第6話 つくりかた
「ニコニコ動画部、仮部長の二年、伊沢義治です。歓迎しますよ、茅原拓海くん」
「はい。よろしくお願いします……え?」
野沢さんと名字違うよね。お兄ちゃんって言ってたよね。複雑なご家庭なのかな?
色々と想像が膨らんで、野沢さんと伊沢先輩の両親が実は離婚した元夫婦で、仲の良かった兄弟は申し合わせをして同じ高校に入学!ということまで想像したところで、先輩が自己紹介の続きを始めた。
「僕が得意なのは、パソコンにまつわる作業ですね。素人に毛が生えた程度ですが、やってみればそれなりの形にすることが出来るという感じだね」
野沢さんと伊沢先輩の関係が気になりつつも、今は自己紹介の続きが重要だ。
仲良くなっていけば、その内教えてくれるかもしれないし、下手に踏み込んで距離を取られたらいけない。
「得意なんですね。パソコン」
「そうでもないさ。本とかWeb見て凄い人達の真似をしているに過ぎない。二番煎じ、三番煎じって感じだよ」
この先輩は『~感じ』って言いまわしがクセなのだろうか。少し耳に引っかかる。
先輩はそうでもないって言うけど、実際のところ大したものだと思う。第一俺は今さら説明するまでもないけどパソコンが苦手だ。スマホだって碌に扱えない。
今、野沢さんに見せて貰った動画はどれもこれもプロが作った物だ。と言われたら信じてしまうようなクオリティばかりだ。
あまりアニメとか見ない俺でも、歌に合わせて口や体が動く絵なんてプロの仕業としか思えない。
「でも、パソコンの能力は必須みたいですよね。俺はニコニコ動画っていうのを今さっき野沢さんに見せて貰って初めて知ったんですけど、パソコンが無いとどうにも出来ないような物ばかりに見えました」
伊沢先輩はフフッと微笑むとメガネを軽く押さえてから、野沢さんを見た。
野沢さんも顔だけ先輩に向けて応じる。
「香苗、彼にどんな動画で説明したんだい?」
野沢さんは人差し指で顎先を抑えながら少し考え込むようにする。
考える時にこの仕草をするのが野沢さんのクセみたいだ。人差し指が抑える顎先より、少し上のピンク色の可愛い唇に視線が誘導されてしまうのは俺だけだろうか。
「見せたのは『歌ってみた』、『踊ってみた』、『ボカロ』の三つね」
「そうか、メインどころは抑えてありそうだね。拓海くんが懸念しているパソコンが無いとどうにも出来ないという点に関しては、そうだとも言えるし、そうではないとも言えるね」
「どういうことですか?」
俺は先輩の少し回りくどい言い方に少し苛立ちを感じつつも、それを隠して質問する。さっき見た動画は、どれもこれもパソコンが無いとどうにもならないような物ばかりだ、無くても作れるなんて考えられない。
伊沢先輩は、制服の内ポケットからスマートフォンを取り出した。先輩は内ポケット派らしい。何故だろうか、少し大人に見える魅力がある。
指をサッサッと動かして手早く操作をする。さすがパソコンであんな動画を作ろうとしている人だ。俺とは手つきが全然違う。
こちらにスマホの背中を向けてからピコッという独特の大きくもないが小さくもない音がした。俺はその音に聞き覚えがある。
「拓海くん、何か面白いことをやってみると良い」
「どんな無茶振りですか。えっと……こうですか?」
無茶な要求でも可能な限り実現する男、茅原拓海。さっきの音が何を意味するのかも理解していて、それでも敢えて実行に移す。
こんなこともあろうかと、常日頃から『細か過ぎて伝わらないモノマネ』を研究していた。その成果を試す時が来るとは『こんなこともあろうかと』一応考えてはいたが、実際のところはあると全く思っていなかった。
なにわともあれ、言われたことはやってやる。面白いこととは随分と無茶な要求だが、応えないわけにはいかない!
「タイトル、となりの妖怪に出てくる、お父さんの台詞までの流れ」
俺はそう告げると、俺は一つのシーンを流れに沿って体も使ってモノマネをしていく。『さ~つきちゃ~ん』『はぁ~い』『さつきちゃんだって』『みっちゃんて言うの』『お友達かい?』この流れが俺的に最高のツボだ。
ポイントはハキハキとした朝からやたら元気なお姉さんと友達、元気な幼い妹を全力で演じ、優しいながらも凄い低い声でお父さんの真似をするところにある。
包み込むような優しさと、独特の低いけど若い声だ。そして、何故か俺のツボにはまる、あの台詞『お友達かい?』。夏休み期間や同じ制作会社が新作を発表すると、高確率で金曜ロードショーあたりで放映される馴染みのアニメ映画だ。
テレビで普段から放送されているアニメは全く見ないが、映画なら話は別だ。俺でも知っている。つまり、ほとんどの人間が知っているに違いない。
俺は溢れ出る自信と出来栄えの良さから、こぼれ出そうになる笑みを堪えて反応を待つ。
「……」
「……」
「アハハハ、タっくんオカシ~」
どういうことだ。弟属性の司先輩にしかウケていない。俺的には完全に鉄板なんだけど……
伊沢先輩はスマートフォンを少し揺らす様に操作すると、先ほどと似ているけど、少し違う音でピコッと鳴らしてスマホを下ろした。
「なかなか興味深いモノマネでしたよ」
「お気づかい痛み入ります」
思いの外ウケが悪くて凹む。さっきまで自信満々な顔で笑みまで我慢していた自分が恥ずかしい。
「なんでこんなことをして貰ったのかと言いますと、この動画を撮影するためです」
こんなことって言われたぞ。そういう意味じゃないと分かるけど、さっきの皆の反応を見れば、誰だってそう感じてしまうだろう。
伊沢先輩がスマートフォンの画面をこちらに向けると、さっき俺が披露した全力『となりの妖怪の一幕』が録画されていた。
なかなか良い出来じゃないか。とウンウン頷いていると、伊沢先輩が言葉をつづけた。
「これで、十分に投稿する材料になりますよ。まぁ~今は顔が画面に出てしまっているので、個人を特定される危険がありますから実際に投稿することは出来ませんが」
「え? これで良いんですか?」
伊沢先輩は、もちろんコレではヒット作になることは無いと思うけど、元ネタの有名さから言って、閲覧者数はそれなりには伸びると思う。ただ同じように有名な作品だからこそ類似した物が多いのでヒットも見込めない。と、細く説明をしてくれた。
実際に投稿するなら、段ボールや画用紙にでもモノマネのタイトルを書いて持ち、タイトルコールをしてから始めた方が良い。とか、顔を出すと色々と面倒なことになるかもしれないから、投稿するなら目の穴を開けた紙袋を被るとかパーティーグッズの被り物を使うとか、何かしらの方法で顔を隠した方が良いらしい。
先輩は内容とも合わせて制作会社のキャラクタで出来たお面とかが良いんじゃないかと言ってくれた。考えてみよう。
それにしても……なるほど、ソーシャルアプリ専用端末になっていた俺のスマートフォンも、遂に違った機能を使われる機会が巡ってきたということか。
「これなら、俺でも今すぐ作品を作ることができますね!」
「こういう手作り感が溢れている作品もかなりの数が投稿されているからね。参考にしてみると良いよ」
思わぬ展開だ。美少女に釣られて入部を決めた部活は、思いの外面白そうな物だった。