00 ある日の午後
ここは、グラム王国の王宮の一室、王女シルフィの私室。
俺は、この部屋の主の姫様と、姫様の婚約者のアントニオと三人で、午後のお茶をしながら雑談をしていた。
お茶していたら、俺が廊下に飛ばしておいた【目玉(仮称。魔法で作られた目)】を通して、王様と王妃様がこちらに向かって来るのに気が付いた。
何だか、二人の様子に、普通ではない何かを感じた。
「王様と王妃様が来る。姿を消すわ。」
俺は、手短にそう言い、【隠蔽】の結界を張って姿を消して、壁際に移動する。
あ、カップも消さないとな。
紅茶の入ったカップを手に持つと、カップがテーブルから消えた。
他の二人はそれを見ても、平然としている。
コンコン
「シルフィ、入るぞ。」
ノックの音の後、王様が慌ただしく部屋に入って来た。
少し遅れて王妃様も、「お邪魔するわよ。」と言って、部屋に入って来た。
「ちょうどいい、アントニオも居るな。」
王様は、そう二人に言うと、さらにメイドさんにも、「外してくれ、誰も部屋に近付けるな。」と言って、ソファーに腰掛ける。
王妃様も腰掛けるのを待ってから、王様が話し始める。
「グラスプ公爵家の息子が、『アントニオは女だ、王女を騙す不届き者だ。』と、また騒いでおるんだが…。」
「何度目ですか。もう決着の付いた話ですわ。何度も。そうですわよね、お父様?」
「そうなんだが、今回は少し事情が違う。公爵が、『爵位を賭ける。』と言い出した。」
「「えっ。」」
「『爵位を賭ける。』とまで言われた以上、『関係者みんなが否定している。』だけでは済ませられん。きちんとした確認が必要となる。」
「それで二人に訊きたいのだが、アントニオは男で間違い無いよな?」
顔を見合わせる姫様とアントニオ。
その様子に顔をこわばらせる王様と、特に表情を変えない王妃様。
そして、『結婚式って、あと二十日ぐらいだったっけ? どうなるんだろ?』と、他人事な感想を持つ俺。だって、他人事だし。
姫様が口を開く。
「少し考えさせてください。」
つまりは、そういう事だ。
驚く王様。
アントニオは、視線を姫様と王様と王妃様との間を行ったり来たりさせている。
そんな中、悠然と紅茶を口にした姫様が、もう一度口を開く。
「少し考えさせてください。」
「お、おい…。」
焦る王様。
「少し考えさせてください。(ニッコリ)」
姫様、とても良い笑顔で、王様にニッコリ。
王様、絶句。
絶句している王様にさらに一言。
「少し考えさせてください、お父様。(超ニッコリ)」
「それじゃあ、今日中に決めておいてね。」
「はい、お母様。」
絶句する王様を余所に、あっさりした会話をする母娘。
王妃様は、絶句し呆然としている王様を引きずる様にして、部屋から出て行った。
「さて。大変困った事になってしまいました。」
俺に言っているのだろう。
姫様が少し大きな声でそう言った。
「ナナシさん、お願いが有ります。」
そう言われたので、俺は【隠蔽】の結界を解除して姿を現し、ソファーに移動し、座る。
そして、手に持ったままのカップから紅茶を一口飲み、視線で姫様に会話の先を促す。
「結婚式に出席していただくことは、以前お願いして、了承していただいていますよね?」
「ああ。お願いされて、『末席になら座ってやってもいい。』って言ったな。」
「”席”を変更させてくださいな。」
「…嫌な予感しかしないんですが。」
「殿方はこういう時、『すべて俺に任せておけ。』って言うものではございませんの? 私、大変困ってますの。」
「俺は、揉め事を避けてのんびり過ごすって、決めているんだが。」
「”コト”が終われば、のんびり過ごしていただいて構いません。」
「その”コト”が、凄くめんどくさそうなんだけどな。どう考えても面倒だよな? 大事だよな?」
「報酬が美少女二人。さらに働かなくてもいい、のんびり過ごす生活が手に入りますよ?」
「今でも十分、のんびり過ごせてますよ。」
「誰もがうらやむ生活ですよー。今しか手に入りませんよー。今を逃すと二度と手に入りませんよー。」
まるで、店のオヤジが商品を売るかの様に、お姫様が何かおっしゃっていらっしゃいます。
さっきまでのお上品な『~ますの。』口調は何処へ行っちゃったの?(苦笑)
俺は、そんな”少し残念な姫様”をガッツリと無視して考える。
これは、受けるのはもちろん面倒。
逃げても、姫様に追い掛け回される未来しか見えないから、やっぱり面倒。
『さて、どうしたものか…。』と思案しながら…。
『揉め事を避けてのんびり過ごそうと決めていたのに、姫様を助けたのは失敗だったなぁ。』と、俺はそう思うのだった。
2019.12.30 修正
”公爵家”としかしていませんでしたが家名を付けました。”グラスプ公爵家”です。