の机の上の【マジックバッグ】を。
”あのハチミツ”を使ったおやつ作りを先延ばしにする事は難しいでしょう。
こういう事に箝口令を敷いても、情報が漏れますからね。確実に。
この王宮のメイドたちは、おやつに対しての情熱が凄いですから。
そして、もちろん王妃様も。
マリアンヌへの処罰を考えます。
懲罰房に入れるのは仕方がありません。妥当な処罰です。
ですが、そうすると、マリアンヌは再び食べ損なってしまうのです。”あのハチミツ”を使って作ったおやつを。
そうなると、また同じ事件が起こるでしょう。
そうなると分かっていて、懲罰房に入れる訳にはいきません。
では、おやつを差し入れるのを認める?
中途半端な罰の様に感じますし、その様な前例は有りません。
これまで、マリアンヌへの処罰として有効だったのは、『おやつ抜き』でした。
しかし、今回はその罰は使うことは、もちろんできません。
どうしましょう?
まったく別の罰を考え出した方がいいのでしょうか?
そんなものを、いきなり思い付ける訳なんてないですよね。
かなりの難問です。
ふう。
考えがまとまりませんね。
すこし、違う事を考える事にしましょう。
そう思い、護衛のメイドに羽交い絞めにされている人に訊きます。
「リリス、何か用かしら?」
「美味しい物が有ると聞いて。(ワクテカワクテカ)」
「これはおやつ作りに使う材料です。あげられません。」
「そこをなんとか。」
「あげられません。」
尚も文句を言い続けるリリスに呆れます。
子供ですか。
もういい歳なのですから、歳相応に落ち着いてほしいものです。
リリスを無視して、もう一人の羽交い絞めにされているお方に訊きます。
「何かご用でしょうか? 王妃様。」
「美味しいハチミツが有ると聞いて来たのだけれど、これはどうかと思うの。」
護衛のメイドに羽交い絞めにされている王妃様なんて、あまり見られる光景ではありませんよね。
私がメイド長になってからは、初めて出来事だと思います。
彼女が王妃になる前には、割とよく見られた光景でしたが。
しかし、護衛のメイドも、よく王妃様を羽交い絞めにしましたね。
普通は、躊躇してしまって、手が出せないと思います。
…見たら、護衛のメイドは涙目になっていました。
無意識の内に体が反応してしまったのですね。
厳しい訓練の成果が遺憾無く発揮された結果なのでしょう。
後で、褒めてあげましょう。この不運な護衛に報いてあげる為に。
王妃様と押し問答をするのは、護衛のメイドが可哀想ですので、妥協案を出します。
「一口だけですよ。」
メイドにティースプーンを二本持って来てもらいます。
「スプーンが小さい。」とか文句を言うリリスは、もちろん無視です。
同じセリフが違う声でも聞こえた気がしましたが、私の気の所為です。
二人に一口づつハチミツを食べさせてあげます。私が。
二人とも羽交い絞めにされたままですので。
こういう時のこの二人はあまり信用できませんので、仕方がありません。
かつての問題児のツートップですからね。
二人はハチミツの美味しさに喜んでいます。
とても美味しいですからね。このハチミツは。
当然ですね。
そして、さも当然の事の様に要求してくるおかわりを、私が黙殺するのも当然なのです。
二人を執務室から追い出しました。
そして、王妃様を羽交い絞めにした護衛のメイドを褒めて労います。
「よくやりました。あの判断と行動は見事です。」
涙目だった彼女を、褒めて宥めて落ち着かせてあげました。
ふぅ。
椅子に座り、あの二人が来た事について考えます。
あのハチミツの存在がバレる事は確実だと思っていましたが、私の予想よりもかなり早くバレてしまっていたので。
でも、何処でバレたのでしょうか?
ナナシ様の部屋から私のところに【マジックバッグ】が届けられたから?
それだけですと、『依頼された魔道具を運んでいる』という可能性の方が遥かに高いですよね。
実際にそういう事が何度か有りましたし。
と、なると、今回のマリアンヌの件と、ナナシ様の行動の予測とを併せての推測でしょうね。
その情報分析能力は褒めてあげなくもないですが、正直、少し迷惑ですね。
次回からは、何か対策を考えておくことにしましょう。
取り敢えず、このハチミツはお菓子製造部に引き渡してしまいましょう。
ここに置いておくと、またリリスたちが来て面倒な事になりますからね。
早速、【マジックバッグ】を持って、お菓子製造部の建物に向かいます。
執務室を出たところに王妃様とリリスが居ました。
何をしているのでしょうかね、この二人は。
少しは予想していましたが、予想通りだった事に呆れます。
二人は、護衛たちが反応しないギリギリの距離を保ちながら付いて来ます。
その辺りの見極めの良さは、さすが元王宮のメイドですね。
やっている事を考えると、呆れるしかありませんが。
ハチミツを、お菓子製造部に引き渡しました。
これで安心です。
このお菓子製造部は、王妃様がメイドたちの為に作った組織です。
ここを襲撃する様な不心得者は、この王宮には居ませんからね。
…ですが、襲撃しそうな者の一人が、その王妃様なのはどうしましょうか?
………………。
私は、自分の護衛たちにこの場の警備を命じました。
これで、安心して執務室に戻れますね。
「むぅーー。」とか言うリリスは、もちろん無視です。
同じセリフが違う声でも聞こえた気がしましたが、もちろん私の気の所為です。
執務室に戻って来ました。
再び、マリアンヌの処罰について考えます。
マリアンヌがした事を考えれば厳罰は当然で、クビも有り得ます。
ですが、クビにしてしまうのは論外です。
野に放ってしまうのは危険ですし、マリアンヌが何かコトを起こした時の初動が遅れてしまいますからね。
そもそも、クビにしてしまったら、王宮のメイドたちを動かす根拠が無くなってしまいます。
クビには出来ませんよね。
それに、マリアンヌのあの意味不明な攻撃力を手放したくはありません。
『【魔法無効】の結界も【物理無効】の結界も通り越して、ナナシ様を気絶させた。』と、クリスティーナから聞かされました。
攻撃を無効化する結界に守られたナナシ様に通用する攻撃手段なんて、想像すら出来ません。
対ナナシ様用の切り札として、マリアンヌのあの意味不明な攻撃力は、ぜひとも確保しておかなければなりません。
例え、意味不明だとしても。
例え、天然で、行動が読めなくとも。
例え、話が通じなくとも。
………………。
少し常識が怪しくても、国全体の地面を揺らせる程のとんでもない威力の魔法を放てるとしても、話が通じる分、ナナシ様の方がよっぽどマシなんじゃないですかね?
………………。
ナナシ様を抑える為の切り札の話をしていたはずだったのですが、マリアンヌの方が脅威なんじゃないですかね?
………………。
いえいえ、切り札が存在している事を喜びましょう。
ええ、そうです。
切り札が存在している事を喜びましょう。
一応、対マリアンヌ用の切り札も考えます。
対マリアンヌ用の切り札としては、ナナシ様に期待が出来ますね。
ナナシ様でしたら話が通じますし、今回もマリアンヌを捕えてくださいました。
そうですね。大丈夫ですね。
安心しました。
でも…。
二人が手を結んでしまったらどうなるのでしょうか?
………………。
ナナシ様がマリアンヌを手懐けるのは簡単でしょう。あのハチミツが有りますし。
逆は、想像できませんね。
マリアンヌに人を使う事が出来るとは思えません。
その心配は有りませんね。
その心配は有りませんが…。
ナナシ様がマリアンヌを手懐けてしまったら、ナナシ様を抑える切り札が有りませんね。
姫様には、それほど期待できませんし。
いっその事、姫様をけしかけて子作りをさせてしまいましょうか?
子供ができれば、ナナシ様の心境に変化が起こる事に期待が出来るでしょう。
ナナシ様は胸が大きい娘が好みとは聞いていますが、そのくらいの事はどうとでもなりますし。
………………。
どうしてこういう話になったんでしょうか?
………………。
………………。
………………。
マリアンヌの処罰について考えましょう。
ええ。
マリアンヌの処罰について考えます。
今、考えなければならないのは、それです。
それだけだったはずです。
私は、改めてマリアンヌの処罰について考えます。
条件を整理しましょう。
・厳罰は必要ですが、クビにはできない。
・懲罰房に入れようにも、懲罰房に入れている間にあのハチミツを使ったおやつが出されて、マリアンヌが食べ損なう事態は避けなければならない。
・あのハチミツを使ったおやつを作るのことは先延ばしに出来ない。
こうでしょうか。
と、なると…。
『懲罰房に入れて反省文を書かせつつ、でも、あのハチミツを使ったおやつの差し入れはする。』という、少し中途半端な処罰にならざるを得ないのでしょうか?
でも、これでマリアンヌへの罰になりますでしょうか?
彼女がまともに反省文を書くとは思えません。
きっと、食事とおやつの時間以外は、一日中寝て過ごす事になるでしょう。
ですが、反省文を書かせる為に監視する者を付けられる状況ではありませんし、あの意味不明な攻撃を躱せる者も居ません。
これまでマリアンヌが問題を起こした時は、『おやつ抜き』が十分な罰になっていました。
ですが、今回の様に、その『おやつ抜き』が処罰として使えない場合、マリアンヌに有効な罰など存在しませんね。
今、与えられる罰は、『懲罰房に入れて反省文を書かせつつ、でも、あのハチミツを使ったおやつの差し入れはする。』となってしまいますね。
これくらいしか考えられませんよね。
………………。
仕方がありません。
今回はこれでいきましょう。
次回の為に、誰かにマリアンヌ用の罰を考えてもらわないといけませんね。
しかし、与える罰を決めるだけで、こんなに悩むことになるとは…。
マリアンヌには、本当に苦労させられますね。
すっかり疲れてしまった私は、目を閉じて、体の力を抜いて休憩します。
頭の中から、マリアンヌの脅威だとか、ナナシ様の脅威だとか、二人が手を結んでしまった時の脅威だとか、姫様の胸囲だとか、色々な事を意識の外に追い出して。
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