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9.猫又語り:試しの森の結界

 吾輩は猫又である。

 最近、ラズピリス嬢の父親だという岩の様な大男にも気に入られたらしい。

 だが、大男が猫じゃらしを振る姿はどうであろうか。

吾輩は長き時を経た猫又である。

猫じゃらしで遊ぶ様な子猫では無いのだ。

 まあ、義理で少しだけ相手をしてやっている。



 学園が休みになって5日になるが、まだ学園内に溢れた魔獣(こちらでは、妖しのことをこう呼ぶらしい)とやらで、危険な状態が続いている。

 何故、そのことを吾輩が知っているのかというと、現在、吾輩がいるのはその学園内で魔獣の棲家である森の前にいるからである。

 ちなみに、この学園内にある森は『試しの森』と呼ばれており、学園生の戦闘訓練に使用される場所で、普段は常に結界で覆われて中から魔獣が出てこない様になっているとか。

今回の山火事によって結界が破壊されたのが、学園内に魔獣が溢れた要因だとか。

 

「なぜ、山火事が起きたのかについては、原因不明なのですが」

 

 そんな説明をしたのは、ラズピリス嬢のクラスの担任である橙髪凹凸女であった。

 何故か吾輩を見ているような気がするが、きっと気のせいである。


「幸いながら、人命に関する被害は今のところでていません。王国騎士団の協力があっての賜物ですが、森から魔獣がでることを防ぐために早急に結界を復活させる必要があります。本来なら、学園生、しかも低学年の方に協力をお願いすることは望ましくないのですが・・・」

「はーい、お手伝いします!」


 ラズピリス嬢は今日も元気である。凹凸女によれば、森の結界を再び張るために必要な魔力が不足しているため、ある水準を超えた豊富な魔力を持つ人員を集めているらしい。

 ラズピリス嬢はそれに合致する人材のようだ。

 さすが、ラズピリス嬢。まだ子供なのに大したものである。

 

 凹凸女が、腕に嵌めた装飾品に向かって何やら話している。

 はて、あれは携帯電話のようなものなのであろうか。

 吾輩が知っている物とは随分と形状が違う。

所変われば品変わるというがまさにそれであろう。

暫く立つと、地面が淡く輝いて結晶の様に透明な石が生えてきた。

凹凸女に促されて、ラズピリス嬢が透明な石に手を当てている。

しばらく経つと、少し疲れた表情を浮かべてラズピリス嬢が手を放した。

凹凸女との会話を聞くと、無事に結界が張れたようだ。

うむ、わからん。

彼女たちが使う魔術というものを、吾輩はよく理解できぬ。

最初は、陰陽の術の類かとも思っていたのであるが、こちらの魔術というものの方が色々とできることが多い気がする。


 何はともあれ、これで魔術学園の騒ぎも終わりとなるのだろうか。

 吾輩の責任ではないが、騒ぎが無事に終息したのは喜ばしいことである。


 そう思っておると、森の奥から白い猫が飛んできた。

 額に角、背中に羽を生やした猫。それはシロヒメと言う名の駄白な猫であった。

 駄白は、吾輩達を見つけると、大慌てでこちらに向かう。

 そして、吾輩達の手前で見えない何かに衝突して地面に落ちた。


「あら、アルメットさんの使い魔がどうしてここに?

 今、結界が起動したから通常の出入り口からしか、森から出られないのだけど」


 駄白猫は森の結果にぶつかって落ちたらしい。

 吾輩には結界など見えないのであるが、実際に存在するらしい。

不思議な物である。

 駄白は起き上がると、吾輩達を見て叫んだ。

 

「お願い!! 助けて。ご主人さまが危ないにゃ」


 いつの間に、こやつは人語を喋れるようになったのだ?

 吾輩にも出来ぬのに、駄白の癖にして生意気だ。

 しかも、語尾がおかしいのであるが、そこまでしてキャラ立てをしたいのであろうか。


 駄白猫の主人と言えば、あの金髪バカ王子。

 学園全体が立入禁止になっているのに、何があったのであろうか。

 必死に吾輩達に語る駄白の話からすると、 

 どうやら、駄白の主人の金髪バカ王子は、勝手に学園内に侵入したそうだ。

 魔獣を退治して、自分の実力を証明する! なんて言っていたとか。

 そのあげく、自分の手に負えない魔獣に遭遇して逃亡。

 洞窟に隠れているが動けない状態なので、駄白が助けを求めて森の外に移動してきたという事らしい。

 

「まあ、大変」


橙髪凹凸女が顔を顰めて、腕の装飾品に触る。

 どこかに連絡を取っているのだろうか。

 

ナーギャ(おい、駄白。おぬし、何時の間に人語を喋れるようになったのだ?)

にゃっ(ご主人さまが、人語会話の魔導回路を組んでくれたのよ。ご主人さまって、魔法具を作らせたら天才なんだから!!)


 なんと、うざい馬鹿だと思っていたあの金髪バカ王子は、どうやら只のバカでは無いようである。

 

にゃぁ(でも、王族に求められるのは魔術行使の才能のほうなの・・・、て、それどころじゃないのよっ!!)


「騎士団の責任者と連絡は取れました。至急、救出部隊を派遣するとのことですが・・・アルメットさんは、『在位の指輪』を身に着けていないようですね。森のどこにいるのか、騎士団では把握できないそうです」

「ご主人さま、指輪を外して部屋においてきたにゃ・・・」


 項垂れる駄白。


「でも、わたしが案内できるにゃ。ここからなら、そう遠くないにゃ」

「ここまで、騎士団の方が来るのに時間が掛かってしまいますが、それを待つしかないですね」

「ご主人さま、怪我してるにゃ。急いでほしいにゃ」

「結界があるので、今からだと巡回路から森の中を通ってくるしか方法がないのです。

 どうしようもないですわ」


 どうやら、簡単に救出するという訳にはいかぬようである。

 この森は、吾輩がこの前遭遇した化け猿のような魔獣が闊歩している。

 きっと、他の危険な魔獣も多いであろう。

 そんな場所で、怪我をした子供が一人きり。

 

ニャー(お悔み申し上げる)

ふーっ(縁起でもないこと言うなー)


 怒り出す駄白。

 まったく、これくらいで取り乱すとはつくづく平常心の足りぬ奴である。

 

「シロヒメちゃん落ち着いて、ね。

 いい事思いついた!

 先生、結界に穴を開けちゃいましょう!」

「え?」


 そして、ラズピリス嬢が楽しげに言った台詞を聞いて、橙凹凸女の顔は引き攣っていたのである。


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