兄弟物語(2)テレビ編
ちょっと周りのヤツに確認したくなることって、ないか?
例えば、お前んちの姉貴は弟に対して無慈悲に暴力振るってるものなのか?とか。
小学生の弟が家族愛を描いたホームドラマを見て鼻で笑うのか?とか。
兄貴が……ピアスやらの金属モノをじゃらじゃら身体に付けてる、認めたくないがそこそこモテる兄貴が!
「あ、シュウ。お帰りー」
「…………」
派手なピンクのエプロン(ポケットは大きなチューリップ型)着て、弟の帰りを玄関まで迎えにくるのか?とか…………。
「おい、シュウ!ただいまの挨拶はちゃんとしろよー!」
いやまぁな、夕食作ってくれるわけだし、料理の腕も家族で一番だしな。感謝している訳ですが。
「ちょっと、シュウくーん?」
いや、それでもだからといって、ピンクのエプロンを着る必然性はないだろう。家には他にも地味なエプロンがある。
「シュウー、シカト?シカトのつもり?」
だいたい、チューリップのポケットって何だよ。そのまま幼児の前にでたら、犯罪者になり下がりそうだ。それともポケットがクマさんとかウサギさんとかじゃないだけマシなのか?
「ちょっとー、ルリー。シュウが可笑しいんですけど。直してやってくれー」
「ああ、兄貴!いたんだ!!だたいまッ!!!!」
俺はそのまま全速力で自室に逃げ込んだ。姉貴なんかに「直された」ら、逆に壊れちまう!
鞄を畳の上に放り上げると、俺はそのまま寝転んだ。帰ったばかりだからまだ家の中の温かさを感じられる。じきに身体が慣れて寒くなるだろうから、そのときは諦めてコタツに入ろうではないか。
しかしなー。暖房器具がこの家に一つ――コタツしかねぇって、ありえなくないか?
このご時勢エアコンもストーブもないって……。囲炉裏じゃないだけ良いんだろうか。
自分の家が貧乏だと思ったことはあまりないが、だからといって、生活用品の不足を考えると、友人たちよりはやはり不憫な身であったりするのかもしれない。
とはいえ、親父が男一人で四人の子供を育ててきてくれた訳だし、わがまま言ってられねぇんだけどさ。
少々俺が感傷に浸っていると、襖をボスボスと叩く音が聞こえた。わざわざ「ノック」をするヤツは、あいつらの中で一人しかいない。
「どーした?タケル」
案の定、弟のタケルが襖から顔を出した。
「シュウ兄、今暇だよね?」
「今暇かな?」とかじゃないのかよ。可愛げねぇな。
俺は体を起こすとタケルを部屋に入るように促した。
「どうした?恋の悩みか?クラスのマドンナに嫌われでもしたか?いいぜ、特別兄ちゃんが相談に乗ってやるぞ?」
「あはは。シュウ兄って本当に想像すること陳腐だよね」
………………俺が傷つかないとでも思っているのだろうか、この小学生は。
「ま、そんなどうでもいい事おいといて。あのさ、シュウ兄ってかなり意外だけど手先器用でしょ?先々週くらいから、図工の授業で版画やってるんだけど、提出が明後日なんだよね。ほとんど終わってるんだけど、どうしても上手く彫れないところがあるんだ……」
うーん、ちょっと頭にきた言葉がなくもなかったが……。確かに、タケルがおずおずと差し出した木版を見れば、一部だけ削られてない部分がある。版画自体はどうやら校舎を題材としたものらしい。
タケルが相談してきた部分は、校舎の時計の部分。
「つーか、タケル細かすぎだろ。こんな細かきゃ、彫りづらいのも当たり前だぜ。……まぁいいや、ほれ、彫刻刀貸せよ」
そう言うとタケルはぱっと顔を輝かせた。俺の部屋を出るとすぐに小箱を持って戻ってきた。
いつもそーゆー顔してりゃあ良いのにな。
とはいえ、俺は小学生の作品に手をつけるつもりはない。
タケルに彫刻刀を持たせ、教えてやるのが兄貴ってもんだろ。
「うわー。詐欺ー」
呟きだったが聞こえてるぞ!
俺らが畳の上を木屑で散らかしていると、夕飯で呼びに来た姉貴に、なぜ新聞紙の上でやらないのかと怒られてしまった。
「タケル、版画終わりそー?」
「うん、多分。でも、シュウ兄は手先器用だけど、口は不器用だから大変だよ」
「てめぇ……」
人に助けを求めておきながらその言い草はないだろ!
俺が自分のコロッケに箸をのばして掴んだところ、なぜかその動きが止まった。
「…………知ってるか、姉貴。合わせ箸はマナー違反だ。しかも俺は姉貴にコロッケを譲ってやろうなどという気持ちは一切ない」
相変わらず俺の左にルリはいやがる。ソイツはグロ……テスクみたいな名前の、テカテカするリップ?をした唇の端を、くいっと上げた。
「やだなぁ、シュウ。お姉様は今日の体育で疲れてるの。それを差し上げようっていう兄弟愛はないのかしらー?」
「ないない。俺の心のどこにもねぇ。いや、心の隅っこに置いてある生ゴミ置き場を漁れば、腐ったその『愛』とやらが見つかるかもしれな」
バキッ。
「あいつさー、口が不器用って言うか、ある意味器用なんじゃないのー?」
「器用なんて言わないよ。あれじゃあ世間を渡り歩く前にボコボコにされるのが目に見えるよ」
すでにボッコボコにされてる俺はどうすりゃ良いんだ。世の中を渡り歩くなって言いたいのか!?
暴力に負けてしまった俺は泣く泣くコロッケを姉貴に譲った。こんな社会ではきっと日本はもう将来、修羅の世界になるんじゃないだろうか。……こんな時くらいしか日本の行く末を心配しないようなダメ少年でスンマセン。
……とまぁ、協調性も団結力もなさそうな俺らだが、だからこそ、こういう四人揃った時は問題が起こりやすい。
俺たちを冷気から守ってくれるコタツ。その上には美味しい夕食。そして室内に流れるのはテレビのバラエティ番組の少しおどけた音楽…………
「ちょっと、木曜のこの時間といったら、『人情侍・花の介』でしょ!タケル、チャンネル変えてよ」
……………来た。
「僕はこの番組のままで良いと思うな。『花の介』ってかなり嘘っぽい時代劇で、つまんないし」
来た来たキタっ……!
「何を言う!!いい、タケル!花の介の、あの剣さばき!!チョーカッコいいじゃん!!!あんたもあんな男になりなッ」
俺は「花の介」を思い浮かべた。確かに俳優はそこそこ売れっ子だが、かなり間抜けな役柄で、見せ場の剣さばきのシーンでさえたまに脇役にかっさらわれるという、可哀相な剣客だ。 ……あれにタケルがなるのはちょっと想像できん……。
本人もそう思っているのか、かなり嫌そうな顔をしている。
「オレはチョーだっせーと思うけどなぁ。だって、たまにカツラずれてるぜー、あの俳優」
「何ですって!?」
ユージの「花の介」を貶める発言にルリは般若顔になった。
………………。
そんな顔する程、好きなのか?つーか、原型が分からないほど、顔の肉が盛り上がってるんですけど…………。絶対人様に見せちゃダメな顔だ。……女としても、人間としても。
ユージはユージで兵だ。そのホラー顔を見ても一瞬怯んだだけだった。
……初めて兄貴を見直した瞬間かもしれない。
「とはいえ、このバラエティーもいい加減飽きるよー。……っていうか、今日サッカーやってるんだよ?普通はこれ、見るだろー!なぁ、シュウ」
げっ!馬鹿ユージ!!俺に振るな!!
この、いかにも「じゃあ最後に残ったお前は、いったい誰の味方をしてくれるんだ?」的な流れはすごく嫌だ。嫌だが、三人は睨むような目つきで俺を見てくる。
「え、えーと、だな」
もちろん、四番目の選択肢はあるわけだが(俺が三人が選んだ以外のチャンネルにするという選択肢)、 今その答えを導いてしまったら、確実に「三人」の理不尽な仕打ちが俺に集中するに違いない。だからといって、「どれか」を選べるわけがない。
まさに、背水の陣とはこのことかッ!
「もちろん、シュウ兄は僕の味方だよね。こんなに可愛い弟を見捨てる訳、ないよね?」
自分で可愛いとか言うな。つーか、最後の方脅しに聞こえるのは俺の気のせいか?
「馬鹿いうなよー。シュウは一番オレのこと慕ってくれてるんだぜ。もちろん、オレと一緒にサッカー見るよなッ」
いやいや、どこをどうすれば貴方の事を慕っているように見えるんでしょうか。貴方は勘違い大魔王ですか。
「ふん、勝手に言ってなさいよ。どうせシュウが選ぶのはあたし。シュウだってめちゃくちゃ『花の介』のファンなんだから、当たり前でしょ!!」
……………………勝手にオレをファンにすんじゃねぇ……。
さてさて、俺はどうすればいい?
三人の餌食にされるか、誰かの味方について二人から非難の眼差しを受けるか……
……「誰か一人を選ぶ」、ねぇ…………
「はぁ……」
結局は、背水の陣でも「選べない選択」が出てきた時点で、板ばさみでもなんでもない。望んでなくても、逃げる道はできてしまうのだから。
「俺、部屋に戻るわ」
その返事にもちろん三人は文句を俺にぶつけてきた訳だが、俺は耳を塞ぐように居間を後にした。
「あーあ。どーやって暇つぶすかなー」
部屋に戻っても流行のポケットゲームなんてうちにはない。時間つぶしの手助けをしてくれそうなのは、何度も読み返した漫画や友達に借りたCDくらいだ。……真面目に言えば、「勉強」などというものもあるが。
とりあえずは、一眠りでもすることにしよう。
短編ですが、一応「続き」となっております。よろしくお願いします。
それから、ご意見や気になる部分がありましたらぜひご指摘してくださると嬉しいです。