第3話 にこにこドウガ
見るからに空き教室という雰囲気の扉を開けると、目の前には大量の授業に使うのであろう色々な物が山のように積まれ、教室の中はホコリっぽい空気で満たされていた。
俺は、そこで場違いな物に目を奪われた。一人の美少女がこちらを驚いたように見ていたのだ。その可愛い見た目に思わず生唾を飲み込む。
彼女は訝しんだ顔をしながら、俺に問いかけた。
「アンタ、誰? 何か用?」
薄らと茶色掛かった髪は胸のあたりまで伸ばされ、おそらく染めているのだろうが薄暗い中でも白く健康的な肌の色と相まって、何の違和感も感じさせなかった。端的に言うなら、よく似合っている。
制服のスカートはおそらく三回折られていて、かなり短い。そこから伸びる足は細くしなやかで、ニーハイソックスとスカートの間に存在する部分は、たしかテレビのニュースで絶対領域と言っていたか、それがどうにも抗えない破壊力を持っている。
目つき悪くこちらを睨んでいるが、その半眼でも十分に大きいと感じる目には、付けまつげなのか長いまつ毛が上を向いていた。
文句無しに可愛いと言える。芸能人を直に見たことはないが、どんな芸能人より可愛いと俺は断言しよう。
「えっと、いきなりゴメン。誰もいないと思ってたから……」
「で? 何なの?」
なぜか半身に構えて、隠す様に軽く握られた左手が胸元を抑えている。
ヤバい。あきらかに警戒されてる。
「俺は怪しい者じゃありません!」
「それって怪しいって言ってるのと一緒じゃないの」
そうですよね。俺もそう思います。
ここは変に取りつくろわず、正直に言った方がお互いのためになるだろうな。
このままじゃ相手に妙な恐怖を与えてしまうし、不審者認定されて人でも呼ばれたら俺としても最悪だ。
彼女を刺激して、それこそ地雷でも踏もう物なら完全にアウト。別にこの部屋で時間を潰すことに、拘るわけでもないしサッサと出て行くに限る。
「俺今年入った一年なんだけど、今って仮入部期間じゃん? 一応部活の見学には行ってきたし、残りの時間はここで暇を潰そうかなって思って……あ、俺、邪魔なら出て行くから」
正直に言っちゃったけど、これって結構博打だよな。この茶髪美少女が、先生にチクった時点で俺は詰みだし。
「そ、アタシと同じね。共犯者なら別にここに居てもいいわよ。スマホで遊ぶのにも飽きてきたし」
なんとも簡単に説得できた上に、サボり共犯者を作ってしまいましたよ。しかも同じってことは、この子も一年生ってことだ。
彼女も警戒の色が随分と薄れている。半身は相変わらずだけど、胸元を隠すような仕草をやめて、その左手で胸元まで下がっている髪を梳くようにイジっている。
「んで? アンタは何でサボってるわけ?」
「え?」
そんなの決まってるじゃないか。サボってる理由なんて、そんなに多くないだろ。
「単純に文化部の活動に興味ないからだよ」
「運動部の仮入部に行けば良かったじゃない」
「体操服忘れたんだよ。今日から仮入部期間だって、色々あって忘れてたんだ」
色々あってと言った辺りで胸のあたりがジクリと痛む。我ながら女々しいことだ。
ただ初対面の美少女にいきなり悲しそうな顔を見せるほど、俺はこの美少女に心を開いているわけじゃない。
俺なりに最高のポーカーフェイスを気取って耐える。
「間抜けね。そうなの、そこはアタシと随分違うわね。ま、アンタが普通ね。アタシの事情が特殊なだけ」
なんとも意味深な言い方をするじゃないか。これは、その事情とやらを聴いてあげなきゃいけない流れなんだろうな。
そこはかとなく予定調和な匂いを漂わせているけど、普通に俺としても美少女が抱える事情という物に少し興味がある。だから、特に前置きも無く聞いてみることにした。
「事情?」
「そ、新しい部活の申請が通るの待ってるのよ、アタシ。だから、他の部活を見学したり仮入部するなんて無駄なことに時間を使いたくないの」
新しく部活を作るとか、なんだか青春してます!って感じがして良いなぁ。そういや中学の時に家の近所にコンビニが新規開店したんだけど、隣りの家に住んでる二つ上の幼馴染でもある兄ちゃんがオープニングスタッフとしてバイト始めた時のエピソードを楽しそうに話してたなぁ。
やっぱりスタートが一緒の人間が集まって初めてのことに挑戦するって、なんか良いよな。男がシンクロナイズドスイミングやる映画とか、ああいう感じ? 似たようなので女子高生が吹奏楽始めるのもあったよな、アレも良い映画だ。
「新しい部活ねぇ。なんだか面白そうな話だな」
「やってる本人たちは結構本気なんだけどね~。学校がなかなか認めてくれないのよ。ケチだから」
ケチとは、また……どのくらい交渉してるか分からないけど、罵るくらいには話がこじれてるということなんだろうな。
「なんで認めて貰えないんだ?」
「人数が少ないし、活動内容が不明瞭だからなんですって」
「何人くらいで申請してんの?」
「三人よ」
「最初だけ水増しして申請すれば良いじゃん」
「最初は私達もそうしようとしたわよ。知り合いに頼んで興味が無くても名前貸しして貰って水増しもしたんだけど、実際に活動報告する時にバレたら大変なことになるって言われて実数で申請するしかなくなったのよ」
ま、そりゃそうだろうな。学校としても部活に掛けられる費用は限られている。ましてやここは私立の学校だ。公立だったら税金だから別に良いというわけでもないが……
こういう人数集めが必要な物にはどうしても名前貸しが横行しやすい。入学して間もない高校生がやることなんて、ある程度の伝統という程でも無いが、創立してから一〇年以上は経過している学校の教師達なら予測の範囲内なのだろう。
先に手を打たれたわけだ。
「なるほど。正式な入部希望者は君を除くと二人しかいないってことだよね?」
「野沢香苗」
「え?」
「野沢香苗よ。君じゃないわ」
ここまでの会話を見てもそうだけど、そうとう気が強い女の子みたいだ。
きちんと説明してくれるし会話も普通に成り立っているから、性格が悪い子ではないようだけど……ちょっと面倒くさい性格をしていると思う。
何にしても名乗られているのだ。任侠映画のような物言いになってしまうけど、こちらも名乗るのが筋って物だろう。
「俺は茅原拓海。ピッカピカッの一年生だ」
「一年生っていうのは知ってるわ。分かってると思うけど、私も一年よ」
「んで、話を戻そうか。野沢さんを除くと二人しか正式な入部希望者はいないってことだよな?」
「そういうことになるわね」
「入部希望者が集まらない原因は? 活動内容が不明瞭ってのは具体的にどういうことを言ってるんだ?」
「みんな元々ある部活で満足してるんでしょ。活動内容については、教師達の言葉も不明瞭で分からないのよ」
なかなか面白い返しをするな。ちょっと関心してしまったぞ。
俺は山と積まれた教材らしき物の隣に机も積まれているのを発見した。そこから椅子を二つ取り出すと、座面のホコリを払って彼女の前に一つと、自分用に一つ置いて腰かけた。
先ほど払ったホコリに締め切られたカーテンの隙間から入り込む光線が当たってキラキラと輝く。彼女が小さく『ありがと』と言って腰かけた。
「単刀直入に聞くけど……なんて名前の部活なんだ?」
彼女は少し言い淀んだが、椅子に収まり良く座り直してから何かを決意したように頷いた。
「ニコニコ動画部よ」
「はい?」
にこにこドウガって何だ?