2. 猫又語り:二又の尻尾
吾輩は猫又である。
いきなり見知らぬ場所に拉致されたと思ったら、ピンクの髪の少女に勝手に名前を付けられるという長い猫又人生の中でも、初めての経験をしている最中だ。
ラズピリスと名乗った変な髪の色の少女。
年の頃は十をいくつか過ぎた頃だろうか?
それにしても、ピンクの髪とは、この少女の頭の中は大丈夫なのであろうか。
とても正気とは思えない。
近年は、茶色や金髪に髪を染めた人の子も多いのだが、さすがにピンクに染めた者を見るのは吾輩にとっても初めてである。いや、この年の子供が自分の意思で髪を染めるとは思えぬし、ここは親の頭の中を残念に思うべきか。
それよりも、ここはどこであろうか。
吾輩が昼寝をしていた公園で無いことは確かであろう。
キョロキョロと辺りを見回し、匂いを嗅ぐ。
様々な家を渡り歩いた吾輩でも、あまり見たことの無い様式の部屋だった。
あえていうなら、豪華なホテルの一室のようである。
ホテルの一室にしては、子供が好みそうな玩具や小道具がたくさんあるのが不釣り合いであろうか。
いずれにせよ、慣れぬ景色と慣れぬ匂いの中では不安になるのが、吾輩に流れる猫の血である。
とりあえず、目の前の少女から害意や悪意は感じない。
それを感じずとも、突拍子もないことをやって迷惑を蒙ることが多いのが、この年の子供ではあるが。
吾輩の毛並を撫でてくるのを、とりあえず許してやる。
普段ならする威嚇も、今回はする気になれないのが不思議である。
「お嬢様、どうされましたか? 騒がしいようですが」
扉を開けて、別の女が入ってくる。こちらは大人のようだ。
髪の毛は緑色。この家の人間は、残念な人が多いようである。
「見て見て、わたし、使い魔の創生に成功したのー!
えへへ、夏休みの宿題がちゃんと出来たのって、初めてかも。
先生、褒めてくれるかなー。
来月からの学校、楽しみ!」
「『初めての使い魔セット』ですか、お嬢様」
あとから入ってきた女が、吾輩を見る。
じろじろ見られるのは好みでは無いのだが。
女は、溜息をついた。
「お嬢様、どこで拾ってきた猫ですか?
まったく普通の猫じゃないですか。
使い魔として創生した場合は、必ず普通の猫と外観上の違いがでるようになっているのですよ」
「えー、わたし、ちゃんと本の通りしたもの。そうしたら、使い魔の元がマタタマになったの」
「でも、お嬢様。魔法陣が焦げているじゃありませんか。又、魔力の籠め方を間違えたのでしょう?」
「そんなことないもん。マタタマはわたしがちゃんと創生したもん」
少女が泣きそうな顔になっておる。
吾輩には良く理解できぬことを、二人がいっておるが、あとから来た女は吾輩が普通の猫であることがおかしいことを言っているようだ。
吾輩は猫又である。
普通の猫と一緒にするとは、しゃらくさい。
とりあえず、吾輩は立ち上がり、緑の女の前で悠然と歩いてやった。
二又の尻尾を見せつけてやる。
普段は一本の尻尾にみえるように擬態しているのだが、擬態を解いてやったのだ。
「あ、あら、尻尾が2本ありますね。申し訳ありません、お嬢様。
たしかに、創生された猫のようですわ」
しまった。
何故か、かっとして普段は隠している尻尾をみせてしまった。
平穏に生きるためには、猫又であることは隠さねばならぬというのに。
「ほら、ちゃんとした使い魔でしょ。えっへん」
「は、おみそれしました」
だけど、少女たちは別に怖がる風でもなかった。
吾輩の様な怪異に慣れておるのだろうか?
ふむ、きっと高名な陰陽師の家系の者に違いないであろう。
それならば、公園からこの場所に連れてこられたことも納得である。
でも、どうやって公園にもどればいいのだろうか。
あそこには、吾輩の来訪を待っている家が何軒もあるのだ。
顔を見せないと、心配されるのだが。
困ったものである。