< 19 事件18 ナナシ帰る02 >
「知らない天井だ…。」
朝起きて、見覚えの無い天井だったら、軽く驚くよね。
”お約束”ぢゃないですよー。(←誰に言ってるんだろうね。)
俺の横では、シルフィが寝ている。
横から抱き着く様な感じで、腕と足が俺の体の上に乗っている。
”セミ状態”ではないが、足が俺の体の上に乗っている辺り、さすがシルフィである。(呆れ)
そろそろ、『さすシル。』と省略してもいいかもしれないね。
それはそれとして。
いつも通りなシルフィの事は軽く無視して(←ひでぇ)、昨夜の事を思い出す。
隠れ家からここに転移して来て、シルフィを抱きしめてデレさせて、その後、すぐに寝たんだったね。
シルフィに抱き着いた体勢で寝ていたはずだが、寝返りを打ってこの体勢になったのだろう。
寝返りを阻害する様な障害物が、シルフィには無いからだね。(←余計すぎる一言)
そして、今、自分が居る場所が、アントニオ(アン)の家だという事を思い出した。
天井に見覚えが無かった訳だね。
そして考える。
『えーっと、これからどうすればいいのかな?』
『そもそも、シルフィは、何でここに居るんっだったっけ?』
そうしたら、頭の中で【多重思考さん(多重思考された人(?)たちのリーダー)】が説明してくれた。
『新婚旅行でここに来た事になっているんですよ。場所がこの屋敷なのは、本体さん(=俺のこと)の不在を秘密にしてもらう為です。』
ああ、なるほど。
アントニオ(アン)の家は、王家とは仲が良いのだろう。
姫様であるシルフィと婚約していたぐらいだからね。
それで、シルフィがここに居るんだね。
俺の不在がバレない様に。
それは分かったが、この後は、どういう予定になっているのかな?
とっとと王宮に帰りたいんだけどね。
まぁ、それはメイドさんたちに訊かないと分からないか。
そんなことを考えていたら、シルフィが目を覚ました様だ。
「おはよう、シルフィ。」
「………。」
へんじがない、ただのしかb…、ねぼすけのようだ。
横から俺の体に抱き着いていたシルフィは、モソモソと俺の体の上に登って、俺に抱き着く様な体勢になった。
そのまま寝てしまいそうな雰囲気だったので、頭を撫でながら「おはよう。」と言った。
「………むふぅ。」
そんな声が胸元から聞こえた。
うん。ただのねぼすけのようだー。(苦笑)
しばらくそのまま、なでなでしていたら、シルフィがいきなりガバッと顔を上げた。
「!」
「!」
ビックリした。
シルフィもビックリしている様な顔をしているが。(苦笑)
「お、おはよう。」
俺がそう言ったら、シルフィはもう一度、俺に抱き着いた。
うーーん。
起きるのか寝るのか、ハッキリしてほしいね。(苦笑)
なんとはなしに、俺に抱き着くシルフィの頭をなでなでした。
シルフィは、よじよじと俺の体の上を移動して、頬と頬とがくっ付く体勢で俺に抱き着いた。
”移動を阻害する障害物”がどうだとかなんて、考えてナイデスヨー。
シルフィが俺の耳元で言う。
「………おかえりなさい。」
「うん。ただいま。」
「………今まで、たくさん色々な事をさせてしまって、ごめんなさい。」
「いや、こちらこそごめん。変な事しちゃって。」
「………。」
「?」
「………帰って来てくれて…、ありがとうございます。」
シルフィを抱きしめながら言う。
「シルフィが俺の妻なんだから、シルフィのところに帰って来るのは当たり前だろ。」
「………ありがとうございます。」
ぐすぐす言い出したシルフィを抱きしめながら考える。
俺、謝れたかな?
謝れたよね?
大丈夫だよね?
ぐすぐす言っているシルフィを、しばらく抱きしめたままでいた。
メイドさんが起こしに来たので、起きて服を着替えた。
シャツは新しいのを用意してくれた。
両袖が無くなっていたからね。ここに来た時に着ていたモノは。
新しいシャツを用意する、余計な手間を掛けさせてしまって申し訳ない。
余所さまの家なのにね。
本当に申し訳ない。
たぶん、王宮からお金が出るのだろうけど、余計な手間を掛けさせてしまったから気にしちゃうよね。
食事をしに、食堂に向かう。
シルフィは俺の腕に抱き着いている。
上機嫌な様子のシルフィに、ホッとする。
食堂に入ると、一人、先客が居た。
「おはようございます。」
「おはよう、アン。」
「おはよう。久しぶりだね。」
久しぶりに会った。
いつ以来だろうね? アントニオに会うのは。
いや、アンが本名だったかな? だったよね?
男のフリをする必要は無くなったと思っていたのだが、男っぽい格好をしている。
きっと、この格好が体に馴染んでいるのだろうね。
席に座り、『お邪魔しています』的なお話を少ししてから、訊く。
「えーっと、男のフリをする必要は無くなったんだよな? 名前は何て呼べばいい?」
「アントニオで。(キッパリ)」
何故か、隣のシルフィから返事が来た。
「………。」
「………。」
「えーっと。でも「アントニオで。(キッパリ)」」
俺が言い終える前に、シルフィにそう言われた。
「………。」
「………。」
シルフィは、『私は何もおかしな事は言っていませんよ。』とでも言いそうな態度で座っている。
「………。」
「………。」
俺が何を言っても無駄な気がした。
なんだか、会話の少ない静かな朝食でした。(困惑)
部屋に戻り、シルフィと二人でまったりとお茶をする。
隣に座るシルフィは、俺にべったりと張り付いている
俺としては、メイドさんたちに、俺とシルフィの仲が良い事をアピールしておきたい。
だから、シルフィの好きにさせておく。
この部屋に居るメイドさんたちの服装から、彼女たちが王宮のメイドさんたちだって事は分かっているからね。
今回の騒動で俺に腹を立てていても、シルフィと仲良くしていれば、刺されたりはしないだろう。
大丈夫だよね?(ビクビク)
大丈夫だと信じたい。(ビクビク)
ちょうどいいから、メイドさんに、この後の予定を訊いていおこう。
シルフィの部屋でも見た事の有る、リーダー格っぽいメイドさんに訊く。
「この後の予定ってどうなってます? あと、王宮へはいつ帰る予定になってますか?」
「この後は、伯爵さまにご挨拶していただきます。その後は街でデートをしていただく予定です。」
ふむふむ。
伯爵さまに挨拶するのは分かる。
お世話になっているからね。挨拶して当然だよね。
でも、その後のデートは、どういう意味があるのかな?
「うふふふ。」
俺にべったりと張り付いているシルフィは、『デート』と聞いて上機嫌だ。
デートについて、俺が何か”ご意見”できる様な雰囲気ではないね。
『なんでデートするの?』なんて訊いたら、どうなるのか想像できない。
メイドさんたちに、”ギヌロン”と睨まれるだけでは済まない事だけは分かりますがっ。
まぁ、街で買いたい物も有るから、別にいいけどね。
続けてメイドさんが言う。
「王宮へいつ帰るのかは、まだ決まっていません。」
「明日、帰ります。(キッパリ)」
シルフィが、キッパリとそう言った。
「かしこまりました。」
メイドさんがそう返事をすると、他のメイドさんが部屋から出ていった。
この屋敷の人に伝えに行ったのだろう。
「明日、【転移魔法】で王宮に帰っちゃダメかな?」
俺としては、とっとと王宮に帰りたい。だから、そう訊いてみた。
「そうしましょう。」
シルフィが、仕切る仕切る。(苦笑)
「かしこまりました。」
あ、いいんだ。
良かった。(ホッ)
明日、王宮に帰れることになって、ちょっと安心した。
早く日常に戻りたいからね。
とっとと王宮に帰って、ダラダラしたいです。
その後、この屋敷の主である伯爵さまに挨拶しに行った。
初めて会う人だ。
確か、アントニオと一緒に自主的に謹慎していたので、結婚式では会っていなかったはずだ。
さて。
そう言えば、こんな時にどんな挨拶をすればいいのか、まったく知らなかったね。
こちらの方が爵位が上だけど、迷惑を掛けている立場だしな。
それと、”姫様の夫”という立場で、”俺”が貴族の人と会うのって、これが初めてだ。
結婚式の後の晩さん会とかでは、【多重思考さん】たちに任せっきりだったからね。
慌てて【多重思考さん】にアドバイスをもらいながら、なんとかやり過ごしました。(ヒヤヒヤ)
『お邪魔しています。』的なことを言ったくらいだったのに、妙に疲れました。
やれやれだぜ。
こんな面倒なことはしたくないね。
早く王宮に帰って、引き篭もりたい。
『王宮に居る』と『引き篭もる』って、微妙に両立しそうにない気もするけどね。字面的に。
まぁ、なんとかなるだろう。
やろうと思えば、魔法でどうとでもなるだろうしね。
街の中を馬車に乗って移動しています。
もちろん、シルフィはべったりです。
俺は、ちょっと顔が引き攣っているけどね。
周りの視線が気になって。
なんで、この馬車には屋根とか壁とかが無いんですかねぇ?
なんでなんですかねぇ?
めっちゃ、見られてるんですが!
この馬車に乗る時は、『天気が良いから、別にいいかなぁ。』程度にしか思わなかったのだが、その時の”能天気な自分”を、ちょっとぶん殴りたくなった。
一緒に付いて来てくれているメイドさんに訊く。
「なんで、屋根の無い馬車なの? めちゃくちゃ見られてるんだけど!」
「新婚旅行ですので。」
「新婚旅行では、こういう馬車に乗るのが普通なの?」
「いえ、新婚旅行自体がこの国で初めての事ですので、その様な風習はありません。」
「ぢゃあ、なんでこんな馬車なの?」
「新婚旅行をしているところを見てもらう為です。」
「?」
「昨夜まで別行動でしたので、お二人がご一緒にいらっしゃるところを見た人がおりません。お二人のお姿を見せておきませんと、行方不明だったと気付く者が出てくるかもしれません。必要な事ですのでご理解下さい。(ニッコリ)」
「………。」
『あなたの所為ですよ。(ニッコリ)』と、言われている様な気がするね。
まぁ、実際、俺の所為なんだけどね。
ぐぬぬ。
笑顔なシルフィにべったりされながら、このフルオープンな馬車であちらこちらに連れて行かれて、観光っぽいことをした。
とほほ。
街中のレストランで昼食を摂る。
うん。デートっぽいね。
注文はメイドさんにお任せした。
きっと、下調べをしているだろうからね。
良く分からないものを注文してしまって後悔するよりも、そうした方が安心だよね。
うん。
やべぇモノをメイドさんに注文される可能性に気が付いたのは、注文が済んだ後でした。
大丈夫だよね。(ビクビク)
大丈夫だと祈ります。(←そこは信じろや)
一人だけ緊張している俺の前に料理が置かれた。
メインは、焼いた鶏肉にトマトケチャプっぽいものが掛けられたものの様だ。
少しだけ緊張しながら、一口料理を食べる。
良かった、美味しい。
本当に良かった。(切実)
安心して、改めて料理を味わって食べる。
うん。美味しい。
王宮の料理で味わったことの無かった味付けだね。
頭の中で『どんな味ですか? 何が入ってますか? kwsk。』とかうるさいです。(苦笑)
【料理グループ】さんが【製作グループ】化してきてしまった様です。
【料理グループ】さんだけでは味の確認が出来ないから、触発されて試作しまくるなんて事は無いだろう。
味が分からないと、料理を作っても評価が出来ないからね。
そもそも、俺が食材を買わないと料理が出来ないから、それが歯止めになって、暴走する事態は防げるだろう。
その辺りは安心している。【製作グループ】と違って。
そう。【製作グループ】と違って。(大事なことなので二回言いました。)
大丈夫だよね?
俺が食材の管理をしている内は大丈夫だろう。
畑から作物が収穫できるようになったら、分からないけどな。
………。
嫌な予感しかしないが、畑から作物が収穫できるようになるのは、まだまだ先の事だからね。
問題の先送りではナイデスヨー。
解決策を考える時間的余裕が有るだけです。うん。
頭の中で、【料理グループ】と【製作グループ】が、『何処にトマト畑を作ろうか?』とか、『やはり香辛料も作らないといけないね。』とか相談していますが、俺には何も聞こえませんでしたっ。
お陰で、食事に集中できなかった…。(苦笑)
やれやれだぜ。
市中引き回し(←違う)の最後に、魔道具屋に寄ってもらった。
買いたい物が有るからね。
店内に入ると魔道具が展示されていたので、一通り眺める。
【多重思考さん】たちが前もって【魔道具鑑定】してくれていた様で、それぞれがどの様な魔道具なのかを、頭の中で説明してくれた。
助かります。ありがとうございます。
特に興味を引く物も無かったので、買いたかったミスリル製のネックレスチェーンを買う。
俺にべったりと張り付いているシルフィに、「後で、ネックレスをプレゼントするよ。身を守る為の魔道具をね。」と言っておく。
変な誤解を与えてしまうと危ないからね。俺の身が。
危険の芽は積極的に潰していきます。俺自身の為に。
買ったネックレスチェーンは、ポケットに入れるフリをしながら【無限収納】に仕舞う。
そして、【無限収納】経由で【製作グループ】に渡す。
【製作グループ】の人(?)たちに、既に作ってある魔道具にネックレスチェーンを付けてもらう為にね。
頼んだよー。
買い物を終えて、魔道具屋を出た。
買いたいと思っていた物がやっと買えたので、ちょっと満足した。
早く、シルフィにネックレスをプレゼントしたいね。
再び、市中引き回し(←だから違うって)をされながら、屋敷に帰った。
もちろん、シルフィにべったりと張り付かれながらね。
部屋でお茶をしながらまったりする。
シルフィは、相変わらずべったりです。
さて、ネックレスを渡すか。
「シルフィ、プレゼントだよ。」
手に【無限収納】からネックレスを取り出して、シルフィに見せながら言った。
「着けてあげるね。」
べったり状態から少し離れてもらい、シルフィの首にネックレスを着けた。
シルフィはネックレスの先端の魔晶石を手に取って見る。
赤く透明な魔晶石の表面には、グラム王家の紋章を、細く切った金箔で描いてある。
王族が身に着ける物だからね。こういう細工も必要だよね。
【製作グループ】の人(?)たちに頑張ってもらった力作です。
感嘆の声を漏らしながら眺めていたシルフィは、裏面に書いてある文字にも気が付いた様だ。
裏面には、こう書いてある。
『我が妻シルフィへ ナナシより』と。
シルフィに、ガバッと抱き着かれた。
「…ありがとうございます、ナナシさん。大切にします。」
俺に抱き着きながらそう言うシルフィ。
喜んでもらえた様で、俺も嬉しい。
抱き着くシルフィの頭をなでなでする。
室内に、ほんわかした空気が流れる。
この場に居るメイドさんたちには、俺がシルフィのことを大切に思っていると伝わったことだろう。
俺の身の安全の為に、とても重要な事です。
ここに居ない他のメイドさんたちにも、俺とシルフィの仲良しっぷりを、是非とも広めていただきたい。
よろしくお願いします。(切実)
シルフィの頭をなでなでしながら、シルフィにこの魔道具の機能を教えてあげる。
「この魔道具はね、シルフィの身を守る為に結界を張ってくれるものだよ。」
「結界はね、【物理無効】と【魔法無効】と【遮音】と【遮光】。それと熱から身を守る【リフレクション】ね。」
ぴく。
シルフィの体が少し固まったっぽい。
「物理攻撃や魔法攻撃は無効化して、大きな音や強い光、それと火傷しそうな熱からも、シルフィを守ってくれるからね。」
「………………。」
シルフィの反応が薄い。いや、反応が無い。
ちょっと不思議に思ったが、まぁいいや。
シルフィの頭をなでなでしながら、ふと、周りのメイドさんたちを見ると、メイドさんたちも、なんだか固まっているっぽい。
あれ?
室内の妙な雰囲気に戸惑う。
「………はぁ。」
胸元から、シルフィの溜息っぽい声が聞こえてきた。
さらに、「ナナシさんですものね…。」なんて声も聞こえた。
ん?
俺、何か変な事を言われてるね。
なんでなんですかねぇ?
「うん。ナナシさんですものね。」
やっぱり、変な事を言われてるよねっ。
「ありがとうございます。(ニッコリ)」
「…お、おう。」
変な事を言われたのでちょっと戸惑ったが、シルフィが喜んでくれているみたいだから、それでいいや。
うん。
この後、俺は、のんびりダラダラと過ごさせてもらった。
もちろんシルフィは、俺にべったりと張り付いていました。
< メイドさんたちのコソコソ話 >
『【物理無効】と【魔法無効】の結界って本当でしょうか?』
『………。』
『それに、音と光と熱を、範囲を指定して防いでいるみたいなことを言っていた様な…。』
『本当だったら国宝級…、いや、それ以上でなのでは?』
『………。』
『今、姫様を【鑑定】してみましたが、普通に鑑定できましたよ。相変わらず一桁なSTR(Strength)の値に和みます。』
『姫様に嘘を吐かなければならない様な状況では無かったですよね? 【魔法無効】の結界に、結界の存在を隠蔽する様な対策がされているのでしょうか?』
『確認しようとしたらどうすればいいのかな? 攻撃魔法とか撃っちゃうのはダメだし。』
『確認より先にメイド長に報告では?」
『鳩を飛ばす…、ような急ぎの案件ではないわね。帰ってから報告ですかね?』
『今は観察に留めておくってことで、いいのでは?』
『マーリーンさん、どうします?』
『………え? …ええ。観察のみで。報告は帰ってから。』
『『『『はい。』』』』
『ナナシ様って、姫様のことを大切に思っていらっしゃるのね。』
『ここに来ることになった経緯とか、あの強行軍を思い出すと、それを認めたくない気持ちもあるんだけどねー。』
『うーーん。』
『でも、姫様はそんなこと気にしてないみたいですよ。』
『そうなのよねー。』
『デレデレだね。』
『そうね、デレッデレよね。』
『チョロい。(ぼそっ)』
『そうね。』
『うん。チョロい。』
『チョロかわいい。(ニコニコ)』
『うん。チョロかわいい。(ニコニコ)』
『あなたたち…。失礼な事を言ってるんじゃありません。(ニコニコ)』
『『『はい。(ニコニコ)』』』




