< 02 新・王宮での生活02 ナナシ、魔法について教える >
シルフィと一緒に昼食を摂り、部屋に戻って来た。
二人でのんびりとお茶をしながら、ニーナから午後の予定を聞かされた。
「この後、王妃様がいらっしゃいます。ナナシ様に教えていただきたい事が有るそうです。」
んー、何だろう?
「ネックレスとトイレの魔法の件だそうです。」
ああ、なるほどね。
ネックレスの方は、昼食前に、シルフィが見せびらかしに行ったから、気になったんだろうね。
シルフィの身を守る為に作った魔道具は、割と自重しなかった自覚が有るから。
”ヤベェ代物”と思われているのかもしれないね。
うむうむ。(←なぜか満足げ)
トイレの方も気になるよね。
俺の自信作だし。
うむうむ。(←さっきぶり二回目)
王妃様が来るまで、ソファーで寛ぐことにしよう。
シルフィはもちろん、俺にべったりしています。
ドアがノックされ、王妃様が「お邪魔するわね。」と言って入って来た。
王妃様の後から二人、魔術師っぽいローブを着た男女も入って来る。
俺はソファーから立ち上がって王妃様たちを迎え、向かいのソファーに座ってもらう。
「度々お邪魔してごめんなさいね。(ニッコリ)」
そう、笑顔で言う、本日二回目のお越しの王妃様。
別に邪魔ではないですけどねぇ。
シルフィとイチャイチャする訳でも無いし。
むしろ、『イチャイチャしろ。』って意味では無いよね?
違うと信じています。
「訊きたい事があるとのことですが…。」
俺は、そう王妃様に訊く。
「ええ、先ずは、シルフィのネックレスの件ね。」
隣に座るシルフィの胸元のネックレスを見る。
「素晴らしい贈り物をいただいた様で。ありがとうございます。」
「いえいえ、どういたしまして。」
「どういう働きをする魔道具なのか、訊いてもいいかしら?」
「ええ。」
そう返事をしてから説明する。
「この魔道具は、シルフィの身を守る為に結界を張ってくれるものです。」
「張る結界は、【物理無効】と【魔法無効】。それと、調節された【遮音】と【遮光】と【リフレクション(熱)】です。」
「物理攻撃と魔法攻撃は無効化し、大きな音や強い光と火傷しそうな熱からも身を守ってくれます。」
「………………。」
「………………。」
「………………。」
?
反応が無いのは、何でなんですかねぇ?
「…実験をしてみたいのだけれど、同じ物を作る事は可能かしら?」
王妃様にそう訊かれた。
うーん。
作る事は出来るけどなー。
「えーっと、シルフィの為に作った物だから、他には作りたくないですね。特別な物ですから。」
「でへへー。」
俺の隣から、シルフィのそんな声が聞こえてくる。
相変わらずな残念っぷりですねー。この姫様は。
「分かったわ。」
王妃様は引き下がってくれた様だ。
「シルフィのネックレスで実験をするのはいいかしら? 働きを実際に見てみたいわ。」
「そうですね。シルフィにも実際に体験してみてもらいたいですしね。シルフィもいいかな?」
「いいわよー。えへへー。」
シルフィは上機嫌だ。
俺からのプレゼントを喜んでくれているのだろう。
「では、後日、お願いね。」
「はい。でも、”後日”で、いいんですか?」
「ええ。それよりも先に教えてほしい事があるのっ。」
王妃様が身を乗り出して力強く言ったので、ちょっと仰け反ってしまう。
「トイレの魔道具が再現できないのよっ。この人たちに教えてあげてちょうだい。」
王妃様から話を聞く。
俺の部屋に在る、俺の作ったトイレのことを、王妃様がとても気に入ってくれたのだそうだ。
自分の部屋にも欲しいのはもちろんだが、商品化すれば富裕層に売れまくると考えて、あのトイレの複製を試験的に作らせているのだそうだ。
さらに、あのトイレを大量に作る為の施設を作らせる様に手配しているとのこと。
王妃様が本気過ぎて、ちょっと引くね。(苦笑)
引いてしまうけど、あのトイレの製作依頼がこちらに来ないのは、有り難いね。
あれを作るのには魔力をガッツリと使うから、本当に大変なんだよねー。
王妃様たちを悩ませているのは、ブツの処理をする為の魔道具の方だ。
魔道具を製作している人たちに製作を依頼したのだが、どうしても再現出来ずに困ってしまった。とのことだった。
「魔道具の製作を依頼した人たちは、『【転移】魔法を使っているから、そんなの作れない。』って言うの。」
「でも、【転移】魔法を使っているのなら、何も残らないはずでしょ。それなのに『【転移】魔法だから無理だ。』って言って、真面目に取り組んでくれないのよっ。」
割と”素”の言葉遣いになっちゃっていませんかね? 王妃様。
「あれは【転移】魔法を使っている。見れば分かるだろうに…。」
魔術師っぽいローブを着た男の人が、そう言う。
王妃様はそれを無視して、身を乗り出して俺に訊いてくる。
「あれはどういう魔法なの? 【転移】魔法じゃないわよね?」
男の人は、『やれやれ。これだから素人は。』とでも言いたげな表情だ。
俺は王妃様に答える。
「【転移】魔法は使ってませんよ。使っているのは【分解】です。」
「やっぱり、そうよねっ。」って言う王妃様と、『え? そんなバカな。』っていう表情をする男の人。
「そもそも、魔法を発動させるワードも「分解。」ぢゃないですか…。」
ちょびっとだけ呆れた様な声になってしまうのは、仕方が無いよね。
俺がちょびっとだけ呆れている事には気を留めず、王妃様は「そうよねっ。」と言う。
すっかり”素”の言葉遣いになっちゃってませんかね? いんですかね? 王妃様。
一方、ローブを着た男の人は、「バカな。そんな訳があるか!」と言う。立ち上がって、ちょっと怒った様な声で。
「ほとんどの物が消えているんだぞっ。【分解】では不可能な現象だ!」
そう言われましても【分解】ですしおすし。(苦笑)
それに【転移】だったら何も残りませんよね。
黒い粉末状の物が残る事は、どう考えているんですかねー。(やれやれ)
「ぢゃあ、実際に水を【分解】する実験をしてご覧に入れますね。」
俺は実験して見せる事にした。
ニーナに、水差しとコップを一つ持って来てもらう。
テーブルに置いたコップに水を入れ、『これを【分解】すればいいよな。』と思ったけど、何がどうなるのかを説明しないと理解できないよね。
水を【分解】して酸素と水素にしたのと、【転移】させたのとでは、見分けが付かないからね。
便箋に”水の分子”の図を書いて説明しよう。
そう思ったのだが、紙に書くのはめんどくさい気がしたので、闇魔法で空中に書こう。
横を向いた先の空中に、闇魔法で”水の分子”の図を書いた。
背の低い二等辺三角形の三つの頂点の位置に丸を書いて、上の丸から左右の斜め下の二つの丸に線を引いて繋いだ図だ。
「先ず、水の形を教えます。”水の形”とか言われても分からないと思いますし、小さすぎて目では見えませんが、水はこんな形をしています。」
『こいつは何を言ってるんだろう?』とでも言いたげな雰囲気を感じますが、想定内の事なので無視して説明を続ける。
「【分解】で、この丸と丸とを繋いでいるところを切ると、水は水でなくなり、酸素と水素と言う二つの気体に分かれます。」
丸と丸とを繋ぐ二本の線に”x”を書く。
「この時、水が無くなった様に見えますが、水が酸素と水素と言う二つの気体に分かれただけです。」
「この二つの気体の内、水素はとても軽いので、水を【分解】すると水素は上に行きます。」
「この水素は、伏せたコップで受け止める事が出来ます。」
「水素はよく燃えますので、伏せたコップに溜まった水素に火を着けて、燃える様子を見てもらえば、『水を【分解】すると、軽くて燃える気体が生まれる。』という事が確認できます。」
「水素を燃やすと、酸素とくっ付いて、水になります。この水は、水素を燃やしたコップの内側にうっすらと付きます。」
「これから、その様子を見てもらって、確認してもらいます。」
「………………。」
「………………。」
「………………。」
皆さん、分かった様な分からない様な顔をしていらっしゃいます。
言葉は通じても、意味が分からないんだろうね。
まぁ、そうだよねー。理解できないよねー。
もう一度、同じ説明をしてから、実験を始めた。
テーブルの上には、先ほど水を入れたコップが在る。
ニーナにもう一つコップを持って来てもらい、内側を拭いた後で、水の入ったコップの上で、下向きの状態で【魔法の腕】で持っておく。
軽い水素が、コップの中に溜まる様にね。
【魔法の腕】で持つのは、後で火を着けた時に熱くなってしまうからです。
宙に浮いたままのコップを見て驚かれてしまったが、気にせずに進める。
「ぢゃあ、実験を始めますね。」
皆が頷くのを見て、コップの中の水に魔法を掛ける。
「【分解】。」
コップから水が無くなった。
「おお。」
「おお。」
「おお。」
そんな声が上がる。
でも、王妃様。「おお。」はないと思いますよ。誰も気にしていない様ですが。
ちなみにシルフィは、『ふーん。』とでも言いたげな様子で、黙って座っています。
これまでの俺との付き合いで、感覚が麻痺している訳ではないと信じています。
そんなシルフィの事は放っておいて、先に進める。
「ぢゃあ、上のコップに溜まっているはずの水素に、火を着けますね。」
ふと、『明るくて火か見え難いかも。』と思ったので、結界を張る事にする。
「少し暗くしたいので、結界を張ります。」
そう言ってから、光の透過量を調整した【遮光】結界を張って、少し暗くする。
「火を着けます。」
【ファイヤー】で作り出した火を、水素が入ったコップに近付ける。
『フォン』と小さい音がして、少しの間、ぼんやりとした火が着いていた。
火が消えた後、コップの内側を見ると、うっすらと水が付いている。
コップの内側を全員に見せて、水が付いているのを確認してもらった。
「先ほど説明した通りの現象を確認してもらいました。これで水が分解された事を理解していただけたと思います。」
「トイレで”小”の方が消えるのは、今の実験の通りの事が起きているからです。」
「”大”の方も同様で、【分解】して残った物が黒い粉末状の物です。」
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「すごーい。」
シルフィは反応してくれたが、他の三人は呆然としていた。
「…ナタリー、出来るかしら?」
少ししてから王妃様がそう言った。連れて来た人の女性の方に。
「! はい! やります!」
「じゃあ、よろしくね。」
「はい!」
ナタリーと呼ばれた女性が、元気よく答えた。
「………ふふふふふふふふ。」
…何やら黒い笑い声が、王妃様のお口からお洩れあそばさせれています。
「『魔法を発動させるワードが「分解。」なのだから、使っている魔法は【分解】でしょ。』って、私、言ったわよねぇ。」
「………!」
男の人がビクリとした。
王妃様は、彼に向かって言っているのだろう。
「『嘘を吐く理由なんてある訳が無い。』って、私、言ったわよねぇ。」
「………。(ビクビク)」
「それなのに、『【転移】魔法だから無理だ。』とか言って、何もしなかったわよねぇ。」
「………。(ビクビク)」
「ふふふふふ。イイ異動先を見付けてあげるわねぇ。」
「ひぃぃぃぃ。」
「うふふふふふ。」
王妃様が黒いです。
ひぇぇ。(ビクビク)
「ナナシ様、質問してもいいでしょうか?」
ナタリーさんに言われた。
「? はい、どうぞ。」
「ナナシ様は、一度にいくつの魔法をお使いになれるのですか? 先ほどはコップを宙に浮かせたまま結界を張ったり、【ファイヤー】を使ったりしていましたよね?」
「えーっと…。」
そう言われてみれば、確かに色々と魔法を使ったけど、俺が一度に使える魔法っていくつなんだろう?
考える。
【多重思考】の数だけ魔法を使えるのかな? 使えるよな?
うん。使えるな。
でも、あちらこちらに【目玉】を派遣しているから、今、ここに居る【目玉】の数は少ないよね。
俺とシルフィの護衛をしてくれているのと、この部屋に常駐させているのだけだからね。
それほど多くの魔法は使えないよね。
そう思っていたら、頭の中で【多重思考さん】に言われた。
『本体さん(=俺のこと)も誤解している様ですが、我々は本体さんの頭の中に居る存在です。【目玉】が我々の本体という訳ではありませんので、遠くに【目玉】を派遣していたとしても、本体さんの視覚やここに居る【目玉】の視覚を通して、ここで魔法が使えますよ。』
ああ、そうか。
何となく【目玉】が【多重思考さん】たちの本体の様に勘違いしちゃっていたね。
と、なると、【多重思考】の数だけ魔法が使えるってことだね。
一体、いくつなのかなー。
増え過ぎた【多重思考】の数は聞きたくないなー。
ナタリーさんに答える。
「えーっと。沢山…ですね。200は超えていそうな気がします。」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
驚かれてしまった。
それはそれとして、俺もちょっとだけ興味が有るから、試してみるか。
空中に沢山の小さな水の球を作ってみよう。【クリエイトウォーター】で。
やってみたら、2m x 2m x 2mくらいの空間に、沢山の小さな水の球がフワフワと浮かんだ。
うん。多いね。
やっぱり、200は超えていそうだ。数える気にはならないけど。
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「………♪」
絶句している三人と、よく分かっていないけど『さすが、ナナシさんです。』程度にしか思ってなさそうなシルフィ。
微妙な空気が流れています。
そんな微妙な空気を無視して、俺は、『水の球を作ったはいいけど、この後どうしよう。』と軽く悩む。
『庭に捨てよう。』と思って、【魔法の腕】で窓を開けて、【フライ】で水の球を外に移動させた。
水の球は、フワフワ浮きながら一列になって窓から出て行った。
後の事は【目玉】で引率している【多重思考さん】たちの一人(?)に任せよう。
庭に撒いてもらえばいいよね。
頼んだよー。
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「………♪」
部屋の中は、相変わらず微妙な空気が流れています。
………フシギダネー。(←やらかしたという自覚は有る模様)
「…あの、ナナシ様、魔力は大丈夫なのですか? かなりの数の魔法を使われた様ですが…。」
ナタリーさんに訊かれた。
ステータスをチラリと見てみる。
MP(Magic Point)の表示は、”****/****”となっている。
なるほど分からん。
現在の値も最大値も、両方共”9999”を超えているらしいとしか分からないね。
「えーっと、あんまり減った感じはしないですね。」
取り敢えず、そう答えておいた。
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「………♪」
王妃様たちは、しばらくの間沈黙した後、礼を言ってから静かに部屋を出て行きました。
呆然としている様に見えたのは、ナンデナンデスカネー。
俺の隣に座るシルフィは、いつも通りです。
やっぱりシルフィは、『さすが、ナナシさんです。』程度にしか思ってなさそうです。