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第2話

午後四時。俺は適度に進めた原稿を保存し立ち上がる。進行具合は、正直あまり芳しくない。俺は昔から夜型人間で、日中は読書したり動画閲覧したりゲームしたりで気持ちがブレがちなのだ。

その分深夜にガリガリと進める訳だが……朝寝坊で風凪に迷惑をかける毎日だ。

そしてこの夕方は、仕事は一休み。もう三十分もすれば、風凪が帰ってくる。朝は少し会話するだけしか時間がないので、帰宅後はしっかりと団欒の時間を作る。俺が風凪にしてやれる事なんて、それくらいだからな。

リビングに行き、適当に目立つゴミを拾ってテレビをつける。この時間は、大体がニュースだ。まあ番組はなんでもいい。一種のBGMみたいなものだから。

俺はイスに座ってぼんやりニュースを観ながら、帰りを待つ。風凪におかえりを言える存在になる。当たり前かもしれないが、これって結構大事な事だと俺は思う。愛情が義務に転化されていた風凪には特に、な。





学校を出た風凪は、駅前のスーパーに寄る。夕飯の買い物が主な理由。

「玉ねぎと、ニンジンはまだあったから……ジャガイモと、豚肉かな」

頭の中で献立を組みながら、買い物カゴに食材を入れていく。

精肉コーナーに向かった所で、その値段にやや二の足を踏む風凪。

「__あら風凪ちゃん。今日も買い物? 偉いわねぇ」

後ろからかけられた声に振り向くと、店の服を着た人のよさそうなおばちゃんの姿。

「あ、こんにちは」

「ちょうどよかった。今から割引きシール貼ろうとしていた所だったのよ」

そう言いながら、『30%引き』と書かれたシールを風凪が持つ肉のパックに貼る。

「す、すいません。ありがとうございます……」

「なになに。こんな若くていい子が家庭を支えるんだ。少しくらいサービスしたってバチは当たらないさ!」

ちなみに、これはさほど珍しい光景ではない。平日の午後四時頃。幼子連れの主婦や定年したお年寄りが多い中、十代半ばで制服姿なら、それなりに浮く。それがほぼ毎日なら顔を覚えられるし、風凪はその性格からか大人受けがいい。

「風凪ちゃんは凄く礼儀正しくて丁寧だからねぇ。うちの息子も今高二なんだけど、生意気にも反抗期なの。だから風凪ちゃんみたいな子を見ると、おばさんつい嬉しくて。ホント、息子にも見習って欲しいくらいで__」

「あはは……ありがとうございます」

放っておくと職務放棄しかねない勢いで喋り出したおばさんに、風凪は苦笑いで会釈するとその場をあとにした。





「__ただいま〜」

「おかえり」

風凪が帰宅。俺はリビングでテレビを観ていただけだが、夕飯の材料が入っているであろう袋を手に一度リビングに顔を出す辺り、本当に律儀だ。

「しょっと……。__じゃあ、ちょっと終わらせてくるね」

「ああ、頑張って」

荷物を置いた風凪は、自室に引っ込む。帰宅早々に宿題なりを終わらせるためだ。……風凪は夏休みの宿題を、現実的に不可能なものを除いて八月まで持ち越した事がない。俺からしたら、信じられないんだが。__不可能なもの? 日記とかだな。

その後に、夕飯の準備。もちろん俺も手伝うが、もう腕前は風凪に遠く及ばない。元々家事炊事が好きな性格だったんだろうが、風凪が中学に上がる頃には大部分を担当してくれるようになった。最初は説得を試みたが、「忙しいお兄ちゃんの代わりに、やる事がない私がやる」の一点張りだった。……風凪はああ見えて、揺るぎない気持ちを持っている。あのまっすぐ向けられた視線の前では、説得など無意味なのかもしれないな。

『今夜は夜遅くにかけて、弱い雨が降るでしょう。帰宅が遅くなる場合は、突然の雨に注意して下さい』

いつの間にか切り替わった天気予報を眺めながら、さらに考えを巡らす。

我が実家に引き抜かれただけあって、風凪は元が優秀だ。家事スキルはさっき言った通りだが、勉強も新入生歓迎テスト(命名者の性格の悪さが出ている)では、五科目全てで一桁順位、国語と数学で満点を叩き出した。……進学校だし、決してレベルは低くないんだがな。

そこまで考えて、ふと思う。

優秀な、優秀すぎる妹。こんな場所で、その才能を燻らせていていいのかと思ってしまうほどの優等生だ。

「__お兄ちゃん、お待たせ。宿題終わったよ」

「おう、お疲れ」

「……ちょっと時間かかっちゃった。ごめんね」

「いや、いつもとそんな変わらないよ。気にすんな」

「うん」

だが、風凪は優等生扱いを好まない。期待という名の重圧が怖いのだろう。そしてそれよりも、家族として見てもらいたいのだと思う。生みの親を、愛情すら知らない風凪が欲しいのは、賞賛じゃない。

「よし、じゃあ作るか。今日のメニューは?」

「えへへ。今日は、スーパーのおばさんに豚肉サービスしてもらったの。だから__」

俺は、風凪の気持ちに応えたい。人としてある前に、家族として。兄として。





翔との夕食の準備、及び食事は、風凪にとって一日の大切な時間だ。

学校での出来事や思った事を、好きなように翔に報告する時間。翔は基本相づちを打つだけだが、たまに質問したりしてくれる。つまり聞き流している訳ではないのだ。それが嬉しくて、風凪は饒舌になる。一日の会話の八割は、この数時間かもしれない。

準備、食事、片付けまでを翔と済ませてから、風凪は自室に戻る。

ドアを閉めてから、長く息を吐き出す。今日も沢山喋った。聞いてもらった。__楽しかった。

思わず浮かんだ笑みを抑え、風凪の生活は趣味の時間に入る。

風凪が取り出したのは、スケッチブック。シャーペンを片手に、特に悩むでもなく手を走らせる。

五分ほどで描き上がったのは、翔の小説に登場する主人公。少し考え、横にヒロインを足してみる。

ひとまず満足したのか、次のページに移る。

それから風凪は一時間ほど、スケッチブックに落書きを続けた。そこに描かれたのは、本やアニメのキャラクター。白抜きが多いが、気が向けば背景や小道具も。

「…………」

ライトノベルという、オタク文化の分野で活躍する翔を兄に持つせいか、風凪の興味も専らそっちである。流行のドラマやアーティストよりも、アニメや声優をチェックする。

恥ずかしさがある訳ではないが、悲しいかなオタク文化は、未だ世間一般からの風当たりが強い。変な噂で翔に迷惑をかけたくない。その想いが、今まで風凪の口を閉ざした。例の友人に打ち明けたのもつい先日で、その際、

「ん〜、ギャップ萌え? やるじゃんふーふー!」

という反応に困るコメントをもらった。言いふらしている様子は無いので、ひとまず安心している。

だが、イラストを描く事については、翔を含め誰にも話していない。

その理由は、すこぶる単純。

「……似てないね」

風凪の性格から来る、自信の無さ。

「これでも結構、頑張ってきたんだけどなぁ……」

風凪がちらりと向けた視線の先には、積み重なったスケッチブック。一冊六十枚のそれは、すでに二桁を超えている。

「やっぱり本格的に頑張らないと、駄目なのかなぁ……」

風凪はたった今完成したイラストを眺め、その後天井を仰ぐ。

「……ふぅ」

それから静かに、スケッチブックを閉じた。



翌日、風凪の朝は六時半から始まる。

起床して軽く身だしなみを整え、二人分の弁当を用意しそれから朝食を作る。自分の分は先に食べて、制服に着替える。持ち物のチェックを済ませて、そこで翔を起こしに向かう。

「お兄ちゃん、朝だよ。起ーきーて」

「ああ……おはよう」

深夜まで頑張る翔を少しでも長く休ませようとする気遣い。同時に、昼夜が逆転しない意味もある。

だが、ここには少なからずワガママが存在する。以前、中学時代に昼夜が逆転していた翔は、風凪の出発及び帰宅時間にはいつも就寝中。それが若干不満だった風凪が無理矢理始めたのだ。

「生活リズムはしっかりしないと!」

という理由は、建前だったのかもしれない。

「あー、ははは。そうかもな」

そう言った翔の苦笑も、全てを見抜いた上だったのだろう。

もっとも、あまり感情を表に出さない翔が実際に何を考えているのかは不明だが。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

それでも理由が何であれ、眠い中わざわざ見送りをしてくれる翔がいれば、風凪は満足だった。

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