09 外伝 あの王妃
< グラスプ公爵視点 >
私が、陛下の婚約者となった女性と初めて会ったのは、いつだったか。
当時の事は、あまり憶えていない。
『驚く事が多かった気がする。』くらいしか憶えていない。
その女性は、王妃候補とは思われていなかった。
存在も意識されていなかったのでは、ないだろうか。
婚約者の名前が発表された時、顔を思い出せなかった事は憶えている。
発表後の何かのパーティーで、初めて会ったのだったかな?
すごく美人という訳ではなかった。
所作が洗練されている訳でもなかった。
『割と普通の女性』という印象だったかな?
なんとなく魅力があった様に思った憶えがあった。
陛下の結婚式で、王妃となったその女性を見た。
”割と普通”という印象だった女性が、とても美しく見えた。
『女性は化ける。』と言うしな。
その程度の認識だった。
何かの式典で、玉座に座る陛下と王妃様を見た。
美しいだけでなく、気品も感じる様になった。
『地位が人を作る。』と言うしな。
その程度の認識だった。
父が亡くなり、公爵の爵位と領地を継いだ。
陛下と王妃様を、より近くで見る事が多くなった。
王妃様に威厳を感じる様になった。
公爵の爵位を継いで、大きく変わった事が有る。
手に入る情報の質と量である。
亡き父は、巨大な情報網を作り上げていた。
その情報の中に、『興味深い』と言うか、『正気を疑う』と言うか、変な物が有った。
曰く、
『この国で最強なのは騎士団でも魔術師団でもなく、メイドたちである。』
『メイドたちを敵に回すな。』
………馬鹿な事を。
騎士団や魔術師団への予算を減らしたい者たちの、おかしな戯言だと思った。
その時は。
公爵家の持つ情報の中で、王宮のメイドに関する物を調べさせた。
メイドたちの情報に、大した物は無かった。
しかし、外国からの賓客の感想の情報がかなり多く有った。
曰く、
『所作が美しく気品を感じる。』、『適度な距離感が素晴らしい。』、『足の運びが只者ではない。あれは足音を消せる者の歩き方だ。』、『視線の動かし方が何か違う。』、『気配を感じなくなる時がたまに有る。』、『足が完全に隠れるスカートを履いている者には注意が必要だ。絶対に只者ではない。』
など、少し気になる内容だった。
外国人の感想の情報が多いのは、どういう事なのか?
直接調べる事が出来なかったから、外から調べようとしたのか?
メイドたちの情報の質の低さが、この考えを肯定している様に感じた。
王宮に行く機会が有った。
なんとなく、今まで気に留めていなかったメイドたちに目が行く。
なるほど。
『所作が美しく気品を感じる。』か…。
確かにその通りだな。
それ以降も、メイドたちによく目が行く様になった。
玉座の間での式典に出席していた。
この日も、なんとなくメイドたちに目が行っていた。
そして気付く。
メイドたちの意識が向いている存在に。
陛下、王妃様、そしてメイドたち。
この三者を一つの枠に収める。
そして気付く。
メイドたちの忠誠は王妃様に向いていた。
そして、その枠の中での王妃様は…。
まるで、”女王”の様だった。
あの王妃は何者なのか?!
公爵家の持つ情報の中から、あの王妃の物を調べ上げる様に命じた。
すぐに執事から簡潔な返事が返って来た。
「ございません。」
しばらく言葉が出なかった。
「なぜ?」
「先代様が処分されました。」
一応、訊いてみる。
「なぜ?」
「存じ上げません。」
「なぜ…、そんな事をしたのかな?」
「存じ上げません。」
「あの王妃の情報を集めろ。」
「お止めください。」
「なぜっ?!」
「王宮のメイドたちが付いております。お止めください。」
「王宮のメイドは、それほど恐れなければならない者たちなのか?」
「左様です。」
驚いた。
”即座”に”その返答”が返って来た事に驚いた。
言葉が出なかった。
この後、どうしたのか憶えていない。
会話の内容は、よく憶えているのにな。
昔馴染みの呑み友達と呑んでいた。
美味い物を食べ、美味い酒を呑み、楽しい一時を過ごした。
「陛下と王妃様は、どの様に出会ったのだろうな?」
そんな話になった。
誰かの紹介なんじゃないか? 誰かって誰だよ? 俺じゃないよー。ワハハハ。
王妃様とメイドたちの関係が不思議と言う者も居た。
以前のメイドさんは、もっと話し掛けやすかったとか言っている。
お前がおじさんになったから、相手にされなくなっただけだろー。
腹が出てきたからだろー。酒を控えろー、俺が呑む。ワハハハ。
そんな事を言っている。
以前、王妃様がメイド長の隠し子だーとか言ってた奴が居なかったか?
聞いた事ないぞー、そんな話ー。
誰かがそんな事を言っているのを、ぼんやりと聞く。
ふと、あの王妃様を見るメイドたちの目を思い出す。
あれは、”親しみ”でなく、”尊敬”だっただろうか?
あるいは、”崇拝”?
隠し子とかないわー。
酔いが回って、お開きとなった。
数日後、呑み友達の一人が死んだ。
何故かは分からないが、あの時の王妃様の話がマズかった様な気がした。
あの王妃様の事を気にするのは、止める事にした。
あれから大分経った。
避ける事が当たり前になっていたのが、悪かったのだろう。
すっかり危険性を忘れていた。
”あの王妃”の。




