< 05 外伝 ある筋肉大好きメイドの帰還 そして、旅立ち >
久しぶりに王宮に帰って来ました。
薄暗い建物の中に入ったところで、「ふぅ。」と一息吐き、帰って来た事を実感します。
本当に久しぶりです。
王宮も、王都も。
『少々やらかしてしまった。』という自覚は有りましたが、まさか隣の国までトバされるとは思っていませんでした。
久しぶりに帰って来た安堵感で、少々浮かれながら廊下を歩きます。
筋肉仲間のマリーに会いました。
ちょうどいいですね。
何か面白い出来事がなかったか訊きましょう。
マリーが言うには、王宮に男が居るのだそうです。
そのこと自体は、別に珍しい事ではありません。
遠くから来た領主などが、この王宮に滞在する事はよく有る事です。
しかし、”マリーが興味を持つ男”となれば、筋肉しか有り得ません。
私はマリーから、さらに詳しく聞きます。
その男は、『筋肉が素晴らしい。』とのことです。
ほう。
やはり、筋肉でしたね。(ニッコリ)
しかも、マリーが『素晴らしい。』と言うほどの筋肉の持ち主ですか。
ほうほう。
私は、その筋肉に興味を持ちました。
マリーと別れて、早速、その筋肉を探します。
私には、良い筋肉の気配が分かりますので。
居ました。
良い筋肉の気配がビシバシします。
廊下を歩いて来るその男の邪魔にならない様に壁際に寄りつつ、近付くのを待ちます。
「こんにち、わっと。」
だきっ
私は、挨拶をするフリをしながら抱き着きました。
「うわっ?!」とか声を上げられてしまいましたが、私は、それを無視して筋肉を調べます。
ふむふむ。ほうほう。(もみもみ、さわさわ)
なるほど、良いですね。
うん。良いですね。(ニッコリ)
筋肉を堪能します。(もみもみ、さわさわ)
彼には”あててんのよ”をしているので、WIN-WINの関係です。
彼も「むほー。」とか言って喜んでいますので、何の問題もありませんねっ。(ニッコリ)
たまーに、問題になってしまうこともアリマスケドネー。(遠い目)
彼と一緒に居たメイドがオロオロしながら何かを言っていますが、私は堪能し続けました。
この素晴らしい筋肉を!(もみもみ、もみもみ)
彼の肩越しに、メイドが歩いて来るのが見えました。
気にせずに筋肉を堪能します。(もみもみ、さわさわ)
そのメイドと、ふと、目が合いました。
”普通のメイド”だと思っていました。スカートが短かったので。
でも、違いました。
見覚えがあります。
私の教え子の一人です。格闘術の。
飛び抜けて優秀でありながら、底無しの落ちこぼれ。
その訳の分からなさで、私にトラウマを植え付けた教え子です。
「げぇ、マリアンヌ!」
思わず声が出ました。
私に気付いたマリアンヌが、こちらにダッシュして来ます。
思わず、私は逃げ出しました。
筋肉どころではなくなってしまいました。
アイツが追い掛けて来るので、私は廊下を走って逃げました。
私は走っています。王宮の廊下を。
走って良い場所ではありませんが、どうしようもありません。
私が苦手としているアイツが追い掛けて来るので。
チラリと振り返り、アイツを見ます。
楽しそうに追い掛けて来ます。
その目を見て察しました。
犬と同じです。
楽しいから追い掛ける。
ただ、それだけ。
困りました。
終わりが見えません。
こういう時のマリアンヌの訳の分からなさには、本当に苦労させられました。
何が困るかと言うと、解決策が見付からない事が困るのです。
解決策の存在すら怪しくなるレベルで、見付からないのです。
マリアンヌの行動は、本当に読めません。
本人ですら分からないモノが、他人に分かるはずも無いですよねっ。
これだから天然はっ!
この困った事態の解決策を見付けられないまま、しばらく走り続けました。
王宮の廊下を。
「廊下を走らない様に!」
セイザをしながら、メイド長の説教を聞きます。
「子供ですかっ、王宮のメイドをこんな事で叱るのは初めてです!」
『デスヨネー。(死んだ目)』
目線の先に在るメイド長の足を見ながら、心の中でそう呟きました。
本当にすみません。(しおしお)
でも、このセイザ。地味にしんどいですよね。
足は痛くなるし、痺れますし。
さらに、目線が下がることで、自然と『すみません。』って気持ちになります。
何でも王妃様が導入されたらしいです。
読書がご趣味で博識だとは聞いていましたが、刑罰にもお詳しいのですね。
いずれ、その本を書いた人を見付け出して、ボコボコにしてやりましょう。
しばらくの間、メイド長の説教を大人しく聞きました。(しおしお)
説教の矛先が、隣でセイザしているマリアンヌに向きました。
「あなたは、昨日も廊下を走っていたと聞いています。おやつ抜きです。」
あまりの軽い罰に驚きます。
チラリとマリアンヌの様子を窺うと、『ガーーン!』とでも言いそうな顔をしています。
「”お世話係”にも言っておきます。厳重に。」
マリアンヌは、『ドガガーーン!!』とでも言いそうな顔をしています。
そして、崩れ落ちました。
ピクリとも動きません。
ただのしかばねのようです。
この様子を見ると、ちゃんと罰になっている様に見えてくるから不思議です。
おかしいですよね。
ただの『おやつ抜き』なのに。
メイド長の説教の矛先が、再び、こちらに戻って来ました。
「あなたが廊下で抱き着いたお方ですが…。」
そう言えば、先ほど私が抱き着いた男が誰なのかは、気にしていませんでした。
筋肉のことしか考えていませんでしたので。
「あのお方は、姫様の夫となられたナナシ様です。」
あー、そう言えば、ご結婚なさったと聞いていましたね。
『おめでとうございます。』と、心の中で姫様のご結婚を祝福します。
そして、気付きます。
え?! それってやばくね?
姫様は、王妃様にたいへん可愛がられています。
姫様を怒らせたら、王妃様も怒らせてしまいます。
刑罰にお詳しい王妃様を怒らせてしまったら、どうなってしまうのでしょうか?
どうなってしまうのでしょうかっ?!
やばいですよね?
やばいですよね!
………………。
ちょっとだけ、冷や汗が出ます。
いえ、これは冷や汗ではありません。
スクワットをしたくなった時に現れる生理現象です。…たぶん。
メイド長が続けます。
「姫様の夫であるナナシ様への接触は『禁止』です。」
「通達も出しています。『ドラゴンに接する様に、慎重に接する様に。』と。」
………………。
自分がした事を思い出します。
抱き着いて、筋肉を揉みまくりました。
”あててんのよ”をしていたので、WIN-WINの関係だと思っていました。
彼も「むほー。」とか言っていましたし。
全部ダメじゃないですかっ。
ヤバイです。
困りました。
”通達”も、彼が”姫様の夫”であることも知りませんでした。
ですが、『知りませんでした。』が通用しないのが、メイドの世界なのです。
厳しいのです。
冷や汗が出ます。
ですが、顔に冷や汗をかくなんて事はいたしません。
王宮で働く一流のメイドですから。
肌が露出していない部分だけを冷や汗でぐっしょりさせながら、涼しい顔をします。
いえいえ、冷や汗ではありませんでしたね。
冷や汗ではありませんとも。ええ。
かなりの長い時間、セイザをしながらメイド長の説教を聞かされました。
私の隣で”しかばね”っていたマリアンヌは、いつの間にか、ぐーすか寝ていやがりました。
やっぱり、コイツは訳が分かりません。
長い説教が終わり、メイド長の部屋から退室しました。
が、先輩方に捕まりました。筋肉仲間の。
え? スクワットですか?
今、足が痺れてるんですが。
いえ、『男に抱き着きたくなるのは筋肉が足りないからだ!』ではなくてですねっ。
先輩方に訓練場に連行されました。
そして、めちゃくちゃスクワットさせられました。
翌日。
また、トバされることになりました。
今度は東の隣の国です。
せめて国内にしてくれませんかねぇ…。(白目)
王都でのんびりしていたかったのに…。
馬車に揺られて、私は王都を後にしました。
ぐすん。




