01 ナナシ、王宮に行く。それと、あててんのよ
アントニオの屋敷に保護されていた姫様が、王宮に帰ることになった。
その際に、俺も一緒に王宮に行くことになってしまった。
姫様に必死に説得(笑)されたからだ。
王宮から迎えに来た護衛付きの馬車に姫様と一緒に乗り、王宮へ向かった。
王宮に着いたら、王様と王妃様に謁見することになっていた。
『よし、帰ろう。』と思った。
それを察したのか、姫様が俺の腕を掴む力をより強くした。
腕を離してくれそうにない。
そのまま玉座の間まで姫様に連行され、王様と王妃様に謁見することになった。
王様と王妃様には大変感謝された。
そして、褒美にお金をたんまりとくれた。
「この国に仕えてくれるなら、相応の地位を与えよう。」とまで言われた。
もっと高圧的な態度も予想していたのだが、こちらの意思を尊重してくれる様だった。
この国には愛着も住処も無いので、仕える気は無い。
他の国にも行ってみたいしね。
だから、その申し出は断った。
そうしたら今度は、しばらくの間、王宮に滞在してくれるように頼まれた。
恩人を歓待しないといけないとか、メンツ的な物とかが有るのかもしれないね。
よく知らんけど。
「滞在している間、何か要望があれば王女に。」と王様が言うと、俺の腕をずっと掴んだままのその王女様が、「はい。」と返事をした。
何だか良く分からない状況だね。(←どこか他人事)
謁見を終えて玉座の間を出た。
ふぅ。
初めての経験で緊張した。
そして次は、姫様の私室に連行されるんだそうです。(←やっぱりどこか他人事)
俺の腕を掴んで引っ張る姫様が、そう教えてくれました。
さっきからずっと空気の様になっているが、アントニオも一緒に居る。
その姫様の婚約者さんを『この姫様による城内引き回しを止めてはくれませんかねぇ。』という気持ちを込めて見る。
が、婚約者さんからは苦笑いしか返って来なかった。
婚約者さんェ…。
姫様の私室に連行されて来た。
俺の腕を掴んだままの姫様に引っ張られるままソファーに座ると、メイドさんがサッと紅茶を出してくれた。
アントニオの屋敷にもメイドさんが居たが、王宮のメイドさんは所作が綺麗だな。
ついつい、目で追ってしまう。
メイドさんに見慣れてないから、仕方が無いよね。(←誰に対する言い訳だよ)
それはそれとして。
出された紅茶を味わいつつ、姫様に訊く。
「王宮に滞在してくれるように王様に頼まれた訳だが…。王宮で何をしていろと言うんだろうな。王宮に滞在したことが無いから分からないんだが。」
「のんびりしていただいて構いませんよ。何もせず、料理を楽しんで、のんびりと過ごしていただければ。仕事で地方から来た貴族の方々は、そうしてから帰られますよ。」
「堕落する未来しか見えないな。」
「『のんびり過ごしたい。』とおっしゃっていましたよね? その予行演習とでも思えばいいんじゃないでしょうか。」
あー、アントニオの屋敷に居る時に、そんな話をしたかもしれないなぁ。
でも、俺の考える”のんびり過ごす”とは違う気がするなぁ。
堕落成分が、無駄に多過ぎる気がする。
”のんびり過ごす”ではなく、”誰かに養われる”みたいな感じがするね。
まぁ、せっかく王宮に居るのだから、王宮でしか出来ない事をするか?
王宮内を見て回るか? 庭とか見てみたいかも。
すごい庭とか在りそうだよね。何となくだけど。
「王宮内を出歩くのはいいのかな? いや、格好が怪しいからダメかな? 不審者の様に見られちゃうかな?」
一般ピーポーな服に、薄汚れたローブだもんね。
「でしたら、お召し物を仕立てさせましょう。」
「では、別室に用意をさせてきます。」
姫様が言うや否や、そう言ってメイドさんが、サッと部屋を出て行った。
姫様サイドの展開が速い。(苦笑)
メイドさんが出て行ったドアを見て、姫様を見て、言う。
「いやいや、そこまでしてもらう必要は無いよね?」
「ナナシさんに王宮で過ごしてもらう為に必要な事です。(キッパリ)」
あ、この顔は何を言っても無駄なヤツだ。
この何日かの付き合いで、俺も多少は姫様のことを理解してきている。
アントニオの表情もそう言っているので、割とよく有る事なのだろう。
紅茶が無くなる頃に、メイドさんが戻って来た。
「別室の用意が出来ました。今から採寸させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします。さぁ、ナナシさん行きましょう。」
姫様が俺の腕を引いて立ち上がらせる。
「姫様はご公務をお願いいたします。」
「ぐふっ。」
姫様の口から、王女様らしくはないが、姫様らしい声が漏れた。
情けない顔でメイドさんを見る姫様。
メイドさんニッコリ。
姫様がっくり。
そんな姫様とアントニオを置いて、俺は別室へ向かった。
もう少し、がっくりした姫様を鑑賞していたかったけど。(←おい)
姫様の私室の二つ隣の部屋に通された。
ここが俺の寝泊まりする部屋だと教えられた。
姫様の部屋から近過ぎるよね。不用心だよね。
メイドさんに言っても仕方が無いので、後で姫様に言っておこう。
姫様に言っても、無駄な気がするけどね。(苦笑)
間の部屋は、アントニオが王宮に滞在している時に使っているとのことだった。
部屋の中には四人のメイドさんが居た。
こちらに向かって綺麗な礼をする。
メジャーらしきものを首に掛けた人が二人に、記録係らしき人が一人と、助手的な人なのかもう一人。
この部屋まで連れて来てくれたメイドさんは帰って行った。
首からメジャーを掛けたメイドさんの一人が、元気よく、フレンドリーに言う。
「じゃあ、採寸するから脱いで。(喜)」
隣の人から肘打ちが入った。
「ぐふっ。」
「お召し物をお願いします。」
助手的なメイドさんが俺に近付いて来て、言う。
ローブを脱ごうとして、ハタと気付く。
【認識阻害】のこと、どうしよう。
顔を晒すのはマズイ気がする。
先日の姫様の様子が頭を過った。
「ちょっと、タンマ。」
慌てて、そう言った。
そして、動きを止めるメイドさんたち。
あれ? 『タンマ』が通じたのか?
いや、そんな訳ないか。雰囲気で察したんだな。
それはともかく、考える時間を稼ごう。
「ちょっとトイレ。」
そう言って、トイレの場所を教えてもらい、トイレへ。
この世界のトイレは、オマル的なアレだ。
『王宮でもそうだよねー。』と、少し残念な気持ちになりながら、【認識阻害】の事をどうするか考える。
すかさず、頭の中で【多重思考さん(多重思考された人(?)たちのリーダー)】に言われた。
『【精神魔法グループ】が、対象の認識を阻害し、かつ、それに気付かせない魔法を作りました。この魔法を顔に掛ければ、顔を見られても大丈夫です。』
少し考え、それでいけそうに思ったので、その魔法を顔に掛けて、トイレから出た。
ローブを預けて、採寸をしてもらう。
メイドさんたちは特に変な反応を示さないので、上手くいってるのだろう。
先ほど肘打ちをされて『ぐふっ。』っていたメイドさんがリーダー格なのか、その人がメインで採寸していく。
で。このメイドさん。やたらと体に触ってくるんですがっ。
「なかなかイイ筋肉ですね。」(ふにょん)「ここも。」(ふにょん)「ここも。」(ふにょん)「むふふ。」「ここも。」(ふにょん)「むふふふー。」
あと、やたらと柔らかいんですがっ。
これが噂に聞く”あててんのよ”かーーっ。
いいですね。(キリッ)
しばし、至福の時を味わう。
「腕を横に伸ばしてー。」(ふにょん)
「お、おう。」
少しキョドってしまいますが、仕方が無いよね。
ど、ど、ど、童貞ちゃうよっ?
至福の時が終わり、スツールに腰掛けるよう促される。
足の採寸もしてくれる様だ。
履いてるのはブーツだもんね。王宮には合わないよね。
スツールに腰掛けるとブーツを脱がされた。
他人に靴を脱がされるのなんて、初めての経験だよ。
貴族さまにでもなった気分だね。(←単純)
そして始まる採寸。少しくすぐったい。
あと、後頭部。
ふにょんです。
ふにょんです。
大事なことなので2回言いました。
”あててんのよ”再びっ。
理由のない至福が後頭部を襲います。
むほー。(歓喜)
ナナシが『むほー。』している、その頃。
「彼がいいと思うんだけど。」
「あー、そうだろうなと思ったよ。」
「アンはどうなの?」
「あー、いい人なのは間違いないかな。」
「アン自身は、どうなのよ。」
「うーん、まだちょっとそういうことは、考えられないかな。」
「嫌ではないのよね。」
「うーん、どうだろう?」
「私は、彼にしたいわ。」
「うん、いいと思う。秘密を共有してくれると思うし。」
「急いで行動を起こす必要は無いけれど、最低でも王都には留まってもらわないとね。」
「取り敢えず、結婚式までは留まってもらう様に頼もうか。」
「ええ、そうしましょう。」
姫様とアントニオは、公務の合間にそんなお話をしていたのだった。
夕食時。
王宮内にいくつか在るという食堂の一つで、姫様とアントニオと俺の三人で食事をしていた。
もう少ししたら(詳細な日数は聞いてなかった)姫様とアントニオの結婚式があるんだそうだ。
「それまで王宮に滞在してほしい。」、「結婚式にも出席してほしい。」なんてことを二人に言われた。
王宮での滞在は、長くとも一週間程度と考えていたのだが、どうしたものか。
取り敢えず、二人に結婚のお祝いを述べさせてもらい、ちょっと考えてから答える。
「王族の結婚式なのだから、外国からも賓客とかが来たりするんだろう? 俺みたいな怪しい奴、入れちゃダメだろ。」
当たり障りの無さそうな正論を言う。
姫様が、「本当はめんどくさいんでしょ?」と、半笑いで訊いてくる。
「あー、うーーん。」と、何と言おうか言葉を探す。
何と言おうか言葉を探すのが面倒になったので、正直に「うん、めんどくさい。」と答えた。
姫様とアントニオは半笑いで、「そう言うと思いました。」と言う。
二人とも俺の事をよく分かってくれている様で、ホッとした。
不快に思われても仕方がない状況だったよね、これって。
『それじゃあ、しょうがないですね。』って感じで、この話は終わると思っていたのだが、予想外に粘られた。
正論さんを盾に回避に専念したのだが、食後のお茶の時間までガッツリと粘られ、さらにお願いされて、『末席になら座ってやってもいい。』という辺りに、なんとか着地した。
かなり疲れましたよ。
仲良くしてくれる人が居るのは有り難いんだが、王族っていうのはちょっとね。
俺の様な怪しい人で、のんびりと過ごしたい人には、釣り合わないと思うんですよ。
疲れた俺は、『結婚式が終わったら、王都を離れて海にでも行くかなぁ。』とか考えた。