< 42 外伝 ケイティ報告する >
< ケイティ視点 >
ナナシ様が転移魔法で出掛けられました。
この間にメイド長への報告を済ませてしまいましょう。
手早く、先ほどの買い物についての報告書を書き上げます。
帰りの馬車の中で、下書きを頭の中で済ませておいたので、すぐに書き終わりました。
クーリに留守を任せ、メイド長の執務室に向かいます。
メイド長に報告します。
報告書を提出したら、「もう報告書ができたの?」と、驚かれました。
驚かれましたが、ナナシ様付きのお仕事は手が空いている時間が多いので、驚かれる様な事ではないと私は思うのですが…。
報告書を読むメイド長に二、三質問され、それらに返答します。
報告書を読み進めていたメイド長の動きが止まりました。
「…特記事項の二つ目に書かれている件ですが、この時のナナシ様のご様子はどうでしたか?」
やはり、メイド長も気になられた様です。
少しおかしな内容ですからね。
「ナナシ様が魔道具屋の店主に『この前来た時は長さの単位すら知らなかったじゃないか。』と言われた時の反応は、『そうでしたね。』と思っているかの様な反応でした。(キリッ)」
その時の会話の様子から、割と最近の出来事の様に感じました。
ナナシ様は22歳とお聞きしているのに、最近まで長さの単位をご存知なかったなんておかしな話です。
貴族ならばその様な事も有り得ますが、ナナシ様は普段の言動から庶民の生まれで間違いないと思われていますからね。
「報告ご苦労様。」
「はい。(キリッ)」
「あ。ちょっと待って。」
退出しようとするところをメイド長に呼び止められました。
「これをナナシ様にお返ししておいて。」
そう言われて袋を差し出されました。
「かしこまりました。(キリッ)」
私はそう返事をして、差し出された袋をメイド長から受け取ります。
メイド長は、他の方に向けて「王妃様のところに報告へ行ってきます。」と言って、部屋を出て行かれました。
お忙しいみたいですね。
私も執務室を辞して、ナナシ様のお部屋に向かいます。
そう言えば、この袋の中身は何なのでしょうか?
『ナナシ様にお返ししておいて。』としか言われませんでした。
モソモソモソモソ
…何やら袋が動いています。
モソモソモソモソ
………………。
袋の中身は、本当に何なのでしょうかっ?!
腕を伸ばして出来るだけ遠ざけながら、ナナシ様のお部屋まで持って帰りました。
< メイド長視点 >
王妃様の執務室に報告に来ました。
ナナシ様の言動に興味をお持ちの王妃様に、今日得た新たな情報をお伝えします。
”こたつ”と、ナナシ様が最近まで長さの単位をご存知なかった件をお伝えしました。
後者の方が重要な情報な気がしますが、王妃様は”こたつ”の方に、より強い関心を示されました。
ナナシ様の出自に関する調査はとても重要な事だと思うのですが、諦めてしまわれたのでしょうか?
「ナナシさんがこたつを作ったら教えてね。あ。その前に許可が必要ね。部屋にこたつを作る許可を求められたら許可してあげてちょうだい。(笑顔)」
「かしこまりました。」
王妃様は、”こたつ”がどの様な物なのかをご存知の様ですね。
それどころか、ナナシ様が”こたつ”を作るのを楽しみにしているご様子です。
王妃様が楽しみにするほどの物なのですか…。
どんな物なのか、私も楽しみにしておきましょう。
でも、何故王妃様は、出自が不明なナナシ様と共通の知識をお持ちなのでしょう?
思い当たる可能性が一つ有りますが、今は一先ず置いておきます。
他にも重要な報告が有りますからね。
「ナナシ様は、『魔術師ギルド』の主張に賛同する気は無い様です。」
王妃様は少し驚かれているご様子です。
もちろん、”賛同する気が無い”ことにではなく、”この情報が得られた”ことに対してです。
『魔術師ギルド』は、現在、隣街のグラアソで問題を起こしている魔術師たちの集団です。
グラアソの領主が魔術師を優遇する政策を採った事で魔術師が大勢グラアソに集まりました。
それだけならば何の問題も無かったのですが、その後、魔術師たちが横柄な態度をとる様になったり、魔術師たちの組織が分裂するなどの混乱が起こりました。
その所為か、ポーションの生産が滞っている様で、ポーション不足の影響が広く出ているのです。
王宮でも領主に圧力を掛けているのですが、効果が上がってはいませんでした。
今以上の対応を考えた時、ナナシ様が『魔術師ギルド』の事をどう思っているのかは、とても重要な事です。
我々とナナシ様が敵対する様な事態は、絶対に避けなければならないのですから。
その重要な情報が、偶然、今日の外出時にナナシ様の口から聞く事が出来たのです。
「ナナシ様は、グラアソで当時の『魔術研究会』から勧誘を受けた事が有るのだそうです。ナナシ様は彼らのことを『魔術師の評判を落とすクソ迷惑な集団』とおっしゃっていたそうです。」
王妃様が喜んでいる様子が分かります。
私も喜びます。
これで、行動の選択肢がグッと増えましたからね。(ニヤリ)
王妃様は大臣のところへ向かいました。
私は執務室に戻って、作戦部に伝えましょう。
選択肢が増えたので、色々な作戦案を出してくれる事でしょう。
廊下を歩きながら、ふと、思い出します。
先ほどの”こたつ”の事を。ナナシ様の事を。
そして、ナナシ様と王妃様の事を。
ナナシ様と王妃様の共通点。
それは、二人とも出自が不明な事です。
王妃様がメイドの寮に初めて来た時の事を思い出します。
まだ30年も経ってませんので、しっかりと憶えています。
当時は、問題児が面白い子を連れて来たと、ずいぶん話題になりました。
その面白い子が、あの問題児以上の問題児になるとは思いもしませんでしたがっ。
王子様(当時 現国王)のを蹴り上げた事件には本当に驚かされました。
しかも、呼び出されて叱られた際に『そんなに大事なら大切に仕舞っておけ!』とか言い放ったそうですし。
問題児どころの騒ぎではありませんよね。
その話を本人の口から聞かされた時は、ビックリを通り越して思わずみんなで大笑いしてしまいましたが。
よく当時のメイド長が追い出さなかったものです。
いったい、どうやって庇ったのでしょうか? 不思議ですね。
その後、彼女が原因で魔術師団が壊滅したり、騎士団が壊滅したり、王様が退位させられたりしましたね。
…改めて言葉にすると、大事件ばかり起きていましたね。
それほど大事件だった憶えは、あまり無いのですが…。
でも、王様が退位させられる切っ掛けとなった事件は大事件でしたね。
あれにも大笑いしました。(クスリ)
それと、王子様が彼女にプロポーズした事も大事件でしたね。
王子様のを蹴り上げた当人にプロポーズした訳ですし。
当時、王子様の性癖に、ある疑いが持ち上がってしまいましたね。
疑いが晴れた時、皆で安堵した事を憶えています。
王子様にプロポーズされた彼女が『プリンが食べたいから。』という理由で結婚を受け入れたという話にも驚かされましたね。
…改めて思い出すと、驚く様な事ばかり起きていましたね。
色々とんでもない事をしているという意味では、不思議とナナシ様と共通しています。
不思議な様で、でも、なんとなく納得してしまうのは何故なのでしょうか?
…気の所為ですよね。
ええ。気の所為ですね。
やっている事が全然違うのですからね。
でも、不思議と気の所為とは思えない気持ちが湧き上がってきてしまうのは、何故なのでしょうか?
心を落ち着けながら廊下を歩きます。
ふと、もう一つの二人の共通点を思い出しました。
『ナナシ様の似顔絵をどうしても書くことが出来ない。』と、以前報告を受けていました。
肖像画を描かれる事を嫌がった事からも、何らかの魔法で姿を変えている疑いがあります。
ナナシ様は魔法を無効化する手段をお持ちなので、ナナシ様の素顔を知る事は不可能だと諦めています。
そして…。
王妃様も姿を変える魔道具を使っています。
その事を知っている者は、もうあまり残っていませんが。
当時のメイド長が作らせたのでしたね。
髪と瞳の色を変えて見せる魔道具を。
彼女を初めて見た時のことを思い出します。
問題児と呼ばれていた同僚が森で拾って来た、まだ7歳だった黒髪の少女の姿を。




