< 16 事件15 ナナシの自由時間 初めてダンジョンに行く >
ダンジョンに行くことになった。
【多重思考さん(多重思考された人(?)たちのリーダー)】に、やたらめったら説得されたので、仕方なくね。
くるまってぬくぬくしていた布団に未練を残しながら、身支度を調える。
しかし、初めてダンジョンに行くというのに、いきなりダンジョンマスターに会うってのは、どういうことなんだろうね。
訳が分からないよね。(呆れ)
『さぁ、行きますよ。(呆れ)』
呆れた様に【多重思考さん】に言われた。
呆れた様に言われたのだが、俺の方には呆れられる要素は無いと思うんだけどなっ。
『行きます。』
もう一度、頭の中でそう言われて、隠れ家から強制的に転移させられた。
心の準備ェ…。
転移させられた先は、殺風景な食堂の様な場所だった。
ここが、”ダンジョンマスターの居住区(?)”とやらなのだろうか?
ここには、大きめのテーブルが有り、いくつかの椅子が綺麗に並べられている。
そして、30代くらいの一人の男が椅子に座っていた。
「ようこそ。(ニッコリ)」
その男にそう言われた。
一応、歓迎してくれていると思っていいのかな?
大丈夫だよね? 【多重思考さん】。
「こ、こんにちは。」
普通に挨拶を返してみた。
どもってしまうのは仕方がないよね。
心の準備が無かったしなっ。
【多重思考さん】ェ…。
気を取り直して、その男に訊いてみる。
「あなたはダンジョンマスターですか?」
「そう名乗った事は無いですね。そもそも人と話をするのも、かなり久しぶりですので。」
その男はそう言って、笑顔で肩をすくめた。
「ただ、このダンジョンの管理人みたい事をしていますので、その呼び方でもいいでしょう。どうぞお座りください。」
俺は促されるまま、その男の正面の椅子に座った。
座ると、固い平面に座った様な感触がした。
身に覚えのあるその感触で、俺の気持ちが落ち着いた。
この感触は、【ブロック】に座った時の感触だ。
”空間魔法を使った結界魔法”の中に居ると、その場に立っていることが出来ない。
だからその場合は、【多重思考さん】に足の下に【ブロック】を作ってもらって、その上に立っている。
同様に、椅子に座ることも出来ないので、その際も【ブロック】を作ってもらってその上に座り、椅子に座っている様に見せ掛けることにしている。
だから、椅子に座った時の感触で、自分が”空間魔法を使った結界魔法”の中に居る事が分かった。
その事に安心して、気持ちが落ち着いた。
ふう。
よし、目の前のこの男に色々と訊くことにしよう。
「ここで、どの様な事をしているのですか?」
「ダンジョンの改造をしたり、魔物を配置したり、ドロップ品を設定したり、宝箱を配置したりですね。」
ほう。まさしくダンジョンマスターの仕事っぽい事をしている様だ。
「ところで、お名前をお聞きしても?」
そう言えば名乗っていなかったね。
突然押し掛けておいて、めちゃくちゃ失礼だったね。
「すいません、申し遅れました。私の名前はナナシと言います。」
「私の名前はダーラムです。よろしく、ナナシさん。」
簡単な自己紹介を終えて、また、質問をする。
「いつから、どの様な経緯で、ここの管理人をしているのですか?」
「えーっと、大分前からですね。」
そう言ってから、逆に質問された。
「このダンジョンの在る国の名前は、グラム王国ですよね?」
「ええ、そうです。」
「そのグラム王国が、グラム王国と名乗る前から、私はここに居ます。」
「ええっ?」
ビックリする様な事を言われた。いや、実際にビックリしたんだが。
グラム王国が出来たのって、何年前だったっけ?
結婚式の前に色々勉強させられていた時に、建国した年を教わった気がするな。
勉強させられていた時にもらった本は、【無限収納】の中に入っている。
ちょっと【無限収納】から本を取り出して、見てみる。
パラパラとページをめくる。
「今は、『北西の国』から『グラム王国』に改名してから178年目ですよ? そんなに前からですか?」
そう。『グラム王国』となる前は、『北西の国』と言う名前だったそうだ。
ネーミングセンスェ…。
その男は、ごく自然に「はい、そうです。」と答えた。
驚いたね。178年前だし。
「この場所って時間の進み方が違うのですか?」
「うーーん。検証方法が分からないので、何とも言えないですね。」
「ここに居ると空腹にならない反面、時間の経過は分かるので、時間が止まっている訳ではないと思います。ですが、よく分からないですね。『実は死んでいる。』とか言われても、『あぁ、なるほど。』って思ってしまいそうです。」
ダンジョンだからな。不思議な事が起きていても驚かないよね。
「『ここから出たい。』とか思った事は無いんですか?」
「以前はそう思っていましたが、今は思っていないですね。」
「何故か、お訊きしても?」
「外に出た時に、この体がどうなるのか分かりませんので。」
「かなり長い間ここに居ますからね。外に出た時に、この体がどうなるのか想像が出来ません。」
「本当に時間が止まっているのなら外に出ても問題無いかもしれませんが、かなりの時間が経過した実感があります。『外に出たら、この体が灰になってしまった。』なんてことになったら嫌ですからね。だから、私は外に出る気はありません。」
一つの懸念が消えた…かな?
ダンジョンマスターを強引に引き継がされて、ダンジョンから出られなくなるとか勘弁してほしいからね。
『その場合は、また誰か冒険者を連れてきますよ。』
頭の中で【多重思考さん】にそう言われた。
そうか、【多重思考さん】たちには、その前科が有ったんだったね。(苦笑)
そのお陰で、今、俺がここに来れているんだったね。
うん。安心だね。(←それでいいのか?)
「ここに閉じ込められるのを心配していましたか?」
微笑みながら、そんなことを言われた。
「えーっと、はい。」
「そんなことはしませんよ。せっかく、こんな場所に容易に来られる方と知り合えたのですからね。たまにいらしてもらって、お話が出来るだけでも有り難いですよ。」
そう笑顔で言われた。
嘘を言っている様には見えない。
どうやら俺は歓迎されている様だ。よかった。
きっと、ここは退屈なんだろうね。
「グラム王国について訊きたいのですが、訊いてもいいですか?」
彼の方からそう言われた。
「私もあまり詳しくないのですが…、分かる範囲でなら。」
「初代国王の名前ってグラムですよね?」
そのまんまだから、すぐに答えた。
「ええ、そうです。」
「では、二代目国王の名前を教えてもらってもいいですか?」
二代目国王か…。
さっき【無限収納】から出したまま手に持っていた本を読む。
パラパラ
「クールトですね。二代目国王は。」
そう、クールトだ。
この国の歴史を教わった時に、この王様だけ在位期間が65年と異様に長くて、ちらっと実在を疑った王様だ。
俺が二代目国王の名前を言うと、彼は安心した様な表情を見せた。
「だから国が無くならずに済んだのですね…。」
彼は納得した様に、そんなことを呟いた。
当時は国が無くなりかねない様な状況だったのだろうか?
しかし、訊きたい事が初代国王と二代目国王の名前とは…。
自分が生きていた時代の事だから気になったのかな?
「グラム王国の事について興味がお有りなのですか?」
何となく、そんなことを訊いた。
「ええ、とっても。」
『とっても。』なんだ…。
あれ? これって俺の事を話さないといけない流れなのかな? グラム王国の姫様と結婚したことを。
どうしよう?
ちょっと悩む。
「どうされました?」
しまった。表情に出てしまってたか。
「えーっと、私事なのですが…。」
「…はあ。」
彼は『何だろう?』って表情をしている。
「私、先日結婚しまして…。」
「…それは、おめでとうございます。」
不思議に思いながらも祝福してくれた。
そうだよねー。『それがどうした。』とか思っても、普通は言わないよねー。
「その結婚の相手が、このグラム王国の姫様なんです。」
「おおっ! それはおめでとうございます!」
すごく喜んでくれた。
想像以上の喜び様に、こっちが引く。
「あ…、ありがとうございます。」(ビクビク)
「実は私、初代国王のグラムとは親友だったんです。」
またビックリする様な事を言われた。
彼が、自分の事と初代国王の事、そして二代目国王の事を話してくれた。
かつて彼は、『北の国』の或る村で村長の下で働いていたのだそうだ。
そこでグラムとは同僚であったとのこと。
村長と一緒にトバされて、西の端の村に来た。
トバされてきた爺さん連中に唆されて、『北の国』を見限って、『北西の国』を立ち上げた。
当時の国名は『北西の国』で、他の国々の国名が『北の国』、『南東の国』、『南西の国』だったので、それに倣ったとのこと。
命名した人のネーミングセンスの問題ぢゃ無かったのか…。
当時、このダンジョンは帰属が決まっておらず、奪い合いが起きそうな状況だったそうだ。
長く睨み合いを続けていたら、ダンジョンから魔物が溢れ出した。
溢れた魔物に対して、四カ国で対応した。
この時、国として認めさせる好機だとして兵を出し、国として認められたとのこと。
溢れた魔物への対応の為にダンジョンを囲んでいたのだが、国同士の連携が取れず足並みが揃わなかった。
そこへドラゴンがどこからか現れてブレスを吐かれ、大きな被害が出た。
北西の国の被害が少なかったので、これを好機と見て、ダンジョン攻略を目指した。
ダンジョン攻略の途中で、国王グラムが死亡した。
しかし、諦めずにダンジョン攻略を続け、攻略する事が出来た。
ボス部屋から帰還しようとしたら、何故か自分一人だけがここに転移させられた。
ダンジョンの管理人にされた事に気付き、北西の国の為になる様にダンジョンを管理することに決めた。
ダンジョンを少しずつ拡張し、20階層だったものを50階層まで拡張したそうだ。
二代目国王については、もしグラムがダンジョンから帰らなかった場合には、二代目国王に、当時まだ1歳にもなっていなかったグラムの息子のクールトを即位させるように言っておいたそうだ。
国王が赤ん坊だと、戦争を仕掛けられずに済むのではないかと考えてのことだそうだ。
また、政略結婚の相手とされることも無いだろうと考えたとのこと。
グラム王国がまだ続いているということは、自分の考えたことが上手くいったのかもしれないと言って、彼は喜んだ。
そんなことを話してくれた彼を見て、彼が現状に満足している様に感じたので、何となく安心した。
安心したら、一つ気になる事を思い出した。
ラスボスのドラゴンを倒した事を怒っていないのか、彼に訊いた。
「あの部屋のボスをドラゴンに設定しただけですからね。育てた訳ではないし、誰かがあの部屋に入らないと生まれないので、私自身、あの時初めてドラゴンの姿を見ました。」
「ですから、あのドラゴンに愛着があったりはしないので、何とも思っていません。安心して下さい。」
俺の心の中を見透かしたかの様に『安心して下さい。』とか言われてしまった。
そんなに感情が表情に出てますかね?
気を付けないといけないね。
ダンジョンを維持するのに必要な物を訊いてみた。
何か手伝える事が有るかもしれないと思ったので。
冒険者の死体や装備、魔物の死体などをダンジョンが吸収して、それが栄養になっているとのことだった。
冒険者がもっと沢山ダンジョンに来る様になってくれれば、有り難いとも言われた。
宝箱を置いたり、ボスモンスターのドロップ品などで冒険者たちの欲を刺激してダンジョンに来てくれる様にしているとのことだが、深い階層を目指す冒険者が少なくて、ダンジョンの運営はあまり上手くいっていないとのこと。
アドバイスを求められたので、色々と思い付いたことを彼と話す。
冒険者を殺す為に誘い込む様な悪巧みは、嫌いではないので。(悪い笑顔)
【マジックバック】の価値がかなり高いので、ドロップ品として出す様に助言したり、浅い階層で強力な武器をドロップ品として出して、実力以上の深い階層へ誘い込んでみたり、たまに幸運を演じて深い階層を攻略させて凄いアイテムを持ち帰らせて冒険者を誘い込んでみたり。
そういった事を彼と話した。
それと、犯罪に使えそうなマジックアイテムを出すのは控えてくれる様にお願いした。
【不可視化(上級)】という魔道具で王宮に侵入されちゃったからね。
あと、俺の【無限収納】の中に有る、ダンジョン攻略時に得た沢山のドロップ品や魔物の素材は、冒険者ギルドに売る事にした。
冒険者たちに、『こんなお宝がダンジョンからは出るんだぜ。』って、教える為にね。
ギルドに所属していないけど、貴重な物品は交渉でなんとかなるだろう。
彼と一緒に、冒険者を誘い込む方法を考えた。
彼とはすっかり仲良くなったと思う。
それなりに長い時間、ここに居た。そろそろ帰ろうかな。
そう言ったら、『ちょっと待っててください。』と言って、彼が席を外した。
戻って来た彼から、「グラム王国国王へプレゼントを渡してほしい。」と、箱を渡された。
綺麗な箱だ。
『この綺麗な箱はどうしたんだろう?』と思ったけど、ダンジョンだもんね、箱ぐらい発生するよね。
中身を訊くと、「霊薬です。もしもの時の為に。」とのことだった。
中身よりも先に箱に興味を持った自分に、自分自身で疑問を持ちましたがそれは置いておきます。
「必ず渡すよ。」
そう言って、霊薬を受け取った。
もちろんちゃんと渡しますよ?(←誰に言ってるんだろうね)
【無限収納】の中に有る本(勉強させられていた時に読まされたもの)を彼にプレゼントする。
常識やら情報やら色々載っているから、外の世界を知るのにちょうど良いだろう。
喜ぶ彼に、「また本を持って来るよ。では、また。」と言って、この場を後にした。
彼と別れた後、50階層のボス部屋の前に寄って、【無限収納】の中に仕舞ってある魔物の死体を半分ぐらいポイッとした。
ゴブリンの死体とか熊の魔物の一部とか貴重でない物をね。ダンジョンの栄養になる様に。
こうして俺は、初めて訪れたダンジョンを後にした。
ダンジョンから隠れ家に帰って来た。
昼食を食べて、風呂に入ってから、ベッドでのんびりとゴロゴロした。
まだ外は明るいのだが、久しぶりに色々して、ちょっと疲れたので。
そんな俺の正当過ぎる言い訳(←言い訳という自覚が有るんぢゃん)に【多重思考さん】が呆れている様な感情が頭の中にしますが、もちろん気が付きませんでしたっ。(ゴロゴロ)




