表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様な彼  作者: のんびりひまわり
4/13

STORY.3 側にいるのに

 結局わたしは優花に何も言えなかった。だって、わたしは隆太郎のお姫様、なんていくら何でも口にできない。自意識過剰すぎるかもしれないし。

「納得できないなあ」

 優花はそう不服そうに言葉を漏らしたけれど、この話をしたらしたで納得できないと思う。優花のことだからきっと「お姫様イコール好きな子でしょ」と断言しそうだ。


 ぼんやりと、空に浮かぶ雲を眺めていた。こないだの席替えで窓際になってから、わたしはしょっちゅうこうやって外を見ている。

 ここの教室は3階であまり高い位置ではない。だから見晴らしはそんなによくはないけれど、風景を見るのが好きなわたしにとってはもってこいの場所だ。

 青い空の下、グラウンドで走り回る生徒たち、窓の向こうに高くそびえている木が、葉の色を少しずつ変えていくのを見るのも好きだ。この辺はときどき飛行船が横切ったりするから、それを見られたときにはわたしの機嫌は一日中いい。単純かもしれないけれど、そんな小さな幸せもわたしには大切なことだった。

「佐藤ってさ」

 突然、隣からわたしを呼ぶ声がした。

 びっくりして振り向けば、そこには当たり前のことだけれど隣の席の男子がいた。

 日詰孝明。隣の席になってから2週間、結構親切な人だ。

「髪きれいだよなー。前から思ってたんだけど。ね、ちょっと触っていい?」

 誉められたのは悪い気はしない。けれど、やっぱり自分の髪を他人――しかも男子に触られるのは抵抗があった。うーん、と考えて、そういえば日詰くんは美容師志望とかいつか言ってたなあ、と思い出した。

 親切な人だし、美容師志望なら変なこと考えてなさそうだし。わたしは躊躇ったすえに結局こくんと頷いた。

「おー、やっぱ佐藤の髪ってすげーさらさら」

 日詰くんは感極まったようすでそんなことを言う。照れる。それにかなり恥ずかしい。


 あああ、もうっ。そんなじっくり触らなくていいから早く手離してー。


 そんなわたしの心の声が彼に聞こえるわけもなく、日詰くんはひょこりとわたしの顔を覗き込んできた。

「ちょっといじっていい?」

「え?」

「大丈夫。俺、美容師志望だし、ふつーより上手いと思うよ、多分」

「う、ええ?」

 そう言って日詰くんは立ち上がると、わたしの背後に回って髪をとき始めた。

 どこから出したんだろう、と思ったくしはどうやらブレザーの内ポケットから出したようだ。男の子ってみんなそうなのかなあと一瞬考えたけれど、多分日詰くんが特別なんだろう。隆太郎なんて絶対持ってなさそうだし。

「佐藤っておじょーヘアー似合いそうだよな」

「おじょー?」

「お嬢様ヘアーのこと」

 お嬢様ヘアーってどんなだ、と思ったけれど、そこは黙っておくことにした。

 日詰くんは本当にこういうことに慣れているようで、実に手際よくわたしの髪を結っていった。鬢の部分を器用にあみこみにして、両側に2つの三つ編みを作る。そしてその2つを後ろにもっていくと、日詰くんはポケットから取り出した可愛らしい髪飾りでそれらをまとめた。

「うん、できた」

 日詰くんは満足したように笑顔を作る。これまたどこから出したのか、彼はそのあとわたしに鏡を見せてきた。

「わーすごいね。あみこみすごいきれー」

 手で、髪に触れる。鏡に映る自分を見て、これが世にいうお嬢様ヘアーなのかなあと考えた。

 不意に手が結び目に触れた。そこはただのゴムではなく髪飾りだ。先ほどちらりと見た限りではピンク色をしていたと思う。

「これ……」

「あー、それ」

 わたしが戸惑い気味に声を出すと、日詰くんはちょっと笑って言った。

「それ、この前買って、でもいらないから。佐藤にあげる」

「ええっ。いいよ、そんなの悪いよ。この前買ったって、まだ新しいんでしょ?」

「うーん……新しいっちゃあ新しいけど……」

 日詰くんは言葉を濁すようにそう言った。

「でも、佐藤にあげる。俺使わないし」

「そう……?」

 何だか断るのも悪いような気がして、わたしはありがたくそれをもらうことにした。まあ、確かに日詰くんがこれを使うなんて絶対……うん、絶対に考えられないだろうし。

「ありがと」

「うん」

 笑顔でお礼を言うと、日詰くんは嬉しそうに目を細め、優しく微笑んだ。


*   *   *


「ちょ、隆太郎?」

 現在。4限目の数学の授業が終わり、楽しい昼休み――のはずが。

 何故かわたしは隆太郎に追いつめられていた。

 まれに見る隆太郎のブリザードだ。4限目が始まってから妙に隆太郎の視線、しかも怒りの視線を感じるなあと思っていたら、授業が終わってすぐに近くの空き教室に引きずり込まれてしまった。

「だから、何なんだってば……」

 そんな無言ですごまれても、こっちは訳が分からない。

 隆太郎が近付いてくる。反射的に、わたしは後ずさる。近付いて、後ずさって、近付いて、後ずさって……とうとう壁際まで追い込まれてしまった。

「美緒」

「ん? ……きゃっ」

 呼ばれて顔を上げた、と思ったら。突然隆太郎がわたしの頭を押さえ込むように覆い被さってきて、わたしは短い悲鳴を上げた。

「な、何なのよお」

 ここで抱きしめられる、とかならちょっとは分かるような気がするけれど、頭を抱え込まれるっていったい何?

「黙ってろ」

「んん、なにー? って髪引っ張らないでよっ」

「うるせ」

「いた、いたいってば! 隆太郎、ちょっと何してんのっ」

 がっしりと抱え込まれているせいで何が起こっているのかまったく分からない。

 視界は真っ暗。でも、押さえこまれているシャツから隆太郎の匂いがして、わたしの心臓は馬鹿みたいに音を立てていた。朝だって、放課後だって、自転車に乗っているとき隆太郎に抱き付いたりするけれど、あれは自分からしていることだし、そうしなきゃいけない状況だし。

 とにかく、この心臓がどうにかなる前に離してほしい。

 解放されようとわたしがじたばたもがいると、隆太郎はやっとその腕を解いてくれた。

 そして。

「ああっ」

 さっきと変わったことは、わたしの髪型。三つ編みはほどけているし、隆太郎に抱え込まれてたせいで髪はぐしゃぐしゃだし、それに、日詰くんからもらったあの髪飾りもない。

「何するのよーっ。もーほんと何なの? 新手の嫌がらせ?」

 あまりの仕打ちのむかっときてわたしは声を荒げた。けれど隆太郎はそんなわたしを無視するかのようにそっぽを向いたままむすーとしているだけだ。

「美緒が悪いんだろ」

 そして、口を開いたかと思うとこれ。

 はっきりいって訳の分からないわたしは思い切り顔をしかめた。

「何が悪いの? わたし、隆太郎に何かした覚えないよ」

「…………」

 無言。

 むっすーとしたまま、隆太郎は黙り込む。そして、いらいらしたようすで髪を掻き上げながら大きくため息をついた。

「気安く、男に髪を触らせるな」

 は?

 と。

 思い切り惚けた顔をさらしてしまった。

 男、というと、日詰くん。髪を触らせるな?

「そんなの、隆太郎だっていつも触ってくるじゃない……」

 触る、というよりただぐしゃぐしゃにかき混ぜているだけだけれど、まあ触っているのには変わりないだろう。

 すると隆太郎はがばっと顔を上げて、むっとしたように口を開いた。

「俺はいーの!」

 ……何とも理不尽な言葉だ。

「だって、日詰くん美容師志望だよ?」

 相変わらず隆太郎はむっとしている。

「それに親切な人だし、今日だって髪飾り……」

 ぴたり、とわたしは言葉を止めた。そういえば、あの髪飾りはどこへ姿を消したんだろう。

 視線をさまよわせると隆太郎の手の中にピンクのものが見えた。ここに来るときは何も持っていなかったから、その手の中にあるのが日詰くんからもらった髪飾りだろう。

「髪飾り、返して?」

 手を差し出すと、隆太郎はむっと眉をひそめ、手の中にあったものをズボンのポケットに突っ込んだ。

「だめ」

「…………」

 だめってどこぞの小学生じゃないんだから……。

 わたしは大きくため息をついた。隆太郎はときどきこう子どもっぽいところがある。

 ……沈黙。


「……美緒は、俺のことぜんっぜん分かってない」

 不意に。

 隆太郎が、感情を抑え込んだような声で言葉を漏らした。

 苦しそうな声。隆太郎にそんなことを言われて苦しむのはわたしの方なのに、言葉をこぼす隆太郎の方がひどく息苦しそうだった。


 ゴンちゃん、を思い出した。

 隆太郎が昔飼っていた犬のゴンちゃん。

 わたしの前でしか見せなかった、隆太郎の苦しそうな表情。


 絶対にもう、隆太郎にそんな表情はさせない。

 そう誓ったのはわたしだった。あの日、涙をこぼす隆太郎を抱きしめながら、わたしも隆太郎のように強くなりたいと願った。

 もう、絶対に隆太郎に苦しい思いはさせたくない。そう思った。

 でも、今、隆太郎はあのときと同じようにひどく苦しそうな表情をしている。

 わたしのせいで。苦しい思いはさせない、そう誓ったのはわたしなのに、わたしが隆太郎にそんな表情をさせている。



 無言で去っていく隆太郎の背中をわたしはただぼんやりと見送った。分かっていない、隆太郎のその言葉が、わたしの胸にきつく突き刺さっていた。

 どうしてそんなに苦しそうなの?


 ゴンちゃん。

 犬のゴンちゃん。

 ゴンちゃんなら、分かるのかな。

 ゴン太は俺のことよく分かってる、そんなふうに隆太郎が自慢していたくらいだから、ゴンちゃんなら分かるのかもしれない。


 窓の外を見ると、空にはあの日と同じ薄い三日月が上っていた。太陽が輝く青い空の上に、ひっそりと浮かび上がる三日月。

 わたしはそれに目を細め、そっと瞼を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ