魂を狩る一族
「伝承の一族」ってワードに憧れを持っています。
この物語は、恐るべき「ソウロッゾ家」のほんの一面を切り出したものです。
他サイトからの転用です。
21世紀となっても、怪奇譚の人気は根強く残っている。それは当然の話。『謎』の一文字は時代を問わず、人々の心を魅了するものだ。
『ソウロッゾ家』の伝承も今なお根強く語られる謎の一つだ。誰かが言った。ソウロッゾ家は霧と共に現れると。また誰かが言った。ソウロッゾ家は彷徨えし者の前にその姿を見せると。
そして話はこう締めくくられる。ソウロッゾ家は、出会った者の魂を狩り取ると。
コリン・アークマイヤーは、そんな彷徨えし者の一人だった。自身の有様を不景気に押し付け怠惰を貪る毎日だったが、この度決心がつき命を終わらす算段をつけた。
で、どうせならオカルトに身を任せてみようとネットを使ってソウロッゾ家の伝承を探り、怪しげな黒魔術グッズの一式を揃え、霧の立ち込めるケーパスカの森に訪れていた。
無論、首吊り用の革紐も携えての話だ。
「さてさて、鬼が出るか、蛇が出るか……」
コリンはそのへんの木の棒で六芒星の魔法陣を地面に描いた。お世辞にもいい出来とは言えなかったが、まあ魔術的な意味合いで言えばそれっぽければそれでいいのだ。
次に魔法陣の中央に跪き、呪文を唱える。
「えーっと……『我が魂をここに捧ぐ……現れいでよ……? ソウロッゾ!!』」
スマホを見ながらだった故やや投げやりではあったが、一応はこれが呪文である。霧深いケーパスカの森は、コリンの呼びかけに特に呼応はしなかった。
「ま、わかってたけどね。さてと、首でも吊りますか……」
半笑いしながら、コリンはゴソゴソとリュックを漁り始めた。
「ちょいと待ってよ、お兄さん!」
コリンがびくりと顔を上げると、女の子が目の前に立っていた。黒い髪の、綺麗な子。10代半ばってとこか? 引き込まれるような瞳が妙に印象的。
「死ぬなら死ぬで先に魂渡してもらわなくちゃさ。互いのためにならんだろ? つか、一応聞くけどそのために呪文唱えてたんだよね?」
「あ、まあ……」
コリンは唖然としながらそう答えた。本当に現れるとはと、常識を疑いかけた。伝承ってのも信じてみるものだなあ……。
「取り急ぎ自己紹介するけど、あたいはモリステン・ソウロッゾ。モリィって呼んでね。さっそくあなたを我が家に招待するね!」
モリィはせわしなくそう言うと、口笛を吹いて誰かをせかした。やがて、伝承通り霧の中に壮麗なお屋敷が姿を現した。伝承とは順番が違う気もするが……。
「ソウロッゾ家の伝承ってホントだったんすね……」
「火のないとこには煙は立たず!」
モリィはさらに忙しげに、コリンの腕を引いて屋敷のエントランスに走り込んだ。
「お一人様!」
「はいお一人様ね!」
モリィの叫びに呼応し、中に構えていた紳士が頭を下げる。
全身羽毛に包まれ、トカゲの目と、毒蛇のキバを持つ紳士。
「ソウロッゾ家のヘンリーと申します。以後お見知りおきを」
「は、はぁ……」
コリンは、もはや目の前の出来事を理解しようとするだけで精一杯だった。伝承って一体……?
「では、お選びください。フランとリザリー、あなたはどちらに魂を抜かれたいですか?」
ヘンリーは、ギョロリとしたトカゲ目を不気味にニヤつかせ、二枚の写真を提示した。一つは、巨大な一つ目で触手まみれの異形体。もう一つは、体は人間の女性だが頭が……円筒状の何とも言えない形の、謎の生き物だった。
「あーえっと……」
コリンはしどろもどろした。確かに魂を狩る一族を呼びはしたが……。
視線を横に向けると、モリィがそわそわと苛立ちの目を向けていた。
「あの、この子では……?」
「モリィはお出迎え専門ですので」
「そうですか……」
じゃあ、どうせならまだ人間っぽい方を……。
「じゃ、こっちで……」
「ハイ、リザリー! では突き当りをお左へ!」
ヘンリーは喜ばしげに叫んで廊下の向こうを指差した。モリィがウキウキした様子でコリンの手をとって、廊下の先に誘う。
「それじゃ、がんばってね。お客さん!」
「何を……?」
モリィが扉を開けると、ベッドの上で彼女が……リザリーが……何とも言えない円筒状の顔を……魔界の住人としか思えない、真っ赤な眼差しを向け……。
「ハァイ、お客さん? ソウロッゾ家は初めてぇ……?」
その低い声は、存外にセクシーだった。
「ん……くく……!」
どれだけ時間が経っただろうか。コリンは、霧に包まれたケーパスカの森の中で倒れていた。魔法陣も、荷物も、あの時のままだった。
「夢だったのか……?」
クラクラする頭を押さえながら、ある意味で夢のようだった時間を鑑みる。
「いや、夢なんかじゃない!」
ハッキリと思い起こせる。せわしない美少女モリィ、奇怪な出で立ちの紳士ヘンリー。
そしてなにより……。
「魂抜かれるって、こういう意味かよ!」
リザリー! あの娘の凄まじい吸い付きっぷり! そんじょそこらじゃ味わえない悦楽! あの円筒状の頭にはこんな意味が!? 文字通りすっかり魂を抜かれてしまった!!
「ハッハ、くだらねぇなあ……」
そうつぶやきながら、コリンはフラフラと立ち上がった。不思議と気分は晴れやかだった。魂を狩られた影響か? なんだか笑顔が止まらない!。
次に心に去来したのは、昨日までのつまらない毎日。ゴロゴロとベッドに寝そべり、惰眠を貪り食っちゃ寝の毎日。
「いや、あんなんダメっしょ……」
あの頃とは、別人になったかの心境だった。まずは動こう! こうして人里離れたケーパスカの森に来るだけの気力はあったのだ。やる気があればなんでも出来るって! そんな想いが沸き立った。
「あ、もしかして伝承の意味って……こういうこと? そりゃ根強く残るわけだわ……」
コリンは力強く歩き出した。前を見据えて。昨日までの自分は捨てた。その足取りに迷いはない。思い出を背負って……ソウロッゾ家で、『美女』リザリーと過ごした幸せな思い出を。そして明日への活力を胸に抱いて……!!
「『魂を狩る一族』ねえ……伝承っちゃ、時代とともに変わるものよねえ」
モリィは、枝に座りながらコリンの背中を見送った。忙しい毎日だが、やりがいのある楽しい毎日。ああいう人がいるから、自分もがんばれる。
「ま、がんばってね。彷徨えし子羊ちゃん」
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