第5話 お兄ちゃん
「俺も、そのニコニコ動画部に入れてくれ」
「さっきも言ったから分かってると思うけど、名前貸しならいらないわよ?」
「もちろんだ。入るからには真面目にやる」
こんな美少女と知り合いになれるチャンスなんだ。これを見逃す手はない。
実際のところ、全校生徒部活動所属を掲げるこの厄介な性質をもつ私立高校の対処として、何かしらの部活への参加は否めない。であるなら、せめて可愛い女の子がいる部活に参加したいじゃないか。
文芸部もそういう意味では悪く無かった。女の子は多いし本を読むことも嫌いじゃなかったが、読書感想文だとかそういうのが凄く苦手な俺には根本的に向いていない。
その他の部活もザッとみた感じ、俺の好みに合う女の子もいなかった。どうせなら体を動かす部活が良かったし、そういう意味でもニコニコ動画部は良いとこ取りと言えるかもしれない。
ニコニコ動画についても、彼女が画面で見せてくれたが色々なジャンルが存在した。そういう意味では同じことをし続ける運動部よりも、色々なことに挑戦できる分楽しそうだ。
「まぁ、申請を通すためにも人数が多いに越したことはないし、歓迎するわよ」
「ありがとよ。部長さん」
野沢さんがキョトンとした顔をして首を傾げる。何それ破壊力がケタ違いなんですけど。
「アタシは部長じゃないわよ?」
「え? 部活作ろうとしてるっていうから、てっきり……」
さっきまで、あれほど自分が作るみたいな言い方をしていたのに、実は発起人じゃないのか。
「部活を作るように言いだしたのはアタシだけど、部長は別にいるわ」
「つまり、他の二人の内一人が部長ってことか」
「そういうことよ。たぶん、そろそろここに顔出すと思うわ」
「え? ここに?」
「そ、ここに。ココって非公開だし未承認だけど、ニコニコ動画部の仮部室にしてるのよ」
「それってバレたらマズいんじゃないのか?」
まだ部活に認定されていないんだし、そういうこともありそうな話ではあるけども……。
「バレなきゃ良いのよ。実際、アンタが部屋に入って来た時はかなりビビったわ。ここが使えなくなると、学校での活動というか作戦会議に使える時と場所がだいぶ限られちゃうのよ」
「つまり、さっきまではお互いにキツイ状態だったってわけね」
「アンタが先に折れてくれて助かったわ。そっちの弱みを握った時点で、こっちも警戒しなくて済むようになったし。まさか部員を一名ゲットできるなんて思わなかったけどね」
くるくるとイジっていた茶色で長い髪をパッと跳ねさせると、腰に手を当てて少しドヤっとした雰囲気を漂わせている。
恐らく、窮地を脱して尚且つ新入部員まで獲得したアタシって凄くない? って気分なんだろう。
気持ちは分かる。逆でも俺も同じように少し自信に溢れた余裕のある態度を取ったに違いない。
それから五分も経たない内に静かに扉が開く音がした。といっても俺と野沢さんの会話以外には、物音と言えば少し遠くに聞こえる吹奏楽部が奏でる練習音だけなので、扉の開く音は内にいた俺と野沢さんにはよく聞こえていた。
俺と野沢さんが少し緊張して体を強張らせていると、積上げられた教材と思われる山の中から二人の男が顔をだした。
一人はメガネをかけた優男と言った感じの風貌で、背は俺より少し高い。一八〇センチは無いと思うが、近い身長はあるんじゃないだろうか。顔も柔和な感じで、優しくて良いヤツそうな雰囲気だ。
もう一人は、俺よりだいぶ背が低い。顔つきは中性的で、女だと言われたら信用してしまうと思う。なぜ男だと分かったのかというと『制服だ』と応えたいところだが、今コイツが着ているのは男子用のジャージだった。なにやら子供属性が強過ぎなヤツだ。
「香苗。待たせたね」
「カナちゃん、遅くなってゴメ~ン」
二人は一瞬俺に向かって『誰だ?』的な視線を寄こしたが、それよりも野沢さんへの挨拶を優先させたようだ。
野沢さんも特に気にするでもなく『別に良いわよ。暇つぶしもできたし』と応えている。
「それで香苗、この人は誰だい?」
「うんうん、ボクも凄く気になるよ!」
「コレは新入部員よ。先輩たち」
コレですか。まさかの物扱い。別に俺はM気質じゃないので、そういうので喜んだりはしませんよ。
とりあえずファーストインプレッションは、とっても大切だ。悪い印象を与えてしまったら、今後の部活動に支障を来しかねない。
それにしても、野沢さんは気遣いができる人だ。初対面の人間に対する対応方法というのは、とても難しい。とりあえず丁寧に対応すればよいのだけど、あまり度が過ぎても今後の付き合いに支障があるかもしれない。
少なくとも、同学年では無いという情報は、丁寧に挨拶すべきだと判断するには十分な情報だった。
「はじめまして、この度ニコニコ動画部に入部希望を出させていただこうと思っています。茅原拓海です。よろしくお願いっしゃす!」
中学時代にサッカー部で培った礼儀作法の完璧なお辞儀だ。
これで嫌な顔をする人は、あまりいないはずだ。
「そうなんだ。茅原拓海くん、よろしくね」
「新入部員だ~。これで四人になったね! これで部活発足まで一歩前進だよ~」
よし、ファーストインプレッションは可も無く、不可も無くってところか。
「それにしても、ちゃんとした部員を捕まえてくるなんて香苗、凄いじゃないか」
「そうでもないわよ。お兄ちゃん」
ん?お兄ちゃん? 香苗って名前呼び捨てだし……これはマジでお兄様か!
「そういえば、僕達二人の自己紹介がまだだったね。香苗から少しは話を聞いているのかな?」
「いえ、まったく。他に二人の部員がいるということしか聞いていません」
お兄さんがニコニコと笑顔を浮かべたまま頷くと、もう一人の小さな先輩にアイコンタクトを送る。
小さな先輩がウン!と頷くと、俺に向き直って自己紹介を始めた。
「はじめまして! 二年の白岡司です。特技はピアノと、少し歌が歌えます。よろしく~」
「よろしくお願いします」
見た目だけじゃなくて、名前まで性別不詳だよ。
ただ子供好きな俺としては、この先輩見てると和むわ~。
「あの~……タっくん?」
「はい? 俺のことですか?」
早速、俺のことをあだ名で呼び始めたぞ。野沢さんのことも、ある意味あだ名で呼んでいると言えるのかな?
俺に声を掛けて来た司先輩は潤んだ瞳で、ジッと見つめている。なんだろうか、もの凄く保護欲を掻きたてられてしまうんだが……
「なんで頭撫でるの?」
「すいません。つい」
どうやら、司先輩は俺に頭を撫でられるのが疑問のようだ。それに質問されても困る。
気付いたら手が伸びていたんだ。年上なのに弟ッポイ司先輩が悪いんですよ。
なんとなく嫌そうなので、手を引く。少し癖っ毛の髪は、ヘアワックスやジェルもついていない自然なままの髪質で、凄く肌触りが良かった。今度、また撫でさせてもらおう。
「気持ちは分かるよ。拓海くん」
「そうですよね。妙な引力出してますよ、司先輩」
「そんなの出してないよ~。ひどいなぁ~もぅ」
ムスっとした顔をした後に、全然気にしていないように満面の笑顔を浮かべている。司先輩マジ弟にしたい。妹しかいないから余計に。
司先輩にニヘラっとした笑いを浮かべていると、野沢さんのお兄さんが自分の番だと、半歩前に出た。
「今度は僕の自己紹介をしよう。ニコニコ動画部、仮部長の二年、伊沢義治です。歓迎しますよ、茅原拓海くん」
「はい。よろしくお願いします……え?」
野沢さんと名字違うよね。お兄ちゃんって言ってたよね。複雑なご家庭なのかな?