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第7話

「……ご馳走さまでした」

夕食を食べた風凪は、一人で手を合わせた。

就寝しているかは分からないが、翔は自室から出てこない。

本気で慌てたのは事実だし、無理をさせまいとある意味部屋に閉じ込めたのも間違った判断だとは思っていない。

だがしかし、少なからず寂しさはあった。今日は体力測定だったのだ。いい記録を出せた事を、話したかった。友人の前では謙遜したが、やはり嬉しいものは嬉しい。それに翔は、きっと褒めてくれる。まっすぐ、真摯に。

毎日の楽しみが一つ減ってしまったのだ。しかも、一緒に料理をしようと約束した矢先の出来事だ。風凪は少しだけ後悔した。

「…………」

そしてすぐに、翔を労わる気持ちより自分の欲求が優先された事に嫌気がさした。

食器を洗った風凪は、自室へ戻る。やるべき勉強は終わっているので、他にする事もないしとスケッチブックを手に取った。

シャーペン一本でサラサラとイラストを仕上げていく風凪には、密かにデジタルイラストに興味があった。

ペンタブや液タブ。確かに値段は高めだ。だが風凪には、購入できるだけの充分な小遣いがある。翔も、小遣いの使用用途には干渉してこない。

「デジタルかぁ。アナログとは、また違った絵が描けるのかな……。もっと上手に……」

風凪は自分のイラストを眺めながら、呟く。友人にはバレてしまったが、翔も知らない趣味。

「うーん……」

風凪は分かっていた。悩んでいる間は、行動には移せない事を。

「……お風呂、入ってこようかな」

悩む事は得意ではない。いつか本当に欲しいと思えるその時まで、保留にしておこうと風凪は思った。



着替えを持って自室を出た風凪は、翔の部屋の前でふと立ち止まった。

「お兄ちゃん、寝てる……よね?」

もし起きて仕事でもされていたら、今度は怒ってしまうかもしれない。

「…………」

どうしても気になりそっとドアを開けた風凪は、中を覗き見る。

翔は、ベッドで横になっていた。

一安心した風凪は、起こさないように慎重にドアを閉める。

「ゆっくり休んでね、お兄ちゃん」





「…………」

危なかった。まさかこのタイミングで、風凪が様子を見に来るとは思ってなかった。

日中盛大に仮眠を取ってしまったせいで、全く眠くないのだ。風凪を危うく泣かせてしまう所だった事もあって迷っていたのだが、眠くないなら執筆をしてもいいだろう。そう思った直後の出来事だった。

「風凪は……風呂か」

風凪は長風呂だ。長い時は、一時間以上出てこない。その間だけでも執筆しようかと考えた。少し頭を働かせれば、眠気もやってくるかもしれない。

が、やめた。

「わざわざ覗いてくるって事は、それだけ心配だったって事だもんな……」

あまり心配をかけ過ぎたら、今度は風凪が倒れてしまうかもしれない。それだけは、あってはならない。

「やれやれ……」

俺は寝返りをうつと、大きく深呼吸した。ネガティブな考えを丸ごと吐き出すイメージで。眠くはないが、寝るとしよう。疲れはまだ抜けきっていないはずだ。その分の疲れが、出てくるといいんだがな。





翌朝。風凪はいつも通り六時半に起きる。一応寝坊対策として目覚ましはセットしてあるが、早起きが習慣付いてしまったのか最近は自己主張を始める前に止めてしまう。

軽く髪を梳かして寝癖を落ち着かせると、朝食を準備する為キッチンへ向かう。

「おう、おはよう風凪」

そしてそこに立っていた翔に、幻覚でも見ているのかと思った。

「え……お兄ちゃん……? 何で?」

「俺がここにいちゃ、おかしいか?」

「おかし……くはない、けど……」

風凪は混乱して、状況が飲み込めない。もしや寝坊したのかと壁の時計を見やるが、時間は七時になっていない。

そんな風凪を見て、翔は肩をすくめた。

「おかげさまで昨日はゆっくり寝られたからな。早く目が覚めたんだ」

「あ、そっか……」

翔に寝るよう厳命したのは昨日の午後四時半頃。もしそのまま寝続けていたとしたら、十二時間以上の睡眠時間だ。この時間に起きていても不思議ではない。

すでに朝食を作り終えていたらしい翔は、二人分の食器をテーブルに並べながら、風凪に声をかけた。

「たまには、こういう日があってもいいだろ?」

その言葉に、風凪はどこか安堵していた。寝不足を思いやったとはいえ、結局は仕事の進行を遅らせてしまったのだ。原稿の書き上げを心待ちにしている風凪にとっても、それはマイナスである。

だが翔の言葉は、それ以上昨日の出来事に言及しない事を意味していた。ストレートに伝えるのではなく、やや回りくどく、真意が伝わるか定かではないやり方。物書きならではなのか、それとも翔の性格なのか。どちらにせよ、そんな不器用な兄の優しさが、風凪は大好きだった。

「どうしたんだ?」

翔を見つけた位置から動いていなかった風凪に、怪訝な声が飛ぶ。

「ううん、ありがとう、お兄ちゃん」

「お礼を言うのは、こっちの方だよ」

「私は何もしてないよ」

「いやいや、風凪に寝かせてもらわなかったら、もっと無理してたかもしれないからな」

度々起きる、譲り合う終わらない会話。風凪も翔も、笑って椅子に座った。





昨日はあの後、日付が変わる頃にやってきた睡魔によってようやく眠る事ができた。だが、やはり昼間の睡眠時間が長すぎたのか朝五時過ぎには目が覚めてしまったのだ。そのまま風凪が起こしに来るまで寝続ける事はできたが、昨晩の夕食は風凪一人だったのだ。それなら、朝も一人は可哀想だろう。

そう考え、風凪が起きる前からこうして朝食の準備をしていたのだ。……少し驚かせてやろうという悪戯心が、無かったとは言えないけどな。

「味付け、どうだ?」

こうやって一人で料理をしたのは久しぶりだ。卵焼きと簡単なサラダを作っただけだが、明らかに風凪作より劣るだろう。何かアドバイスを貰えたらと思ったのだが、

「お兄ちゃん、全然料理の腕落ちてないね」

まあ、風凪ならそう言うだろうと思った。色々と察しのいい風凪だが、俺を気遣うと途端に台詞の優先順位が変わってしまう。

食指の動きはスムーズだから、マズいって事はないんだろうが。

「ーーあ、そういえばね、昨日の体育の授業で体力測定があったの」

「へえ、どうだったんだ?」

「一応、全種目で平均以上は取れたよ。シャトルランは、ちょっと危なかったけど……」

「全部で平均以上か。それは凄いな」

「でもやっぱり、運動部には敵わなかったけど……」

それはそうだろう。無意識に下ではなく上を見るって、相当凄い事なんだがな。

「私って性格がこんなだから、友達もそんな運動できると思ってなかったみたいで。ビックリしてたんだ〜。ーーふふっ」

友達って、この前我が家に来たあの子か? 確かに表情は豊かそうだったな。よほど楽しかったのか、思い出し笑いで口元を押さえる風凪。

「反復横跳びの時なんて、動きが速くて驚いて、数えるの忘れそうになっちゃったなんて言われてーー」

種目一つ一つに、楽しそうに話す風凪。昨日、この話をしたかったんだろうな。

改めて、申し訳ない事をしたと反省。もう少しだからとはいえ、あまり遅くまで執筆するのは控えよう。

それに、

「でもその友達、身体は私より柔らかかったんだよね。それはちょっと驚いたし、……悔しかった、かな。『ふーふーに負けてばかりじゃないもんね!』って言われちゃって」

こうやって楽しそうな風凪を見られるなら、早起きも悪くないな。

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