ファンタジー世界における医療施設
回復魔法が普及し、医療施設の役割が変遷し始めた頃。
診療所や病院にやってくる者は、高度な病気の患者が多くなった。例を挙げると、魔物の特殊な呪いや、毒、石化、麻痺などである。
その中でも特に厄介なのが精神的な病だ。何せ魔法が効かないのだから。
鬱になって心を閉ざしていたり、情緒不安定による突然の激昂、幼児退行してしまったりと、多岐に渡る。
王立付属病院の待合室は、大勢の患者で溢れかえっていた。
そんな中、勤務する医師レオンのもとに、一人の男性が訪ねてきた。
男は診察室に入るや否や、第一声に、
「死なせてくれ。お願いだから死なせてくれないか!?」
とレオンの肩に掴みかかる。
レオンがどうにか宥め、話を訊くことにした。
「俺は王国に勤める拷問官兼、処刑執行人なんだ。罪人を何度も鞭打ったし、何人もの息の根を止めた。もちろん俺も人間だ。罪悪感だって持ち合わせている。だけど死者は許してくれないんだ。夜な夜な俺の寝床にアンデッドたちがやってきて、『この苦しみを味合わせてやる』『殺してやる』って襲ってくるんだ。こんな生活もううんざりだ」
「討伐隊に頼んでみては?」
レオンの助言に男は首を振る。
「何度も依頼したさ。けどよ、殺すたびにアンデッドがやってくるんじゃ、キリねえよ」
「そうですか」
「だからもう俺は死ぬしかねえ。あいつらに報いるにはこれしかねえんだ。だからよ、どうにか楽に死ぬ方法はないか?」
ほとほと困り果てるレオン。殺すのは簡単だが、そんなことをしては失業はおろか、医師として失格だ。
だが、このときのレオンは多忙を極めていたせいもあってか、軽々しく「わかりました」と言ってしまった。
とりあえず男性には入院してもらうことで了承してもらう。
本日の診察時間終了後、自室の椅子でレオンは一人、頭を悩ませていた。
「殺さずに済む方法はないのか。そもそも楽に死ぬ魔法なんて知らないぞ」
彼は愚痴をこぼしながら、魔術の本をペラペラとめくっている。
唐突にピタっとめくる手が止まる。
そこにはアストラル体の応用理論が書かれていた。
「そうか! これなら死なせずに済むし、本人も満足だろう」
後日、レオンは楽に死にたいと訴える男に、発見した魔法で施術した。
♢♦♢♦
病院の一室。ベッドの上にいる男は、何もない一点を見ていた。
虚ろな眼差しの彼からは、何一つ感情がうかがえない。
まるで死んでいるかのようだ。
しかし死んではない。その証拠に、彼の心臓は鼓動を繰り返しているのだから。
もし彼を形容するならこう言い表すだろう。
魂と肉体が切り離されたようだと。