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姫様を助けたのは失敗だったが、割と好き勝手に生きています。  作者: 井田六
第十二章 異世界生活編07 新・新生活編
209/400

< 53 新・王宮での生活47 ナナシ、企む。ウェディングドレス02end >


今日は、結婚式の時の衣装を着ます。

何故なぜか10日間の猶予ゆうよ期間が有った、あの件です。


で、結婚式の時の衣装に着替えているのですが…。

その為に、ケイティさんの他にも十人ほどのメイドさんが来てくれて、着替きがえを手伝ってくれています。

いや、えられています。

以前のえの時ほど、すごく大勢おおぜいのメイドさんが居る訳ではないのですが、手伝ってくれているメイドさんたちの全員が俺の胸元むなもと凝視ぎょうししている様に感じて、やっぱり何とも言えない緊張感が有ります。

それと、中に着るシャツを何度も着せられたり脱がされたりしているのは、何でなんですかね?

おかしいよね?

たまらず、ケイティさんに言う。

「ケイティ…。中に着るシャツはどうせ見えなくなるんだから、どうでもよくね?」

「いえ、襟元えりもとの開き具合で、見えそうで見えない、でもチラリと見えるのが最高なのです。(キリッ)」

細かすぎて伝わらない、でも決して譲れない。そんな重要なポイントでも有りそうなケイティさんのお返事でした。

あきらめて心を無にして着せ替え人形役にてっします。

でも、時々着せ替えの手が止まって検討会が始まったり、ずっとデッサンしている人が居たりするのは、一体いったい何なんですかね?

いつもと色々と様子が違って、どうにも困惑してしまいます。


着替きがえ』とは名ばかりの『え』が終わった。

緊張と困惑から解放されてホッとします。

ふぅ。


着替えは終わったのですが、俺はこのまま待機です。

うん。知ってる。

シルフィの着替えが終わるのを待つんですね。

女性の着替えに時間が掛かるのは、何処どこの世界でも同じなのです。

そして、男が黙って待たなければならないのも、文句を言うとひどい目に遭うのも、何処どこの世界でも同じなのです。

俺はスツールに腰掛け、シルフィの着替えが終わるのを黙って待ちます。

………………。

退屈だったので、【無限収納】からペンギン型ゴーレムの骨格を取り出して、歩かせておきます。

カシャカシャと歩く様子をボーっと眺めて、シルフィの着替えが終わるのを黙って待ちます。


メイドさんが迎えに来ました。

随分ずいぶん待たされた様な気がします。

カシャカシャと歩くペンギン型ゴーレムの骨格を眺めていた所為せいか、『このまま朽ち果ててしまうのではないか?』とか『死んだ後は、皆、ただの骨になるだけだよね。』とか『人生とは?』とか、色々な事を考えてしまっていました。

ペンギン型ゴーレムの骨格を歩かせて眺めていたのは失敗だったね。

特に、初期に鳥の骨で組んで作った骨々(ほねぼね)しい骨格だったこともあって、余計な事を考えてしまっていたようです。

待ち過ぎて、何を待っていたのかすら記憶が曖昧あいまいですが、迎えに来てくれたメイドさんの後を付いて行きます。


メイドさんの後を付いて行って、シルフィの部屋に入った。

さらに歩き、今まで入った事の無かった部屋に通された。

部屋の中に入ると、純白の衣装を着た女性が居た。

うつむいていて、その表情は見えない。

ゆっくりと顔を上げるその女性。

目が合う。

息が止まった。

ただ、見詰みつめた。


綺麗だと思った。

美しいと思った。

ただ、見詰めた。

呼吸も忘れて。


「ごほん。」


誰かの声が聞こえた。

声がした方を見る。

メイドさんたちが壁際かべぎわに並んでひかえていた。

そのメイドさんたちと視線が合わない事に気付いて、メイドさんたちの視線を追っていく。

そして、俺を見ているその女性と再び目が合った。


その綺麗な女性はシルフィだった。

綺麗だった。

美しかった。

目を逸らすことが出来ない。

だから、ただ、見詰めた。

シルフィを。


「お言葉を。」


そう言う、誰かの声が聞こえた。

ああ。

俺がシルフィに何か言うのね。

その事は理解できた。

理解はできたのだが、頭が回転してくれない。

『頭がしろになる』というのは、こういう事を言うのかな?

そんな事を考えたら、脳裏に静かな水面みなもの様な情景が浮かんだ。


しばらくの間、何も考えられないまま見詰めた。

シルフィを。


「綺麗だ。」


俺は無意識にそう言っていた。


微笑ほほえみを浮かべながら、静々(しずしず)と近付いて来るシルフィ。

俺はただ、それを見詰める。

シルフィは軽く俺の体に触れ、見上げる様にしながら「ナナシさんも素敵です。」と言った。


そのまま見詰め合う。


どのくらいの間、そうしていたのか分からない。


シルフィがさらに体を寄せ…。

背伸びをしたのか、シルフィの顔が俺の顔に近付いた。

そして、シルフィは目を閉じ…。


俺は…。


シルフィを軽く抱いて…。


キスをした。




唇を離して…。


何となく目を合わせるのが恥ずかしかったので、目が合わない様にシルフィを抱き締めた。

シルフィも、俺を抱き締め返してくれる。

しばらくシルフィと抱き締め合っていたら、ふと、視線を感じた。

視線を感じた方を見ると、クリスティーナさんのニマニマした顔が見えた。

………………。

メイドさんたちが俺たちを見ている事に気が付くと同時に、頭が回転し始めた。

しばらくぶりに頭が回転し始めたのだが、この後、俺はどうしたらいいんですかね?

どうしたらいいのか、サッパリ分からないんですがっ。

どうしたらいいのか分からなくて、そのままシルフィを抱き締め続ける。

そして、シルフィを抱き締めたまま…。

俺の頭は、再び回転をめたのだった。



俺の胸元むなもとでシルフィが、「私、幸せです。」と言う。

取り敢えず、俺は相槌あいづちつ。

頭が回転してくれていないので、それしか出来ない。

さらにシルフィが何か色々と言っている。

それにも相槌あいづちちながら、ノロノロと再び回転し始めた頭で『この状況って、どうしたらいいのかな?』と、ぼんやりと考えるのだった。




普段着に着替えて、ソファーに体を沈めています。

ダラーーっと。


あの後は、時間切れになって解放されました。

時間切れに助けられたね。

だけど、どうしてあんな事になっちゃったのかな?

俺はただ、結婚式の時の衣装を着てシルフィを喜ばせるつもりだった。

ただ、それだけだったはずなのに。

それなのに、どうしてああなったのだろう?

正直、訳が分かりません。

うん。

本当に訳が分かりません。

どうしてああなった?(呆然)



ソファーでしばらく呆然としていたら、シルフィがやって来た。

シルフィは俺の膝の上に座り、俺に抱き着く。

俺は、いつもの様にシルフィの頭をなでなでする。

なでなでしていたら、胸元から「でへへー。」って声が聞こえた。

うん。いつものシルフィだね。

いつもの様に『でへへ』っているシルフィに、何だかホッとした。


いつもと同じシルフィの様子に安堵あんどしつつ…。

俺は、先ほどの純白の衣装を着たシルフィを思い出す。

微笑ほほえみを浮かべた、おまし顔のシルフィを。

綺麗だった。

美しかった。

普段のシルフィとは違っていた。

とてもとても綺麗だった。

そして…。

キスしたんだよなぁ…。


結婚式で誓いのキスはしたのだが、それ以外では初めてのキスだった。

結婚はしたけど、好き合って結婚した訳ではなかったからね。

シルフィに好かれている事は分かっていたけど、『そのうち、なるようになるだろう。』って思っていて、特に距離を縮めようとはしてこなかった。

美しいシルフィを見てドキドキしたし、この美しいシルフィが俺の妻だという事に嬉しさを感じた。

でも…。

俺はシルフィの事が本当に好きなのだろうか?

正直、よく分からない。

これは、あれかな?

『苦労して手に入れたものでないから、そのありがたみが分からない』とか、そういったモノなのかな?


「ナナシさん。大好きです。」


色々考えていたら、シルフィにそう言われた。

至近距離から。

見詰められながら。

「………色々あったけど、これからもよろしくね、シルフィ。」

「はい。」

そう言って抱き着いて来たシルフィを抱き締め返した。


『大好きです。』の返事が『これからもよろしくね。』っていうのは、どうなんだろうね。

”逃げ”の様な返事になってしまっていたね。

でも、流れに身を任せて「好き。」とか言ってしまうよりはいいよね。多分たぶん

割と流れに流されるまま現在にいたってしまっている気が、かなりしますが!!


「でへへー。」


胸元むなもとから、いつものシルフィらしい、ちょっと残念な声が聞こえた。

まし顔のシルフィも良かったけど、やっぱりシルフィはこうでないとね。

残念だけど残念ぢゃない。だけどちょっとだけ残念に思いつつも、何だか安心した。(←ラー油かよっ)


そのまましばらく抱き合った。

『『幸せ』とは、こういうのを言うのかもしれないな。』とか、そんな事を思いながらね。




< メイドさん その1 >

やっとキスしましたね。

まったく、この野郎は!

王妃様が、『ナナシさんがこの国に居てくれるだけでも、この国の利益になるのよ。』とおっしゃられたので、今まで我慢してきました。

姫様も、あの事件以降、王妃様と同様のお考えだった様ですが、見ている私たちはすっごく不満でした。

私たちの姫様が、これでもかと”大好きアピール”をしているのに、”取り敢えず撫でておけばいいだろう”てきな手抜きな対応をしていやがりましたからね。

チョロ過ぎる姫様ご自身が満足していらしたので放置してきましたが、何度、ころがしてやろうと思ったことか!

でも、まぁいいでしょう。

今回の事で、姫様の魅力に気が付いた様ですしね。

ええ、そうです。

ころがすのは、いつでも出来るのですから。(黒い笑顔)



< メイドさん その2 >

姫様が衣装を脱がれるのをお手伝いします。

コルセットを外すと、姫様がすごくホッとした表情をされます。

やはり、慣れないコルセットがおつらかった様ですね。

歩き方がぎこちなかったですしね。

表情も固まっていましたし…。

ですが、それがいつもと違う、りんとした美しさをかもしていましたね。

無駄肉対策としての窮余きゅうよさくだったのですが、それが良い方向に作用した様です。

寄せて上げた効果で、少しだけ胸が大きく見えていましたし。

クリスティーナさんの策が見事にはまりましたね。

すごいですよね。

”できるメイド”とは、クリスティーナさんの様な方を言うのでしょう。

私も、いつかは、ああなりたいものです。



< メイドさん その3 >

先ほどまで姫様とナナシ様が着ていらした結婚式の衣装をマネキンに着せます。

時間停止状態で保存できるというガラスケースに、マネキンに着せた状態で飾って保存する為です。

このガラスケース。ナナシ様が作られたそうです。

いつまでも劣化することなく保存できるらしいです。

すごいですよね。

それと、このマネキンもナナシ様が作られたそうです。

すごく出来が良いです。

姫様の体形をよく再現しています。

その、よい再現ぶりに、思わずお持ち帰りしたくなります。

いや、違った。

モヤモヤした気持ちになってしまいます。

どの様に採寸さいすんをされたのかが気になってしまって。

ですが、お二人はご夫婦なのですから、何の問題も無いですよね。

『高度なプレイね。(ニヤニヤ)』とか言っている先輩が居ますが、どういう意味なのかは詳しくは訊きません。

そのうちに、訊くかもしれませんが。



< クリスティーナとメイド長 >

イイ仕事をやり遂げた者だけが出来る会心の笑顔を見せるクリスティーナ。

最高の成果と、先ほど気付いたナナシの弱点を、上機嫌でメイド長に報告した。

ナナシの弱点。

それは、今回の事や姫様にプロポーズされた時の様に、『驚いた時に思考が止まってしまって、突発的な事態に弱い。』という事である。

『これは使える!!』と思い、上機嫌になるクリスティーナであった。


だが、その報告を受けたメイド長の見解けんかい真逆まぎゃくであった。

ナナシが『驚いた時に思考が止まってしまって、突発的な事態に弱い。』とか言われても喜べない。

『突発的な事態に弱いドラゴン』など、普通に脅威だからだ。

しかも、そのドラゴンは王宮に住んでいるのである。

メイドたちでどうこう出来る次元の話ではない。

『家に帰ってネコたちとたわむれたいわ…。』と、遠い目をして現実から目をそむけるメイド長であった。




翌日の午後のおやつの時間。

今朝頼まれたブツを入れた【マジックバッグ】を、シルフィに渡した。

頼まれたのは、渡された色々な大きさの板に、『ほんのりと暖かくなる魔法』を付与する事だ。

この魔法は、『こたつの熱源』を考えていた時に作った魔法で、この魔法を付与した試作品をニーナが気に入って、メイド長に製作を直訴じきそする為に部屋を出て行った後、それっきりになっていたヤツだ。

そう言えば、ニーナもそれっきりになっちゃったね。(苦笑)

いや、ニーナはその後、一回来たね。

クーリに殴られて廊下に”ポイ捨て”されましたが。

…思い出したくない出来事まで思い出してしまったね。(苦笑)

俺が苦笑にがわらいをしていると、「メイドたちがさらに喜びますね。」と、シルフィが笑顔で言う。

その笑顔を見ると、どうやらシルフィは、俺がメイドさんたちにゴマスリをしてこの王宮で安心して暮らせる様にしているのを理解しているみたいだった。

俺のしている事を理解してくれている事に、喜びを感じる。

俺は、そんなシルフィに「そうだね。」と返し、出されたおやつに手を付けるのだった。


おやつを笑顔でパクつくシルフィを眺め、至福の時を味わう。

そう言えば、シルフィはしばらくおやつに手を付けていなかったね。

『メイドさんにあげる』みたいな事を言っていた憶えがあるから、昨日の結婚式の衣装の件で何かあったのかな?

まぁ、シルフィの笑顔の前では、そんな事はどうでもいい事ですが。


おやつを食べ終えたシルフィが俺に抱き着く。

そして、「すごく幸せですー。(超笑顔)」と言って、デレデレしまくっている。

昨日見た”おまし顔”のシルフィがとても綺麗だったので、少し残念な気がする。

俺は、いつもの様にシルフィの頭をなでなでしてあげる。

すると、いつもの様に「でへへー。」とか言う声が胸元から聞こえてきます。

以前と変わりない、ちょっと残念なその様子に、少し残念に思いながらもホッとします。

残念ぢゃないシルフィなんて、シルフィぢゃないよね。(←それはそれで、どうなんでしょう?)


俺はシルフィの頭をなでなでしながら、幸せを感じていたのだった。


こんな日がずっと続けばいいね。ってね。




…と、そう思ってた時期が俺にも有りました。


まさか翌日に、ダンジョンに行くように言われるなんて思いませんよねー。

それも…。


大臣と王妃様にお願いされるだけでなく、シルフィにもお願いされるなんてね…。


この章の本編はこれでお終いです。

外伝を四本上げた後、次章になります。

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