10.猫又語り:試しの森の洞窟
吾輩は猫又である。故に魔術というものについてはよく判らぬ。
だが、ラズピリス嬢が「えいっ」と気合を掛けると、円形に空間が光り、そこから森の中に入ることができた。
なんと、簡単なものだ。
結界とは何だったのだろう。この程度で破られるとは、役に立っているのであろうか。
「先生、穴が広がらない様に制御お願いします!
わたし、そういうのは苦手なの」
「ちょ、ちょっと、ラズピリスさん! 今のは何をどうしたのですか!?」
「魔力の塊をぶつけただけです。こうすると、一時的に穴が空くのー。
でも、ちょっと、加減失敗したので、結界の維持をお願いします!!!」
えへ、と照れ笑いを浮かべるラズピリス嬢。
「制御しておかないと、結界全部壊れちゃうかもしないので!」
ラズピリス嬢が森の中に入る。
さすがに、彼女を一人で行かせる訳には行かない。
吾輩の生活の安寧の大部分は、ラズピリス嬢の御蔭なのである。
何故か放心している駄白を小突いて、正気に戻してやる。
え、なになに、今、何がおきたの。あれ、結界が、え、え、えー などと訳の分からない事をぶつぶつ言う駄白。
自分の主人が危機を迎えていると言うのに、悠長なことである。
ニャゴ(さっさと、案内をせぬか。この駄白)
まったく、ラズピリス嬢に危害が及ばぬように、さっさと帰りたいものである。
金髪バカ王子が隠れている洞窟とやらは、駄白が言う通り吾輩達がいた場所から近い所にあった。
森に突入して直ぐに怪我をしたのであろうか。情けないことである。
まあ金髪バカ王子らしいことではあるが。
周りには魔獣の姿は見えない。
しかし、吾輩の嗅覚は魔獣らしき匂いを捉えていた。
匂いの先を見ると、そこは洞窟だった。
既に洞窟の中に、魔獣が入っているようである・・・。
これは、もう終わっているな。
さらば、金髪バカ王子よ。
ふぎゃー(ご主人さまー!!)
吾輩は帰ろうと思ったのだが、駄白猫が叫んで洞窟の中に、飛び込んでいく。
騒ぐと魔獣を呼び寄せると思うのだが、修羅場の経験などないのであろう。
迂闊な行動しかとれないとは、困ったものである。
駄白だから仕方がないか。
「ちょっと、待て」
とはいっても、ラズピリス嬢が後に続くのであれば吾輩も入らざるを得ない。
吾輩はラズピリス嬢を追い抜いて、洞窟の中に入ったのである。
洞窟の中は暗いが、吾輩には問題が無い。基本、猫だからな。
暗闇は得意である。
なのに、駄白は「暗いにゃ」とかいって、光り出した。
あやつ、猫なのは外観だけなのだろうか?
しかし、そんな目立つことをすると・・・
洞窟内に入り込んでいた魔獣達が、一斉に駄白に向かっている。
自分を囮にして主人を救おうとするとは見上げた根性である。
だが、こっちに逃げてくるな。この、駄猫っ!!
吾輩の背後には、ラズピリス嬢がいるのだ。
とりあえず、『恐怖の風』を使ってみる。『燐火』を使った時の様子から思うに、吾輩の妖術の威力は増大している可能性が高いのである。通じなければ、ラズピリス嬢を連れてさっさと逃げることにしよう。
そして、バタバタと倒れる魔獣達。
あ、駄白も巻き込まれておる。
命に別状が無ければ良いか。泡を吹くくらいでは死にはせぬだろう。
それにしても、凄い威力になったものである。
以前、金髪バカ王子が昏倒したのも、金髪バカ王子の精神が特別脆いというわけでは無かったようだな。
だが、問題は。
倒れていない魔獣が残っている事である。
生き物とは思えない外観の魔獣である。
まるで地蔵菩薩のような、石で造られた姿。違いは大きさであろうか。
吾輩が見たことのある道端に祀られているものより、遥かに大きい。
具体的には、成人男性の1.5倍くらい。
しかも、外観通り石の様に重そうで、歩くだけで倒れている魔獣を踏み潰しておる。
今の吾輩の『燐火』なら、化け猿の時のように焼き尽くせる可能性はあるが、洞窟の中で使うのは危険である。
森の中で使ってさえ、自分を巻きこんで丸焼きになるところだったのだ。
となると、残りの方法は諦めてさっさと逃げるか、もう一つの妖術を試してから逃げるかである。
あの術は、持続時間が短いのと後で後遺症がでるのが難点であるのだが。
暫し悩む吾輩。
それが間違いだと気づいたのは、巨大地蔵は鈍重だと思い込んだ吾輩の目の前に石の巨体が飛び込んできてからであった。
潰されると思った瞬間に、吾輩は妖術を行使する。
妖術『行燈の巨猫』。行燈で照らされ障子に映った影が大きく見えるかの如く、吾輩の体そのものを大きくする妖術である。
いままでは、大型犬くらいのサイズにはなれたのだ。妖術の威力が増大しているのであれば、相撲取りくらいの大きさになれても不思議では無い。
吾輩は妖術によって巨大化すると、右手の一撃で巨大地蔵を押し潰していた。
頭が洞窟の天井に接している。
相撲取りくらいのサイズでは無かった。吾輩の体は、羆サイズにまで大きくなっていたのである。
さすがにこれは、反則過ぎる。と、吾輩は巨大地蔵に同情したのであった。
魔獣の中に埋もれていた駄白を助けだし、まだ潰れていない魔獣に止めを刺した後、吾輩は大型犬サイズまで体を小さくした。
大きな体を維持するのは辛いのである。
これなら妖力の消耗も少ないし、子供一人くらい引きずって行くには充分だろう。
さっさと、金髪バカ王子を連れて帰らねば。
洞窟の奥に進むと、金髪バカ王子がいた。
窪みに隠れている金髪バカ王子に駄白が飛びついた。
あれだけ魔獣がいたのに、よく無事だったものである。
金髪バカ王子の置いてある奇妙な道具のおかげであろうか?
どうやら、金髪バカ王子は脚を怪我しているようだ。
そして、吾輩が目の前に立つと、びくりと怯えた表情をするのである。
助けに来てやったのに、酷いものだ。
「あ、ラズピリスの使い魔?」
「そうですにゃ。助けを呼んできましたにゃ。ラズピリス様も来てくれましたにゃ」
駄白が得意そうに言う。さっきまで気絶していたというのにな。
「・・・そうか」
俯く金髪バカ王子。「結局、僕は・・・」
ぐだぐだと呟いておる。
落ち込んでいる暇があるのなら、さっさと吾輩にしがみつけ。
吾輩の『行燈の巨猫』は効果時間が短いのである。
結局、中々動こうとしない金髪バカ王子を強引に吾輩の背中に乗せた。
ラズピリス嬢が来ないのが気になる。さきほどから、洞窟の外から凄い音がしておるし。
洞窟の外に出た吾輩が見たのは、大量の魔獣。
そして、それに対峙するラズピリス嬢であった。




