08 外伝 グラスプ公爵家の後継ぎ息子02
王女様の婚約が発表された。
婚約相手の名前を聞き、グラスプ公爵家の馬鹿息子は勝手に怒り狂った。
相手が、あの伯爵家の後継ぎ息子だったから。
抗議をしに王宮に向かおうとしては、家臣たちに止められ、それを振り切っても、王宮のメイドさんたちに返り討ちに遭った。
『伯爵家の後継ぎ息子は、実は女なのでは?』という噂を聞き、「アントニオは女だ、王女を騙す不届き者だ。」と、度々訴えたりもした。
しかし、ほとんど相手にされなかった。
その事にも、グラスプ公爵家の馬鹿息子は勝手に怒り狂った。
ある日、グラスプ公爵家の馬鹿息子のところに、魔術師だと言う初老の男が訪ねて来た。
王女様の婚約者について話す、その魔術師。
曰く、
「【ステータス】を【偽装】する魔法が存在する。」
「『実は女だ。』という噂の有る王女様の婚約者が、魔法で性別を【偽装】しているなら、【偽装】を見破る魔法を使えばいい。」
「私なら【偽装】を見破ることが出来ます。」
とのことだった。
早速、性別を【偽装】しているのか調査を依頼した。
その結果は、馬鹿息子が望むものだった。
「これで王女は俺のものだ。」
馬鹿息子は大喜びした。
魔術師に、実に気前良く報酬を支払った。
大喜びで「アントニオは女だ、王女を騙す不届き者だ。」と王宮に訴えた。
しかし、「またか。」と、まったく相手にされなかった。
噂を元に今まで何度も訴えて、その度に退けられていたから。
自分の言う事をまったく聞こうとしない彼らを、「犯罪者を匿う不届き者だ、お前らは国の敵だ。」と非難するが、それでもまったく相手にされなかった。
自身の日頃の行いの悪さの所為なのだが、馬鹿息子にはそれが分からない。
『自分の信じている事が正しいのだ。』と、突き進む事になった。
馬鹿息子は、父親であるグラスプ公爵に力添えを頼んだ。
グラスプ公爵は考えた。
王女様の婚約者の件は、噂を元に息子が何度も訴えて退けられている。
普通に訴えても、退けられるだけだ。
しっかりした調査をしてもらえるだけの理由が必要だ。
決定的な証拠を示さなければ、調査などしてくれないだろう。
『魔術師が【偽装】を見破ったから。』だけでは、決定的な証拠にはならない。
『”切れるカード”など、無いではないか。』
グラスプ公爵はそう思った。
息子が言った。
「『爵位を賭ける。』言えば調査に応じるだろう。」と。
『馬鹿なことを。』と思った。
その【偽装】を見破ったと言う魔術師は、信用できるのか?
婚約が破棄されたとしても、王女様の結婚相手に息子が選ばれるのか?
リスクが大きいだけで、確実な事など何も無いではないか。
しかし馬鹿息子は、起死回生の一手だと確信して譲らない。
この馬鹿息子は、リスクが大きいだけで、まったく意味が無いことを理解しない。
「無理だ、諦めろ。」
そう言って、馬鹿息子に退室を促した。
騒ぐ馬鹿息子と、呆れる公爵。
執事に命じて、引きずり出させた。
遠ざかる喚き声を聞き、溜息を吐くグラスプ公爵。
この時、グラスプ公爵は馬鹿息子に見切りを付けた。
その判断は正しい。
しかし、その判断を、”今”したことは失敗だった。
グラスプ公爵は考えた。
馬鹿息子には期待しない。
だから、孫に期待することにしよう。
孫に期待するとして、その母親になる者は誰が良い?
いくつか、候補となりそうな貴族の”家名”を思い浮かべる。
満足する相手に、心当たりが無かった。
さらに考える。
考える。考える。
ふと、ある女性が頭の中に思い浮かんだ。
王女様だった。
…馬鹿なことを。
馬鹿息子に影響され過ぎだ。
そう考えた。
………そうだろうか?
王女様の子の将来を想像する。
やがて王になる子である。
その子が自分の孫であったら…。
馬鹿息子には既に何も期待していないが、それ故に、孫には期待したかった。
孫には良い人生を歩ませてやりたいと思った。
その為には何が出来るか? 何をしなければならないか?
考えた。
先ほど、自分が『役に立たない』と断じた”カード”が手元にあった。
それを、使わなければならないと思った。
思ってしまった。
この決断が間違いだなんて、分からなかった。
この時、グラスプ公爵は思い出せなかった。
王宮に居るのは、”あの王妃”だという事を。
そして、王宮に怪しい魔術師が滞在している事を。
この時、グラスプ公爵は思い出せなかった。
知っていたのに。
(設定)
”魔術師だと言う初老の男”は、或る人が雇った魔術師です。ナナシではありません。念の為。