< 25 新・王宮での生活22 ナナシ、メイドさんたちの役に立つ魔道具を考える06 異空間トレー >
朝食後のお茶の時間を終えた。
シルフィが部屋に帰るのを見送り、今日もメイドさんたちの役に立つ魔道具の検討を始めた。
今日はワゴンの改造を検討する。
ワゴンは、メイドさんたちが物を運ぶのに使っている台車の事だ。
軽くして移動し易くすれば、メイドさんたちに喜ばれるだろう。
軽くする方法を考え始めたのだが、すぐに問題点に気付いた。
ワゴンを軽くすると、物を運ぶ時に重心が高くなってしまって却って危険かもしれない。
王宮内は絨毯が敷かれている場所が多く、その場所では移動時の抵抗が大きそうだ。
移動時の抵抗が大きい時に重心が高くなってしまっているのは危ない気がするよね。
いっそのこと浮かせてしまった方が良いのかな?
その方が安全かもしれないな。
”安全”という言葉で、ちょっと気になる事が頭に浮かんだ。
そう言えば、”トイレの後始末”ってどうしているんだろう?
この王宮のトイレはオマル的なモノだから、”ブツ”を運び出す必要が有る。
それなりの回数運ぶことになるから、うっかり、事故が起きてしまうことも少なくないだろう。
かなり重要で慎重にこなさなければならない仕事な気がするよね。
どうやって運んでいるのかな?
そう思ったら、頭の中で【多重思考さん(多重思考された人(?)たちのリーダー)】が教えてくれた。
『”ブツ”の運搬は、専用の【マジックバッグ】を使っています。』
ああ。なるほど。
【マジックバッグ】を使えば、安全に、かつ大量に運べるね。
なるほどなるほど。
もしかすると【マジックバッグ】の一番良い使い方なのかもしれないね。(苦笑)
【マジックバッグ】の良い使い方に感心してから、再びワゴンの検討に戻る。
そして気が付いた。
なるほど。
【空間魔法】を使って運ぶと、軽く、安全に運べるのか。
ワゴンに【空間魔法】を使う方向で検討してみるか。
ワゴンの物を載せる部分を異空間化して、そこに物を置けば、物の重さは異空間に行って、ワゴンの重さは変わらない気がする。
以前、『扉付き棚』の内側を異空間化させた時は、経過時間を速める為に使っただけだったから、重さがどうなっていたのかは気にしていなかったが、異空間化させた箱の中に物を入れても、全体の重さは変わらない気がする。
【マジックバッグ】はそうだもんね。
実験してみるか。
すぐに済みそうだからね。
【無限収納】から、以前作った『扉付き棚』を取り出す。
内部が異空間化されていて、経過時間を100倍速に設定したやつだ。そう書かれたプレートが付いています。
手で持って重さを確認し、箱の中に小石を沢山入れてから、もう一度手に持つ。
重さは変わっていない。
よし。
思った通りだ。
これなら、物を載せても重さの変わらないワゴンが作れそうだね。
でも、いきなりワゴンを魔改造するのではなく、その前にトレーを作って試して、メイドさんたちの反応を見てみよう。
【多重思考さん】にお願いして、木製のトレーを作ってもらう。
【無限収納】の中には木材が沢山有るからねー。(すでに何度目か分からない”遠い目”)
サクッと作ってもらったトレーを【無限収納】経由で受け取り、トレー上面の凹みを作ってもらった部分に【異空間作製】の魔法を掛けた。
見た目は変わらないが、異空間化されているはずだ。
異空間化されているはずのトレー上面の凹んでいる部分に小石を山の様に乗せて、両手で持つ。
やっぱり軽い。
小石の重さは、異空間の方に行ってしまっている様だね。
このトレーもメイドさんたちに喜ばれそうだ。(ニッコリ)
ふと、気になって、トレーを傾けてみた。
小石の山は崩れなかった。
おや?
もっと傾けてみる。
トレーを90度まで傾けたが、それでも小石の山は崩れなかった。
何これ?
トレーをさらに傾け、裏返しにする。
それでも小石の山は崩れないし、落ちもしなかった。
………すげぇ。
何これ?
ヤベェ。
うん。
ヤベェ。(語彙力さーん。何処行っちゃたのー。)
ニーナを呼んで、『異空間トレー(←今、命名した)』を見せた。
裏返しにしても小石の山が崩れない様子を見て、ニーナも驚いている。
「………また、とんでもない物をお作りになりましたね…。」
ニーナの声が、『驚いている』と言うよりは『呆れている』様に聞こえましたが、俺の気の所為だと思います。
「水を入れたコップの場合はどうなるのでしょうか?」
ニーナに訊かれた。
「うーん。どうなるのかな? 実験してみよう。」
ニーナに、水を入れたコップを持って来てもらう。
トレーの上の小石を【無限収納】に仕舞い、水の入ったコップを置いて、両手でトレーを持つ。
そして、トレーを傾けたり、上下左右に振ったりしてみた。
そうしてもトレーに置かれたコップの中の水は、零れるどころか波打ちさえしなかった。
………すげぇ。(呆然)
「ちょっと、私にも試させてください。」
ニーナはペンギン型ゴーレムを床に置いて、両手を差し出してくる。
呆然としている俺とは違って、ニーナは興味津々のご様子です。
ニーナにコップを載せたままのトレーを渡すと、トレーを激しく上下左右に振ったり、トレーの裏面を『ドガッ』と膝で蹴り上げたりした。
何でそこまでする必要が有るのかな? ニーナさん。
思いの外、激しい動きを見せるニーナに、俺は少し驚いた。
だが、ニーナがそこまでしても、トレーに置かれたコップの中の水は、やはり零れるどころか波打ちさえもしないのだった。
何だか、俺が想像していたよりもすごい代物が出来上がってしまったね。
最初は、ワゴンの軽量化を考えていただけの気がするんだけどね。
どうしてこうなった。
俺はニーナに説明する。
俺が作ろうとしているワゴンの事を。
俺の目的は、ワゴンで物を軽く、安全に運べる様にする事で、このトレーはその確認の為に作ってみただけなんで。
「このトレー上面の凹んでいる部分を異空間化しているんだ。ワゴンも、こういう風に凹んでいれば、同様の事が出来るよ。」
「ワゴンをこうすると、沢山物を載せても重くならないし、液体を零す事も無くなるし、メイドさんたちの役に立つと思うんだけど、どうかな?」
「そうですね。そんなワゴンが有ったら、すごく助かりますね。」
よし。良い評価をもらえたぞ。
やったね。
しかし、ニーナの意識は、未だに手に持ったままのトレーに行っている様だ。
「でも、このトレーも素晴らしいです。」
そう笑顔で言う、ニーナ。
「このトレーなら、両手が塞がっている時を狙って不埒な事をしてくるクズな貴族のボンボンを全力でブチのめす事が出来ます。何を言われても「気の所為です。」で済ませられます。両手が塞がっているのですからね。ふふふ。これは素晴らしい物です。ふふふふふふふふふ。(ドス黒い笑顔)」
ニーナサンが黒い!(ガクブル)
「でも、クズに熱いお茶をぶっかける事が出来なくなりますね。」
そんな事してたの?!
あと、『クズ』って言い切っちゃってましたよ?!
「でも、お茶を載せたトレーでぶん殴っても「気の所為です。」で済ませられるメリットの方が遥かに大きいですね。ふふふふふふふふふ。(ドス黒い笑顔)」
俺を見てニーナサンが言う。
「これは良い物です。ふふふふふふふふふ。(ドス黒い笑顔)」
ニーナサンが怖い!(ガクブル)
”メイドさんの闇”を見せ付けられた気がします。(ガクブル)
『冗談ですよ。』と言ってくれそうな気配がカケラも無いところが、とても怖いです。
『冗談ですよ。』と言ってくれいいんですよ、ニーナサン。俺の心の安寧の為に。
ニーナサンが言っていた事は聞かなかったことにします。(ガクブル)
そろそろ、ワゴンの話に戻って来てくださいニーナサン。お願いします。(切実なお願い)
「このトレーは素晴らしい物です。メイドの標準装備にしましょう。メイド長に直訴して来ます。(フンス!)」
ドス黒い笑顔を消したニーナサンは、そう言ってトレーを持って部屋を出て行った。
俺の本命は、トレーぢゃなくてワゴンなんですけどー。
俺の説明聞いてたー?
そう思ったのですが、部屋を出て行っちゃったんだからしょうがないよねー。
「はぁ。」
溜息が出た。
ソファーに体を沈めた俺は、床をヨタヨタと歩いているペンギン型ゴーレムを眺める。
ヨタヨタヨタヨタ
床を歩いているペンギン型ゴーレムを見るのは久しぶりな気がします。
「はー、癒やされるー。」(←口で言うほど癒やされてはいません)
お茶の時間です。
ニーナがまだ戻って来ていないので、ケイトがお茶を淹れてくれています。
ニーナ同様、片腕でペンギン型ゴーレムを抱きかかえて、片手でお茶を淹れてくれています。
綺麗な所作です。
…これは、あれかな?
メイドさんたちはみんな、片手でもお茶を淹れられる様に練習しているのかな?
マナー的には、どうかと思うんですけどねっ。
思わずケイトに訊いてしまう。
「片手でも上手にお茶を淹れられているけど、そういう練習もするの?」
「そんな訳ないじゃないですかー。そんなマナーは無いよー。」
そんなマナーは無いんだそうです。
でも、そんな事をしているよね? この国の王女様の目の前でさ。
ケイトはきっと、したい事しかしないタイプの娘なのだろう。(確信)
俺の隣に座るシルフィは、片手でお茶を淹れているケイトのことを特に気にしている様子はありません。
自分の胸元で抱き締めているペンギン型ゴーレムに意識が行っているからでしょう。
シルフィに抱き締められているペンギン型ゴーレムは、やはりジタバタしていますが、シルフィもあまり気にしていないご様子です。
俺もペンギン型ゴーレムがジタバタしている様子は、もうすっかり見慣れているので、特に何とも思いません。
お茶を淹れてくれているケイトの腕の中でもジタバタしているしね。(苦笑)
ケイトが淹れてくれたお茶を飲みながら、マッタリします。
お茶がちゃんと美味しい事に釈然としないものを感じますが、もう本当にどうでもいいです。(色々な事を諦めてしまった者の目)
お茶しながら、しばらくダラァーーっとしていたら、ニーナが戻って来た。メイド長の腕を引いて。
「お邪魔します。」と言って、軽く礼をして入って来るメイド長。
一方のニーナは、シルフィが抱き締めているペンギン型ゴーレムを見てワタワタしている。
返してほしいのだが、何と言って返してもらおうか考えて、ワタワタしているのかな?
いつも、普通にシルフィにもお茶を淹れているけど、『王女様に頼み事をする』という状況には慣れていないのかな?
普通に言えば、普通に返してもらえそうな気がするけどね。
もしこれが、相手が俺だった場合は、笑顔で”圧”を加えて来たことだろう。
その様子が容易に想像できるね。(苦笑)
シルフィへの対応と俺との対応の違いについては、特に何とも思いません。ええ。何とも思ってイマセンヨ。(←何か思うところのある人の反応です)
ワタワタしているニーナは(レアだから)放置して、メイド長にソファーを勧める。
ニーナがメイド長を連れて来たのは、トレーの量産の件だろうね。
でも、俺の本命はワゴンの方だ。
俺はメイド長に説明する。俺が考えたワゴンの事を。
「ニーナが持って行ったトレーに掛けた魔法をワg「あのトレーは素晴らしいわ! すべてのトレーをあれにしたいわ!」」
メイド長もトレーに喰い付きましたよっ? 凄い勢いで!
ワゴンについて説明しようとしたのに、それに被せる様にして!?
あるぇー?
「ぜひともメイドたちに持たせたいのっ。すべてのトレーにあれと同じ魔法を掛けてもらえないかしら!」
「………はい。」
納得できないものを感じて動揺している間に、メイド長の”圧”に負けました。
メイド長はすぐにシルフィと交渉を始めた。
途中で、『トレーの材質は何でも大丈夫』とか、『魔法を掛ける為に凹みが必要』とか、『魔晶石は必要無い』なんて事を伝えた。
早速今日から、王宮で使っているトレーを集めて、何回かに分けて持って来るとのこと。
そこまでする程の事ですか…。(呆然)
俺は呆然としながら、シルフィとメイド長の交渉とか、笑顔のニーナに抱きかかえられてジタバタしているペンギン型ゴーレムとかを眺めた。
ちなみに、ワゴンの発注はありませんでした。
説明は出来ませんでしたが、ワゴンに流用できる魔法なのは分かりますよね?
トレーよりもワゴンの方が利用している距離とか時間とかが長いですよね?
一度に運べる量もワゴンの方が多いですよ?
ワゴンの発注、お待ちしています。(←この往生際の悪さよ…)
レアだから放置していた、ワタワタしていたニーナのその後のことは、後で【多重思考さん】に教えてもらいました。
シルフィが抱き締めていたペンギン型ゴーレムは、「はい。」ってニーナに返されたそうです。
ワタワタしていたニーナが何も言わない内に。
その後、シルフィは俺の腕に抱き着いて『私にはナナシさんが居ますから。でへへへ。』って感じだったそうです。
シルフィの分のペンギン型ゴーレムを作る事にならなくてよかったです。
シルフィが部屋に持ち帰ったペンギン型ゴーレムを見たメイドさんたちに製作をお願いされたら、断れる気がしないからね。
シルフィの部屋のメイドさんたちは、何となく怖いので。
メイド長が交渉を終えて帰ってから、しばらくした後。
トレーが山ほど運ばれて来ました。
【多重思考さん】たちにも手伝ってもらいながら、サクサクッと【異空間作製】の魔法を掛けていきました。
何度も何度もトレーが運ばれて来るので、一息入れるタイミングが無くて、ちょっと疲れました。
夕食後のお茶の時間。
お茶を飲みながら、ソファーでマッタリと過ごします。
今日もメイドさんたちの役に立つ魔道具を作った。
喜んでもらえた様なので、満足感を感じます。
でも、メイドさんたちの喜びのベクトルが、俺の想像していた物とはかなり違った気がします。
『わーい、うれしいな。(笑顔)』って感じではなく、『ふふふふふふふふふ。(ドス黒い笑顔)』だったからね。(ガクブル)
でも、喜んでもらえたのだから”良し”とします。
ええ。
”良し”としていい事にします!
ニーナサンのドス黒い笑顔を早く忘れたいので!(ビクビク)
マッタリとしていたら、頭の中で【多重思考さん】が教えてくれた。
『地下の訓練場で、【トレー格闘術】なるものが爆誕いたしました。』
『………………。』
ここのメイドさんたちは何処に向かっているのかな?(遠い目)
でも、おかしいなぁ。
俺は最初、ワゴンの軽量化を考えていたはずだったんだけどなぁ。
武器を作るつもりなんて、まったく無かったのになぁ。
それなのに、どうして【トレー格闘術】なるものが爆誕したりするんですかねぇ?
おかしいよね?
どうしてこうなった。(困惑)
(後日の話)
部屋にメイドさんがやって来た。
両手で何かを抱えて。
その内の一つを受け取ったニーナが、俺の傍に来て言う。
「これに【異空間作製】の魔法を掛けていただけないでしょうか?」
ニーナから手渡された物を見る。
四角くて厚い板状の物に、四隅からツノが裏表に計八本生えている。
顔が描いてあったら鬼瓦にでも見えそうな、ゴツイ見た目だ。
「これは何?」
「トレーです。」
「ぶっ。」
思わず噴き出す。
「何なの?! この攻撃力マシマシなトレーは!」
「…メイドに必要な装備です。(ふっ)」
そう哀愁を漂わせながら、ニーナが言う。
まるで、裏切った親友を殺りに行かなければならないかの様な、そんな悲壮感を漂わせています。
明らかにやり過ぎな小芝居です。(苦笑)
『メイドに必要な装備』とか大人しめな表現をニーナはしていますが、どう見ても、殺る気マンマンな凶器(←言い切った)です。本当にありがとうございました。
メイドさんたちをここまで殺る気にさせる貴族のボンボンたちは、今まで何をして来たんだよっ。
ここまで来ると、そっちの方も気になっちゃうよねっ。 知りたくはないけどさ!
しかし、貴族のボンボンたちは、よくここのメイドさんたちに手を出そうと思ったよな。
俺には怖くて出来ないけどなっ。
きっと馬鹿なんだろうね。
馬鹿ぢゃあ、しょうがないね。
痛い目を見て学ぶ事も必要でしょう。彼ら自身の為に。うん。
俺は、ニーナに手渡された”トレーとは名ばかりの凶器”に【異空間作製】の魔法を掛けていった。全部ね。
「ありがとうございました。」
メイドさんが笑顔で礼を言って、凶器を両手に抱えて帰って行った。
笑顔で凶器を持つメイドさんというのを見せられると、何とも表現しにくい感情が湧き上がるね。
「ふふふふふふ。」なんて声が廊下からちょっとだけ聞こえて来たし。
どうにも湧き上がった感情を消化し切れないので、『レアなモノが見れた。やったぁ。』と思っておくことにします。
そして俺は、馬鹿が痛い目を見て学んでくれる事を、心の中で祈ります。
そうです。これは馬鹿たち自身の為に必要な事なのです。
決して、小芝居をしていても隠し切れていなかったニーナサンの殺気にビビって、言いなりになった訳ではナイノデス。(ガクブル)
『メイドさんたちの闇には触れない様にしなけれならない。』と、そう思いました。(小並感)




