< 20 事件19 ナナシ帰る03 ナナシが不在中のナナシの部屋でのお話 >
なんてことでしょう。
こんなことになってしまうなんて…。
「最近おかしいよー。(ニコニコ)」
「…楽しそうに言わない様に。」
私は、同僚の失礼な発言に、そう言い返します。
おかしいのは、自分でも分かっています。
でも、自分ではどうしようもありません。
無意識の内に部屋の中をウロウロしながら、思わず呟きます。
「…鎖骨。」
背後から『ブフォッ。』とか聞こえて来ますが無視します。
ナナシ様が姿を消されてから何日経ったのでしょうか?
分かりません。
いつ、帰って来られるのでしょうか?
もっと、分かりません。
困りました。
ああ…、鎖骨…。
あの素晴らしい鎖骨…。
ああ…、本当になんてことでしょう。
まさか、禁断症状が出るなんて!
いつになく人の少ない部屋の中をウロウロします。
いつもはもっと人が多いのですが、今は二人だけです。
他の者たちは、”作戦”の為に連れて行かれてしまったので。
今、ここには『馬車酔いをするから。』という理由で外された者が残っているだけです。
ここまで人が少なくなるのは、珍しい事の様に思います。
隣の姫様の部屋でも、三人しか残っていませんし。
よほど、人手の要る作戦なのでしょう。
同僚を見ます。
有名人です。
メイドたちの最強格の一人で、『鉄壁』の二つ名持ちです。
ナナシ様の護衛の一人です。
私と目が合うと噴き出しやがります。
本当に失礼です。
私は困っているというのに!
クソ失礼な同僚に相談します。
他に誰も居ないので、仕方がありません。
「ちょっと相談に乗ってください。」
「いいよー。クククク…。」
既に笑いを堪えていやがります。
本当に失礼です。
ちょっとイラッとしましたが、他に相談できる人が居ないのですから、仕方がありません。
「さk「ブフッ。」」
『鎖骨』と言う前に噴き出されました。
ぶん殴っても文句は言われないと思います。
………見慣れた天井です。
いつもより遠くに見えますが。
「これは何本?」
そんな声が聞こえました。
横から差し出されたソレに、目の焦点を合わせていきます。
「…二本。」
「うん。頭は大丈夫そうだねー。何があったのかは憶えてるー?」
「………殴り掛かった?」
「うん、そう。」
「………。」
「ダメだよー、笑いを堪えているところに殴り掛かっちゃー。思わず足が出ちゃったじゃない。」
蹴られた様です。
そんな記憶は有りませんが。
「あなた、『足癖が悪い。』とか言われたことない?」
「失礼な。足癖は悪くないよー。今回はたまたまだよ。笑いを堪えているところに来られたから仕方がなくだよー。」
ぐぬぬ。
「今日はもう、掃除も終わったし、のんびりしてていいよー。」
「………。」
そうですね。休ませてもらいましょう。
頭がふらふらしますし。
この日はずっとソファーで休んでいました。
翌日。
「相談があります。」
「………。」
「微妙な顔をしない!」
「えー、でもー。」
「いいから相談に乗りなさい。」
「はーい。」
「鎖骨が不足しています。」
「骨そのものが?」
「そんな猟奇的な話ではありません。」
「猟奇的…。」
「ナナシ様の素晴らしい鎖骨を、見る事もスリスリする事もむふむふする事も出来ていなくて、私はそろそろ限界です。」
「あー、確かに駄目っぽいねー。字面的にも。」
「鎖骨が必要です。」
「ボクはノーマルだからね。」
「ナナシ様の素晴らしい鎖骨に代わる何かが! 早急に!」
「男の人に頼めば? 少ないけど居るよね? 魔道具関係の部署とかにさ。」
そう言われて、ふと、以前この部屋に来た白衣のおじいさんの姿が、頭を過りました。
アレは無い。無理。そう、魂レベルで。
「以前、この部屋に来た白衣のおじいさんとか。」
「うがーー!」
「これは何本?」
「………………。」
「………………。」
「…あなた、『足癖が悪い。』とか言われたことない?」
「言われたことナイカナー。」
「………………。」
「今日はもう、掃除も終わったし、のんびりしてていいよー。」
「………………。」
昨日も同じセリフを言われた様な気がします。
色々と諦めて、この日もずっとソファーで休んでいました。
翌朝。
「これは何本?」
「………………。」
「………………。」
「…あなt「イワレタコトナイヨー。」」
「………………。」
「………………。」
どうやら蹴られた様ですね。
この足癖の悪い同僚に。
私は何をしたのでしょうか?
思い出せません。
「『ボクはノーマルだからね。』って言ったよねっ?」
あれ?
同僚は怒っている様です。
本当に私は何をしたのでしょうか?
焦ります。
何をしたのか訊くべきでしょうか?
それとも、訊かない方が良いのでしょうか?
ちょっとの間、そんな事を悩んでいたら、同僚に言われました。
「今日は、姫様とナナシ様が帰って来るから、シャンとしてねー。」
「!」
帰って来る!
鎖骨が!!
私の鎖骨が!!(←違います。)
私は頑張って立ち上がります。
お迎えする準備をしなければなりませんから。
万全な態勢でお迎えしましょう。
そう。
私の鎖骨を!!(←違うってば。)
正気さん帰って来てー。




