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王子様な彼  作者: のんびりひまわり
7/13

STORY.6 泣かないで

 最悪だ。

 ホームルーム前に渡そうと思ったケーキは、最初から思い切り肩すかしをくらった。

 担任教師に呼び出されて教室から立ち去っていった隆太郎。ちょうど声を掛けようとしたときだったからめちゃくちゃタイミングが悪い。わたしはがっくりと肩を落とした。

 そして、2回目は部活が始まる前の時間。隆太郎はバスケ部で、わたしは帰宅部だ。帰宅部といってもわたしの場合教室で本を読んだり、勉強をしたり、こっそり体育館に隆太郎の勇姿を見に行ったりと、彼の部活が終わるのを待っているのだけれど。

 中学の時は調理部に入っていた。けれど高校にはあいにくその部はなく、他の文化部もあまり気に入るものがなく、かといってわたしの足で運動部に入れるわけもなく……帰宅部になったというわけだ。

 部活が始まる前にケーキを渡そうと思ったのだけれどこれまた教師に邪魔された。突然図書委員の仕事が入ったのだ。なにせわたしは委員長のため、遅刻するわけにもいかず、泣く泣く図書室に向かった。


「もー、3度目の正直よ!」

 そして現在。

 無事委員会が終わり、学校に部活動終了のチャイムが鳴り響く。

 わたしは鼻息を荒くしながらいつもの場所へ向かっていた。隆太郎の自転車が隠されている裏庭の倉庫。絶対見つからないんだぜ、と入学したときから隆太郎が豪語していた。

 それにしても、今日は1年に1度の誕生日だというのについてなさすぎる……。

(なんか自信なくなってきたかも……)

 ぴたりと足を止めた。

 結局隆太郎が怒った理由も未だに分かっていない。全然分かってない、そう隆太郎が言った理由も、何故あのとき隆太郎があんな表情をしたのかも、何も分かっていない。

 それで、謝って、隆太郎は許してくれるんだろうか?

 右手にぶら下げている紙袋に目を向けた。中身は6時間目に作ったホールのかぼちゃケーキ。味見はしていないけれどおいしいとは思う。作るのは数回目だし、今回は自分でもうまくできたと思うから。

 紙袋をぎゅっと握って、わたしは再び足を裏庭に向けた。

 空に浮かぶ太陽はまだ地面を照らしている。長くなった影を踏みしめるようにわたしは足を前に進めた。


 その場所に隆太郎はまだ来ていなかった。バスケ部はときどきミーティングで遅くなることがあるからそのせいかもしれない。

 そう思ったけれど、少しの不安もあってわたしは倉庫の扉をそっと横に押した。隅っこに目を向ける。そこには隆太郎の自転車がきちんと置いてあって、わたしはほっと息をついた。

 隆太郎が、わたしを置いて先に帰ってしまったことは一度もない。どんな喧嘩をしても、隆太郎はわたしを待っていてくれたし、わたしも隆太郎を待っていた。

 不思議だと思う。

 こんな関係が、もう10年以上ずっと続いているのだ。

 倉庫に寄りかかって空を見上げた。視線をさまよわせ、目的のものを探し当てる。まだ薄い、白い三日月。紙袋をぎゅっと握った。


――ゴンちゃん。


 心の中でゴンちゃんを呼んでみる。

 わたしに勇気をください。隆太郎に真っ正面から向かえるように、隆太郎と仲直りできるように、わたしを見守っていてください。

「…………」

 何も変わらない空。でも、少しだけ心が軽くなったような気がした。



*     *     *



 どくんと心臓がひとつ大きく跳ねた。向こうから、隆太郎が歩いてくる姿が見える。相変わらず不機嫌そうだ。地面に視線を向けたままこちらを見ようともしない。

 きゅっと拳を握る。

「……よし」

 くじけそうになる自分に気合いを入れ、わたしは隆太郎に駆け寄った。


「隆太郎」

 緊張か、今からすることに対しての恥ずかしさからか、わたしは隆太郎の顔を直視することができず彼に呼びかけた。隆太郎が立ち止まったところでわたしも足を止め、紙袋を差し出す。

「今日は、ごめんね? わたし、わたし、隆太郎と仲直りしたいよ……」

 分からない。

 隆太郎が怒っている理由は分からない。

 けれど、隆太郎は訳もなく怒る人ではないから、何かあるはずなのだ。

「これ、6時間目に作ったやつ……。隆太郎の、ために、作ったから……」

 受け取って、と、掠れた声しかでなかった。

 今のわたしにはこれを言うだけでいっぱいいっぱいだ。自然と赤みが差す頬。受け取ってくれるか不安だったけれど、隆太郎は無言のままそれを手に取ってくれた。

 俯いてしまう。隆太郎の表情は分からない。どうしたらいいか分からなくて、足下に視線をさまよわす。不意にカサッと紙擦れの音がした。

 紙袋の中身を見たんだろうか、そんな考えが脳裏を過ぎたとき、腕を掴まれそのまま引き寄せられた。バランスを崩した身体はそのまま前のめりに倒れ込み、とすんと額に温もりが伝わる。すぐ近くに感じるそれに、わたしは一瞬何が起こったか分からず瞬きを繰り返した。

「お前、結局なんで俺が怒ったのか分かってないだろ」

 上から降ってきた隆太郎の声は、もう怒りの色を含んでいなかった。

 おそるおそる顔を上げる。すると、思いがけなく彼の優しい瞳に出会い、わたしの涙腺は途端きゅっと緩んでしまった。

「りゅ、たろ……」

 うー、と子どものような泣き声を上げ、わたしは隆太郎のシャツにしがみついた。

 髪を撫でられ、子どもをあやすかのようにぽんぽんと背中をたたかれ、やがて隆太郎の腕はわたしの背中の後ろに組まれる。しっかりとした力でぎゅっと抱きしめられて、わたしは大きくしゃっくりを上げた。

「わたし、今日誕生日だよ……」

「……うん」

「なのに……、なのに、隆太郎、怒るんだもん。ひどいよ……」

「……うん……ごめんな……」

「ひどいよー……」

 ぐすっと鼻をすすると、隆太郎はわたしを抱きしめたまま優しく髪をなでてきた。わたしが泣いたとき、いつもするその仕草。何だか今日はそれがちょっと切ない。

「泣くなよ……」

 少し困ったような声だった。

 わたしの涙はきっと隆太郎のシャツをぐっしょりぬらしている。でも止まらないんだから仕方がない。わたしが小さくしゃっくりを上げると、隆太郎はそれを押さえ込むかのようにわたしを抱く腕に力を込めた。

「……だって、隆太郎、ひどいんだもん」

「……うん……」

「急に、怒るし、髪、ぐしゃぐしゃにするし」

 ただただ涙が止まらなかった。わたしは鼻をすすり、一度大きく深呼吸をすると、隆太郎の胸に額を押しつけた。

「ひどいよ、もう……」

 きゅっと。

 隆太郎が、わたしをきつく抱きしめてきた。苦しくなるくらいのその抱擁に、息が詰まって、でも離してほしくなくて、わたしは少しの呻き声を上げたあとそのまま隆太郎に身を任せた。

「ごめん……」

 だから泣くなよ、と隆太郎が耳元でささやく。わたしはまだ微かに残る嗚咽を飲み込んで、隆太郎の言葉に小さく頷いた。

 しばらく、隆太郎はわたしを抱きしめたままでいた。身じろぎひとつできない空間の中で、苦しいけれど安心できるその空間の中で、わたしは次第に落ち着きを取り戻していった。


「ひでー顔」

 顔を上げたわたしに、隆太郎は笑ってそう一言。わたしはぐすぐす鼻をすすると恨めしそうな視線を隆太郎に向けた。それなのに隆太郎は小さく笑うだけでちょっとむっとしてしまう。隆太郎はそんなわたしの頭をぽんぽんとたたくと、自分の制服のポケットをあさり始めた。

「えーっと……ハンカチハンカチ……」

「…………」

「……あるわけねーな」

 数秒後、隆太郎は自分で自分に突っ込む。すると今度は何やら鞄の中をごそごそとやり始め、くしゃくしゃになったタオルを取り出した。

「ほら」

「んっ」

 バサッとその柔らかいものが頭に降ってきた。

 隆太郎はわたしの頭にかぶせたそのタオルを手に取ると、ごしごしと涙を拭いてくる。まったく手加減というものを分かっていない。嬉しいけれど、ちょっと痛い。

「……自分でできるよ」

「ん」

「しかも、これ汗くさい」

「んー」

「部活のあと使ったんでしょ」

「ん」

「……自分でできるってば」

「んー」

 わたしが何を言っても、隆太郎は生返事だった。

 結局わたしはそのままじっとしていた。鞄のミニポケットの中に自分のハンカチがあったりしたけれど、その存在は内緒だ。

 しばらくして、隆太郎はやっと気が済んだのかそのタオルをやっぱりくしゃくしゃなまま鞄に突っ込んだ。

「どう?」

「どうって……」

 いったい何の感想を求めているのやら。わたしは鼻にしわを寄せる。

「目、痛い」

「おい」

「ひりひりする」

 すると、隆太郎はちょっと困った顔をした。わたしの言葉を真に受けている隆太郎がおかしくて、わたしは笑ってしまう。

「うーそ」

 数時間ぶりに声を出して笑った。



*     *     *



 倉庫から自転車を出すと、ほとんど使われていない裏門にそれを押していった。

 学校を出て、隆太郎が自転車にまたがる。隆太郎の鞄は左ハンドルにぶらさげ、わたしの鞄は籠の中へ。かぼちゃケーキが入った紙箱はつぶれないようにわたしの鞄の上に丁寧に置いた。

「美緒」

「ん?」

 わたしが後ろに座ると、隆太郎がこちらに振り向いた。

「お前、このあと何もないよな?」

「え? う、うん」

 質問の意図が分からなくてわたしは首を傾げる。けれど、隆太郎はそんなわたしに構うことなくよし、と満足そうに頷いた。

「何、どこか行く――うきゃっ」

 言葉を終える前に自転車が動き出す。わたしは朝と同じように妙な声を出してしまった。

「りゅ、隆太郎ー! ちゃんと声掛けてから出発してって朝も言ったでしょ!」

「そーだっけ?」

「そうだよ! もー今度やったら宿題教えてあげないからね」

「……善処シマス」

 ぽつりと、苦々しげに隆太郎がつぶやく。

 自転車はだんだんとスピードを上げていった。ふと景色を見ると、それはいつもと違う場所で、目を瞬いた。

 下に川が流れる堤防。向こうまで景色が見渡せてすごく綺麗だ。空は夕焼け色に染まり、流れる川はそれに反射してきらきらと輝いていた。

「ねえ、どっか行くの?」

「いやー、風気持ちーな」

「は? ってちょっと質問に答えなさいよ」

 尋ねたことに対して訳の分からない答えが返ってきた。自然と眉が寄り、わたしは隆太郎の背中をつねった。

「い――ッ! っ美緒! 危ないだろ!」

「どーこー行ーくーのっ」

 半ばヤケになってわたしは声を張り上げる。

 すると隆太郎は。ぐっと眉を寄せたかと思うとにやりと笑い、いたずらっ子のような瞳を怪しく細めた。

「ひー、みー、つー」

 そして楽しそうにそう言うと、不満たっぷりのわたしを無視して前方にしかと目を向ける。

 風がなびく、夕焼けの空の下。

 わたしは隆太郎がうめき声を上げるくらいにぎゅっと抱き付くと、その背中に額をごつんと強く押しつけた。

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