< 22 外伝 あるメイドの話 『ドラゴンは巣に帰った』 >
新婚旅行の名目で、姫様がこの伯爵邸に滞在して8日目の夜。
ナナシ様が姫様のベッドルームに現れました。【転移魔法】で。
突然のことに、姫様は驚いています。
私たちも驚きました。
ナナシ様は、「ただいま。」と言って、驚いている姫様を抱きしめました。
姫様もナナシ様を抱きしめ返します。
以前の様に仲の良いお二人の様子を見て、私は安堵しました。
でも姫様。「ふへぇぇ。」とか「でへへ。」とか言うのは止めましょうね。
淑女らしくないですよ。
お疲れの様子のナナシ様のお着替えを、姫様と一緒に手伝います。
ナナシ様と姫様がベッドに入るのを見て、私たちは部屋を後にしました。
ナナシ様が姫様の元に帰られた事と、お二人の様子を仲間に伝えます。
皆、安堵しています。喜んでいます。
ナナシ様が姫様の元に帰って来てくださって、本当に良かったです。
次に王宮に報告をする準備をします。
この時間では、鳩を放つことは出来ませんが、今の内に準備をすべて済ませておきましょう。
暗号文も決めなければなりませんしね。
普通は予め暗号文を決めておくものなのですが、忙しくて手が回らなかった時などは、現場に任せる事になっています。
今回は、急で、かつ準備に手間の掛かる作戦でしたから、決める時間が無かったことは仕方がありませんね。
王妃様と姫様の移動だけでは済まない事が、今回の作戦が大変だった理由です。
王妃様と姫様の偽物をそれぞれ用意して、それぞれ馬車で移動させました。別々の目的地に。
新婚旅行という名目でしたから、行先を王妃様と姫様とで同じにする訳にはいきませんでしたからね。
それぞれ正規の手順を踏みつつ、秘密を守ってもらえる宿泊場所に根回しをしなければなりませんでした。
もちろん本物の王妃様と姫様をお乗せした馬車についても、先行して街道の安全確認をする人員や、替えの馬の手配と食料調達をする為の人員も必要でした。
偉い人たちが多忙を極めていた事は容易に想像が付きます。
むしろ、よく可能だったと思います。
偉い人たちの能力の高さに驚くと共に、自分ではやりたくない仕事だなと思いました。
…そうそう、暗号文です。
メイド長に、ナナシ様が姫様の元に戻られた事を報告する為の暗号文を考えなければなりません。
きっと、報告を待ちわびていることでしょう。
今回は、私が暗号文を決めなければなりません。
私は、荒事が苦手でしたので、王宮内での仕事ばかりをさせてもらっていました。
ですから、鳩を放つのも暗号文を考えるのも、今回が初めてのことです。
責任重大な仕事なので少し緊張しますが、頑張って考えます。
他の人の目に触れても分からないが、伝えたい相手にはそれが伝わる文面を。
しばらく考えて、その文面を思い付きました。
翌朝、日の出を待って、鳩を放ちました。
ナナシ様には、この日も、この伯爵邸に滞在していただきました。
馬車で出掛けていただき、姫様とデートをしていただきました。
新婚旅行ということを印象付けることで、不自然だったここに来るまでの行動を、目撃者たちの記憶から薄れさせる為にです。
そういった意図があっての行動でしたが、お二人は幸せそうです。
お二人の様子を見て、少し羨ましく思いました。
仕事中なのですが、『恋人への返答を真剣に考えようかしら。』とか思ってしまいました。(てれてれ)
翌日。
今日は、この伯爵邸を辞して王都へ向かいます。
屋敷のメイドさんたちへの挨拶を先に済ませ、伯爵様とアン様にご挨拶をして、伯爵邸を後にします。
たいへんお世話になりました。
姫様とナナシ様は、ご挨拶の後、一足先に王宮にお帰りです。ナナシ様の【転移魔法】で。
私たちは、お二人の偽物と一緒に、姫様の馬車で王都に向かいます。
途中で立ち寄る街では、偽物だとバレない様に気を付けなければなりません。
宿泊先でもあるご領主邸には、既に話を通してありますが、予定外の出来事が起こるかもしれません。
まだまだ気の抜けない仕事が続きます。
気の抜けない仕事が続くのですが、仲間たちは少々気を抜き過ぎな様に思います。
大きなヤマは越えたとは言え、重要な仕事の最中です。仲間たちに気を引き締める様に言います。
何故か笑われました。
「一番”にまにま”している人に言われてもー。(ニヤニヤ)」とか言われて。
「これから行く街には恋人が居ますからねー。(ニヤニヤ)」なんて言ってくる者も居ます。
「何を言っているのですか。仕事中です、仕事中。(キリッ)」
私はそう言って、恋人の顔を頭の中から追い出します。
『私の返答を聞いた彼はどんな顔をするかしら?』とか考えたりはしていませんとも。ええ。
「そもそも、会いに行く気もありません。仕事中です。(キリッ)」
何故か、再び笑われました。
もう何を言っても無駄な気がしたので、私は寝たふりをしました。
王都に帰って来ました。
王宮まであと少しです。
ここまで来ると、ホッとしますね。
ふと、途中で立ち寄った街での出来事を思い出します。
恋人には会いに行きませんでしたよ。
仕事中でしたから、当然です。ええ。
ただ、彼の方から会いに来ただけです。(ニコニコ)
滞在先のご領主邸に住んでいますしね。
そういう事があっても、何もおかしくないですよね。(ニコニコ)
彼があんなに喜ぶ顔は初めて見た気がします。(ニヨニヨ)
メイド長に作戦が無事終了したことを報告しました。
報告を終えたら、「もう一つの報告は?」と訊かれました。笑顔で。
?
何か他にありましたでしょうか? 分かりません。
「鳩が届きましたよ。おめでとう。」
メイド長にそう言われて察しました。
誰かが鳩を飛ばして、メイド長に報せていたのですね。
鳩の私的利用は厳罰だった気がしますが…。
ものすごくニコニコしているメイド長に、結婚することになったことを報告しました。(ニヨニヨ)
その後、すぐに反省会が行われました。
王妃様も既にお帰りになられていて、私たちが最後だった様です。
メイド長から、作戦がすべて滞りなく終わった事が報告されました。
ですが、今の私にとっては、あまり興味の無い事です。(ニコニコ)
次に、今後のナナシ様への接し方についての説明がありました。
既に、”接触禁止”となった事は、あの事件が発生した直後に告げられています。
それを徹底する為にでしょう。
この場で、改めて告げられました。
表現を少し変えて。
「ドラゴンに接する様に、慎重に接する様に。」と。
その表現に、少しザワつきました。
ですが、今の私にとっては、あまり興味の無い事です。(ニマニマ)
最後に、私の事もメイド長から告げられました。
「結婚することが決まった。」と。
皆に祝福してもらいました。
ありがとうございます。(ニヨニヨ)
私が王宮を去る日が来ました。
あの日からは、かなりの日数が経っています。
結婚するまでが、こんなにも大変だったとは思いませんでした。(遠い目)
姫様に挨拶をします。
相変わらず可愛らしいです。
人妻とは思えない可愛らしさです。
姫様は、私の為に前もって考えていらしたのか、”妻”の先輩として、私にその心得を話して下さいました。
ありがとうございます。
とても可愛らしいです。(ニコニコ)
どうやって家に持ち帰ろうか考えます。
………冗談デスヨ?
姫様をぎゅっと抱きしめてから、お別れしました。
ナナシ様の部屋の前を通りますので、ついでにご挨拶していきます。
「姫様を泣かせたら押し倒しに来ますからね。(ニッコリ)」
ナナシ様が固まっています。
上手く挨拶できた様ですね。(にんまり)
この部屋のメイドたちまで固まってしまっていましたので、彼女たちにも軽く挨拶して部屋を後にしました。
最後にメイド長に挨拶をして、王宮を後にしました。
これからは良き妻として頑張ります。(ニヨニヨ)
(その後の王宮のメイドさんたち)
ナナシへの対応について、『ドラゴンに接する様に、慎重に接する様に。』という文言になった理由について、メイドたちの間で色々な話がされていた。
なぜ”ドラゴン”という文言が追加されたのかが、分からなかったから。
『下手をしたら、ドラゴンが暴れるくらいの被害が出るからではないの?』
『ナナシ様は、そんなことをしないのでは?』
『するのなら、既にそれなりの被害が出ていてもおかしくないですよね?』
『姫様がドラゴンが暴れるくらいの被害を出すとか?』
『『『それは無い。』』』
『じゃあ、”姫様派”が?』
『無いでしょ。今回、何も無かったじゃない。』
とか、なんとか。
その後、ある暗号文にナナシをドラゴンに喩えたモノが存在する事が判明した。
日付と発信場所から、”あの人”がその暗号文を発信していたことが分かった。
その事により、さらにしばらくの間、メイドたちの間でその話題が続くことになるのだった。
しかし、あの人がナナシをドラゴンに喩えた理由が、単なる思い付きなのか、嫌がらせなのか、姫様への援護なのかは、誰にも分からないのだった。
(設定)
将来、ナナシの”ドラゴン扱い”がすっかり定着してしまい、ドラゴンと同等に扱われる様になってしまいます。
ナナシはこの”ドラゴン扱い”を止めてもらおうとしますが、『ドラゴンに接する様に~~』の通達が公文書であった為、苦労することになります。
その一方で、”ドラゴン(=ナナシ)”を手懐けている姫様の評価が上がり、遠い将来、王妃様から姫様への権力の移譲がスムーズに行われることになります。
『単なる思い付きなのか、嫌がらせなのか、姫様への援護なのか?』と問われれば、全部ですね。本人は意識していませんでしたが。
突発的メイドさん紹介。
<『みんなのおねえさん』 マーリーン >
姫様担当メイドたちのリーダー。
姫様とメイドさんたちのお姉さん的ポジションの人。
腰までの長い金髪。おっとり顔の美人。胸は大きくないが、求婚者多数。
胸の大きさが重要ではない事を教えてくれる、良い見本。
それゆえに姫様の担当に抜擢されたと言われている。
しかし姫様は、『胸だけではないのね…。orz』と、却ってショックを受けていた模様。姫様ェ…。
”普通でないメイド”の一員ではあるが、その中では戦闘力は低め。
元王宮のメイドだった母親の勧めで、王宮のメイドになった。
能力自体は高かったものの、戦闘に関しては性格的に向いていなかった様で、王宮内で普通のメイドの様な仕事ばかりしていた。
姫様の結婚を機に、自身も恋人との結婚を真剣に考えるようになった。
同年、とある領地持ちの貴族の後継ぎと結婚。寿退職した。




