3. 猫又語り:困惑する
吾輩は猫又である。名前はマタタマ。
現在、吾輩は非常に困惑している。
吾輩の縄張りである公園に戻れないかと、周囲を探索しているのだが。
どう見ても、ここは吾輩のいた東京郊外では無い。
見たことの無い形式の建物。石造りである。ビルディングのような石ではなく、自然石を削って組み合わせたとしか思えない石の建物。
大昔、城壁で使われていたのなら見たことがあるのだが、この100年ほどは見たことも無い。
しかも、それで家を作っているのである。吾輩の知っている家は、マンションとかいう集合住宅でなければ、木が基本であった。ちなみに吾輩はマンションは苦手である。
なので、一軒家の多い郊外の公園で過ごしていたのだ。
街を歩く人も乗り物を変である。
昨今、どこにでも走っている自動車が無い。
あの、暴走する巨大な猪みたいな鉄の塊がいないのは喜ばしいことであるが、道歩く馬を見たなど、何十年ぶりであろうか。大昔の東京に地震が起きる前以来である。
人も人種が違うようにしか見えない。吾輩の住んでいたところでは、肌色の肌を持つ黒髪の人が多かったのだが、ここではそういう人は殆ど見ない。
クレヨンの全色を使って塗り分けた様に、多色多様の髪色の人が歩く。
ラズピリスの親の頭がおかしいわけでは無いようで、これが普通のようだ。
そして、猫耳や犬耳を持つ人がいる。
それどころか、直立したトカゲのような生き物が服を着て歩いている。
吾輩は、生まれた国から出たことがないのであるが、伝え聞く外国にでもこのような珍妙な人間がいるとは聞いたことが無い。
それよりも何よりも違う所がある。
最初は、ラズピリスの家が高名な陰陽師の家で、特にそういう傾向が強いだけだと思っていたのだが、街を歩いていてそうではない事に気付いた。
とにかく、場の霊力が強いのである。
霊力、妖力とか神力と言い換えてもよいのであるが、不可思議を実現するための力。
吾輩のような妖しにとって、実に居心地の良い場が出来上がっている。
これほどの霊力を受け続ける場所など、2番目の主人が殺された家の中くらいであった。
しかも、これは怨念に満ちた臭い力では無く、無味無臭に近い力である。
このような場など、吾輩は体験したことが無かった。
そういうことで、吾輩は困惑しながらも、ラズピリスの家の周りを回り、匂い付けを行った。縄張りの確保は大事だ。
途中で、この界隈を縄張りにしているらしい猫達と遭遇したが、吾輩は猫又である。
ことごとく退けて、縄張りの確保に成功したのであった。
まあ、吾輩は温厚であるから、相手が礼を尽くすなら縄張り内にいることを許してやるつもりではある。
ラズピリスの部屋に戻ると、ピンク頭のラズピリスに抱き着かれた。
手加減を知らない子供は嫌いなのだが、ラズピリスはちゃんと力の調整ができているようなので、引っ掻くのは止めておいた。
「もう、マタタマ、どこ行っていたの。心配したじゃないー」
吾輩は猫又である。心配されるようなことは何もないのだが、なんとなく嬉しい。
不思議な気持ちだ。
「はい、ごはん用意したよー。どれがいい?」
「・・・初期セットの使い魔は、餌を食べるような機能はないはずなのですが・・・」
目の前に置かれたのは、鳥肉を茹でたのと、魚、それに野菜。
最近は、カリカリという粒のような餌が多いのだが、ラズピリスが用意してくれたのは普通の食材を元につくった物のようだ。
もちろん、吾輩は鳥肉を食べる。生肉のほうが良かったのであるが、茹でてあるのも非常に美味しい。
猫と言えば魚と思っている人間もいるようだが、大半の猫は魚より肉が好きだ。吾輩は猫又であるが、故に趣向は似たような物である。
鳥肉は、鶏肉とは違う味がしたが、悪くない。むしろ、鶏肉より旨い。
量も十分である。
吾輩は猫又である。
十分な餌と昼寝ができるだけの場所さえあれば、それで満足である。
ここが、どこか判らぬが、満足できるのなら大したことでは無いと吾輩は思い、寝るための場所を探した。
うむ、ここが良い。
高い所にある窓枠が、いい具合に日も当たっている。
とりあえず、昼寝できる場所を確保したので、もはや問題は無い。
「使い魔にしては、奔放すぎませんか? お嬢様」
「可愛いからいいじゃない」
「むしろ、ふてぶてしいようですが」
下の方で会話が聞こえるが、吾輩は速やかに眠りの世界に入るのだった。
吾輩の可愛さを判らぬとは、緑の女は残念な人間なのだなと、思いながら。