07 外伝 グラスプ公爵家の後継ぎ息子01
グラスプ公爵家の馬鹿息子。
この者の評判は、かなり悪い。
『王女の夫に相応しいのは俺しかいない。』などと公言し、その言動を『貴族の態度ではない。』と非難され、評判を落としていた。
自分への悪評を”ただの嫉妬”と切り捨て、自身の言動を省みない、ただの馬鹿であった。
この馬鹿、王女様が頻繁にサーリス伯爵家の息子を招いているという噂を聞き、勝手に腹を立てていた。
『サーリス伯爵家へ嫌がらせをして、王女へ近付くのをやめさせよう。』などと考え、この伯爵家の事を調べさせた。
調べたサーリス伯爵家の評判は、曰く、
『最近、領地経営で大きく利益を上げ、やがて納税額が、広大な領地を持つだけの某公爵家を凌ぐのではないか。』
『愛妻亡き後、後妻を娶らず、後継ぎ息子の教育に熱心。』
『後継ぎ息子は文武に秀で、人柄も素晴らしい。』
『実直な性格のサーリス伯爵は、貴族のあるべき姿だ。』
などなど、好意的なものしかなかった。
サーリス伯爵家の評判を知り、嫌がらせをする事を諦めた。
評判の良いサーリス伯爵家への嫌がらせは、『グラスプ公爵家の嫉妬や焦りと受け取らてしまう。』と、そう考えたからだ。
この馬鹿、こういう事には敏感だった。
自分には、”公爵家の後継ぎ”という肩書だけしかなかったから。
焦りを感じたこの馬鹿。直接的な行動に出た。
王女様たちがお茶しているところへ、乱入しようとしたのである。
メイドさんたちに囲まれて、あれよあれよという間に遠ざかって行ったが。
馬車で屋敷に強制送還されたこの馬鹿。屋敷に着くと体調を崩した。
メイドさんたちに囲まれた際に、イイところにイイヤツを食らっていたからなのだが、本人は気付かなかった。
馬鹿が何度目かの強制送還をされた、ある雨の日。
屋敷に到着後、馬車を降りる時に足を滑らせ腰を強打し、しばらく寝込むことになった。
この事故。
メイドさんたちがイイ仕事をした結果である。
メイドさんたちの一部のメンバーの仕事道具。その一つの”ぬるぬるするやつ”を魔改造した。
乾燥状態から水に濡らすとぬるぬるし、30分ほどするとさらさらに変化し水に流れてしまう。
そんな物を作り上げ、使ったのだった。
馬車が屋根の下で待機している時にはぬるぬるせず、雨の中を走って公爵家に着いた頃にはぬるぬるし、その後、流れ落ちて証拠を残さない。
『イイ仕事をした。』と、あるメイドさんは満足気に語ったという。
もっとも、『まだ全然殴り足りない。』、『奴には地獄ですら生温い。』、『塵すら残さないのがこの世の為。』、『ごみ処理の口実が何処かに落ちてないかしら。』などの声が減る事は無かったそうだが。
馬鹿が居ない間に、王女様たちは今後の対策を話し合った。
放置すれば、いずれ、メイドさんたちが抑えられなくなるからである。(←え? そこ?)
色々考えていく内に、『私たちが婚約すればいいのではないか?』という話になった。
メリットを考える。
1、馬鹿が王女様に近寄れなくなる。
王女様が婚約者と一緒に居るところに乱入するというのは、外聞が悪すぎる。
周りの者たちが全力で阻止する事が期待できる。
2、アントニオが女である事を隠すことが出来る。
王女様と婚約すれば、アントニオが男だと王家が認めたと受け止められる。
3、馬鹿が王宮で馬鹿な事をしなくなり、メイドさん一安心。
皆が幸せになれる妙案だと思った。
二人とも”お相手”に血筋など求めていない。
血筋などより、秘密を共有してくれる、人柄の良い人であればいい。
そんな殿方を二人、あるいは一人でも構わない。出会えればいい。
”お相手”のアテに多少の不安は有るが、血筋にはこだわらないので何とかなるかもしれない。
うん、いける。
そう思い、さらに慎重に検討していった。
『いける。』という確かな手応えを感じたので、二人で王妃様へ婚約したい旨、相談しに行った。
二人と会った王妃様は、違和感を持つ。
王女の目が”恋する女の目”ではなく、『いいこと思い付きましたっ。』という目をしていたから。
また、婚約相手だと言う青年。
帯剣し、姿勢が良く、堂々としている。
立派な青年にも見えるが、どうにも女の子っぽい。
メイドたちが、『姉妹の様に仲が良い。』と言っていた事を思い出す。
王妃様が自身の情報網で得た情報でも、アントニオは”女”だという事になっていたはずだ。
しかし、事情が有っての事と思って、反対しない事にした。
王妃様は、ただ一言、「いいわよ。」と言った。
王女の婚約の件、王様には王妃様が伝えた。
食事の席で、何かのついでの様に、サラッと。
呆気にとられる王様。
何か言おうとする王様を、目力でねじ伏せ、何も言わせなかった。
こうして王女の婚約が決まった。
王様ェ…。
王妃様が王女とその婚約者と度々会い、何事か指導すること数日。
王女様の婚約が発表されたのだった。