第8話 暫定入部
誠が出て行って五分くらいたっただろうか、未だに引きつった笑みを浮かべたまま口元を抑えながらようやく教室に戻って来た。
ちなみ五分の間に俺が描いたカバは封印しておいた。また誠が見て走り出したら会話もままならない。
「俺がマン研の誘いに乗らない理由分かっただろ?」
「身をもって理解したよ」
フゥと息を吐いて、先ほどと同じように席に戻った誠が仕切り直しと感じさせるような口調で会話を続けた。
「それで? そのニコニコ動画部が正式に発足するまでの間は、どういった部活に所属するんだい?」
「それについては少し考えがあるんだ」
テキトーに決めた部活に所属するつもりはない。サッカーが好きだからとサッカー部に入るというのも良いと思うけど、俺にはニコニコ動画部を正式な部活にするという目標がある。
そしてただ所属するのでは無く、自分の力で部活に貢献したいし、牽いては野沢香苗の気を引きたいという壮大な目標がある。
かなり可愛い子だと思うけど、お互いによく知らないし、趣味とか好みが違う可能性もあるから、今の印象だけで付き合いたいとかを目標にするのは違うと思うんだ。
そういうのは共同生活の中で少しずつ培って行く物だと俺は思うね!
「当初の運動部に入部するというのも悪くないと俺は思う」
「そうだね。中学の時はサッカー部にいたんだっけ?」
「そう。ゴールキーパーの補欠だった。と言っても番号のせいで補欠だっただけで、レギュラーのゴールキーパーと同じくらい試合には出てたんだけどな」
誠とはお互いの自己紹介も兼ねて、部活何に入っていたかというのも話をしてた。俺が、誠がバレーボールをしていたことを知っているのも、それがあったからだな。ちなみ誠はセンターというポジションだったらしい。詳しくはしらないけど、よくブロックに飛ぶ人だと言われた。
「それで、やっぱりサッカー部にするのかい?」
「いや、そこは敢えて運動部じゃない部活にしようと思ってる」
「ん? じゃあ何にするの? 今日一応見たっていう文芸部?」
「軽音部にしようと思ってる」
「え? 拓海ってギターとか何か楽器やってるの?」
「うんにゃ、まったくやってない。歌も音痴じゃないと思うけど、特別得意ってわけでもないかな」
「じゃあ、何でまた軽音部なのさ」
俺は誠に事情を説明した。今日、初めて野沢さんのスマホでニコニコ動画を見た。その内容は大きく分けて三種類あった。
まずは『歌ってみた』と言っていたジャンルだ。
これは至極単純だ。先に説明するボカロを始め、いわゆる世に存在する楽曲を自分の歌った物を録音して投稿した物で、歌に自信があればこれをやるのも有りだと思う。
そして『踊ってみた』これも、このままのジャンルだ。
ダンスグループの踊りをコピーしたり、創作ダンスを作ってみたりしてそれを動画で録画し投稿した物。これについては、ネタとしても上手な踊りだけでなく創作ダンスとして面白い動画枠で投稿することも可能だな。
最後に『ボカロ』。今日見た三つの動画で、これだけが明らかに異彩を放っていた。
素人が作ったとは思えないメロディラインと、機械チックな声で歌いあげるボカロの歌。
俺が野沢さんに見せてもらったボカロは動画としても素晴らしかった。CGを使った動画で、トンネル内を色とりどりのネオンに似た光が瞬き、ダンスミュージック調の曲は、その舞台の中心で青い髪の女の子が生き生きと歌い上げる彼女の歌と踊りで多彩な表現を見せてくれた。俺は行く行くはボカロ作曲がしてみたいのだ。
「それで軽音部なわけね」
「そういうこと」
「まぁ僕はボカロの作曲ってどうやってるのか知らないからアドバイスも出来ないけど、楽器が使えないと自分で音を出して確認するのも大変だからね。良いんじゃないかな?」
「だろ! ということで、明日は軽音部に行って入部してくる!」
「うん。お互い頑張ろうね!」
そして翌日の放課後、俺は誠と話した通り軽音部の部室の前へと足を運んでいた。
この学校には特別教室棟の二階と三階の北端に第一音楽室と第二音楽室が存在している。三階にある第一音楽室では吹奏楽部が練習場所として使用しており、二階にある第二音楽室ではオーケストラ部という部活が使っているらしい。あまり詳しくないのだが、楽器の編成で違いがあるらしい。
それで俺が探していた軽音部の部室というのはその二つの近くにあるのかと思ったら全然違うところにあった。場所は視聴覚室。特別棟三階の教室としては南端に位置するところだ。
映画とかを見て感じていたイメージだと、音楽準備室とかゴチャゴチャしたところで活動しているような気がしていたけど、良い教室を使っている。壁や天井は反響を考えて付けられたのか、曲線が印象的で立体に広く感じさせる。一度、学校案内の一環で訪れたことがあるけど、かなりキレイな教室だ。
特別に付けられた引き戸では無い、開閉式の少し分厚い扉からは楽器を鳴らす音が漏れ聞こえてくる。
俺は扉の取っ手に手を掛けて力を込めると、少し重い手ごたえを感じながら扉を引き開けた。瞬間に風のような圧力を伴なった音が叩きつけられるように響く、俺は急いで教室の中に入って扉を閉じた。これは大分近所迷惑になる音量だ。
視聴覚室の前の方では男三人、女一人という編成で練習をしている生徒達がいた。部活としては人数が少ないんじゃないかな?と感じながらも教室の中を進みながら監察をする。
俺の存在に気付いたキーボードっぽい物を弾いていた女の子が演奏を止めて顔を上げる。
女の子は茶色に染めた髪を横の高い位置で一つに括って垂らしている。いわゆるサイドポニーというヤツだろう。まとめているシュシュがピンク色で可愛い印象だ。かなり細い、というよりも背が高い。一七〇センチくらいあるんじゃないだろうか、スラッとしてカッコイイ印象だ。スカートもかなり短くしていて、制服のシャツも裾を出していて少し悪ッポイ印象の着こなしだ。顔も美人系だが、取り立ててキレイというわけでもない。中の上という感じだろうか、しっかりと意識して化粧も頑張っている感じだ。何より胸がけしからん。細いスタイルにも関わらず自己主張が激しい。
演奏が止まった女の子を不審に思ったギターっぽい物を弾いていた男子が女子を見てから、その視線を辿って俺に行きついた。
こっちの男子は背の高い女の子と一緒にいるから高く見えないけど、高校生男子の平均身長くらいの体格で、中肉中背、アシンメトリーヘアで一歩間違えると気持ち悪く見える髪型をしている。ただ顔つきは整っているので、髪型も生かしていると言えると思う。細く短くされた眉毛だけが、どうにも残念だ。眉剃りに失敗したのだろうか。
同じようにドラム、もう一人のギターっぽい男子も俺に視線を送って演奏を止めた。ドラムの男子は坊主頭が似合う体格の良さだ。細い目が印象的で寡黙そうな雰囲気。座っているので背の高さは分からないけど、あの体格だとここで一番大きいんじゃないだろうか。ギターっぽい男子はメガネが似合う文学系だ。髪は七三に分けられていて、制服もきっちりと第一ボタンまで留めて着ている。ギターっぽい男子と同じくらいの背だ。
一度視線を全員で合わせたかと思うと女の子が頷いて、俺に向かって話しかけてきた。
「ようこそ軽音部へ」
「えっと、お邪魔してます」
「見学かな? それとも一足飛びで入部希望とか?」
「一応、見学で」
「一応ね。入るつもりはあるってことね?」
「そうなりますね」
「いっそ入っちゃおうか」
「まずは簡単で良いんで説明してください」
「けっこう冷静ね。未来のヴォーカリスト君」
「ヴォーカルは勘弁してください」
かなり強気に入部させたいみたいだ。なんでだ?