10end ナナシ、巻き込まれる
< 王妃様視点 >
王の私室に呼ばれた私が部屋に入ると、そこには夫と娘とナナシさんが居ました。
私がソファーに座ると、夫が娘に話を促します。
「アントニオ、いえ、アンとの婚約は解消して、結婚式では、ナナシさんに新郎の席に座っていただきます。」
ナナシさんを見ると『仕方が無く。』といった表情です。
娘は、『これでなんとかしのぎたいのですが、いいですか?』といった表情をしています。
相手がナナシさんなのは、予想していた通りです。
娘の周りに、他に男性は居ませんから。
能力的には問題無いですし、人柄についても良いと報告を受けています。
その点はいいでしょう。むしろ歓迎するくらいです。
『新郎の席に座っていただきます。』
先ほどの娘の言葉を、頭の中で反芻します。
また、先送りですか…。
アントニオとの婚約も、結婚の”先送り”でしたが、今回もそうですか…。
自分の娘の不甲斐なさに、少しイラつきます。
娘が目を逸らしました。
溜息が出ます。
娘には、自分自身の魅力で素敵なお相手を捕まえてほしいと思っています。
娘の魅力について考えます。
容姿は悪くはないと思います。
性格も悪くはない。メイドたちとはとても仲が良いですし。
体形は………。今後に期待ですね。
色々考えて気が付きました。
あまり、”男受け”しそうな点が有りませんね。
男に媚を売る様な性格でもありませんし。
放っておくと、いつまで経ってもお相手を見付けられないかもしれません。
今更ながら、焦ります。
ナナシさんを繋ぎ止める方策が必要かもしれませんね。
そんな事を考えている私の隣では、夫が娘とナナシさんとオロオロしながら話をしています。
なかなか『娘さんを僕にください。』という状況が来ない事に、少し夫に同情してしまいます。
今回も、『間近に迫った結婚式に間に合わせる為に仕方が無く。』という状況ですからね。
娘には色々言いたい事が有りますが、間近に迫った結婚式を無事に済ませる事が最優先事項です。
『結婚式で新郎の席にナナシさんに座っていただく。』という事を了承するしかありません。
ナナシさんに娘を選んでいただく方策を考えることにしましょう。
部屋に戻り、ナナシさんに娘を選んでいただく方策を考えます。
娘の説得で『新郎の席に座ってもらう。』までしか了承してもらえなかったという事は、娘との結婚が、『ナナシさんにとって利益にならない。』と、そう思われているという事なのでしょう。
ナナシさんの希望が、のんびりと過ごすことである事は、報告で聞いています。
『のんびりと過ごす。』と『王女と結婚する。』とが相反していると思われているのでしょうか?
ならば、『王女と結婚してものんびりと過ごせる。』、あるいは『王女と結婚した方がのんびりと過ごせる。』と思ってもらえば良いですね。
どうすれば、そう思ってもらえるでしょうか?
考えます。
考えます。
しばらく考えていると、メイドに声を掛けられました。
「玉座の間へお越しください。」
娘の婚約解消の件ですね。
支度をして、部屋を出ます。
控室に入ります。
そこには、夫、いえ、陛下と大臣。それと王女とナナシさんが居ました。
打ち合わせをします。
段取りについて、大臣の説明を聞きました。
打ち合わせを済ませ、玉座の間へ行きます。
陛下の隣に座って見渡せば、多くの貴族たちが居ます。
ほぼ全員が揃っている様ですね。
王女の結婚式が目前の為、遠くの領主たちも王都に来ていたからですね。
大臣が、王女の結婚式について、”新郎が変更される”ことと、”式の日時には変更が無い”ことを伝えます。
ざわめきます。
当然ですよね。王女の結婚式は目前なのですから。
次に、”新郎がナナシさんに変更された”ことが告げられ、「以上だ。」と、話を終わらせます。
大きくざわめきます。
これも当然ですよね。
ナナシさんの事を知らない人が、ほとんどでしょうから。
さらに、『質問は受け付けない。』という態度です。
ざわめいて当然ですね。
「異議あり。」
大きな声ではありませんでしたが、なかなかに威厳のある声がしました。
ざわめきが引いていきます。
グラスプ公爵家の馬鹿息子が何か言うかと思っていましたが、意外な事にグラスプ公爵本人が異議を唱えました。
馬鹿が移ってしまったのでしょうか?
「王女様のお相手に相応しいのは、我が息子であると思っております。なにゆえ、お相手が我が息子でないのか、お聞かせ願いたい。」
馬鹿が移ってしまった様ですね。(ふぅ。)
大臣がちらりと陛下へ目を向けるのが見えました。
本来は、大臣が返答すべきところなのですが、大臣が何か言ったところでグラスプ公爵は聞かないので、これは仕方がありませんね。
陛下がご返答されます。
「余が、ナナシ殿が王女の結婚相手に相応しいと思ったからだ。それ以上に尊重すべき事が有ると申すのか?」
「その者は無位無官であるどころか、それらを拒んだと聞いております。『王女様のお相手に相応しい。』と申されましても、『左様ですか。』とは言いかねます。」
「地位が有っても敵対する者はおる。仕えているフリをして敵対する者もおる。地位を求めない者にも信用に足る者がおると、余は思っておる。」
陛下は、先日の事件を連想するかの様なご返答をなさいました。
予想外な返答っだったのでしょう。
グラスプ公爵が少し動揺しています。
「先日の事件の事は存じておりますが、彼の者が解決したとは思えません。」
「一人で出来た事であるとは、とても思えない内容でした。」
そうですよね。一人でした事とは思えないですよね。
その点は、頷かざるを得ませんね。
では、認めさせればいいですね。ナナシさんの実力を。ここに居る者たち全員に。
頭に良い案が浮かびます。
「では、ナナシさんの実力を示してもらいましょう。」
私はそう言いました。
私が発言するとは思っていなかったのでしょう。
皆が驚いた様な顔をしています。
今まで、この玉座の間では、『御里が知れる。』と思って、ほとんど発言していませんでしたからね。
「”ナナシさん一人”と”グラスプ公爵家”で勝負をしてもらいます。」
皆が意識を集中して、私の話を聞いてくれています。
「グラスプ公爵家が勝ったら、王女の結婚相手について、グラスプ公爵家の意見を聞き入れましょう。」
グラスプ公爵が僅かに微笑んだのが見ます。
「勝負方法は、オークキングを一体仕留め、持ち帰って来ること。」
「ナナシさんは一人で。」
「グラスプ公爵家は、人を何人雇っても構いません。冒険者ランクにも制限を付けません。」
「人を集めるのに時間が掛かるでしょうから、3日後から始め、期日は10日後。」
「双方が持ち帰った場合は、より大きなオークキングを持ち帰った方が、勝者です。」
「ナナシさんは、この条件でいいですか?」
「…いいですよ、余裕です。」
『余裕です。』と言った彼に、貴族たちがざわついています。
「グラスプ公爵はいいですか?」
「………はい、構いません。」
訝しく思っている様ですね。
グラスプ公爵家が有利に見えますからね。不思議に思って当然ですよね。
私は、さらに言葉を続けます。
「さて、そうなると報酬が釣り合いませんね。」
「ナナシさんが王女と結婚する事は、既に陛下が承認されています。」
ナナシさんが微妙な表情をされているのが視界の隅に見えましたが、無視して続けます。
「ですので、ナナシさんが勝っても”報酬が無い”という事になってしまいます。」
「これほどの条件で、公爵ほどの高い地位にある者が負ける様な事があれば、その様な、能力や人望の劣る者に、爵位も領地も預けられません。」
「グラスプ公爵が負けたら、その爵位と領地をナナシさんに与えます。」
大きなざわめき、いえ、どよめきが起きます。
「いいですね?」
「………………。」
グラスプ公爵は、『嵌められた。』とでも言いたげな表情をしています。
失礼ですね。
『能力や人望の劣る者に、地位も領地も預けられません。』
まったく、その通りの事ですよね。
そんなイラついた様な表情で見られる様な事は、私は言ってませんよ。
私は、そんなグラスプ公爵に訊ねます。
笑顔で。
「先ほどの条件では…、勝てませんか?」
玉座の間が静まり返りました。
皆がグラスプ公爵に注目しています。
「………お受けする。」
すごく不満そうでしたが、そう答えてくれました。(ニコニコ)
< ナナシ視点 >
何故か、俺がグラスプ公爵家とやらと勝負をする事になった。
どうしてこうなった?
『俺の話が少し変な方向へ行ってるなぁ。』とか思いながら、大人しくお話を聞いていたら、王妃様に、さらにおかしなお話をいきなり振られた。
その勝負とやらの条件が、俺にとっては余裕だったので、驚きつつも、つい、「…いいですよ、余裕です。」とか答えてしまった。
何やってんだよっ。俺っ!
でも、あんなに人から注目されている状況で、『何で俺がそんな事をしなくちゃいけないの?』なんて、俺には言えないからね。
俺の様な、一般ピーポーで小心者な奴には、絶対に無理だよねっ!
あと、俺と姫様が結婚する事が確定しているっぽい事を言われて、少し驚いてしまった。
『結婚式で新郎の席に座ることしか了承してないよっ。』って思ったけど、それは言える事ぢゃなかったね。
対外的には、『結婚する』って事で通さないといけないよね。
今更ながら、『変な事を了承してしまったなぁ。』って思ったよ。
まぁ、決まってしまった事は仕方が無い。
俺が巻き込まれたこの勝負には、姫様の将来が懸かっている。
姫様が、公爵家の馬鹿息子と結婚しなければならない様な事態にならない様に、しっかりと勝ってあげないとね。
『オークキングを一体仕留める。』か。
余裕だな。
頭のおかしい仲間(?)が居るから、”原形を残す方法で”という制限が付くくらいか。(笑)
期限が有るみたいだけど、転移魔法が使える俺にはあまり関係無いだろう。
獲物を探す時間と持ち帰る時間が、すごく少なくて済むからね。
相手が普通の冒険者なら、かなり有利だと思う。
うん。余裕だな。
負ける気がしない。
『負ける気がしない。』と思っている人が、貴族たちの中にも居るみたいだ。
あれが噂の公爵家の馬鹿息子だろうか?
しかし、なんなんですかね? この勝負。
報酬に、一つも俺の欲しい物が無い事とかさ。(苦笑)
そんな事を思いながら、ニコニコ顔の王妃様を見て…。
『俺も公爵も、王妃様に嵌められたのではないか?』と、思った。
次章、”公爵対決編”に続きます。




