(11-12) 金髪の王の息子は懊悩する
僕はアルメット。
将来は、アルメット・キャラウエイという名になる筈の王の第三子だ。
我が国では、王家に生まれても王族を名乗るには魔術学園で優秀な魔術師として認められることが必要であり、そうでなければ、王家の家名を名乗ることは許されない。
でも、僕には才能が有る。
そして努力を怠ったりもしない。
なので、僕は優秀な魔術師として認められて、絶対に王族の一員となれる。
そう、思っていた。
ラズピリス・レトライドという同年代の少女と魔術学園で顔を合せるまでは。
ラズピリスという桃色の髪をした少女。
彼女に会った時の衝撃は、今でも忘れない。
僕の魔術の才能で優れているのは、魔力の観察と制御だと言われていた。
なので、彼女の秘めている魔力を正確に見抜けたのは、同年代の中では僕だけだっただろう。
僕が感じたのは圧倒的な魔力量。例えるなら、海。
彼女に比べると、僕の魔力量など沼程度にしかならない。
勿論、魔力量だけが優れた魔術師の条件では無い。実際、彼女は魔術の練習でも失敗が多い。普通の生徒たちよりも遥かに。
でも、その失敗すら、教師陣が賞賛するような結果を産む。
一年間、彼女と同じ教室で過ごす内に、僕は彼女に嫉妬と怒りを覚える様になった。
あの、魔力量の半分でも僕が持っていれば、即座に王族として認められただろう。
僕の制御力なら、あんな単純な失敗など冒さない。
何故、僕じゃなくてラズピリスが。
そんな、暗い想いを抱えて僕は魔術学園に通っていた。
魔術の行使ではラズピリスにはかなわないが、魔力の観察と制御に秀でていた僕は魔具の製作は得意だった。
魔具は魔法技術を用いて製作する道具のことで、製作するには高価な素材と高度な魔法技術の知識、それに優れた魔術の制御力が必要となる。
まさに、僕にうってつけだった。
王族として求められるのは職人的な魔具製作技術では無くて、ラズピリスのような魔術の行使能力だ。でも、僕の作った魔具を利用して、いずれはラズピリスを超える魔術を使える様になってやる。
僕はそう考えていた。
実際、魔具の製作は面白かった。僕の性に合っているのだと思う。
夏休みの課題で『初めての使い魔セット』を使って使い魔を作るという課題があったけど、『初めての使い魔セット』だと組み込むことが出来る魔導回路が少なすぎて、僕の思うような使い魔は作れなかった。というより、この程度の使い魔の創生は、僕にとって簡単すぎて面白くもなんともない。
なので、『簡単・誰でも作れる超高級使い魔セット』を購入して、シロヒメという名の使い魔を創生した。さすがに超高級使い魔セットだけあって、高度な魔導回路を組み込みたいだけ組み込むことができた。随分と制御に苦労したけど。
ちょっと改変するだけで、全体の魔導回路が微妙に歪むため調整が大変だった。
売り文句の『簡単・誰でも作れる』という部分は、詐欺だと思い家庭教師に聞いてみると、『超高級使い魔セット』は物凄く扱いにくい使い魔の元を使用しているらしい。
『簡単・誰でも作れる』というのは、本に書いてある通りの使い魔を作る場合であって、そこから魔導回路を改変したり、追加しようとするのは魔術学園の教授クラスでなければやろうとも思わないそうだ。
そんな家庭教師に僕が創生したシロヒメを見せると、随分と驚いていた。
分解解析させて欲しいとまで言われてしまった。
勿論、断ったけど。実際、シロヒメは使い魔として優秀な知能と能力を備えている。
この子を壊すような分解解析など許す訳がない。
何しろ、完全に人語を理解するほどの使い魔なんて、この国でも10体いるかどうかという程なのだから。
ちょっと、課題の内容と違うけど、僕の作った『護身の光石(特級)』を組み込んだ首輪をつけておけば、メディメレン先生でも証明できない筈だ。
僕は、このシロヒメを見て驚くだろうラズピリスの顔を思い浮かべた。
ラズピリスは制御が苦手だし、ひょっとしたら使い魔の創生にすら失敗しているかもしれない。そうしたら、僕が教えてあげてもいいかな。
僕の独りよがりな優越感は、あっさりと打ち砕かれた。
ラズピリスは、桁外れの存在力を持つ使い魔を連れてきた。
外観は、尻尾が2本あるだけの黒白猫。完全な自意識と高度な知能を持っていることが、僕には一目でわかった。
しかも、僕と違って『初めての使い魔セット』を使っていることも。
そんな、バカな。
僕は自分の得意分野ですら、ラズピリスには勝てないのか?
そんな思いが募り、ある日、僕はラズピリスを詰ってしまった。
完全に、僕が悪い。なにしろ、彼女が不正をしている訳でないことは、僕自身で理解できていたからだ。
なのに、言葉が止まらなかった。言ってはいけない事を言ってしまった。
だから、得体のしれない恐怖が押し寄せ僕の意識を奪った不可解な出来事は、非常に有り難かったのだ。
僕が意識を失ってから、数日休んでいる間に魔術学園が休校となっていた。
試しの森という学園の中にある戦闘訓練用の森に火災が発生し、その火災によって結界が壊れて森から魔獣が溢れてきたことが原因だそうだ。
僕は休みの間に、使い魔であるシロヒメの魔導回路を調整して、人語を喋れるようにした。
もともと人の会話を理解できるほどの知能を持っていたシロヒメは、僕と喋れるようになって嬉しそうだった。
「あいつは喋れないにゃん。今度会ったら自慢してやるにゃ」
あいつとはラズピリスの使い魔である黒白猫のことらしい。
夏休みの課題で創生されたた使い魔も、消滅していないのは僕とラズピリスの使い魔の2体だけだ。
自然と仲が良くなったらしい。
使い魔同士でさえ仲が良くなっているのに僕ときたら・・・
気分が落ち込んだ僕を、さらに気落ちさせる噂があった。
学園での振る舞いと、ラズピリスと比べると劣る魔術師の素質から、僕が王族には相応しくないと王室監査局が評価しているという噂だった。
「ご主人さまは天才にゃ、それが判らないなんて、あいつらバカにゃ」
シロヒメは憤慨したけど、王族として求められる魔術師とは、圧倒的な魔術を行使して、先頭に立って皆を導く勇敢な指導者。
手先が小器用なだけの技術者なんて求められていない。
シロヒメの改造が上手く行ったので、僕の自信は回復していた。
だから、あんな馬鹿な行動をする気になったのだ。
ありったけの魔具を持ち出して、立ち入り禁止になった試しの森で腕試しをしようという馬鹿な気持ちに。
最初は順調だった。目につく魔獣を倒していく僕。
ラズピリスに比べると劣るけど、僕だって魔術行使には自信がある。
それに、持ってきた魔具の能力を合わせると試しの森の踏破だって、出来るかもしれない。
僕が持ってきたのは、一般的な守護の指輪などの魔具と僕オリジナルの魔具。
オリジナルの魔具は、四連陣球という名称をつけた自信作だ。
これは4つの球形をした魔具で、発動すると僕の周囲を浮遊する。
そして、対魔術/対物理の防御結界と攻撃魔術の中継を行う機能を持っている。
さらには、その場で魔導回路の構成式を変更する事が出来るため、不測の事態が起きた時には別の魔具として改造も可能だという逸品。
製作費用に僕の年間小遣いの半分と、倉庫に眠っていた貴重な素材が必要だったけど、その価値に似合う性能を発揮してくれた。
高位石巨人という規格外の魔獣が現れるまでは。
ハイストーンゴーレムは、普段は試しの森の中央部だけにいる魔獣だ。それが森の外縁部にいる。森が立入禁止になった理由を、この時僕は初めて実感したのだった。
ハイストーンゴーレムの攻撃から、一時的に逃れられたのは幸運と四連陣球の御蔭だった。ハイストーンゴーレムには、通常の攻撃魔術は通用しない。
攻撃方法は単純な手足による打撃しかないけど、その威力は人体ぐらいなら一撃で原型の無い挽肉にしたうえで地面に大穴を開けるほど。
片足に怪我をしたくらいで済んだのは奇跡だった。
洞窟に逃げこむ前に、シロヒメを逃がすことが出来たけど、他の魔獣もたくさんいる。
半壊した四連陣球の魔導回路を変更して、穏行の結界を張って凌ぐことにした。
助けが来るまで僕の魔力が持つだろうか?
いや、そもそも助けが来る可能性自体が低い。
試しの森に来たことを隠すために『在位の指輪』は、部屋に置いてきた。
僕が、ここにいることを知っているのはシロヒメだけなのだから。
僕を助けに来たのは、ラズピリスの使い魔だった。
最初は、ラズピリスの使い魔だとはわからなかったけど。
だって、普通の成人猫サイズの使い魔の筈だったのに、ハイストーンゴーレムより大きくなっているなんて思わない。
ハイストーンゴーレムを叩き潰したのを見て、新しい巨大な魔獣が来た、僕もここまでかと覚悟を決めたほどだった。
その巨大な魔獣が半分以下の大きさに体を縮め、シロヒメからの説明を受けて僕は目の前の魔獣がラズピリスの使い魔とそっくりの姿をしていることに気付いた。
「あ、ラズピリスの使い魔?」
「そうですにゃ。助けを呼んできましたにゃ。ラズピリス様も来てくれましたにゃ」
体形を大きく変化させることができる使い魔など、僕は見たことも聞いたこともなかった。
結局、僕はなにをやってもラズピリスには勝てないのだろうか。
落ちこむ僕を背に乗せて歩き出す黒白猫。
洞窟の入り口に近づくにつれ、激しい音が聞こえてくる。
そういえば、ラズピリスも来ているってシロヒメが言っていたよな。
そして、僕はこの目で見た。ラズピリスが本気で魔術を行使する姿を。
洞窟の外には、大量の魔獣が押し寄せていた。
その魔獣達の前に立つのは、桃色の髪の少女。ラズピリス・レトライド。
彼女は無邪気に笑いながら手を振ると、魔力が炎の矢となって出現して動き出す。
見た目は小さな炎の矢だが、籠められた魔力はとてつもなく大きい。
炎の矢は彼女の周囲を廻る。そして異界への通路を開く。
自分の魔力を糧にしての異界への干渉。干渉先は火の精霊界。
つぎ込んだ魔力を遥かに上回る炎が、火の精霊界から召喚されて矢となり、魔獣に向かって放たれていく。
「自分の魔力で作った炎の矢を媒介にして、精霊界から更なる炎を呼んでいる・・・」
知らず知らずの内に声が漏れた。
「これが、ラズピリスの魔術の才能、か。僕なんかとは、まったく違う・・・」
どんどん増える魔獣を、容赦なく殲滅していくラズピリス嬢。
これこそが、王族として求められる魔術師の姿。
その姿は、僕にとって眩しく美しく映る。
「僕は、ああなりたかった・・・」
それは僕の嫉妬が憧憬に変わった瞬間。彼女の存在がより深く心に刺さった時でもあった。
そして、ラズピリスがこちらに気付き、話しかけてくる。
動揺している僕は、彼女が何をいっているのかよく聞き取れなかった。
でも、聞き逃せない言葉があった。
ラズピリスは、自分が生み出した炎の矢を指さして、こう言ったのだ。
「制御失敗しちゃった、これ、どうやったら止まるのかな?」
それは制御失敗ではない。魔術の暴走だった。
ラズピリスの意志を無視して、暴れ始める炎の矢。
普通なら、術者の魔力が尽きれば暴走は止まる。だが、術者は常識はずれの魔力量を誇るラズピリス。
しかも、炎の矢は精霊界と連結している。
この暴走の行き着く先は、戦略級広域魔術並みの威力が無制御で解放されることを意味する。
つまり、学園全体が吹き飛ぶ。当然、術者であるラズピリスも無事で済むわけがない。
制御しきれない魔力を、力任せに行使した結果がこれだ。
「おい、ラズピリスの使い魔! これを持ってラズピリスの所に行くんだ!!」
半壊しているが、僕が造った魔具である四連陣球は動作可能だった。
ラズピリスの魔力を、僕が制御して暴走を抑えるしか方法が無い。
幸いながら、四連陣球は穏行結界の魔導回路に組み替えていた。そのため同じ静系である強制制御の魔導回路への組み替えは楽に行えた。これが動系である攻撃魔術系統の魔導回路のままだったら、間に合わなかったに違いない。
「使い捨てにするのはもったいないけど、仕方ない。あの状態のラズピリスを放っておくと自壊しちゃうかもしれないし。精霊界に繋がったまま魔術の暴走って、どこの大災害だよっ!!!
おい、ラズピリス! 少しは炎を押さえろ。そのままじゃ、自分の術で死んじゃうぞ」
黒白猫の口元に、四連陣球を押し付けて咥えさせる。
「とにかく、ラズピリスの体のどこでもいいから、そいつを当てろ。
あとは、僕が制御して暴走を抑えるから」
痛む足を無理やり動かして、黒白猫の背中から僕は降りた。
「急げ、あまり猶予はないぞっ!!
ラズピリスを死なせたくないだろっ!!」
走り出す黒白猫。炎の矢を躱していく姿が頼もしい。
きっと、彼も使い魔としてラズピリスを守りたいのだ。
僕もラズピリスを守りたい。
僕はシロヒメに着けている『護身の光石(特級)』を手に取った。
分解解析の魔術を応用して、素材分解を行い解放された魔力に意識を同調させる。
制御力なら僕はラズピリスの遥か上だ。
黒白猫が、炎の矢を突きぬけてラズピリスに接触したのが見えた。
その瞬間、同調した魔力を四連陣球を通じて、ラズピリスに送り込む。
送り込んだ魔力が、ラズピリスと精霊界の連結を切断することを感じとった。
炎が治まり、そこには火傷をした黒白猫を抱えて泣いている彼女の姿があった。
その光景に安堵しながら、僕は意識を失った。




