STORY.1 誕生日の朝は 2
「ちゃんと掴まってろよ」
前方にその問題の坂が見えてきてわたしはぎゅっと隆太郎に抱き付いた。それはもう本当にぎゅっとで、隆太郎がうっと苦しそうに息を漏らした。
この坂を下りさえすればもう学校は目と鼻の先だ。確かに隆太郎が言うとおり近道なのには違いない。
重心が前に移動する。ただでさえ力一杯隆太郎に抱き付いているのに、そのせいでわたしの身体はますます隆太郎に重みを預けた。
「う、……きゃー!」
絶叫。まさしく絶叫だ。
目をつむっているから周りの景色は見えない。びゅんびゅんと風の音が聞こえる。もう何がなんだか分からない。
ただ、感じるのは隆太郎の体温だけだった。
「美緒、生きてるか?」
「は、話しかけないでー。ちゃんと前見ててっ」
「見てるっつーの!」
「いいから話しかけないでっ」
数秒後。
重心が元通りに戻る。相変わらずスピードは速いけれど、だんだんと遅くなっているのは確かだ。そっと瞼を開けると見慣れた景色が視界に入った。学校のすぐ近くだ。
「し、死ななかったー」
わたしは本気で安心して大きく息をついた。前方に背の高い大きなイチョウの木が見える。そこが校門だ。
はあ、ともう一度大きく息をはいて、すっかり精神疲れしてしまったわたしはくたりと隆太郎の背にもたれかかった。隆太郎はそんなわたしを見て呆れたように声を漏らす。
「あんなんで死ぬかよ」
「分かんないでしょー。人生何があるか分かんないんだからー」
「俺の運転は最高だぜ」
「……ばか」
にかっと笑ってそんなことを言う隆太郎は、朝の太陽よりもずっと輝いて見えた。
隆太郎は。
小学校からの腐れ縁であり、きっと誰よりも同じ時を一緒に過ごした――過ごしている人だ。
「あ、そうだ」
自転車を止めて隆太郎がこちらをに向く。
さらさらな茶色の髪に長いまつげ、いたずらっ子のような瞳。どちらかというとかわいい顔立ちをした隆太郎はその口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「誕生日おめでと」
小さな小箱をわたしに投げる。
わたしは少し驚いてまばたきを何度か繰り返すと、隆太郎を見つめ返した。
「学校で開けるの禁止な」
ほんと、憎ったらしくなるくらい。
わたしの心をいちいちぐっと掴むようなその笑顔、その仕草、その言葉に。わたしはいつまで惑わされるんだろう。
佐藤美緒、18歳。
今日も変わらず、わたしはこいつ、成瀬隆太郎が大好きだ。