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空飛べるかなって

作者: 丹赤

「空飛べるかなって」

 我が愚弟がぐるっ!とすごい勢いでこちらを向いたのは、公園の広場で約30センチほどの跳躍を見せて一間も置かぬほどだった。

 ああこの満面の輝く笑顔よ。どうせこいつも来年には中学生。こんな純粋な顔も今が見納めだろう。

「今のは飛べたってことでいいの?」

「飛べた!」

 別に俺は弟の人生を先ゆく人間として非情な言葉を呈することはしなかった。

 まあ"飛べた"っていうか、間違いなくそれは"跳べた"だよね。まあ、いいけど。

 もちろんそれは口に出さない。それでも弟は何か感じ取ったというか言うまでもなく自分でもちろんわかっていたというか、

「次こそ飛ぶ!」

 頑張って、そう言って俺はそばのベンチに座ることにした。

 弟はどうやら飛ぶためのタイミングを計っているようで、腰を落として空を睨みつけている。

 あー、もうすぐ日が落ちるな。そろそろ帰ろうか。夏も過ぎて、日が落ちるにつれて肌寒くなってくる。

 お。弟は最高のタイミングを見つけたのか跳んだ。これもまだ"飛んだ"とは言えなかった。

「あにぃ!邪魔しないでよ!」

 おいおいおいおい、俺が何したっての。

 謂われのない罪にカチンときたのでお兄さんはもう先に帰ってしまいまーす。それではさようならー。

 俺は公園の出口に向かった。

 背中の方からなんか叫び声が聞こえたけど立ち止まろうかどうしようか。

 ……いや帰ろ、う?いつの間にか服の背中を掴まれていた。じろっとこっちを睨んで、

「後もう一回だけ」

 俺は何も言わず手でどうぞ、と合図を送った。

 弟は今度はあからさまに力を溜め始めた。なんだかそのポーズがおかしくて笑いそうになったが、またも邪魔をしたなどと言われては敵わないので必死に耐えた。

 どこかでカラスの鳴き声がしたので俺がそれに気を取られたときだった。

「えいっ!!」

 声のほうを振り向くと弟が"飛んで"いた。

「えっ!?」

 思わず俺は声を出してしまった。宙で弟はピタリと静止していた。

 だがそれはほんのわずか数瞬の出来事ですぐに弟は地面に降り立った。

 少し考えて合点がいった。ああ、時々壁にかかっているアナログの時計を見たとき、時が止まって見えたりするあれと同じ原理か。

 一瞬本当に飛んだのかと焦った。というか、そもそも空中にただ静止するだけならそれは飛ぶというよりは浮いていると言ったほうが正解か。

 あー、びっくりした。でも、いつか本当に飛んでしまうのかもしれない。

 弟の方はというと自分の失敗を確認したようでむーっ、と唇を尖らせている。

 どうやらこの中で弟が空を飛べる可能性を見たのは俺だけらしい。

「また明日飛ぶ」

 はいはい、もう今日は帰りましょう。

 もうすっかり日が落ちて辺りは薄暗くなっていた。

 今日のご飯はなんでしょねー、と歌いながら歩くペースをどんどん上げる弟に置いていかれないように俺もさっさと歩く。


 どうせこいつはいつかとも言わないうち、二、三日もせず飽きるんだろうな。……まあ、いいけど。

 少なくともこいつが飽きないうちは、俺が成功の可能性を胸に覚えているうちは、"跳べた"が"飛べた"に変わるまで、俺は今日のように何年何十年と付き合っていってやろう。そう思う。


 


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