第9話 軽音部
かなり強気に入部させたいみたいだ。なんでだ?
何やらヒソヒソとギターっぽい楽器を持った男子とキーボードの女子で話し始めた。
ヒソヒソと話しているつもりだろうけど、丸聞こえだ。たぶん、いままで大きな音の中にいたから耳がちゃんと働いてないんだろう。
内容は『ここでゲット出来ないと廃部の危機よ!』『そんなこと分かってる! なんとしても入部して貰うんだ! 好きなパートやらせて絶対入部してもらおう!』なんてやりとりだ。
どこも部員獲得で困ってるんだな。
女の子がコホンと一つ咳をしてから、仕切り直しとばかりに営業スマイルを浮かべて話し始めた。
「君は何かやりたい楽器とかある?」
「特にこれと言っては無いんですけど、一番興味があるのはキーボードでしょうか。ヴォーカルだけは勘弁してください」
必要なことは最初に入っておく必要がある。ヴォーカルだけは絶対ダメだ。
音痴じゃないとは思うが、決して上手いとは言えない俺の歌唱力で、文化祭なんかで大勢の前で歌うとか拷問過ぎる。
「そっか、今ウチはヴォーカルがいなくて困ってるのよ。でも、キーボードもオッケーよ! ちょうど、ウチが教えて上げられるしね!」
この先輩に教えて貰えるのか、腰の細さとかヤバい。細いくせにしっかりと主張する胸がなんともけしからん。
「それはとても魅力的ですね。全然楽器とか触ったことないんで、教えて貰えるのは嬉しいです」
なんで俺がキーボードが良いと言ったのかと言うと、この部室で唯一彼女だけが女子で、キーボードを演奏していたから。では無い。
キーボードを通してピアノ関連の弾き方がある程度できるようになれば、作曲に強くなれると思ったからだ。もちろんバンド活動に興味はあるけど、一番の目標はニコニコ動画部でボカロ作曲に繋げることだ。
「まずはウチ達の演奏を聴いてみて! 自己紹介とかはそれからにしましょう!」
彼女達はさっきまで練習していた曲を演奏し始めた。その曲は数年前に流行ったヴィジュアル系バンドの曲で、ミリオンセラーを記録した有名な曲だった。
あまり楽曲に興味が無かった俺でも、テレビのコマーシャルや音楽番組をダラダラ見ていれば一応覚えてはいる物だ。バンドの名前は忘れてしまったけどね。
そのバンドにはたしかキーボードはいなかったと思うけど、上手く自分たちの編成に合うように編曲をしているのか、それぞれに見せ場が用意されていて中々聴き応えがある演奏だった。
もちろんテレビで見たバンドみたいな完成度の演奏では無いから、ところどころ音が外れたように感じるところもあるけど、十分に迫力がある演奏だったと思う。ただ、ヴォーカルが居なかった。つまり曲だったけど歌じゃなかった。
「ハァ……緊張したぁ。どうだったかな君」
「カッコ良かったです」
「あはは、ありがと。そんじゃ~パート毎に自己紹介行こうか。ギターのレイジから!」
七三分けのキッチリ制服がギターを掻き鳴らす。最後にジャーン、キュキュと締めてからメガネを掛け直して自己紹介を始めた。
「はじめまして、ギターを担当しています。二宮礼次です。みんなはレイジって呼びますね。学年は三年です。よろしくお願いします」
凄い礼儀正しくお辞儀をされたので、なんとなく俺も姿勢を正してお辞儀を返す。
俺が頭を上げると『次は俺だな』と言って、もう一人のギターっぽい物を持った男が、ベンベン、ボンボンと何やら渋い音を鳴らせてから自己紹介をした。
「オレはベースの田中徳昭、三年だ。ノリって呼んでくれ。ま、よろしくな!」
「よろしくお願いします」
あれはベースだったのか、ギターとベースの違いとかよくわかんね。
俺がボーッとベースを見てると、ノリ先輩がベースを持ち上げてニカッと笑った。どういう意味だろうか。
そんなやりとりをしていると、突然ドラムが鳴り響いた。ドカドカ、ジャンジャン、シャーンって感じだ。やたら激しくて、やたら強そうだった。
「ドラム、二年、木村和樹。カズでよろしく」
激しかったドラムとは裏腹にすっごく静かな人だった。ボソボソ話すので危うく名前を、もう一度言って下さいと、お願いするところだった。
「最後はウチね!」
キーボードで静かな優しい音楽を奏でる。たしか、何かのゲームミュージックだ。
「ウチは早川みのり! さっきも言ったけど、キーボード担当の二年! みんなはミノリンとか呼ぶけど、好きに呼んで!」
どうやら、この部活の中では愛称で呼ぶのが通例になっているようだ。
レイジ先輩とノリ先輩、カズ先輩とミノリン先輩か。
順序が逆になったけど、今度は俺の自己紹介だ。こういうのって普通は、俺の方から自己紹介するんじゃないのかな? どうなんだろうか。
「えっと、一年の茅原拓海です。愛称は好きに付けてください。よろしくお願いします」
俺が『よろしくお願いします』と頭を下げると、にわかにザワザワとし始めた四人しかいないけど、ザワザワって感じだ。
ミノリン先輩が俺の相手担当という感じで、口火を切った。
「それって入部してくれるってことで良いのかな?」
「はい。ただ、期の途中で他の部活に移ってしまうかもしれないんですけど、それでも良ければ」
「途中で辞めても全然大丈夫! この仮入部期間と来週の職員会議が終わるまで正式にしっかり所属してくれれば、全然大丈夫! これで廃部にならずに済むよ!」
いろいろと本音が見え隠れする内容だったけど、どうやらこの部活は、あと一人入部しないと廃部してしまう状態だったらしい。
とくに校則や規定にも載っていないけど、部活は五人以上で初めて認めることができるということなんだろうか。だとしたら、ニコニコ動画部はあと一人足りない。
昨日は誠にああ言ったけど、事情を説明して来て貰ったほうが良いのかもしれないな。本人も来たいって言ってたし。
「こうしゃちゃいられない! もう一台キーボード用意しないと! タク君はキーボード持ってないよね?」
「はい。楽器なんて学校の授業でやった物くらいしか触ったことないです」
「普通は自分で用意する物だけど、買うまでの間の埋め合わせで私のお古貸してあげるから、それ使ってね。明日持ってくる」
どうやら、楽器は自分で用意するらしい。しまったな。結構出費することになりそうだ。
とりあえず、当面はミノリン先輩のお古を借りることにして、早めに自分で用意しないとな。
あとのことも考えて、ニコニコ動画部仮部長の伊沢先輩に相談してみよう。もしかしたらボカロ作曲に適してるキーボードとかもあるかもしれないからな。
その日は、ミノリン先輩に指使いとか一人でいる時に出来る練習方法を教わって、ひたすら練習している内に放課後となった。
練習を続けても良かったんだけど、考えてみたら軽音部の担任の先生がここにはいない。まだ提出用用紙にハンコを貰っていないのだ。
その用紙を先輩達に見せたら『懐かし~』『そういやそんなのあったな』『担任は今日所用があって職員室ですね』『早く、行け』と言われた。
俺は先輩達に明日から、よろしくお願いします。と頭を下げて視聴覚室を後にした。ここでキーボードの練習をして、家ではニコニコ動画の勉強をする。
なんとなく楽しそうな学校生活が来そうでワクワクした。
右手に持った『ちゃんと見学に来ました』と皆から署名を貰った部活見学用紙をヒラヒラさせながら職員室へ向かうのだった。