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王子様な彼  作者: のんびりひまわり
6/13

STORY.5 鈍すぎる二人

「ちょ、ちょ、ちょ、美緒、どーしたの?」

 あれから。

 わたしは傍目から見ても分かるくらいにずーんと沈んでいた。優花が驚いて口をどもらせるくらいだから相当なのだろう。わたしはまるで幽霊のようにふらふらっと優花に近寄ると、すがるように彼女に抱き付いた。

「優花ぁ……」

「う、うん?」

「わたし、どうしよう……」

 本当に、どうしよう。

 あれからわたしは隆太郎を追いかけた。隆太郎があんなふうに怒った理由も、彼が何に苦しんでいるかも分からなかったけれど、とにかく何か言わなければと思ったのだ。

「ご、ごめんね、隆太郎」

 わたしは必死の思いで謝った。

 けれど、振り向いた隆太郎は無表情で。

「なんで俺が怒ってるか分かってんの?」

 そう静かな声で尋ねてきた。

 言葉を詰まらせたわたしに、隆太郎はひときわ大きなため息をはきだした。

「もういい」

 突き放したような言い方だった。拒絶、だったのかもしれない。隆太郎の背中はわたしを拒んでいて、それ以上追いかけることができなかった。


 隆太郎があんなに怒ったのは久しぶりだ。

 多分、4年前のバレンタイン以来だと思う。確かあのときは登校中に転んで紙袋の中身をぶちまけてしまい、それにつまづいて隆太郎がこけそうになって、そのあと隆太郎の機嫌が悪くなった。

 まあそこまではまだ良かったのだけれど、問題は放課後だ。空になった紙袋を見て隆太郎の機嫌はマックスに悪くなった。もちろん隆太郎にはちゃんとチョコレートをあげた。だから、未だにわたしはどうしてあの日隆太郎があんなに怒ったのか分かっていない。

 結局あのときは、隆太郎の機嫌は次の日には直っていたのだけれど。

 昨日のチョコうまかった、もっと作れ、とか言われて、また来年ね、と言葉を返した覚えがある。隆太郎の場合甘やかすと毎日作らされるはめになりそうだったから。

「ちょ、ちょっと、美緒どうしたのよお」

「わ、わたし」

「うん」

「わたし、ね……」

「うん」

 何度か言葉を繰り返して、やっと口を開く。

「隆太郎のこと、怒らせちゃった……」

「怒らせたあ?」

 そして、優花から返ってきたのはまぬけ声。けれどわたしはそんなことも気にしていられないほどにずーんと落ち込んでいた。

「うん、あと、すごく苦しそうな顔させちゃった……」

「く、苦しそうぅ?」

 えええ、と驚いたように優花が声を上げて、わたしはそんな彼女の反応に顔を上げた。

 すると、優花の顔は何故か真っ赤で。眉を寄せるわたしに、優花はぎゅっと拳を握って声を上げた。

「だめじゃない、美緒! 成瀬くんのこと拒んじゃ!」

「は?」

「成瀬くんずっと我慢してきたんだから! ショック受けるに決まってるじゃないっ」

「はあ?」

 いったい優花が何を言っているのかさっぱり分からなかった。

 首をひねり、不審げに優花を見ていると彼女ははたと気付いたようにわたしを見つめ、それからぱちぱちと瞬きをした。

「あれ……、ち、違うの?」

「違うのって……」

「う、うん」

「わたしは、優花が何言ってるのかまったく分からないんだけど」

「ああ……」

 そう、と。何故か優花は気が抜けたように大きくため息をついた。そして彼女はしがみついていたわたしの身体を自分のもとから引き離すと、わたしの肩に両手を置いてきた。

「まあ、とにかく。話聞いてあげるからね」

「うん」

「今度はもっと具体的かつ分かりやすく説明してね」

 優花のその言葉に、わたしは素直に頷いた。手を取られ、廊下を進み外へ出る。

 中休みにも来た裏庭へ辿り着き、周りに誰もいないことを確認するとわたしは優花に促されてベンチに腰掛けた。

 そして、ぽつりぽつりとそのことを話し始めた。


「まず、美緒は男心をもっと知った方がいいよね」

 わたしが話し終えて一言。優花はため息とともにこんな言葉を漏らした。

「普通、そこまでされたら心当たりありすぎでしょ。美緒は鈍いっていうか、ここまでいくとあほだよね」

「あ、あほ……」

 乾いた笑みが漏れる。優花は自分の言葉に納得したようにうんうんと頷くと、思い出したように胸の前で手を組んで瞳をきらきらとさせた。

「うーん、でもいいよねえ……。わたしも成瀬くんに髪ぐしゃぐしゃされたい」

 ほわわーん、とした空気が優花の周りを包む。わたしはそれにちょっと呆れてしまい、軽く息をついた。

「優花も十分あほだよ……」

「いーの、美緒よりはあほじゃないもん。少しは男心分かるもーん」

 えっへん、と腰に手を当て優花は自慢げにそんなことを言った。そして不機嫌そうに眉を寄せるわたしに満面の笑みを浮かべ、ぎゅっと手を握ってくる。

「美緒!」

「うん?」

「成瀬くんと仲直り、したいでしょ?」

「う、うん……」

 そりゃあしたいに決まっている。

 なんていったって今日はわたしの誕生日。こんな日を一番大好きな人と喧嘩した(というのは微妙だけれど)まま終えるなんて絶対に嫌だ。

「じゃあ6時間目にかけるのよ!」

「……6時間目?」

「そう! 総合の時間、美緒も家庭科選択じゃない。今日はお菓子でしょ? まさに運命!」

「は?」

 そう言って優花は鼻息を荒くする。彼女の言いたいことがさっぱり分からなかったわたしは首を傾げてしまった。

 総合の時間――それは自分の好きな科目を選択できる時間だ。どの科目でも選べることができて、授業の内容も自分の自由。他の人の迷惑にならないならなんでもやってよし。それが規則。先生はあってなきがごとしの存在だ。

「だから、それを渡して仲直りするの!」

「えー」

 しかし、その意味が分かった途端あからさまに顔をしかめてしまった。

「やだよ」

「なんで!」

 すると案の定優花は鬼のような形相でわたしに突っかかってきた。

 校内で、昔からずっと変わっていないチャイムが鳴る。予鈴だ。確か次の時間は歴史の授業だった気がする。

「あー……もう、授業始まるね」

「話を逸らさない!」

 優花が逃げ出そうとしたわたしの両腕をぎゅっと掴んできた。言いたくなくてわたしは誤魔化すように笑いを漏らすけれど、優花はそんなわたしをそれはもうじいっと見つめてきて、とうとう諦めたわたしは小さくため息をついた。

「……だって……、そんなのしたこと、一度もないもん。なんか恥ずかしいじゃない……」

 隆太郎に家庭科で作ったお菓子をわざわざあげるなんて考えただけでも恥ずかしい。わたしは思わず想像しそうになるのをぶんぶん首を横に振ることでこらえた。

 けれどそんなわたしに構わず、優花は惚けた顔をわたしに向ける。

「はあ? 何言ってんの、美緒、しょっちゅう家庭科で作ったの成瀬くんにあげてるじゃない」

「あ、あれは……残り物とかだし」

「残り物ぉ? あれのどこが残り物よ。いちいちラッピングとかしてるくせに」

 優花の言葉にわたしはかあっと赤くなった。むうと眉を寄せる優花にわたしは声を上げる。

「そ、それはっ。だって、いくら残り物だっていってもそのままじゃあげられないでしょっ」

「屁理屈! というかこの際全部あげるも残り物あげるも同じでしょ。女は度胸よ。腹を据えて行ってこい!」

「……う……」

 一生、優花には口で勝てないと思う。

 わたしはがくりと頭を垂れると、大きくため息をついた。

「……そう簡単に言うけどね、こっちはかなり大変なんだよ」

「なーにーが、大変なのよ。はっきり言って見てるこっちがうずうずしてくるんだよね。美緒も成瀬くんも! にーぶーすーぎーなのよっ」

 ムキーッと胸を掻きむしるようにして優花が言った。鈍すぎ。優花はいつもそれを言葉にする。

「とにかく6時間目だからね! そのあとすぐ成瀬くんにそれを持っていって仲直りする! ついでに告白もしちゃいなよ。行くときはもうどばーっとね、どばーっとやっちゃえばいいの! 分かった?」

「いえ、さ、さすがに告白は……」

「みーお、いつまでも怖がってちゃダメ! チャンスよ、今こそチャンスのときなんだから!」

 ゴオッと優花の後ろに燃える炎が見える気がした。

 言葉を詰まらせたわたしは首を振るわけでもなく頷くわけでもなく、ただ、優花に気付かれないように小さくため息をついた。



*        *        *



 本鈴が鳴り終わる寸前わたしたちは教室に滑り込んだ。大きなため息をはき、前方に目を向ける。教卓にはまだ誰もいなかった。

「星野、また遅刻だな」

 星野、とは今ここにいなければいけないはずの歴史の先生だ。わたしはそうだねー、と隣に顔を向けようとしてはっと気が付いた。

「あ、ひ、ひひ日詰くん」

 そうだ、すっかり髪のことを忘れていた。せっかく日詰くんにやってもらったのに、その髪は正味2時間も経たないうちにほどいてしまったのだ。いや、正確にはほどかれたのだけれど今そんなことは関係ない。

「……佐藤?」

 そのまま言葉を詰まらせたわたしを、日詰くんは不思議そうに見つめた。けれどわたしの髪を見て、彼は途端苦笑を浮かべた。

「あー……気にするなよ。どうせ隆太郎にやられたんだろ?」

「えっ」

「あいつすげー怒ってたもんなー。数学のときはそりゃもー視線が痛かったし」

 日詰くんは乾いた笑いを漏らしながらそう言った。ははは、と。何だか情けない顔をしてため息をつく。

「佐藤もにっぶいよなあ……」

 そんなつぶやきがわたしの耳に届いた。

 日詰くんは。右手で頬杖をつくと、わたしをじっと見つめてきた。

 顔に何かついてるのかな。そう思ったわたしは自分の顔に触れる。それを見た日詰くんが笑いを漏らしたので今度は後ろに振り返る。何もない。彼がわたしをじっと見る意味が分からなくて不審げに眉を寄せた。

 すると、日詰くんは困ったような、それでいておかしそうな笑いを漏らした。涼しげな目元が優しげに緩む。

「そーゆーとこが鈍いって言ってんの」

 ふわっと彼の黒髪が揺れた。窓から吹き込む初夏の風。

 わたしは、やっぱり日詰くんの意図するところが分からなくて、ただ首を傾げるだけだった。


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