< 12 新・王宮での生活11 ナナシ、ダンジョンの街の冒険者ギルドに行く02 >
昼食後のお茶の時間の後。
シルフィがドナドナされて行くのを見送ったら、部屋にメイドさんたちが来た。大勢。
俺の顔が引き攣るのは、仕方が無いことです。
午後は冒険者ギルドに行く。
その為に着せ替えられている。
昨日よりメイドさんの数が多いです。
『午後は、手伝いに来られるメイドが少ない』と聞いたから、午後にしたのにな。
堪らず、ニーナに訊く。
「これで、『メイドが少ない』なの?」
「そうです。」
そう言ったニーナの目は少し泳いでいた。
そうだよねー。目が泳ぐよねー。
部屋の中が、メイドさんでいっぱいだもんねー。
俺は既に、壁際まで押しやられているしねー。
これよりも人が多くなったら、どうなるのかな? どうなるのかな?
部屋に入り切らないんぢゃないかな?
「午前中だったら、これよりも人が多くなっていたの?」
「ソウダトオモイマス。」
ニーナの声が、ちょっとアレだ。(苦笑)
もしかして、俺が、より人の少ない状況の方を選ぶと踏んで、『午後は、手伝いに来れるメイドが少ない』って、事実と逆の事を言ったのかな?
そんな事を考えたが、それは置いておいて、ニーナに言う。釘を刺しておく意味で。
「これ以上、人が多くなったら、部屋に入り切らないよね?」
「…肩車…トカ…。」
おい。
「メイドさんたちは、『着替えを手伝う為に居る』という建前だったよね? それぢゃあ見学よ? 建前は大事よ?」
「申し訳ございません。『噂の鎖骨を見たい。』と言う希望者に声を掛けた結果です。」
自白したか。
「これからは、この様な事態にならない様に、毎日、数回のお着替えをしていただきたく思います。」
「あれ? こっちに要請が来るの? 自粛しないの?」
「抑えようとすると、暴動が起きてしまいます。ご配慮の程、よろしくお願いいたします。」
脅迫された?!
自白から流れる様な展開で、脅迫されましたよ?!
それってどうなの?
”俺付きのメイド”って、俺の味方ぢゃないの?
ニーナは、俺の困惑を完全にスルーして、「手を上げてください。」とか「もう少しこちらを向いてください。」とか「もう少し笑顔で。」とかマイペースで指示してくる。
笑顔は関係無いよね?(昨日ぶり、二回目)
昨日とは違って『はぁはぁ。』はしていない様だが、昨日よりも「はぁはぁ。」しているメイドさんが多くて怖いです。
『暴動が起きたらどうなるんだろう?』なんて考えられません。怖くて。
そう。怖くて。(ガクブル)
途轍もなく疲れる『着替え』が終わりました。
灰になっています。
燃え尽きています。
『着替え』とは名ばかりの、『名状しがたき他の何か』でした。(断言)
今日はSAN値が削られた自覚があります。
超グッタリです。
超疲労困憊です。
これから出掛けるというのに、大丈夫なのだろうか?
無理っぽいんですけど。
「さぁ、行きますよ。ナナシ様。(ニッコリ)」
ニーナは元気いっぱいです。
「あと、五分…。」
グッタリしている俺は、思わずそう言う。
『あと、五分』なんて、意味が通じる訳が無いのにね。
「皆、喜んでましたよー。笑顔でしたよー。着替えだけで、あれほど笑顔にさせる人なんて、他に居ませんよー。」
そう言って、ニーナが俺を励ましてくれる。
「毎日お願いしますねー。皆の期待を裏切らない様にー。」
…励ましてくれてるんだよね?
脅迫の様にも聞こえるのは、俺の気の所為だよねっ?
もう一度、「あと、五分…。」と言って、さらに休憩をしてから、俺は何とか椅子から立ち上がる事が出来た。
よし。
冒険者ギルドに行って、用事を済ませよう。
【転移】魔法でサクッと行って、サクッと帰って来ればいいだけです。
大丈夫です。
やれば出来るはずです。
がんばろう。
『帰って来たら、また着替えがある』なんてことは考えません。
心が折れるから。
『がんばろう。』
心の中でそう言って、気合いを入れる。
そんな俺に、ニーナが抱き着いてきた。正面から。
胸元に顔を擦り付けています。
【転移】魔法で移動する為には、接触している必要はあるんだけど…。
「………………。」
いや、もう何も言うまい。
用事を済ませる事だけ考えよう。
そう。
サクッと行って、サクッと帰って来ればいいだけだ。
『”ふにょん”感が足りない。』とか、余計な事を考えるのはやめよう。うん。
ふと、昨日、廊下で発生した”あててんのよ”を思い出した。
あれは良かった。うむうむ。
”あててんのよ”を思い出していたら、ニーナが俺を下から見上げていた。
そして言う。
「何か失礼な事を考えていませんでしたか?(ジットリ)」
ニーナから顔を背けて、「ソンナコトナイカナー。」と言って、否定しておく。
「ぶふっ。」
何故か、後ろから俺に抱き着いているケイトが噴き出した。
何がウケたのかは知らないが、今のこのタイミングで噴き出すのは勘弁してほしいな。
ニーナの目が怖くて、正面を向けません。(ビクビク)
俺は横を向いたまま、「ぢゃあ、転移するよ。」と言って、ダンジョンの在る街の近くに転移した。
街道に立っています。
少し離れたところに、街を囲む外壁と門が見えています。
昨日も来た、ダンジョンの在る街グシククの近くです。
素材を入れた【マジックバック】を【無限収納】から取り出して肩に掛け、ニーナとケイトと一緒に街に向かって歩く。
「ホントに一瞬なんだねー。」
ケイトがそんなことを言っているのが聞こえますが、反応する元気は有りません。
せめて、もっと”ふにょん”分が有れば、違ったかもしれませんが。
「何か失礼な事を考えていませんでしたか?(ジットリ)」
ニーナのそんな声が聞こえましたが、もちろん反応する元気なんか有りません。(ビクビク)
門を抜け、通りを歩き、無事に冒険者ギルドに着いた。
ジットリとしたニーナの視線を感じていましたが、幸いダメージは無かったので、『無事に着いた。』と言っても何の問題もありません。
さっさと建物の中に入る。
サクッと用事を済ませて帰りたいからね。
建物の中は賑やかだ。繁盛している様だね。
俺はカウンターに並んでいる人の列に並ぼうとしたのだが、ニーナが俺の前に立って、ずんずんカウンターに向かって行く。
一人で行かせていいのか分からなかったので、俺もニーナに付いて行く。
ニーナは列を無視してカウンターの前まで来ると、「ギルドマスターに会わせてください。」と、カウンターの奥に言ったのだった。
俺ポカーンです。(昨日ぶり、二回目)
俺の傍の列に並んでいる冒険者らしき人たちも、ポカーンとしています。
何だか静かになっちゃいました。
静かになった中で、ヒソヒソと話している声が少し聞こえた。
「あれ、何処のメイドさんだ?」、「さぁ?」、「スカートが異様に長いぞ。」、「まさか、王宮のメイドか?」、「知っているのか? ライデン。」、「うむ。あn「バカなっ、実在したのか?!」」
何やら興味深そうな事を言い始めた人が居たのだが、『バカなっ、実在したのか?!』と言う大きな声で聞こえなくなってしまった。
残念だ。ちょっと聞きたかったのに。
でも、実在を疑われる王宮のメイドさんって、一体何なのかな?
伝説の存在なの? ネッシーなの? ビッグフットなの?
王宮には、いっぱい居らっしゃいますよー。
そんなツッコミを心の中でしていたら、この街に来る前の、着せ替えをさせられていた光景を思い出してしまった。
部屋の中が、メイドさんでいっぱいになっていた光景を。
………………。
俺は、少しげんなりしてしまった。
男性職員がやって来て、カウンター越しにニーナに応対する。
少しお話した後、「こちらにどうぞ。」と言って、建物の奥に案内された。
昨日、俺が”案内”されたのとは違う方向だ。
正規ルートっぽいね。昨日とは違って。(苦笑)
俺たちは、応接室っぽいところに通された。
部屋に入り、ニーナに促されるまま、俺はソファーに座った。
ニーナとケイトは俺の後ろに立っている。
うーん。何となく落ち着かない。
フカフカのソファーに座ったまま、室内を見渡した。心が落ち着かないから。
室内の様子を見ると、『上等な応接室』って感じがします。
うーむ。貴族が来た時は裏口からリリースで、メイドだったら応接室なのかー。
うーん。そうなのかー。へー。
貴族って何なんだろうねー。(黒い笑顔)
ぐぬぬ。
俺の後ろに立つニーナが、「何か不機嫌そうですねー。」とか言ってくる。
俺は、「ソンナコトナイカナー。」と返しておく。
そう言ったら、またケイトが噴き出した。
ケイトのウケるツボは、よく分からんね。(苦笑)
出されたお茶を飲みながら待つ。
ニーナとケイトは飲まないのかなー。
俺の後ろに立っているので、二人に出されたお茶が、ただの置き物になっちゃってます。
『もったいなー。』とか思ってしまうあたり、『俺は貴族に向いてないんだろうなー。』なんて思ってしまう。
しばらく待つとドアがノックされ、男の人が入って来た。
立ち上がって挨拶しようとしたのだが、ニーナとケイトに肩を掴まれ引き戻されて、立てませんでした。
『座ってろ。』ってことなんですね。アッハイ。
ダンと名乗ったギルドマスターに、二ーナが俺を紹介した。
サクッと用事を済ませて帰ろうと思い、交渉を始めようと思ったのだが、ギルドマスターにそれを制されて、訊かれた。
「ちょっと確認させてほしいのだが、いいだろうか?」
「えっと、何をですか?」
「昨日、グラストリィ公爵と名乗る者が訪ねて来たという報告を受けているのだが…、もしかして、あなたか?」
「えーっと。そうです。」
「! 大変失礼いたしました!!」
ギルドマスターは、ガバッと頭を下げた。
あーあ。
こうなるのを俺が嫌がると思ったから、ニーナは触れないでくれていたと思うんだけどなー。
「いえいえ、オキニナサラズー。」
少々うんざりして、テキトーな感じの声をギルドマスターの頭頂部に掛けた。
その後はニーナが応対してくれたので、俺は”ただの置き物”状態で、お話を見守った。
「昨日、応対をした失礼な者たちへの処罰は、公爵様は望まれておりません。寛大な公爵様に感謝する様に。」
偉そうな態度でそんな事をおっしゃるニーナさんに、俺はちょっとビビったのだが、言われたギルドマスターは感激している様だ。
普通にお願いした貴族は裏口からリリースで、偉そうな態度のメイドには感激するのかー。
そうなのかー。へー。
貴族って何なんだろうねー。(何かを諦めた様な遠い目)
ニーナとギルドマスターのお話し合いが終わった。
『お話し合い』と言うには、ちょっとアレでしたが。
ニーナがギルドマスターを脅しつつ俺の事を持ち上げたので、ギルドマスターが俺の事を尊敬するかの様な目で見ているのが、とっても鬱陶しいのですがっ!
気を取り直して、「ここに来た用件なのですが…。」と言って、本来の目的の話を進める。
ギルドマスターと素材の買い取りについて交渉したのだが、ギルドに所属していない者からの素材の買い取りは拒否されてしまった。
変な前例を作りたくなかったのかもしれないね。
逆に、「冒険者ギルドに是非とも登録していただきたい!」と、執拗に言われてしまった。
色々な好条件を出されたが、俺の不満な”強制依頼”が存在する以上、どんな好条件が有ってもお断りです。
組織に何かを強制されるのは御免だからね。
俺は、揉め事を避けて、のんびり過ごしたいのだから。
思いの外、長くなってしまった交渉の結果、『冒険者ギルドが主催するオークションへの出品の仲介』という形で決着した。
『冒険者ギルドが主催するオークション』なんてものが在ったんだね。初めて知ったわ。
オークションというのは、悪くないな。うん。
オークションの方が、より多くの人に注目されるだろうからね。
それに、主催するのが冒険者ギルドならば、多くの冒険者たちに情報が伝わるだろう。
俺としては、オークションの方が目的(=一獲千金を狙う冒険者たちをダンジョンに向かわせる)に合っていそうだ。
うん。これでいいね。
ギルドマスターがうざかったので、どうなることかと思ったが、思いの外、良いところに落ち着いたね。
上出来だね。(ニッコリ)
話がまとまったので、持って来た素材を引き渡す為に倉庫に移動する。
示された台の上に、【マジックバッグ】からコカトリスとミスリルゴーレムの腕を出した。
見ていた人たちから、「デカイ。」とか「スゲェ。」とか声が聞こえた。
「………………。」
俺の隣に居るギルドマスターが一番驚いている様に見えるのは、何でなんですかね?
「…こ、これらは何階層で仕留めた物なんだ…、ですか…?」
ギルドマスターの言葉遣いが少し変です。
「さぁ? 忘れちゃいました。」
実際は、いつの間にか【無限収納】に入っていただけなんですけどねー。そんなこと言えないよねー。
「つまり…、忘れるほどの階層まで行ったと。」
あ。しまった。
「あなたは、何階層まで行ったのですか?」
「えーっと、内緒です。実力を知られるメリットなど、私には何も無いですし。」
「現在の最高到達階層は40階層なのだが、それ以上なのではないか?」
「申告する義務は、私には無いですよね?」
冒険者ギルドに所属している訳ではないからね。
「………そうだな。」
ギルドマスターは納得してくれた様だ。
「では、よろしくお願いしますね。」
ギルドマスターにそう言って、俺たちはさっさと冒険者ギルドを後にした。
冒険者ギルドの建物から少し離れたところで、ニーナとケイトに訊く。
「何処かで、お茶でも飲んで行く?」
「いえ、この街では、美味しいお茶も美味しいお菓子も期待できませんので、王宮に帰りましょう。」
「ボクもそれでいいよー。」
確かに、王宮のお茶もお菓子も美味しいよね。
今日のおやつも楽しみです。
「ぢゃあ、さっさと帰るか。」
サクッと、【隠蔽】、【人除け】、【不可視】の結界を張ってから、二人と手を繋いで【転移】魔法で王宮に帰った。(←行動が雑(苦笑))
王宮の部屋に帰って来た。
「お疲れ様。」
二人にそう言った。
「「お疲れ様でした。」」
二人にそう言われた後、ニーナが言う。
「すぐに来ますので、少々お待ちください。」
ん? おやつの話かな?
でも、おやつの時間まで、まだ時間がある様な気もする。時計が無いから分からないけど。
それと、昨日もそんなことを言われた様な気がするな。
何だったっけ?
ソファーに座り、思い出そうとしていたら、ドアがノックされ、メイドさんたちが部屋に入って来た。大勢。
「………………。」
ええ。また、大勢のメイドさんたちに見られながら、着せ替えをされましたよ!
SAN値が削られました。
グッタリです。
疲労困憊です。
この日は、もう何も出来ませんでした。




