8.猫又語り:ラズピリス嬢の父上
吾輩は猫又である。
慣れぬ場所では、無暗に縄張りを拡張すべきではないと、最近学んだ。
思わぬ災害が降りかかるかもしれぬからだ。
吾輩も巻き込まれかけた森林火災によって、ラズピリス嬢の通っていた学園は一時休校となったようである。
森の中から、学園の建屋の方に怪物達が逃げてきたらしく、危険を排除するまでは授業が再開されないようである。
物騒な話だ。
マッチ一本火事の元と、よく言われておるのに、火事の元になる化け猿を放置しておいたなど、呑気にも程があるというものだ。
だが、この一時休校とやらは、吾輩にとっては、最近疎かになっておったラズピリス嬢の家の周りの縄張りの巡回ができて有り難い。
何故か、縄張りを回る吾輩の後ろをラズピリス嬢が付いてきているのが気になるのだが。
「マタタマ~ そんなとこ歩くの、わたし無理」
塀の上を歩くと文句を言われる。なら、付いてこなければいいだけだろうに。
全く、子供の我儘には困ったものである。
吾輩は吾輩の道を進むのみである。誰にも指図されるいわれなどないのだ。
「一緒にお散歩すると楽しいね♪」
だが、吾輩もたまには道路を歩きたくなることもある。
そこに、たまたまラズピリス嬢がいたとしても、それは偶然であるのだ。
「おや、ラズィー。こんな所でどうしたのかね」
「あ、お父様!
今日は、学園がお休みなの。だから、マタタマとお散歩してるの!!
とっても楽しいの!!!」
道行く馬車が急に止まったかと思うと、中から出てきた大人の男と、ラズピリス嬢が喋り出した。
馬車からでてきた男は、どうやらラズピリス嬢の父親のようである。
吾輩は、猫又である。いまだに人間の美醜など判らぬ。
しかし、小柄で可愛らしいラズピリス嬢に対して、父親らしき男は、岩を削り出して作ったかのような厳つい体に、削らないままの岩の塊に目鼻を書いた様な大男だった。
「マタタマ? そこの猫の事かな?」
その岩の如き大男が、吾輩に手を伸ばす。反射的に引っ掻いた吾輩は悪くないと思うのだ。
「マタタマ、めっ」
ラズピリス嬢に怒られた。解せぬ。
吾輩は、我が身を守っただけなのであるが。
「ははは、私は小さい動物に嫌われるからね・・・」
何やら落ち込んでいるような大男。大の大人が情けない。
仮にもラズピリス嬢の父親だというのなら、常に堂々とした態度でいて欲しいものだ。
仕方ないので、大男の足元に近寄って体を擦りつける。
「おや、意外と懐っこいのかな? ふむ」
再び手を伸ばす大男。ラズピリス嬢の顔を立てて、今度は引っ掻きもせず素直に撫でられてやる。
薪の様に太い指をしているが、吾輩を撫でる手つきは優しい。さすがはラズピリス嬢の父親ということか。良いもふり手である。
などと感心していると、調子に乗ったのか大男は吾輩を抱き上げる。
「あー、お父様。わたしもわたしもー!!」
そして、大男に飛び掛かるラズピリス嬢。
間に、吾輩がいるのを忘れないでほしい。
押しつぶされそうになるのを避けるため、吾輩は大男の頭の上に登る。
うむ、いい見晴らしである。
そのまま、大男はラズピリス嬢を抱えて歩く。
吾輩を頭の上に乗せたままで。
この大男、とんでもない大物かもしれぬ。
などと、考えながら吾輩は目を閉じた。
心地よい揺れが眠気を誘うので仕方が無い。
縄張りの巡回は明日がんばるのだ。
昔、知り合いのシャム猫のトムが言っていた言葉がある。
「明日出来ることを今日するな」
実に良い言葉である。