第4話 意欲
「ニコニコ動画部だわ」
「はい?」
にこにこドウガって何だ?
女子高生特有の新しい造語か?なんだか最近は『怒ってる』ってのを表現するだけでも色々な種類があるんだとか、うちの妹が言ってたな。ムカチャッカなんとかってヤツ。
全く、普通の日本語で表現できないのかね。こういう『今流行ってる』感じの言葉って、質問するの勇気いるんだよな。『え、アンタ知らないの!?おっくれってるぅ~』みたいな反応が返ってきたら……完全に俺泣けるわ。
なんにしても、これを聞かないことには話が前に進まないのも事実だ。勇気を出して質問してみよう。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。
「にこにこドウガって何? 流行りの造語?」
彼女の眉が中央に寄ったのが、カーテンの隙間から入り込む少ない光源でもよく分かった。
完全に『アンタ知らないの!?』よりキツイ言葉が飛んできそうな雰囲気だ。
「アタシってやっぱりオタクなのかしら……ニコニコ動画っていうのは、インターネット上で見られる動画投稿サイトのことよ」
こちらの意に反して、彼女がなぜか酷く落ち込んでいる。
オタクかどうかで悩んでいるけど、どう見ても彼女はオタクじゃない。
アニメキャラの紙袋から丸めたポスターが複数本飛び出しているわけじゃないし、大きなリュックを背負いながらびしょびしょのハンドタオルで顔を拭いているわけでもないからだ。
最近それ以外のオタクに出会ったが、アレが特殊なんだと思う。
「ゴメンさっぱり分からない」
「どのあたりから?」
「インターネットってメールのこと?」
彼女が大きく深呼吸した。溜め息じゃない。深呼吸だ。彼女はすぐには吐き出さなかった。
ハッハッハッ、自慢じゃないが俺ってば機械音痴でね。まったく分からないんだよ。
「メールもインターネットっていうサービスの中の一部よ。そういう意味では間違っているとは言わないわね。ヤフーとかグーグルって聞いたこと無い?」
「あぁ~なんか聞いたことあるかも」
深呼吸の理由は、今の台詞を一息で言いきるためだったのだろう。言葉は区切っていたけど、繋ぎに息継ぎが無かった。
ちなみに……ヤバい分からな過ぎて話がツマラナイ。
「アンタには言葉で説明するより、見せながらの方が早いタイプね」
なんで分かったんだろうか。たしかに、中学の時に理科の実験でやったことは結構覚えられたけど、授業の中で知識だけ聞いた物はほとんど覚えていなかった。やっぱりアレだよ。百聞は一見にしかず。
俺が一人でごちていると、俺が全然使いこなせていないスマホを手早く操作して、Yahoo!!Japanとロゴが書かれた画面を出して見せてきた。
ちなみに俺もスマホを使っているし、ソーシャルゲームなんて物で遊んでいるが、これらは全て妹が操作してスマホの画面上のアイコンを触るだけで遊べるようにしてくれた物だ。だから、俺は仕組みとか、やり方とか、全く分からない。
携帯電話だって、いつの間にかガラケーとか言う呼び名で呼ばれるようになっていたけど、通話機能とメールしか使ったことない。というか、他に機能とかあったなんて知らなかった。これも妹に後で教えてもらった情報だ。
彼女がスマホを俺の手の中に収める。ちょっと指先が俺の手に触れただけで、少しビクッとなってしまったかもしれない。
彼女は気付かなかったのか、全く気にも掛けていないが……。俺の手に収めたスマホを操作して、インターネットとは何ぞやという質問の答えを、彼女なりに説明してくれているのが分かる。
ただ、どうしよう。物凄く近い。気持ち俺の肩に顎を乗せているかのように近い。さっきまで胸元を隠して半身で身構えていたとは思えない距離感だ。そして、初対面の相手の手に自分のスマホを渡して操作を教えるとか、警戒心が薄くなるのが速すぎる。
なんだろうか、八坂誠に同人誌について質問した時と同じような熱さをこの美少女から感じる。新しい信者を求めて、家々を布教して回る宗教勧誘のオバちゃんを思い出させるような暑苦しさだ。
自分の信じる物、自分が良いと思ってる物をみんなに知って貰いたいと、本人は善意でやっているんだけど、周りとの温度差が測れないのか、敢えて測らないのか、完全に自分のペースで話している。
彼女の説明は分かりやすい物だったけど、途中から説明のスピードが速くなって、どんどん加速すると共に彼女の熱も上がってきているように思う。
もはやついていけない。ツマラナイ。帰りたい。
でも、コレに耐えられたら彼女とお近づきになれるかもしれない。打算的だけど、付き合ってた彼女に最近フラれたばかりの身としては、少しでも優良物件なら近場に確保しておきたいと思うのは仕方がないことだと思うんだ。元カノを思い出す度に胸が痛い。ウズくな俺の胸。女々しいぞ。
「……ってこと、本当はWWWとかそういうところも説明した方が良いんだけど、アンタ頭から湯気出てるしこんなニュアンスで覚えておけば良いわ」
「インターネットって、むつかしいでつね」
「そうでもないわよ。使っていれば自然と理解していくものよ。アタシだって詳しい方じゃないし」
彼女が詳しくない……とてもそうは思えないが、彼女が言うように今の話が一般的だったとしたら『そんなことも知らないの!?』と一蹴しないだけ、彼女の性格が良いことになる。しかも実は、面倒見が良いことは確定事項だ。
なぜなら、こんなに詳しく話すことじゃないってことは、彼女が最後に言った『ニュアンスで覚えておけば良い』と締めたことだ。ニュアンスで良いなら、こんなに時間を割く必要が無いからだ。
彼女は分かりにくいが性格も良いことになる。とても分かりにくくて面倒な性格をしているが……きっと本人も損をしているに違いない。
「それでニコニコ動画についてだけど」
「……はい」
そうでした。メインの説明はそっちで、インターネットの説明は序章に過ぎないのでした。
子曰く、ニコニコ動画とはインターネット上にある動画投稿サイトで、俺に分かる言葉で表すと『無料(一部有料)で行われるフリーマーケットのような物』らしい。
各々が自分で作った作品を持ち寄って出店を開き、来てくれたお客さんに無料で提供する。主催者側が提供する物の一部に有料の物があるけど、それは欲しい人だけが利用する。
ただ無料で利用できる半面、著作権に違反するような物もあったりして問題になることもあるとか。
そして、そのフリーマーケットでは作品の評判が来店者数と言う名の閲覧数で把握できる。流行っている作品はプロが買い付けにくることもあるらしい。
と孔子はおっしゃった。講師だけにね。つまらないな。ごめんなさい。
「なるほど、趣味が高じて一攫千金につながったような人もいるわけか」
「アタシは自分が手がける作品がいろいろな人の目に触れることが目的だから、一攫千金とかプロっていうのは憧れてはいても目標ではないかしら」
「で、やっと話を戻すけど……このニコニコ動画部が目指す目標というか、そういうのって何だ? 野球部なら甲子園出場とか、文芸部なら四季報って文芸誌の発行。そういう分かりやすいのって何かあるのか?」
いろいろな説明を聞いて、彼女が作ろうとしているニコニコ動画部が活動する内容は概ね把握できたと思う。学校名か何かで出展して、閲覧数を稼ぎ出すようなヒット作品を作ることが主な活動内容だろう。
でも、あくまでそれは活動内容であって、テーマや目標ではない。さっきも出したけど野球部なら甲子園出場が目標でテーマが『野球を通して健全な肉体と精神を鍛える』とかそんなのがあるんだろう。そういった物がニコニコ動画部では、どういう物になっているのかが問題だ。
学校側が認めない理由として、人数が少ないことと、もう一つがそれだと思う。
彼女の話を聞いていて、やっぱり俺はこう思うんだ。
「俺も、そのニコニコ動画部に入れてくれ」